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水分子は折れ線形、正四面体また六角形

今回は急に化学の授業が始まります。

苦手な方はスルーして大丈夫です。




 クラルは訓練場の端で素振りをしていた。

 素振り中失礼だが、取り敢えず挨拶をする。


 「よぉ、クラリ……じゃなくてクラル、おはよう。後さ…前からずっと思ってたけど、何で擬名なんて使ってんだ?」


 クラルは素振りをやめ、俺に眉根を寄せた顔を向ける。


 「私はこれでも貴族。貴族が冒険者をやっているなど、外見上悪い。だから仮の名前を使っているのだ」

 「そう言うものなのか」


 貴族って面倒臭い。

 うん……俺も貴族…元貴族になるのか?

 死んでいる扱いになっているからな。


 折角挨拶をしたので、少し気になっていることを聞いてみる。


 「なぁ…いつもお前のそばにいる茶色いローブを着た人…ミル様だったか?お前が敬称で呼ぶってどう言う人なんだ?」


 確か…クラルはオルレアン伯爵家。

 伯爵家の娘が様付けをするのは、それこそ上の爵位である侯爵や公爵…それか、その上の王族とか、そこら辺の地位の人だぞ。

 何者なんだ?


 しかしクラルは俺の質問が気に入らなかったのか、顔を歪ませて俺に睨む。


 「お前が気にするべきことでは無い。もう良いか?私は稽古で忙しい」


 そう吐き捨てて、クラルはまた素振りに戻り始める。

 何だか答えをはぐらかされたような。

 まぁ…良いか。

 

 俺はクラルから少し離れた所で行く。


 そこで縦に亀裂の入った壁が目に入る。

 俺が〈蒼之剣〉で破壊した壁だ。

 

 〈蒼之剣〉は如何なる魔法や防御を切り裂く最強の斬撃。


 だが、いかんせん問題は射程だ。

 訓練場の端から端の壁へ斬撃を届かす事はできるが、それ以上となると急速に崩壊が始まって、すぐにただの魔力に戻るんだよな。


 なので〈蒼之剣〉の有効射程を伸ばすのも今後の課題だな。


 うん………射程が小さかったからこそ、この程度の被害額に収まったのか。


 ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 小さく風切りが聞こえたので、横目で見と、クラルが素振りを再開していた。

 顔は真剣そのもの。

 

 素振りで使用する剣はクラルがいつも腰に刺して、俺との試合で使ったあの剣だ。

 持ち手は銀色で緑の装飾が施され、刀身は淡く白い。一般的なロングソードよりも刃渡りは小さく、かと言ってレイピアよりは刀身が太い。


 しかも剣から少しだけ魔力を感じる。

 ただの剣じゃ無いな。


 素振りをする度にクラルの髪が僅かに揺れている。


 稽古するためか白いローブは着ているが、フードは外している。

 そのため黒曜石から色素を抽出したかのような肩ほどある彼女のダークブラウンの髪が黒く光っている。


 改めて見ると、クラルって本当に美人になったな。


 五年前は俺より小さく、ミーナの陰に隠れるような奴だったのに。

 今ではスタイルも良い。おおよそ百八十センチという女性でも超身長であり、胸の………その…凹凸もそれなりにある。

 

 顔も凜々しくなって、かっこいい。


 俺が来る前から稽古していたのか、首筋に汗が滴っている。

 少し焼けた健康的な肌は蒸気し、火照っている。


 思わず視線が首回りに固定される。

 気のせいか、鼓動も速いような。


 クラル自体の綺麗な顔も相まって……なんて言うか…魅惑な感じ……正直、かなり色っぽい………って?!


 俺は何を考えてんだ?!

 ここには修行しにきたんだろ!!


