傲岸不遜な水魔法使い
ミナトがBランク冒険者を瞬殺したと言う情報を受けていた。
それでも、あのミナトが?……とつい思考してしまい、情報には多分な誇張が含まれていると思った。
すぐに終わらせるつもりだが、大きな怪我をさせないように〈風刃〉をミナトの足元に放った。
それなのに私の〈風刃〉は効果を表さず、何十発も放っても結果は同じ。
あまつさえ、
「クラリサ……斬撃で俺に勝つつもりか?斬撃は俺の十八番だ!〈水流斬〉」
ミナトがそう言った瞬間、私は強烈な悪寒に襲われた。
そして本能に従って、急速に膝を曲げ、しゃがみ込む。
直後に、シュン!………ガギッ!!
何かが頭上を通り過ぎた音と後ろから破壊音が私の鼓膜に入り込む。
後ろを見ると、なんとそこには何かに切り裂かれたように訓練場の壁が歪んでいた。
ここの訓練場の壁には、魔法を放ってもビクともしないバリアのようなものが張られている。
恐らく…私の頭の上を通り過ぎたものがそのまま訓練場の壁のバリアにダメージを与えたのだろう。
これは……魔法?
十中八九、ミナトの魔法だろう。
なんとか避けられたが、冷や汗が止まらない。
さっきの魔法に当たっていれば、その時点で終わっていただろう。
これで分かった。
私の〈風刃〉を消滅させたのも、ミナトの何らかによる魔法だ。
しかも私と同じ無詠唱で。
「避けるか。感は鋭いな」
改めて前方には余裕綽々なミナトの姿があった。
いや……口元に少しの笑みと隙だらけに棒立ちする格好は余裕綽々というよりも、まさに高飛車。
傲岸不遜の権化である。
強さも性格も私の知っているミナトとは大違い。
本当にミナトなのかと疑いたくなる。この五年間で彼の身に一体が何が起こったと言うのだ。
記憶の中にある五年前のミナトが段々と崩れていく。
ミナトが行方不明になる時まで、私がミナトに抱いていたイメージは、弱くて哀れな奴。
アクアライド家のくせに四級魔法もまともに扱えない。そのくせ王国魔法団に入りたいなどと抜かす。
私なら絶対に別の道を進もうとする。
常にビクビクして頼りない。
その覇気の無さは、見ているこっちがイライラしてくる。
だから小さい頃、心の底では彼を見下していた。
それが今や彼から見下されている。
傲りとも採れるスタンスには、それをするだけの実力があるからだ。
かく言う私もミナトのことを舐めていた節があった。
これでも私は魔法には自信がある。
自分で言うのもなんだが、無詠唱だけでも、この国では最上級の使い手であろうし、オリジナル魔法に至っては使える者は、主であるミル以外知らない。
自分以上に魔法を使えるミルは、エスパル王国頂点の魔法使いであると思っていて、心の底から尊敬している。
だから…そんなミルを侮辱したミナトを許せなかった。
雑魚のミナトのくせに…と思っていた。
自分とミルは敵では無いと言った際は腑が煮え繰り返るほど怒りが沸いたが、今思えばあれは自身の強さに対する裏付けであるのだろう。
私は立ち上がり、深く深呼吸してから剣を抜いて、ミナトに向き直る。
もうミナトを弱いと思わない。
「〈エアショット〉」
三級風魔法〈エアショット〉をミナトに飛ばす。
小石のように小さい空気の塊が複数、発射される。
この〈エアショット〉自身に殺傷力はなく、当たっても少し痛いだけ。
出だしや発射時の速度が速いことから、牽制や相手の意表を突くのに利用される。
「空気弾か?〈水流斬〉」
ミナトが呆れたと思ったら、次の瞬間には〈エアショット〉は消えていた。
…………だけど、私は見た。
早すぎて見えにくかったが、〈エアショット〉が消える直前にミナトから細長い何かが放たれ、それが〈エアショット〉を切り裂いたように見えた。
見たものが間違えで無いことを確認するために、次はさらに大きい魔法を放つ。
「〈風槍〉」
私の前に二メートルほどの半透明な槍が生成される。
太さは大きいって訳じゃないが、対象を仕留めるため槍の先端に風が渦巻いている。
〈風槍〉は二級風魔法の中ではかなりの攻撃力を持った魔法だ。
殺傷力に富んだこの魔法は槍のような鋭い風の刺突であり、〈風刃〉と違って人間に当たれば、容易に身体を貫通するだろう。
手加減する余裕なんて、私には無い。
だって…………、
「〈水流斬〉」
ザンッ!
