樹魔法
俺が城壁の上に戻ってみると、もう数える程度にまで減っているトレントとそれと戦う冒険者、そして大きな戦斧でトレントを薙ぎ払うギルド長であるミランの姿が見えた。
特徴的な赤茶色の髪と、城壁からでも強いと分かる歴戦の猛者による覇気で、すぐに見つけることが出来た。
「どりゃあ!!」
ミランの戦斧による鋭い振り下ろしは、冒険者や騎士の剣があまり通らず遠距離からの火による攻撃でないと通らなかったトレントの樹皮の鎧を叩き割った。
なんて攻撃力!
パワーだけなら、確実に俺よりある。
初めて会ったときから強いと思っていたけど、近接戦能力だけならクラルに匹敵か、それ以上だと思う。
ミランの戦斧は片側に刃がついた斧であり、日の光を浴びて黒光りしている。
高身長であるミランと同じ長さの柄である戦斧を軽々と振るう姿は、まさに戦場の乙女だ。
気づけば、マカに迫ってくるトレントは全て討伐された。
俺は城壁から降りて、ミランの元に向かった。
「ギルド長、マカに迫っていたホウリュウの討伐完了しました」
「ホウリュウ?あの亀の魔物のことか。マジで本当に倒しちまったのかよ」
ミランが驚愕するが、ミナトの非常識な魔法を見ている身からすれば、それでもやりそうであると思ってしまった。
少し経って、ギルド職員がミランに報告された内容から、俺が本当にホウリュウを倒した事が確認された。
トレントが全て討伐された後、負傷した冒険者と騎士は治療を受け、軽い負傷程度もしくは治療を受けた冒険者は城壁外の警戒、騎士はトレントの襲撃で未だ混乱中のマカの治安を維持をしていた。
「ミナト、あの亀の化け物を倒してきて早々だが、お前は今からトレントの森に行ってくれ。少し前にそこに向かった「銀山」と「双酒」の援護のためだ」
「それは良いですけど………腹減りました」
お昼時ぐらいから空腹を感じていたが、突然のホウリュウ襲撃・討伐と来て、より腹が減った。
ぐうう…とお腹を鳴らす俺を見て、ミランは仕方が無い……と言い、懐を漁ったと思ったら小さい粒状のものを一個取り出した。
「これでも喰ってろ。ここ最近、王都や大きい街、ここみたいな辺境の街の騎士達に支給されている携帯食だ。私はここの辺境伯と交友があるから、少しは融通して貰ってんだ」
「え?ありがとうございます」
俺はお礼を言って、ミランから受け取った携帯食を口に入れ、飲み込む。
効果はすぐに現れた。
さっきまで空腹だったのに、腹が満たされる感覚がする。
「凄い効果ですね!…………それじゃあ、行ってきます。〈瞬泳〉」
シュッ!
身体の背面全体から吹き出した高圧放水の反作用で前に押し出される。
トレントの森までは片道十五キロあるが、スイートビーの蜂蜜採取で初めて行ったときも、〈瞬泳〉の連続使用で数分でたどり着けた。
俺は今度も同じく〈瞬泳〉を使い、トレントの森に向かった。
時は少し遡る。
ミナトなら〈瞬泳〉を使って、数分でたどり着ける道のりを「銀山」と「双酒」の五名は一時間かけて、トレントの森に着いた。
今頃は、マカにホウリュウが襲来している頃だろう。
ここに来るまでに多くのトレントを躱したり、ミットの火魔法で倒しながら進んだ。
そして「銀山」と「双酒」はトレントの森に入る。
未だにトレントは森から出てくる。
だが、このトレントが来た方向を辿れば、今回の大量のトレント襲撃の原因が分かるかも知れない。
森に入ってからは木の陰や高い茂みに身を隠して、トレントが来た方向を進む。
この「銀山」には剣士、盾使い、弓士の三名、「双酒」には剣士、魔法使いの二名で斥候はいないが、そこは全員Bランク冒険者。
冒険者としてのキャリアが長い彼らは斥候では無くとも、一端の斥候並の動きは出来るのである。
「どうだ、クリンズ?何か気になるところはあるか?」
「………」
「銀山」リーダーであるブルズエルは先頭を行く弓士のクリンズに問いかける。
それに対して、クリンズは無言で頭を振って、答える。
クリンズは弓士であり、この中の誰よりも視力が良く、気配や周囲の変化も敏感に読み取れるので、先頭を行かせているのだ。
こうすれば前方に異変があれば、すぐにクリンズが気付ける。
暫く森の中を進んで、クリンズが急に腕を横に置く。
これは止まれの合図だ。
そして指先を前方に向ける。
これは前方に何かあるときの合図だ。
「銀山」と「双酒」は警戒しながら、前へ進んでいく。
進んだ先には開けた場所があった。
そこには十数体のトレントと、その中心にトレントよりも幹の太さが二周り大きく、黒みかかった樹皮のトレントが一体いた。
あれは、
「エルダートレント」
ブルズエルが呟く。
エルダートレントは年月が経ったトレントの姿であり、歩行するための根っこを地面の中に下ろして、その周囲を縄張りとする。
そして縄張りとなった場所は木が無くなる。
ここが開けた場所になっているのは、エルダートレントの縄張りだからだろう。
エルダートレントがいること自体は問題ない。
問題なのはその縄張り内に、気を失ったように動かない多くのトレントと、人がいることだ。
エルダートレントは縄張り意識が強く、例えそれがもともと自身と同じ種のトレントでも容赦はしない。
人なら尚更。
その人は黒いローブを着用し、エルダートレントの根元に居座っている。
