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オリジナル魔法




 その日の夜、クラルが三十人以上の暗殺者達を風魔法で蹴散らしていた場面を、遠くの場所で観察していた者がいた。


 「これは予想以上だな」


 高い建物の屋根に乗っている男は望遠鏡から見える光景をそのように評した。

 白いローブを身に付けた女剣士が種々様々な風を巻き起こし、刺客を蹂躙する姿は圧巻の一言。

 特に最後の魔法は………、


 「ふむ…無詠唱で魔法を行使は予想していなかった訳ではないが、最後の風魔法は何だ?螺旋する風……まさか一級風魔法〈トルネード〉か?………いや、それにしては規模が小さい。それに渦を巻く風というより、透明で鋭利な刃を風のように回転させているといった表現が正しいか」


 男は自身が熟練の魔法使いであるという自負があり、風魔法が自分の系統とは違うものであっても、基本四魔法の詠唱魔法ぐらいは全て知っている。


 男が持つ記憶の中には、先程見た〈旋風〉と同じ発動をする風魔法の知識は無かった。


 であるなあらば、考えられる事は一つ。


 「………オリジナル魔法か」


 魔法にはいくつかのステップがある。


 まず詠唱して発動する魔法を、詠唱せずに無詠唱で発動する。

 これを魔法の「無詠唱化」という。

 詠唱というある意味、オートで行っていたものをマニュアルで操作するのだ。魔法使いとして、一つ上の段階に進んだと言って良いだろう。


 そして次のステップは「無詠唱化」した魔法を自身の思い通りに形状や威力、速度、発動時間など変えて発動する。

 これを魔法の「最適化」という。

 ちょうどミナトの〈水流斬〉がこれに当たる。恐らくクラルが最後に出した〈旋風〉も何らかの風魔法を自身の思い通りにカスタマイズした魔法だろう。


 魔法使いの間では、この「最適化」された魔法をオリジナル魔法と呼んでいる。


 オリジナル魔法は魔法使いの永遠の夢と言われている。

 この世に無かった魔法を自らで作り出すのだ。魔法使いにとって、冥利に尽きるというものだろう。


 だが、その反面…オリジナル魔法は習得する事は、殆ど無理であろうというのが、この国の常識だ。


 魔法は詠唱して発動するものが全てというのが、共通認識だからだ。

 詠唱を無詠唱にするのは理解できるが、それをさらに別の形の魔法にするなど理解不能。


 わかりやすく言うと、今まで取り扱い説明書を持ちながら装置を操作していたのを、今度は取り扱い説明書なしで操作する。これが「無詠唱化」である。


 しかし「最適化」は操作している装置自体を改造することだ。


 操作しかできない者が今度は装置自体を変えることなど出来るだろうか?

 それは困難と言わざる終えない。


 つまりオペレーターとエンジニアの両方が出来なくてはオリジナル魔法は出来ない。

 

 それをクラルと言う女剣士はあの若さで………。

 男は改めて、クラルの素性を思い出す。


 「本名はクラリサ・オルレアンであり、オルレアン伯爵家の長女。冒険者の時はクラルとして活動し、冒険者ミルの専属護衛。クラルもミルも共にAランク冒険者」


 戦闘職である冒険者の間でも、Aランクは超一流の領域。一部の天才にしかならないとされる。


 「三年ほど前に、その才能をミル…いや、”ミスティル”に見いだされ、専属護衛になる」


 ミスティル…………それはミルと呼ばれる冒険者の本命。


 「それからはミスティルと一緒に冒険者家業を続け、Aランク冒険者となる。それによって、ついた二つ名は旋風。………なるほど、冒険者らしい誇張表現かと思ったが、そうではないらしい」


 一通りクラルの説明をして、男は小さく笑う。


 「オリジナル魔法は完全に予想外だが、言い収穫だったな。態々バリッシュ達にはミスティルやクラルという護衛の事を詳細に伝えておかなくて正解だな。出来れば、ミスティルの実力の方も見ておきたかったが、仕方ないか。あの程度の暗殺部隊を鑑みれば、御の字と言ったところだな」


