水の斬撃 VS 風の斬撃
気づいたら、俺の目の前にクラリサの姿があった。
「近接戦か?!」
「そう!これで終わり!〈ウィンドセーバー〉」
手に持った細い剣を振りかぶり、今にも振り下ろそうとする。剣には薄っすら半透明の風が纏わりついている。
〈ウィンドセーバー〉は武器に風を付与するエンチャント魔法か。恐らくあれで切れ味を上げているのだ。
人間なんてバターのように切るだろう。
………いやいや!!殺す気か?!!
クラリサの殺意に割とビビる。
思えば、少し前の風の槍や直前に出してきた数百個の風の刃、そして俺をナマス切りしようとする風の剣とか…完全にやりにきてる。
確かに俺も試合開幕に〈水流斬〉を放って、クラリサに攻撃したけど。
もし彼女がしゃがんで回避行動を取らなければ、寸前で〈水流斬〉を消していたぞ。
ま、まぁ…手加減しないぞと言ったクラリサを上から目線ムーブ中の俺が挑発して、煽りまくった結果だな。
そんなにミル…様って人を馬鹿にされたのが逆鱗に触れたのか?
おっと!そんなこと考えてる暇はなかった。
〈ウィンドセーバー〉を付与した風の剣が袈裟斬りによって、俺の右肩から左腰を真っ二つにする勢いで振り下ろされた。
俺は剣の軌道をよく見極めて、体捌きでかわす。
剣の軌道はそこでは終わらず、燕返しの要領で剣が戻ってきた。
またしても体捌きでよける。
そして逆袈裟切りで振り上げた腕に対して、俺はクラリサの腹に蹴りをお見舞いする。
よろけたクラリサからバックステップで距離を取る。
「っ?!近接戦も強い?!」
蹴られた腹をさすりながらクラリサは驚く。
この一瞬の攻防で俺が近距離も対応できると悟ったみたいだ。
何を驚いているのだ?
「当たり前だ。魔法使いだから近接戦が出来ないと思ったか?」
「くっ!」
今の剣戟で勝負を決めるつもりだったのだろう。
チャンスを失った彼女は顔を歪ませる。
だが、それの一瞬で一回の深呼吸の後、決意を込めた表情になる。
クラリサは俺に話しかけてくる。
「すまない、ミナト。最初、私はお前のことを甘く見ていた」
「急に………どうした?」
「Bランク冒険者を圧倒したことは知っていたが、心の底では四級魔法すらまともに使えないお前を想像していた」
「お、おう………随分な言われようだな」
「それは私の観察眼と実力が低かったからだ。今のままでは私はお前に勝てない」
「じゃあ降参でもするのか?」
「まさか。私はミル様の専属護衛として負けるわけにはいかない。…………だから、ここからは”全力”でいく」
全力?さっきのが全力じゃないのか?
そう問い返す間もなく、眼前のクラリサに変化が訪れる。
彼女の魔力の波から只ならぬ魔法の気配を感じる。
「ま、まさか?!あれをやる気では?!」
そう叫んだのは、訓練場の隅の方で俺達の試合を観察していたミランの隣にいる人物。
クラリサがミル様と呼んでいた茶色いローブの人が驚愕している。
あれをやる気?
