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無剣の剣士




 現在、俺は森の中にいる。


 「ガァアアアアアア」


 目の前には、樹木が黒みがかかった顔のついた大木がいた。

 俺に向かって、枝を広げ、威嚇行動をしている。


 コイツはエルダートレント。

 トレントがさらに成長した魔物だ。

 幹の太さが通常の二周りほど大きい。

 

 普通のトレントは根っこを足のように動かして、移動する魔物であるが、ある程度歳を取ると決めた場所に根を下ろし、そこに定住する。


 トレントは獰猛な魔物では無いが、エルダートレントになると、自身の縄張りに入った人間には容赦がなくなる。

 無容易に縄張りに入ると、威嚇をし、襲いかかる。


 俺は威嚇を気にせず、接近する。

 威嚇が無意味だと知ったトレントは攻撃を開始する。腕のような大きな枝を伸ばして、俺の体を貫こうとする。


 だが、動きはそこまで速く無いので、最小限の動きで避ける。


 「おっと!根っこか!」


 と思ったら、攻撃の気配を感じとり横に退く。

 途端に地面から根っこが伸びてきて、根っこの先で突き刺そうとする。


 下からの攻撃は予測していなかった。

 これは奇襲目的で使える手だな。

 

 「水之世」での修行では出現する魔物から魔法や攻撃方法を参考にしていた。

 魔物から学べることはいろいろあるからだ。

 その癖が今も出ている。

 

 一通り攻撃を避けた後は大きくバックステップをする。


 エルダートレントの攻撃手段は枝と根っこの突き刺し。根っこによる奇襲攻撃は独特だったが、これ以上学べることは無さそうだ。

 

 そう判断して、けりを付けるとする。


 「〈水流斬〉」


 得意の水の斬撃がエルダートレントの太い幹を切断する。

 切断された大木は音を立てて、地面に倒れる。


 それを確認して、俺は近づき、エルダートレントの葉っぱの部分を調べる。

 

 「えーと…確か黄色と赤の混じった実だったか?………………お、これか!」


 剥ぎ取りナイフを腰のポーチから引き抜き、枝と繋がっている実を取る。


 手の上には拳よりも大きい果実があった。

 今回のCランク依頼の目的であるエルダートレントの実だ。


 隅々まで調べてみれば、その数は十個。

 依頼は八個納入だった。

 

 「それにしても美味そうだな。…………十個あるんだし……二個ぐらい」


 本当に美味しそうであったので、試しに口にしてみた。


 「っ?!う、うめぇ!!」


 果実を口の中に入れた瞬間にとびっきりの甘みと程よい酸っぱさが舌を刺激する。甘味と酸味のバランスが俺好みになっていて滅茶苦茶美味かった。


 瞬く間に十個のうち二個を食べ尽くした。

 三個目を食らおうとするが、寸前で理性がブレーキをかけ、やめた。


 もっと食いたいという本能を必死に抑え、実を大きめの皮袋の中に入れる。


 少し前にBランク冒険者パーティ「銀山」とCランク冒険者パーティ「五枚刃」がアイスウルフから助けてくれたお礼として、俺のために装備店で買いそろえてくれた肩に掛ける大きめの皮袋や小物を入れるためのポーチ、剥ぎ取りようのナイフなどかなり役立っている。


 特にCランク冒険者の斥候バンに薦められた剥ぎ取りナイフは、今では毎日磨くほど気に入っている。


 ナイフなんて、俺なら氷で作り出せるから必要ないと思っていたけど、この刃渡り十五センチのナイフ……なかなかどうして使いやすい。


 バンは「ナイフは冒険者においては命の次に大事な物だ」とか言ってたけど、案外そうなのかも知れない。

 これ軽くて持ちやすくて、凄く便利なんだよな。


 さて、エルダートレントの実は回収したし、マカに戻るか。

 俺は歩いて、森の出口を目指す。


 …………やっぱり、もう一個ぐらい良いかな?

 いや、駄目だ。依頼失敗になっちゃう。

 取り敢えず、皮袋の紐を固く締めるか。


 


 トレントの森から十五キロの道のりは〈水流斬〉の次に得意な〈瞬泳〉を使い、数分で移動する。


 マカの門番には身分証名称である冒険者のプレートを見せる。


 「あ、君は………お疲れ様。通って良いよ」

 「どうも」


 すっかり門番には顔を覚えられた。

 労いの言葉を受けて、マカに入る。


 そのまま冒険者ギルドに一直線で向かっていると、


 「期待の新人君じゃ無いか。今日も依頼か?」

 「ミナトじゃないか!また木材を切ることになったら頼むよ」

 「おい、そこの無剣の剣士。新しい串焼きが出たぞ。お昼に寄ってけ!」


 町の所々から声を掛けられる。


 ダンジョン「水之世」から出て、三週間以上が経過した。

 依頼をこなしていく内に俺の知名度がマカ中に浸透し、今じゃ俺は知る人ぞ知る新人冒険者だ。


 そう……三週間以上。

 当初の予定では一週間ほど依頼をこなし、ある程度お金を貯めたら、実家に行こうと考えていた。


 しかし三週間前のクラリサ…………いや、クラルだったな。

 クラルとの試合で訓練場の壁を破壊してしまい、その修理代として、一部弁償することになったけど、これがなかなかに高額だった。


 冒険者が使う訓練場とは言え、壁の一部の修理代にあんな代金がかかるなんて。

 おかげでマカで三週間以上も滞在し、依頼を完遂して、報酬の一部を壁の修理代として払っている。


 ギルド長のミランから聴いた話だと、あの訓練場の壁は冒険者の魔法ではビクともしないように高い耐魔法製になっているからだと。


 もっと具体的に言うと、魔法などが直接壁に届かないように薄くて透明な魔力のバリアが張るための素材が使われているらしい。

 