ミナトはそんな〈風槍〉もいとも簡単に切り裂くのだから。
しかし収穫はあった。
意識して見たら、やはりミナトから細長い鋭利な何かが、もの凄い速さで出現して〈風槍〉を斬った。
ミナトは今までの私の魔法を全て、斬撃の魔法で斬ったんだ。
それによく見たら、ミナトの足元に水滴が何個も滴り落ちている。
ミナトは水魔法使い。
では、水の斬撃ということになるのか?!差し詰め〈風刃〉の水魔法版である。
………だが、水魔法にこんなものは無かったはず。
取り敢えず分かったのは攻撃魔法の放ち合いでは分が悪い。
がむしゃらに攻撃魔法を放つのは得策でないと判断した私はまずはミナトの行動を阻害するための魔法を発動する。
「〈風重圧〉」
「おわっ?!」
二級風魔法〈風重圧〉が相手の頭上にダウンバーストを発生させ、風の圧力がミナトに降り注ぐ。
これは消費魔力が大きいので、滅多に使わないが、二日連続で使うとは。
だが、効果はあった。
流石に上からの強烈な風に当てられたミナトは身動きが取れず、膝をつか…………ない?!
姿勢を崩しながらも、その場に踏みとどまる。
なんて強靭な体!
昨日の暗殺者達は堪らず膝をついたのに!
「上から風の圧力?なるほど、シンプルに対策しづらい。…………でも、〈放水・昇〉」
ザアアアア!!
それは大水量の放出だった。
ミナトの頭上に大量の水が現れるや否や、それが下から上へ流れる滝のように水が流れることで〈風重圧〉によるダウンバーストを掻き消す。
水で風を吹き飛ばした。
対策しづらいと言ったすぐ後に対策するな!
しかし私には愚痴る余裕が無かった。
〈風重圧〉が破られた以上、何か行動に移さないと、こっちがやられる。
「〈上風〉」
三級風魔法〈上風〉は大まかに言えば、〈風重圧〉と逆の効果の魔法。
狙った場所に今度は上昇気流を発生させる魔法である。
上からの風の圧迫では無理なら、下からはどうだろうか…という思いつきである。
奇しくも、さっき見たミナトの〈昇滝〉の風魔法版である………………なんてことも無く。
「お……おお!足下が揺れる」
ミナトの足がぐらつく。
〈風刃〉や〈風重圧〉とは違い、この魔法はそこまで得意ではない。実践では余り役に立たないと考えたからだ。
この魔法にやれることは精々、ミナトの姿勢を少し崩す程度しか出来ない。
けれど、今はそれで十分だ。
「〈突風〉」
三級風魔法〈突風〉は昨日は周囲から飛んでくるナイフを弾き返すための全方位の風であった。
今はミナトに当てるための指向性を持たせた風にした。
ただ強い風を出すだけの魔法であるが、効果は意外なほど表れた。
「おっと………わっ?!!」
〈上風〉での下からの風で、まともに立つのも出来なくなり、ダメ押しで横からの〈突風〉により、ミナトは後ろ向きに倒れてしまう。
油断しすぎだ!!
ここが唯一のチャンスと判断して、倒れ込んだミナトに対して、本気の連続攻撃を仕掛ける。
「〈連風刃〉」
〈連風刃〉は一度に数十枚の〈風刃〉が現れ、それが連続して絶えず放つ魔法。
数に物を言わせた超過密攻撃だ。
魔力を途方もなく消費するが、背に腹はかえられない。
何十枚の〈風刃〉がミナト一人に向かう。
側から見れば、半透明な刃の嵐だ。
これをどのように対処するのか伺っていると、
「〈水流斬・乱〉」
ミナトから無数の細い線が発生する。
余りにも多過ぎて、これは流石に目で捉えられる。
ザンッザンッザンッ!!!
途方もなく、連続した破裂音が鳴り響く。
ミナトが取った行動は何十枚の風の斬撃に対して、多くの水の斬撃を発生させ、相殺することだった。
まぁ…今のミナトなら、それぐらいやって見せると思ったよ。
「数の暴力は通じな………て、近っ?!!」
至近距離の私を見て、ミナトが驚く。
〈連風刃〉を凌いだミナトは立ち上がり、体制を整えるようとした頃には、私はミナトの目の前まで来ていた。
超過密攻撃はミナトを倒すために放ったのではなく、こうして距離を詰めるために使ったのだ。
接近戦に持ち込むために。
ミナトがそれに気づいても、もう遅い。
「近接戦か?!」
「そう!これで終わりだ!〈ウィンドセーバー〉」
風の斬撃を纏わせた剣をミナトに振り下ろす。
あれ?
この試合……殺しは禁止のはずだよね?