水の高速移動
何者にも侵されない晴天の如き蒼の剣。
これが俺の切り札〈蒼之剣〉だ。
俺が多くの試行錯誤と研鑽に加え、水剣技流の居合術を取り入れた全身全霊の水の斬撃。
ドガーン!!!
それはクラリサの〈旋風〉を紙のように切り裂き、そのまま彼女の背後にある訓練場の壁を派手に破壊する。
〈旋風〉内のクラリサには斬撃を当てないように、〈旋風〉だけを縦一線に斬った。
それによって〈旋風〉が解除される。
後には片膝をつき、息切れをするクラリサがいた。
額に大粒の汗に、青白い顔。
魔力が枯渇しそうになる典型的な症状だ。
あの〈旋風〉には予想通り相当な魔力を用いるのだろう。
「まさか……〈旋風〉が破られるなんて」
「いやいや…俺の〈水流斬〉が全く通用しなかったし、あの〈旋風〉ていう魔法は凄かったぞ」
「何を悠長に!」
賞賛のつもりだったが、逆にクラリサの神経を逆撫でしたらしい。
クラリサは何度か大きく息を吸ったり吐いたりして、緩慢に立ち上がり、剣を構える。
しかしその姿は覚束ない。痩せ我慢がバレバレだ。
「止めとけ。もうお前、限界だろ?」
「黙れ!私はミル様の専属護衛。誰にも負けるわけにはいかない!!」
「それさっきも聞いたけどよ。そのポジションそんなに大事か?」
「私の誇りだ!」
クラリサは剣の先を俺の方に突き立て、突きの構えを取る。
また近接戦に移行か?
あの状態ではまともに魔法を行使できないし、立つこともやっとなのに。
訝しむ俺をよそに彼女は膝を曲げ、突進するような体制をとる。
クラリサは相当焦っていた。
自身の切り札を破られたからだ。ミナトの特大の蒼閃をくらった〈旋風〉は切り裂かれた。
しかも何故かその後、〈旋風〉に魔力を送っても修復することがなく、崩壊を起こした。
もう〈旋風〉を出せない。
ここまでの戦闘に重ねて、自身の中で最も消費魔力の大きい〈旋風〉を使用した。〈旋風〉は一度解除されたら、次を出すのに途方もない魔力を必要とする。
物理的なダメージは無いが、魔力は殆ど残っていない。
目を閉じたら、気絶してしまいそうなほど眩暈がする。
対するミナトは疲弊した様子は見受けられない。
言わば、かなりの劣勢である。
打開策は………一つだけある。
"もう一つの"オリジナル魔法を使うのだ。
この魔法は少し前から習得を試みてきたものだ。しかし未だ満足のいく形にまで仕上がっていない。
これには風の緻密な操作が必要不可欠なのだ。
何度、失敗して体を痛めつけたか。
私は突きの構えをする。
この魔法は"ある伝説のエルフ"の逸話からヒントを得て、編み出そうと考えた。
逸話では、周囲の風を意のままに操ったと言うそのエルフは自身を風と化していたと。
それによって、風神の如きスピードを持って敵を葬っていたと。
嘘か本当か分からない。
そんなことは自分にどうでも良い。
残りの魔力を振り絞って、自身の背中に風を発生させ始める。何度も試してはいるが、この精密な風の操作に慣れない。小さ過ぎず、かと言って大き過ぎず。
絶妙なバランスの風量を調整する。
そして剣先の狙いをミナトに定め、背後の風を一気に自身の背中に押し当てる。
背中に感じた一瞬の力を利用して、ミナトに突っ込む。
唐突に背後に風を生じたクラリサに首を傾げていたが、瞬きする間に、
シュンッ!!
クラリサが消えた!
いや!消えたように見えた!!
五年間でシズカ様との近接戦で培った危険察知能力が久々に警報を鳴らした。
それに従って、左半身を後ろへそらす。
直後に、俺の左肩を貫かんとするクラリサの剣が通過した。
間一髪で避けられた。
物凄い速度だ。
剣を構えて、何をするかと思えば、こんな隠し玉を持っていたのか。
一連の流れを見るに、クラリサは背後に風を発生させ、それを押し当てることで追い風のように速度を速めているんだ
さっきまでの余裕を解いて、警戒体制に入る。
しかし…クラリサの体は瞬足で俺の横をすり抜け、そのまま訓練場の壁に激突した。
は?……どうしたんだ?
もしや、まだ制御し切れていないのか?