疑問に感じた俺がクラリサに視線を戻したら、あれの正体が分かった。
ヒュウウウ、ゴオオオオオ。
大きく風切り音が聞こえてくる。
その変化は主に三段階。
一に…クラリサの周囲に風が舞い始め。
二に…その風が彼女の周囲を回り、激しい渦を作り出す。
三に…鋭い切れ味を帯びた風が半透明な螺旋の壁を形成する。
まるで小さな竜巻。
「〈旋風〉」
クラリサはそう言った。
これまでクラリサが放ってきた魔法とは毛色が違う。
感じる魔力から〈風刃〉や〈風重圧〉といった単調なものではなく、その都度魔力の形が変容していく。
クラリサは魔力そのものを操っている。
ならば、これはクラリサの………………、
「あれがクラルのオリジナル魔法〈旋風〉か」
一部始終、ミナトとクラリサの戦闘を見ていたミランが呟く。
「はい、そうです。あれこそが戦いの中で習得したクラルの切り札とも言えるオリジナル魔法」
ミルが肯定する。
「始めはあの魔法に名前はありませんでしたが、私と共に冒険者をやっていくうちに、いつしかクラルに付いた「旋風」という呼び名をそのまま魔法名にしたそうです。消費魔力と威力の関係上、私やクラルの実が危険に晒された時にしか使用しないと決めていました。…………それをたかだか、試合相手にあれを使うなんて!!」
ミルは昨日の暗殺者集団のような命を奪う相手でもない者にオリジナル魔法を使ったことに激怒する。
「あれを使わないと、ミナトには勝てないとクラリサは判断したんだろ」
「………」
ミルは無言でミナトを凝視する。
確かにあのミナトという元アクアライド家嫡男は強い。
今まであってきた魔法使いの中では間違いなく、一番だ。
この試合が始まってから彼への興味が尽きることがなかった。
魔力の感じからして、彼がこの試合で使用している魔法は全てオリジナル魔法だ。
とてもではないが、試合前にクラルが言った四級水魔法〈ウォーター〉すらまともに発動できない人物には思えない。
一体、どこまでの修練を積めば、その領域に達するのだろうか。
行方不明になった五年間に彼の身に何が起こったのか。
気になって仕方がない。
渦巻き状の風から発生する風圧に対して、片手を額の前にかざし、飛ばされないように足を踏ん張る。
「風の………バリアか?」
見たところ、ただ風を渦巻きに吹かせたように思えない。
試しに斬撃を撃ってみる。
「〈水流斬〉」
十八番である水の斬撃を飛ばして様子を見る。
高速で発射された高圧力の水は風のバリアにあたり、
ガンッ!!
〈水流斬〉は見事に風の防壁に阻まれ、搔き消された。
「ならこれだ!〈水流斬・乱〉」
一発ではだめなら、何度でも。
現れる数百の水の斬撃。
クラリサの〈連風刃〉を相殺した大量の〈水流斬〉を打ち込む魔法を放つ。
果たして結果は、
ガガガガガガンッ!!!
〈ファイアウォール〉を一刀両断するほどの威力がある〈水流斬〉、それも百を超える数の斬撃の嵐は全て弾かれた。
壁の防壁は依然として健全。
満足のいく効果がなかったことで目を細めて、〈旋風〉内にいるクラリサを見る。
「驚いた。その防壁はただ風を渦巻き状に回転させただけではないな。推測するに、風の刃を無数に発生させて、高速回転させているといったところだな。そして回転することによって、俺の魔法を横からいなしているのか。だから俺の〈水流斬〉が搔き消された」
「………初見で私の〈旋風〉の原理を見抜くか。そっちの方が驚きだ」
〈旋風〉内にいるクラリサは周囲に風の刃が舞う中、平然と立っている。
半透明であるため、顔が視認できるが、クラリサの表情には余裕さが伺える。
「ミナト…諦めて、降参してくれ」
「降参?どうして?」
「この魔法はミル様を守り抜くために生み出した私だけの風の障壁。攻防一体の〈旋風〉は鉄壁の防御。今まで破られたことがない」
「破られたとこがない?違うな。破れる奴が今まで破ろうとしなかっただけだ。〈水流斬〉」
ガンッ!!