 男は徐に立ち上がる。


 「さて…私も帰って報告せねば。クラル自体、確かに驚異になり得るが、”想定以上のものでは無い”と」


 次の瞬間、男はその場から突如消えた。


 何の前触れも無く、痕跡一つ残さず。









 俺が目を覚ましたのは祝勝を上げた日の次の朝だった。


 「………ふにゃあ」


 テーブルから上体を起こした俺は辺りを見渡す。


 ここは昨日散々飲み食いした……酒はチョッキ半分しか飲めなかったけど、ギルドの隣にある酒場である。

 どうやら酔ったまま居眠りしたらしい。


 そんな俺に声がかかる。


 「おう、おはよう。起きたか」

 「え………あ、おはようございます。バンさん」

 「もうすぐ昼になるぞ。ほれ、水だ」

 「……そんなに寝てたんですか、俺?……あ、水ありがとうございます」


 声をかけたのはCランク冒険者で斥候をしているバンさん。俺が低体温症を治した人だ。

 昨日はよく俺に自分の食事を分けてくれた。


 渡された水を飲み干す。

 ぶっちゃけ言うと、水魔法使いの俺にとって体内の水分を調整する事など簡単だ。でも、折角渡されたので、飲むことにする。


 「ぶはぁー…水、うめぇ」

 「………水をそんなに上手そうに飲む奴、初めて見た」


 そりゃあ水魔法使いだからな。外から摂取する水もこれはこれで美味い。

 

 俺はテーブルの席から立ち上がって、背伸びをする。

 頭はまだズキズキする。これが二日酔いってやつか。

 初めての二日酔いはなかなか気分が悪い。


 一通りストレッチをしたところで、バンさんに向き直る。


 「ここにはバンさん一人ですか?他の皆は?」

 「ん?皆はギルドの方に行っているぞ」

 「………バンさんだけ、ここに残ったですか?」

 「まぁな…流石に酔ってずっと寝ている奴をそのままほっとく訳にもいかないしな」


 昨日から思ったが、バンさんは妙に俺を気に掛けるな。本当に低体温症を治しただけなのに。


 ミナトは余り自覚していないみたいだが、バンはアイスウルフに左腕を噛みつかれ、黒く変色したとき、自身の冒険者人生が今までみたいにやっていくことが出来ないと思ったのだ。


 あの変色具合は間違いなく、腕切断案件。

 腕が一本無くなるだけで、斥候としては致命傷である。


 だからバンはミナトに心の底から感謝しているのだ。


 


 俺とバンさんがギルドに入ったとき、中は喧噪としていた。

 何かあったのかと俺とバンさんが顔を見合わせていると、


 「おーい、ミナト!起きたのか」


 声を掛けたのは剣士のブルズエルさんだ。


 「はい、起きました。少し頭痛はしますが。……それより、なんかギルド内が騒がしいですね。何かあったんですか?」

 「おう、それなんだがよ……聞いた話では、ここから少し離れた地区でたくさんの死体が転がっていたらしんだよ」


 聞き慣れない言葉が脳内を反芻する。

 シタイ……したい……死体?


 「それって、あの死体ですか?」

 「ああ、死んだ人間のことだ。今、町中がその話で持ちきりでよ。マカ直属の騎士隊が調査しているとのことらしい」

 「それはなんとも物騒ですね」

 「噂だと、死んでいた奴らの服装が黒い物で統一されているから暗殺者では無いかって言われてんだ」

 「…………ますます物騒ですね。ここでは、そんなことが日常茶飯事なんですか?」

 「そんな訳あるか!」

 

 ブルズエルさんが否定する。

 二日酔いの頭に、死体とか暗殺者とか…変な情報が流れ込むから一層頭が狂う。


 ていうか、暗殺者なんて本当にいるのか?ただの都市伝説だと思ったけど、確かに服装が黒に統一されてるって暗殺者らしいな……………あ?思いでした。


 服装と言えば、俺…昨日から目的の服を買ってない。改めて自分の着ているボロボロの服装を触る。


 俺が急に自身の服装を気にしだしたのを、ブルズエルさんがどうしたのか、と聞いた。

 この際なので、昨日の祝勝会で話さなかった俺の事情を話すことにする。


 俺が冒険者になったのは大元は服を買ったり、実家に帰るための馬車代を稼ぐためであること。

 だから報酬が高くなるように、上にランクの冒険者になろうとしたこと。


 なんかいろいろあって、Bランク冒険者を倒して、ブルズエルさん達の祝勝会に参加したけど。


 「そんな事情があったんかよ。だったら、俺がいつもよく行く服屋に連れてってやるよ。数着ぐらい俺が買ってやるから」

 「え?良いんですか?」

 「何度も言うがミナトは俺の恩人だからな。これぐらいさせてくれ」


 ブルズエルさんが朗らかに笑う。

 人助けって案外してみるもんだな。これを聞いたバンさんは、


 「あ、じゃあ俺も冒険者に必要なアイテムの店を紹介してやるよ。勿論、俺がはらうから」

 「あ、ありがとうございます」

 

 こうして俺はブルズエルさんとバンさんの紹介とお金で、服装とちょっとした装備を買いそろえるのだった。




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