幼馴染みとの試合
レイン様の言った蒼月湖は水魔の森の中心に位置しているそうだ。
「あんな場所に行って何をするつもりだ?…………ああ、分かってる!どうせ秘密なんだろ?」
「すみません。ただ、その場所には探し物があるんですよ」
これぐらいは言って良いかな。
「ああ、探し物?あそこには強力な魔物しかいない国内屈指の危険区域だぞ。Bランク以上の冒険者でないと立ち入りが出来ないしな」
「Bランク以上?!じゃあ俺、入れないじゃないですか!なら、早いとこBランク以上にならないと」
とんでもない追加情報に戸惑う。
まぁ…昨日試合をしたBランクの魔法使いがあの程度なら、すぐになれそうだ。
しかしミランは呆れるように、
「お前……Bランクは一定数の依頼と達成率でなることが出来るものだ。なんでもDランクの依頼を一時間で達成したそうだが、それでも一年はかかるぞ」
ランクは強さでは無く、依頼の数と達成率で決まるのか、通りでミットさんは弱かった訳だ。
「ギルド長権限でBランクにできませんか?俺、こう見えても滅茶苦茶強いですよ」
「………自分で言うのかよ。水魔法使いなら、もっと謙虚にしろよ」
ミランは深いため息を吐く。
謙虚なんてしない。
俺は最強(自称)の水魔法使いなんだから。
もしこれをレイン様が聞いていたら、『調子に乗るな、雑魚!』と言いそう。
そう思っていると、肩に手を置かれる。それはクラリサの手だった。
「な、なぁ……ミナトは…アクアライド家が無くなって、悲しくないのか?」
「え?……ああ、その事か」
五年ぶりにダンジョンから出たと思ったら、俺の実家であるアクアライド家は落第貴族どころか没落貴族になっているらしい。
千年続いたアクアライド家に終止符が打たれたことに悲しみはないのか?
「驚きはあるけど、アクアライド家はいつかは無くなるとは思ってたよ。それが俺の代だっただけだ」
「か、軽いな」
クラリサが若干引き気味になっている。
普通に考えれば、俺は薄情者だろう。
だが、歴代当主達との修行を終えた今、俺の根底には、アクアライド家の栄光を取り戻したいのようなものでは無い。
ただ純粋にもっと魔法を探求したい、知らない魔法を見てみたいと言う好奇心だ。
周囲を見て、俺はソファに立ち上がる。
「あの…話が無いのなら退出して良いですか?」
ここに来たのはギルド長が俺と話したいからだ。
俺の強さと人柄を見るために。
俺の強さなんて、握手の時に充分伝わっただろうし、人柄なんて少し話せば分かるだろう。
魔法を研鑽し、自分の赴くままに振る舞う……それが俺だ。
蒼月湖はBランク以上では無いと、入れないのなら少しでも多く依頼をこなさないと。
「待て!」
ギルド長室の扉に手を掛けようとする俺をミランが止める。
「流石にBランクは無理だが、Cランクになら特例でされられる」
「マジですか?!」
「ああ、本来なら依頼が完遂された数でCランクになるが、Aランク以上の冒険者と戦って、高い実力があるとギルド長が認めれば、Cランクにさせる権限がある」
まるでBランク以上の冒険者の推薦でDランクになれる、あれみたいだな。
「早く言ってくださいよ。………というか、そんな権限があるなんて渡された小本にはありませんでしたよ」
「そんなものを載せれば、Aランク以上の冒険者に喧嘩を吹っかけるお前みたいな奴が続出するだろ。この権限はあくまで特例。稀にしか使わないものだ」
………何か、ぐうの音も出ない。
ミランが言ったとおり、そんな権限があることを知った瞬間にAランク冒険者に挑もうかなって少し考えてしまった。
「あの……ギルド長。話の流れから、なんだか嫌な予感がするのですが」
「その嫌な予感は的中だな」
茶色いローブの人は何故が不安な様子になり、ミランが正解だと回答する。
ミランは俺に対して、茶色いローブの人とクラリサを指さす。
「ミナト、ここにいる二人がそのAランク冒険者だ」
「ギルド長?!」
「ほ、本当かよ?!クラリサ?」
クラリサが咄嗟に反論の声を出し、俺が本当なのかクラリサに確認する。
「本当だ、ミナト。こいつらはこのギルドで最も名の知れたAランク冒険者だ」
「ギルド長、何故それを?」
「良いじゃ無いか、クラル。どうせ、ここの冒険者は全員知ってることだしな」
クラリサがギルドにいるって事は彼女は冒険者ではないかと思ったが、まさかAランク冒険者だなんて。
だが、これなら都合が良い。
俺はミランに近づく、
「じゃあ、俺がこの二人のどちらかを倒したら、Cランクになれるんですか」
その発言に俺以外の三人が固まる。
「おう……いきなり倒す宣言とは随分な自信だな」
「余裕ですよ。この二人は確かに魔法使いとしてレベルは高いですが、それでも俺の敵ではありません」
始めに行っておくが、この時の俺は別に二人を貶したかった訳じゃない。
ただ俺が感じた事実をありのままに言っただけだ。
だが、人によってはこの何気ない言葉が逆鱗に触れることがある。
うん…俺もこれを言われたらキレるな。
「撤回しろ、ミナト!」
その時、部屋の空気が一段階下がった気がした。
そして背中から感じる鋭く、冷たい視線。背後を振り向くと、クラリサが鬼の血相をしていた。
なんだよ急に?
