シュルツ
「へっ?!な、何だお前は?!」
どうやって現れたか知らないが、俺の目の前には白いマントを羽織った黒髪の餓鬼がいた。
シュルツは相当焦っていた。
得意の音魔法で、黒亀王の鳴き声を模倣した音を海に放って、その音に釣られてやってきた黒亀王にマカを襲わせるという簡単な仕事…だったのに。
どうなっている?!
黒亀王がやられた?コイツは俺の国では、出没すれば国が総力を上げて、討伐する怪物だぞ!
ここで言う黒亀王というのは、ミナトが倒したホウリュウの事である。
彼の国では、普段は海をただ漂っているだけの黒亀王は、ほとんどの時を浅瀬から遥かに離れた海を泳いでいる。
目撃情報も一年に一度の頻度で船乗りに見られる程度。
しかし産卵期になると、陸上に上がり、卵を産む。
ここで問題なのは、普段は大人しい黒亀王も産卵期に入ると、気勢が荒くなり、進んで船乗りの船を転覆させる。
シュルツも一度観光で船旅をしていた時に、運悪く産卵期に入った黒亀王に船を襲撃された事があった。
幸い助かったが。
だが、その時に聞いた。
クルックル、クー……クルックル、クー……という、水中時の黒亀王が発する特徴的な唸り声を。
音真似のシュルツは絶対音感の持ち主であった。
生まれた時から音の微細な違いが感覚で分かっていた。所謂、天才って奴だ。
そんなシュルツは偶然か必然か、音を操る音魔法の使い手であった。
そして音楽よりも魔法の方に関して、才能が秀でていた。
彼は生まれ持った絶対音感の才能と魔法の才能を活かして、一度聞いた音を完全に再現する「旋律のシュルツ」と呼ばれる魔法使いにまでなった。
当然、黒亀王のその特徴的な声を一回聞いただけで、再現する事が出来た。
自身を雇った者からは黒亀王がもうすぐ産卵期に入り、この近海付近を泳ぐという情報をもらった。
そうしてシュルツは音を使って、同族の声と勘違いした黒亀王がマカに寄らせたのだ。
黒亀王がマカに上陸したら、生物が嫌がる高周波の音を出して、マカのある方面へ駆り立てた。
途中までは順調だった。
岩陰に身を隠していたら、遠目に黒亀王の前に二人の人物が来た。
目の良いシュルツは、一人が後ほど俺の前に現れる白いマントを着た男で、もう一人は茶色いローブを着て、杖を持った魔法使いであるのが分かった。
白いマントを着た男は知らないが、茶色いローブを着て、杖を持った魔法使いは事前に聞いていた標的の特徴に一致する。
当たりを付けたシュルツは通信機を取り出し、ボタンを押す。
反応は割とすぐに返ってきた。
『………こちら、ゲルダだ。何の用だ?』
「おう、黒亀王を連れてくることには成功したんだけどよ。なんか…あんたから聞いた…ミルって言う標的の特徴とよく似た奴が出てきたんだけど」
『何!本当か?…………よし、マカに潜入した仲間に連絡する。お前は引き続き、黒亀王を音で駆り立てていろ』
「おっす、了解」
シュルツはそう言って、通信機を切り、高周波の音を出して黒亀王を出し続けてマカの方へ追いやった。
今後の出来事をざっくり説明すると、黒亀王が多くの白い塊を出して二人に向かって放ったと思いきや、いきなり黒亀王の足下が沈みだし、砂煙が黒亀王を覆ったと思ったら、気づけば黒亀王が倒されていた。
なんだそりゃ?!
驚愕したシュルツの前に、水の高速移動でミナトが来たのだ。
何故ここが分かった?!
俺が高周波の音を黒亀王に向けていたから、バレたのか?
いや、あれは音だぞ!目に見えないはずだ。
そもそも、その音自体も普通の人間には聞こえないはずだ。
シュルツは黒亀王に対し、人間が聞き取れない高周波、所謂…超音波を向けていたのだ。
絶対音感の持ち主であるシュルツは可聴範囲も常人より広いのだ。
慌てふためくシュルツを見て、ミナトは警戒するような顔を作る。
後は知っての通り、話は冒頭に戻る。
「誰だ、あんた?」
如何にも怪しそうな男に、俺は声を掛ける。
男は二十代ほどで、顔は整っており、イケメン顔だ。許せん。
しかし男から出る魔力で魔法使いであることが分かる。
それも高レベルの。
「…………お、お、俺は旋り…あ!違う!言っちゃいけねぇんだ!」
「ん?」
何かを言おうとして、止めたぞ。
ますます怪しい。
入り江にいた人達は避難したはずだが、避難し損なった?