クラリサは壁に衝突したものの、すぐに体制を立て直す。表情は悔しさで染まりきっている。
どうやら俺の推測は当たっていたようだ。
「これも避けるのか?!」
「風を使った高速移動か。それも切り札なんだろうが、それぐらいの速度では俺を捉えられないぞ」
「ぐっ?!お前は一体、どんな鍛錬を積んできたんだ?!」
そりゃあ…シズカ様の移動速度や剣速って速過ぎて見えないからな。
俺に比べれば、さっきのクラリサの速度なんて大して速くはない。
「クラリサ、この魔法もお前のオリジナル魔法だろ?どんな名前なんだ?」
「無い………何故、オリジナル魔法と分かる?」
「それは……俺も同じものを使うからな」
「同じ…もの?」
「今から見せてやるよ。本物の高速移動って奴を」
俺はクラリサの疑問に答えるべく、自身の高速移動魔法を見せてやることにした。
この魔法は「水之世」のボス部屋のすぐ手前の空間…ボスの次に強い魔物であるウォーターパイソンの高速移動魔法〈水の突進〉を模倣したものだ。
Bランク冒険者のミットさんに圧勝し、他の冒険者達に捕まらないようにするために使い、Dランクの依頼を短時間に遂行するためにトレントの森までの往復で使用した水の高速移動。
クラリサが自身の背中に風を発生させ、それを追い風のようにしていたみたいに、俺も後背に小雨のような細かい水を発生させる。
クラリサのは風で体を押して、速度を増していたが、俺の場合は背中からの水の噴出による反作用で速度を上げる。
これはただ水を背中からの噴出するだけでは、前に全く進めない。
自身頭の後ろや後背、膝の裏、脹ら脛など、体の背後のありとあらゆる部分から〈水流斬〉のように圧力を高めた水の放出をしないといけない。
だが、問題はそれで速度を上げても、さっきのクラリサみたいに制御が効かず壁に衝突したり、あらぬ方向に飛んでいってしまう。
水の放出による反作用に対して、指向性を持たせるとなると、まぁ…これがかなり難しい。
俺も完全に習得するまでどれだけかかったか。
俺はクラリサを見据えて、地面を強く踏みしめ、一気に駆け出す。
俺はこの魔法に水魔法使いらしく、こう名付けた。
「〈瞬泳〉」
シュッ!
俺の視界が一瞬でクラリサの前に移動する。
側から見ている者がいたら、俺が通った場所には細かい水の粒子が漂っているのに気づくだろう。
「がはっ……」
クラリサが反応する間も無く、俺の拳がクラリサの腹に突き刺さる。
彼女はそのまま前向きに倒れる。
俺は彼女な地面に倒れないように受け止める。
「クラル!!」
「おい、ミナト!なんだ今は?魔法なのか?!」
少し遅れて茶色いローブの人、ミルさんとギルド長のミランさんが駆け寄る。
ミルはローブのフードを深く被っているため、顔が見えないが、クラリサをとても心配しているような気がする。
俺は取り敢えず、クラリサを訓練場の脇に寝かせる。
そしてミランに向き直る。
「それでクラリサを倒したので、俺はCランク冒険者って事でいいですよね?」
ギルド長に対し、文句はないだろと言ったような表情で、ニッコリと笑いかける。
ギルド長のミランはそんな俺の表情に、頬をピクピクとひくつかせる。
あれ?なんか…怒ってる?
「あ……ああ、そうだな……確かに試合には勝ったし、お前の実力は嫌と言うほど分かったよ」
「よし!じゃあ俺は今からCランク冒険者ですね」
「そ、そうだな…………なぁ、ミナト。一つ聞いて良いか?」
「てめぇ………あれはどうする気だ?」
「あれ?」
ミランは親指でクイクイと後ろを示す。
指差された場所を俺は見る。
そこには……………〈蒼之剣〉によってド派手に倒壊した訓練場の壁があった。
斬撃状に縦線が壁に入り、その線を起点に多くの亀裂が張り巡らされている。
ハッキリ言って、ただの試合で出来ていい破壊痕では無い。普通に弁償ものだ。
どうすれば良いか、暫く無言になって考える。
俺は頭をボリボリとかいて、
「え、えーと……そうですね」
「………」
「……………アクアライド家に請求は?」
「却下だ」
結局、試合は俺とクラリサの二人によって行われたものなので、壁の修理代は俺とクラリサの二人が一部弁償することになった。
ようやくミナト対クラリサが終わった。
書いているうちに気づいたことは、クラリサが意外なほど強くてビックリした。