「何を撤回だ?」
「さっき、お前が言った言葉だ!!」
「俺の敵では無いってところか?あれは二人を一目見て、俺が感じた率直な感想だ」
「ミ、ミナト!!言って良いことと悪いことがあるぞ!ミル様を馬鹿にするのだけは許さん!」
激昂したクラリサは今にも腰の剣を抜きそうだった。
「クラル、止めなさい!私は気にしていません」
「いいえ、ミル様!この男はミル様を侮辱しました。撤回させなければ、気が済みません!」
あ…今更だけど、茶色いローブの人はミルっていうんだ。
クラリサがミル様と敬称をつける人なんて、何者なんだろう。
何はともあれ、ミルは必死に怒るクラリサを止める。
が、クラリサの怒りは収まる様子では無かった。
「おい、クラル…ミルの言うとおりだ、止めろ。ここで殺人でも犯すつもりか?………ミナトもありゃ、私でも失礼だって分かるぞ。一先ず謝れ」
「う~ん………俺はただの真実なんですけど」
「っ?!!…………ミナト…覚悟しろ」
後に振り返ってみたら、この時の俺はミランの言うとおり確かに失礼であった。それでも口からあのような言葉が出たのには理由があった。
戦いたかったのだ、激昂させることで。
昨日のミットとの戦いでは満足できなかった俺はミットよりも圧倒的に強そうな二人と戦いたかったのだ。
そう考えたら、完全に俺は戦闘狂だな。
クラリサの忍耐とうとう限界を迎える。
魔力の波の変化から、クラリサは魔法を発動しようとした。
ここでやるんだったら、別に構わないけど。
俺も臨戦態勢になろうとしたときだった。
パンッ!
いきなり手を叩く音が鳴る。
「分かった、分かった。こうしよう。これから訓練場でミナトとクラルが試合をして、ミナトが勝ったら、Cランク冒険者にしてやる。逆にクラルが勝ったら、ミナトはミルとクラルに二人に謝罪して貰う。それでいいか?」
俺とクラリサは一度、ミランの方を向いて、すぐにお互いの顔を見合う。
そして同時に口を開く。
「「異議なし!!」」
こうして俺とクラリサとの試合が始まろうとしていた。
場所は訓練場。
あらかじめ、ここで訓練していた冒険者はギルド長の命により退出してもらった。
そういえば、退出した冒険者の中にミットさんがいたな。
俺とクラリサ達を見て、凄く驚愕していた。
他の冒険者も小言で…旋風とか…砂姫とか言ってたな。
この二人、もしかして有名人?
昨日はここでミットと試合をしたが、全く手応え無かった。
クラリサはそうじゃないことを祈ろう。
「ミナト……言っておくが、手加減はしないぞ」
「分かったから、早く来い」
前方で睨み付けるクラリサを挑発する。
そんな俺達を見て、ため息をついたミランは号令を掛ける。
「じゃあ二人共良いな?………始め!!」
「〈風刃〉」
号令と同時にクラリサの一枚の〈風刃〉が俺目がけて飛んでくる。
無詠唱か。感じる魔力から、そうだろうとは思っていた。
発生した半透明のギロチンのような形状の風は真っ直ぐ俺に向かう。
これは………風の斬撃?
風の刃は俺を切り裂かんとばかりに、目にも止まらないほどの速さで飛んでいる。
舐められたもんだな。
カシュッ!
何かが切れた音が出て、風の刃は俺に届く直前に……消滅した。
「何?!」
クラリサが驚く。
「どうした?手加減しないんじゃ無かったのか?」
「くっ?!〈風刃〉!!」
俺のさらなる挑発に乗ったクラリサは今度は数十枚の〈風刃〉を飛ばす。
複数枚飛ばせるんだったら、最初からそうしろ。
まぁ…………結果は同じだけど。
カシュッ!カシュッ!カシュッ!カシュッ!カシュッ!
先程と同じく、何かが切れた音が何度も響き渡り、俺に向かった〈風刃〉は須く
消滅した。
「一体何が?!」
クラリサはさっきよりも酷く驚く。
俺は彼女に宣告する。
「残念だけど、斬撃は俺の十八番だ。〈水流斬〉」
俺は本物の斬撃とやらをお見舞いした。
〈水流斬〉…それは俺が一番最初に習得し、最も得意なオリジナル魔法。
それは大量の水量を圧縮し、水圧を限界まで高めた水の斬撃。
岩をも切断する水の刃。
それがクラリサを襲う。