それにしては挙動不審過ぎる。
凪ノ型を使ったときに、コイツはホウリュウに何らかの魔法を放っていた。
となると、コイツは今回のホウリュウ襲撃に何らかの関与があると思った方が良いのか?
う~ん……俺だと判断に困る。
ここは取り敢えず。
「〈氷壁・囲〉」
「え?な、何だ?!」
俺はホウリュウの〈雹の礫〉の攻撃を全方位の氷の壁で守っていたが、今度は怪しい奴の捕縛のために、ソイツの周りを全方位の氷の壁で囲った。
男は半透明の壁をドンドンと叩いているが、気にせず〈瞬泳〉でまたミルとクラルがいるところまで戻った。
もし男が入り江から逃げ遅れただけの人なら、後で謝れば良いだろう。
「ミナト?何処に行っていた?」
「ミナトさん?急にいなくなって、どうかしましたか?」
「ええ、ちょっとあそこに不審な男がいまして」
俺はホウリュウにとどめを刺す直前に、向こうの岩陰で誰かがホウリュウに対して魔法を放っていた。
実際そこに行ってみると、不審な男がいた事をミルとクラルに話した。
「それは確かに怪しいですね。分かりました、その男の件については私とクラルが調べます。ミナトさんはこの……ホウリュウ?という魔物を討伐したことをギルド長に伝えて下さい」
「了解です」
男のことをミルに任せることにした俺は、再び〈瞬泳〉でマカの住宅地や施設群の屋根の上を飛んで、北西の城壁上に戻った。
ミナトが言った後に残された水の粒子を見た後、ミルがクラルに尋ねる。
「クラル、貴方がここにいると言うことは北西からのトレントの群れは粗方片づいたと、いうことですか?」
「はい。少し前からトレントが来る量が明らかに減り、ギルド長の参戦もありますが、私無しでも前線は持ちこたえる状況なので、ミル様の応援のためにここに来ました。………………のですが」
ミナトの〈水流貫〉で頭を貫かれたホウリュウの死体を見て、クラルは少し戦慄した表情を浮かべる。
それを見て、クラルに同感だと思うと同時に、ミナトならやりそうだと心の何処かで思っていた。
「ミナトさんが倒してしまいましたね」
「こんな魔物すらも討伐してしまう。…………ミナトは本当に何者なのでしょう?」
ミルは頤に手を当てる。
「私としましては、ミナトさんがあの魔物をホウリュウと呼んでいたことが気になります」
「ホウリュウ?聞いたことの無い名前の魔物ですね」
「私もついさっき思い出したばかりなのですが、かなり昔に呼んだ文献に、船乗りが希に見かける謎の巨大な亀の魔物がいるとありました。名前は黒亀王」
「黒亀王?ホウリュウという名前ではないのですか?」
コクリとミルは頷く。
「はい。黒亀王というのは今の呼び名。文献には、数百年前は別の呼び名があったとありました。記憶はうろ覚えですが、確か……ホウリュウという呼び名だったはずです」
ミナトが黒亀王をホウリュウと呼んでいたのは、ウィルター様がそう呼んでいたからだ。
ウィルター様は千年前の人物であるので、今の呼び方を知らなかったのだ。
「数百年前の呼び名を何故ミナトが………」
「それは分かりません。ミナトさんは、このホウリュウなる魔物を知っているかのような感じでした。「水之世」での五年間の失踪と何か関係があるのでしょうか」
「水之世」ダンジョンの入り口を見ながら、ミナトが言った怪しい男のいる場所へミルとクラル向かっていた。
そして氷の壁に囲まれたシュルツを発見する。
「これは………またミル様を狙った暗殺者だと思っていたのですが。違うのでしょうか。やはり避難で逃げ遅れた人?」
クラルが首を傾げたのは、この前に襲った暗殺者と同じようにシュルツが黒い服装ではないからだ。
だが、それにミルは待ったをかける。
「いいえ。男が手に持っているあれを見てください。あれは通信機です」
「通信機?」
「あれと同じ物と別の物が持っている者とで、遠く離れていても連絡のやり取りができる錬金道具です。ただの逃げ遅れた人が持っているとは思えません」
「では、やはり………」
「ええ、私を狙う者…あの魔物がこのマカに現れたことに関係がありそうです」
クラルは腰から剣を抜く。
「なるほど、ならばこの男から何か聞き出せれるかもしれません」
「しかし以前私を襲った暗殺者とは毛色が違いそうです。雇われでしょうか?あまり手荒な事をせずに聞き出せれば良いのですが」
「問題はこの氷の壁ですね」
クラルはシュルツを閉じ込めている〈氷壁・囲〉に近づいて、剣の塚でコツコツと叩く。
咄嗟に眉根を寄せる。
手ごたえからして、かなり堅そうだ。
「ミナトさんが来るまで待つしかありませんね」
それを聞いて、私は主にバレないように顔を小さく歪めた。