 雑念を振り払い、集中する。


 俺は目を閉じて、水分子をイメージする。

 ウィルター様が空中に水を生成し、大きな丸い球に、それより少し小さめの二つの丸い球が付いた特徴的な形状。


 分子とは物体の最小単位である原子が二以上に集まった物。

 大きな丸い球は酸素原子、そしてれより少し小さめの二つの丸い球が水素原子である。


 一つの酸素Oと二つの水素Hが結合した分子。

 所謂…H2O、これが水分子である。


 この世で最もありふれ、不思議に満ちた分子。

 五年前、修行一年目は丸々この水分子を視認するのに費やした。


 無理もない。

 この水分子一個分の大きさは約0.38nmである。

 わかりやすく言うと、水分子一個を仮に十億倍にしても一メートルに満たない大きさだ。


 今更ながら、これを一つ一つ視認できるようしろって、ウィルター様…かなり無茶を言ってたんだな。


  「〈ウォーター〉」


 水の球が浮かび上がる。

 俺が唯一使える水魔法。


 それ以外の魔法…例えば〈水流斬〉や〈瞬泳〉は全部〈ウォーター〉の派生……水分子を形状変化させ、質量や圧力、速度、密度などを変更させた、言わばオリジナル魔法だ。


 「〈水分子操作〉」


 水の球内にある全ての水分子を意識して、一つ一つを緻密に操作する。

 この技術の習得に修行二年目を丸々費やした。


 これによって、液体状態と気体状態の水を思い通りの形に出来る。

 そう”液体状態と気体状態”の。


 水分子はここで終わりではない。

 水分子同士を結合させることで固体状態にすることが出来る。

 

 さぁ…ここからが水魔法使いの腕の見せ所だ。


 水分子はさっき言った通り、一つの酸素Oと二つの水素Hが結合した分子。

 より具体的に言うと、酸素原子は二つの水素原子に対して「電子」という負の電荷を持った素粒子を使って、手と手を結んでいるのだ。


 電子は水素原子には一つ、酸素原子には八個存在する。

 この電子は少し厄介で、すぐに二つでペアを組もうとする。


 つまり二個の水素原子が持つ電子は酸素原子の八個の電子の内、二つの電子と手を繋いでいる。

 両手に花って奴だ。


 これによって、水分子は「く」の字みたいな形状になっている。

 これが水分子の折れ線形。

 ちなみに「く」の角度は大体105°である。


 何故こんな角度かは……今は省こう。


 ともかく水分子は「く」の字の折れ線形であるが、こいつらはより合理的な陣形を組む事が出来るのだ。

 それが正四面体。

 四枚の合同な正三角形から成る形状。


 酸素原子は八個の電子の内、二個を水素原子が持つ電子と繋いでいるが、残りの六個の電子が四つの水分子同士で手を合わせ合い、正四面体を形成する。

 厳密に言うと、二つの正四面体同士がくっついて正四角錐を作っているが、これも今は省こう。


 そしてなんと、正四面体のさらに上の陣形が存在する。

 それが自然界における最硬陣形…六角形だ。

 荷重に対して、最も剛性を発揮する形態。


 前に蜂蜜採取でスイートビーの巣を見たが、これも六角形構造であった。


 水分子を操作して、六角形を形成していく。

 すると、ほら……水の球が氷の球になった。

 これこそが水の固体状態…氷だ!


 ここまで来るのに修行三年目を丸々費やした。

 本当長かった。


 俺は水分子を動かして、氷の球を氷の剣に変える。

 修行のため、剣のサイズはかなり大きい。大剣クラスかな。

 重い。


 俺は氷の剣を持って、振りかぶり、振り下ろす。

 普通の素振り。


 だが、それだけじゃない。

 新たに水の球を三個生成して、それぞれ形状を変えたり、氷にしたり、気体にして見えなくしたりと水魔法を操作する。

 勿論素振りをしながら。


 地味だけど、これが結構集中力と魔法操作を要求する。


 素振りで身体を鍛えていると同時に魔法の操作技術向上。

 これが俺流自己稽古だ。




 額に汗がにじみ始めた頃。


 「……………ん?」


 集中して三十分程立ったが、そこで気づく。

 俺の周囲で各々鍛錬していた冒険者達がやけに俺を見てくる。


 何見てんだ?

 少し周囲を見渡すと、なんとクラルまでもが口を半開きにして、こっちを凝視していた。

 だが、ハッとした顔をしてすぐに素振りを再開する。

 

 そんなに珍しいのか?俺の修行は?


 確かに、こうやって公衆の面前で修行するのは初めてだな。

 ダンジョン出てからは訓練場の弁償代を稼ぐために依頼の達成を優先していたから、修行が満足に出来なかったんだよな。


 まぁ…見ているだけで、何もしてこないなら良いか。




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