〈水流斬〉を何度も放つが、効果なし。
「見ろ。お前の攻撃では私の防御を崩せない」
「相当な自信だな。だけど、その〈旋風〉ってやつを維持するだけでも、かなりの魔力を使うんじゃないのか?」
「そうだ、弱点まで分かるのか。やはり油断ならないな」
「俺は負けず嫌いだからな。降参なんてしねぇよ」
とか何とか言ったけど、どうしようか。
威力が足りない。
現状、火力の面で〈水流斬〉が効かない。どう破ればいいか。
相手の魔力切れを待つなんて、消極的な作戦は嫌だな。
「………そうか。では短期決戦で行かせてもらうぞ。〈華旋風〉」
またしてもクラリサの魔力に大きく変化が起こる。
「な?!範囲が広がった!」
さっきまではクラリサの周囲を覆うほどの〈旋風〉であったが、徐々にその範囲が大きくなっていく。
もし上空で〈華旋風〉を見れば、まるで花のように螺旋する風が徐々に広がるのが見えるだろう。
ザッ……ザッ……。
そして魔法の範囲を拡大しながら、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。
まずいな。
このままだと、訓練場の壁際まで追い詰められて、切り刻まれてミンチにされる。
ダンジョン出て、二日目にミンチは嫌だな。
〈旋風〉から逃れるために距離を取る。
懲りずに、ことあるごとに〈水流斬〉を放つが、螺旋する風の刃に横からいなされて、弾かれる。
普通の〈水流斬〉では効果はないな。そう……”普通の”〈水流斬〉では。
ならばどうするか。
俺がもつ最強の斬撃で決着をつければいい。
すぐに決断を下した俺は一気に訓練場の壁際まで移動する。
いきなり壁を背にして自ら逃げ道を塞いだ俺を見て、クラリスは怪訝そうにするが、気にせず俺に近づいていく。
その足取りは遅い。
なるほど。〈旋風〉に関して、もう一つ分かったことがある。
移動速度だ。
恐らく、〈旋風〉を発動中は風の制御にかなりの集中力を使うから、素早く移動が出来ないのか。
ならば好都合。
俺は両手を腰の方に持っていき、居合のような構えをとる。
そして必殺の水の斬撃を放つために、手元に魔力を込める。
今から出す魔法には緻密な魔力操作と少しの時間が必要だ。
「水之世」のボスである先生に出会ってから、先生の魔法を習得しようと何度も試行錯誤した。
その過程で出来たのが、俺の最初のオリジナル魔法である〈水流斬〉だ。
結局未だに、先生と同レベルの斬撃をくり出すには難しい。
先生が当たり前のようにくり出す斬撃はもっと大きく、鋭いものだ。
でも、俺も先生に近づくために俺なりに工夫した。
どうすれば、〈水流斬〉の威力を上げられるか。
俺なりに考えて、出した結論は………たくさんの〈水流斬〉を一つに束ねて、纏める。
自分の持てる全ての力をそれに注ぎ込み、練り上げる。
そうして出来た「水の剣」を持って斬る。
手の中に〈水流斬〉を大量に発生させ、それを一つにする。
これには俺も集中力を用いる。無言のまま魔力を練り上げる。
前を見ると、クラリサの風の防壁はすぐ目の前まで迫っていた。
「ミナト!お前の攻撃は〈旋風〉状態の私には通じない。それはもう分かっているだろう?いい加減、降参しろ!」
「………」
悪いが、こっちは集中しているから、答えられない。
だけど、もう終わる。
魔力は限界まで練り上げた。後は放つのみ。
覚悟しろ、クラリサ。今から放つのは先生を超えるために作り出した俺だけの斬撃だ。
クラリサはこの時、何故か周囲の音が無くなる感覚を思えたという。
まるで嵐の前の静けさのように。
ここでようやく気付く。ミナトは壁際まで逃げたのではなく、準備していたのだ。この鉄壁の風の障壁を破るために。
気づいたときには遅かった。
………ゾック。
生まれてから十五年間で最も危険を感じ取った瞬間だった。
「くらえ!!〈蒼之剣〉」
視界が青色で染まる。
ドガガガガガガガアン!!!!!
〈水流斬〉とは比べ物にならないほどの極大の蒼の斬撃。
まるで獅子の雄たけびのように俺とクラリサとの空間を分断しながら、風を切り裂く。
まさに蒼き一閃。
それがクラリサの〈旋風〉を易々と斬った。
水の斬撃 VS 風の斬撃における斬撃対決は水の勝利に終わった。