「水之世」にて②
「休憩!」
今回の貴族を守る騎士団を纏める団長が休憩の号令を掛ける。
それを聞いて、貴族の子息子女や騎士候補生は一斉に座り込む。
まだ成人していない子供にとって、今回の訓練は堪えるだろう。
ここはダンジョン内の最上層と中層の真ん中ぐらいにあるセーフゾーン。
ダンジョン内には魔物が来ないセーフゾーンと呼ばれるエリアが所々ある。騎士率いる貴族達はそこを休憩場所にした。
騎士は食量の配給を始めた。子息子女は配給を受け取るために、列に並ぶ。
俺はその光景を羨ましそうに見ている。なんで俺も並ばないかって?
さっき配給に行ったら、
『四級魔法すらも扱えない奴に食わせる飯はねぇよ!おら!列がつっかえてる。早くどけ』
そう言われたら仕方が無い。
ここに来るまでに俺が四級水魔法〈ウォーター〉を禄に扱えないことは知られている。
俺が唯一倒した魔物と言ったら、子供でも倒せる水スライムぐらいか。
それでも魔法ではなく、拳を使って倒した。
周囲からは笑いの渦。
恥ずかしいことこの上ない。
てな訳で、俺は飯抜きだ。
……俺一応、貴族だけど。騎士が貴族に逆らって大丈夫なのかな?
まぁ…今のアクアライド家にはそう言う対応をしても問題ないと思われているのだろう。
ぐっううう……。
それにしてもは腹減った。空腹を紛らわすためにお腹をさすっていたときだった。
「ほら、食べろ」
横にコトッと何かが置かれる。見ると、暖かそうなパンとスープがあった。
そこには若そうな一人の騎士がいた。騎士さんは無言で頷く。
俺はお礼も忘れて、パンとスープに食いついた。
美味しい!
腹が減っていたこともあり、無我夢中で飯を貪った。
そんな俺を尻目に騎士さんは言う。
「お前よ……悪いことは言わねぇから……魔法使いなんか止めた方が良いって。お前みたいな魔法の家系は魔法の技量で価値が決まる。これ以上魔法続けても良いことは一つもねぇぞ」
俺は口の中で会釈している飯を一旦飲み込んで、頭を下げる。
「ご飯を持ってきた事どうもありがとうございます。あと、忠告も感謝します。でも俺、どうしても魔法使いを止められないんです。………俺を期待してる人に堪えたくて」
俺の脳裏にはマリ姉が浮かぶ。
姉にだけは俺の魔法使いとして大成した姿を見せたい。
俺の答えに、騎士さんはため息をつく。
「そうかい……。まぁ、何をするにもお前の勝手だよ」
騎士さんはどこかに行ってしまった。
それから少し経って、俺のところにミーナとクラリサがやって来た。
「ミナト、隣いい?」
「あ、ミーナ。勿論良いよ」
俺の了承を受け、ミーナが俺の隣へ座る。
クラリサはミーナの隣で静かに座る。
「ちゃんと配給貰えたんだね。私が並んでいる時にいきなり、食わせる飯は無いって怒鳴り声が聞こえたから心配しちゃった」
「ああ、優しい騎士さんが運んでくれたんだよ」
ミーナは安堵した雰囲気を出す。
「そっか…ねぇ、話は変わるけどさ。ミナトは魔法団とかに入るの?」
「う、うん…俺の家、一応魔法の家系だから、その予定かな」
この国では、魔法の家系である貴族家は基本的に国を守る王国魔法団や、その地方に従事する駐留魔法団に入るのが慣わしだ。
家を継ぐ長男も魔法団に一時的に所属し、経験を積んで当主になる。なので俺もそこに入りたい。
勿論だが、魔法団に入るためには入団試験がある。
現状、俺にとっては月のように離れた目標だが、魔法団に入団した姿をマリ姉に見せたいんだ。
十分ぐらいはミーナとたわいの無い会話をして、休憩が終わった。ちなみにクラリサは俺達が話している間もずっと無言で飯を食べていた。
「休憩終わり!各自準備せよ!」
再び団長の号令がかかり、皆は出発の準備をする。俺もミーナ達もそれに倣う。
「それじゃ、ミナト。また頑張ろ!」
「うん、そうだね」
もうすでに貴族同士の集団が出来つつあるので、俺も最後尾に加わろうとした時だった。
唐突にそれまで黙っていたクラリサが俺に近寄る。
「……ねぇ」
「え?」
まさかクラリサに話しかけられるとは思っていなかったので、目を見開く。どうしたのかと考える間も無く、クラリサは俺に顔を寄せ、囁くように呟く。
「ミーナには近づかないで」
「?!」
まさかクラリサにそんなことを言われるとは想像もしていなかったので驚愕し、しばしクラリサの顔を見る。
クラリサは相変わらず能面を貼り付けたような表情をしている。クラリサは俺よりずっと背が低いから、俺を見上げており、それが逆に迫力がある。
赤色の眼が怖い。
それはどう言う意味だ……と聞く前に"異変"が起きた。
「ん?何だ?……地震か?!
騎士団長が素早く異変を察知する。確かに揺れている。
しかも振動は段々と大きくなっていき、遂には立っていられないほどに。
「全員伏せろ!!」
騎士団長が声を張り上げる。
皆んなは漏れなく、指示に従い、地面に頭を伏せる。俺も頭を下げた………のだが、
バキッ!!
突如、俺がいる地面に亀裂が入る。
亀裂は次第に広がっていき、とうとう俺を飲み込むほど大きくなる。
「わっ?!!」
「ミナト?!」
俺はその亀裂に落ちてしまった。
クラリサが落ちた俺に手を伸ばそうとするが、それは叶わず…俺はそのまま下へ落下していく。