黒いローブの者の顔は一見すると、金髪の若い男の顔だ。
しかしこんな場所にいることを含め、明らかに不自然。
長年の感からコイツが今回のトレント襲撃の要因だろうと、ブルズエルは理解した。
「銀山」と「双酒」はお互い頷き合って、開けた場所に出て、黒いローブを着た男のところまで行った。
黒いローブを着た男は「銀山」と「双酒」を見ると、立ち上がって言う。
「冒険者か。ふむ………来るとは思っていた」
「何者だ?」
「銀山」のブルズエルが代表して聞く。
それに黒いローブの男は何も答えずに、懐から手のひらサイズの箱のような物を取り出し、耳に当てる。
箱からは黒いローブの男とは違う、別の男の声が出てきた。
『こちらゲルダだ』
「ああ…ゲルダ。トレントの数も、ここにいる個体だけになった。それで今、目の前に冒険者が五人来ていてな。お前が行っていた標的の特徴と一致する奴はいないな」
『それなら先程シュルツから連絡があった。どうやら標的はマカの入り江、黒亀王の方に向かったそうだ』
「なるほど。では目の前にいる冒険者達は…………」
『無論殺せ。標的の方も殺すが、我々の目撃者に関しても、生かしておく理由は無い』
そこで箱からの声は無くなる。
箱をまた懐にしまった黒いローブの男は「銀山」と「双酒」に言う。
「と言うことだ。君達に恨みは無いが、目撃者は消せという命令なんでな。死んで貰う」
「ふざけるな!!」
「双酒」の剣士エウガーが声を張り上げて怒鳴り、剣を抜く。
他の四人も臨戦態勢と取る。
「君達はどうせ死ぬだろうが、冥土の土産に教えておこう。私の名はラリアーラ。樹魔法使いだ」
「樹魔法?…………特異魔法か!」
火魔法使いのミットが指摘する。
魔法使いである彼は、自身の系統である火魔法以外の他の魔法についても、ある程度知識がある。
特異魔法とは火・水・風・土という基本四魔法と言われる系統の魔法に全く属さない特殊な魔法。
特異魔法は様々な物があるが、その代表的な物として、怪我の治癒を行う白魔法や明かりを灯す光魔法、そして植物や樹木を生成して、操る樹魔法が上げられる。
「その通りだ。私はあらゆる草木を生やし、操る」
問題に対して、正解を出した生徒を褒める先生のようにラリアーラは笑い、自分の足下から草木が生え始める。
「だが、それだけでは無い。私は自身が生成したもの以外の草木すらも操れる。この周囲の植物やトレントを操れるように」
ラリアーラがそう言った瞬間、周りにいた十数体のトレントが一斉に動き出す。
さっきまで気を失っていたようなトレントが、まるで操り人形のみたいに「銀山」と「双酒」に襲いかかってきた。
「銀山」は後衛であるクリンズを守るように、剣士のブルズエルと盾使いのウルドが前に出て、「双酒」は魔法使いあるミットを守るように剣士のエウガーが前に出る。
「そうやって、今回の大量トレントによるマカの強襲は私が行った。トレントは魔物だが、半分は木だからな」
「樹魔法使いが他の植物、あまつさえトレントすらも操る?!そんな話聞いたことありません!」
ミットはラリアーラの話に大きく驚く。
だが、実際トレントがラリアーラに命じられているかのように動いているのだ。
納得するほか無い。
「まぁ…聞いたことも無いのも無理はない。私みたいに”他に影響を与える”魔法が出来る者は、強力な魔法使いでも殆どいない。私でも、この技術が出来る奴は数人しか知らないな」
ラリアーラは誇る様に語る。
事実、Bランク冒険者の魔法使いであるミットが驚いているのだ。かなり凄い技術なのだろう。
そう思って、ブルズエルは小さく呟く。
「………………あれ?でも、ミナトは盗賊を氷漬けにするときに、これをやっていたような」
そう呟いたが、急いで思考を目の前に迫るトレントに戻す。
まずはこのトレント達を倒して、危機を脱出せねば。
「おりゃ!」
ブルズエルは迫り来るトレントを剣で切り込む。
が、上手く歯が通らない。
Bランク冒険者の剣士といえど、樹皮という固くもあり、弾力性も含んだ鎧に対しては、剣で深く切り込めない。
「ぐっ!」
盾使いのウルドは、胴体を隠すほどの大きな盾でトレントの枝による攻撃をガードする。
少し前まで、最前線でトレントと戦っていたが、それでも城壁からの火の矢や火魔法を確実に当てるための遅延が主な役目だった。
勿論、剣で倒せるには倒せるが、何回も切り込まないといけない。
今はトレントを倒すよりも、後衛のクリンズを守ることが優先だ。
マカでは、鏃に油を垂らし、火打ち石で着火させた燃える矢でトレントを倒していたが、今は城壁上とは違い、平地での乱戦であるため、それをする暇が無い。
トレント相手に通常の矢による攻撃は、剣よりも倒しにくい。
トレントへの攻撃手段を持っていないクリンズは絶対に守らないと。
ここまで言うと、周囲をすっかりトレントで囲まれた状況で、「銀山」には有効的にトレントを倒せる者はいない。
けれど、「銀山」の三人は絶望したりはしない。
なぜなら、
「ふん!」
「燃える火よ、火の鏃となって敵を穿て。〈ファイアアロー〉」
エウガーの剣の一振りで、トレントの樹皮の鎧が深く切り込まれる。
ミットの火魔法でトレントが焼き払われる。
ここには、ミナトとクラルという異常な魔法使いの次にトレントを葬った二人の冒険者がいるからだ。