 なるほど、どうりで壁にも魔力を感じた訳だ。


 だけど、それだけ頑丈な魔力のバリアを張っても、俺の〈蒼之剣〉の前では無意味なんだよな。

 だからこそクラルの〈旋風〉を簡単に斬れた。


 あれは”そういう魔法”なんだ。


 そうそう会話の中に、木材を切ることになったら頼むよ…とか無剣の剣士…ていう単語が出てきたが、それは壁の弁償と並行してミランに頼まれた町の商業からの依頼に関わってくる。


 冒険者ギルドはマカの町のあらゆる商業に顔が利いている。


 この町は「水之世」を中心として作られた町であり、「水之世」での鍛錬目的で訪れる冒険者が多くなり、自然に冒険者ギルドが町の中心になったのだ。

 ゆえにマカは冒険者の町とも言える。


 そうなると自ずと、町の商業は冒険者寄りになってくる。

 冒険者の装備や非常食などを売るための店や冒険者が取ってきた魔物の素材を扱う店、冒険者のための酒場など、様々なところでここの冒険者ギルドと商業は密接に関わっている。


 そうなると、商業からも冒険者ギルドに依頼を出すこともある。

 例えば、森での木の伐採や加工、ポーション作りのための薬草の採取など。


 ただ普通の魔物討伐や素材採取の依頼に比べて、報酬が少ないんだよな。

 最初は俺は浮かない顔をしたが、


 『だったら壁の弁償を全額負担してくれんのかぁ!』

 『はい……やります』


 こんなことを言われたら、俺に断る選択肢はない。


 そんなこんなで木材の加工の依頼を受けたときだった。


 通常ならノコギリで切って加工するのだが、俺にはそんなもの必要なかった。

 〈水流斬〉でスパスパ斬ったよ。斬るのは俺の得意分野だ。


 たいていの人には俺の〈水流斬〉は速すぎて見えないから、大工の人には俺が道具を使わず、木材を斬ったように見えただろう。

 口をあんぐりと開けて驚いていた。


 このことが切っ掛けでマカには、剣を使わずに物を斬れる剣士がいるという噂が出回った。


 そして俺が依頼の一巻で、ここから少し遠い北の場所にあるゴブリンの集落に住み着いているゴブリンの上位種のホブゴブリンの討伐に出たときだった。

 

 ゴブリンもホブゴブリンも大して強くも無く、〈水流斬〉で一刀両断だったが、問題はホブゴブリンの討伐証明が何だったか受付嬢に聞き忘れたのだ。 

 スイートビーの蜂蜜採取の時も巣の場所が分からず、一旦ギルドに戻って受付嬢に聞いたことから、いつもの…うっかりが作動してしまった。


 頭を抱えてもしょうが無いので、氷を使って荷車を生成して、その上に両断したホブゴブリンの死体を乗せてギルドに戻った。

 ギルドでは、少し前に名前を知った受付嬢のアンさんやレティアさんは凄く呆れた顔をしていた。


 また当然ながらマカに入った際に、両断されたホブゴブリンの死体を多くの人に見られた。


 噂も相まって、俺には魔法使いなのに「無剣の剣士」なんて異名がついた。

 貶しているのか、賞賛しているのか、よく分からない異名である。

 

 そういうことがあって、通り過ぎる時によくお昼に買っていく串焼き屋のおっちゃんが無剣の剣士と声を掛けたのだ。

 そう言えば、新しい串焼きが出たと言っていたな、お昼に寄っていくか。




 今日のお昼が決まったところでギルドに入り、依頼完了の手続きをする。


 「お帰りなさい。午前中に受けた依頼を午前中に終わらすなんて、相変わらずだねミナト君」

 「まだおはようですね、アンさん」

 「ふふ…おもしろいわね、おはよう。えーと…エルダートレントの実の採取よね?…………うん、ちゃんと個数も揃っているわ。お疲れ様」

 「ありがとうございます。………………あ、報酬の一部は壁の修理代に」

 「分かったわ」


 俺は残りの報酬を受け取って、受付から離れた。

 上記の出来事もあって、受付嬢のアンさんとレティアさんとはよく話す間柄になった。


 さてとお昼まで少し時間があるな。

 よし!俺が壁を破壊した訓練所に行くか。


 勿論壊した壁を見に行くとかでは無く、単純に修行のためだ。




 俺はギルドの奥にある訓練場に足を踏み入れる。

 そこには結構な数の冒険者が訓練をしていた。


 そして、その中には俺にも見覚えのある人物………クラルが剣を振っていた。




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