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旋風




 正直言って、今回受けた暗殺任務は難しいものではないと暗殺部隊のリーダーであるバリッシュは考えていた。


 事前に貰った情報で冒険者ミルは強力な魔法使いであると知っていたが、魔法使いなんて詠唱する隙を与えずに殺せばいいと思っていた。

 よって一番厄介なのは、いつも護衛をしている女剣士であると判断した。 


 そして自分たちが殺害する相手は冒険者としてミルという仮名を使っているが、その正体は知らされていた。

 なので、その専属護衛であるクラルという女は相当な手練であると想定した。

 

 その想定は当たっていた。

 唯一の想定外とすれば、相当な…ではなく、自分達の手に負えない手練である事だろうか。


 「ちっ!その茶色いローブの奴だけ殺せば良い。白いローブの奴は数人であたり、それ以外の全員は一斉にかかれ!!」


 ナイフなどの飛び道具では護衛の風魔法で塞がれると判断したバリッシュは仲間に近接戦に移行するように指示する。


 仲間達は懐から短剣を取り出す。この短剣にも毒が塗ってある。

 そして同時に飛びかかる。

 これなら先ほどのように〈突風〉で吹き飛ばされる事はない。


 バリッシュの周囲にいる五人はクラルに攻撃して、クラルが五人に対応している間に他はミルを攻撃する。

 護衛が無詠唱なのは予想外だが、今度こそ終わりだ。


 クラルは眉根を寄せる。


 「近接戦なら勝てると?舐められたものだな〈風刃〉」


 その時、クラルから放たれたのは三級風魔法〈風刃〉。通常、この魔法は一つの詠唱につき、一個しか発動しない。

 しかしクラルによって発動された〈風刃〉は何十枚もの風の刃の乱れ打ち。


 「ぐわ?!」


 〈風刃〉は一回発動に一個という固定概念により、完全に意表をつかれた暗殺者達は十人を超える人数が風の刃に切り裂かれ、倒れる。

 バリッシュ含め、倒れなかった者の大半も腕や足など体のどこかを切られ、足が止まる。


 近接戦による飛びかかりも失敗に終わった。

 その失敗を見流すほどクラルという護衛は甘くなかった。


 「〈風重圧〉」


 発動された魔法は二級風魔法〈風重圧〉。

 相手の頭上に、上から下へ振り下ろされるダウンバーストが発生し、相手の動きを止めたりして動きを阻害する魔法だ。


 「がっ?!!何?!お、重い!!」


 だが、クラルの〈風重圧〉は大人を数人ほど乗っけられたと錯覚するほど重かった。

 

 訓練の一環で、熟練魔法使いの〈風重圧〉を体験した事があったが、ここまで重くは無かった。

 それも自分たち全員に影響が出るぐらいの効果範囲では無かったぞ。


 これによって、膝を突いてしまう。風の重圧で足をやられ、上手く立ち上がれない。

 当然ながら敵の前で膝を突くなど自殺行為だ。


 素早い動作で剣を抜いたクラルが剣に魔法を付与する。


 「〈ウィンドセーバー〉」


 たちまちクラルの剣に風が纏う。


 二級風魔法〈ウィンドセーバー〉。

 エンチャント魔法である〈ウィンドセーバー〉は武器に纏わせることで切れ味を格段に上げる魔法だ。

 風の剣を持ったクラルは仲間に斬りかかる。


 「うっ!」

 「があっ?!」

 「ぐっ!!」


 風の剣により、仲間が続々と切り捨てられていく。

 一人は胸を貫かれ、一人は喉を切り裂かれ、一人は首を切り飛ばされる。

 〈ウィンドサーバー〉が付与された風の剣は人をバターのように切っていく。


 しかも剣筋が鋭い。

 コイツ、魔法だけで無く、剣も強い!

 暗殺者という、ある意味近接戦のスペシャリスト達が倒される。


 見る見るうちに、バリッシュを除く仲間が倒れた。

 そして風の剣は遂にバリッシュを襲おうとする時、


 「クラル!その者を殺すのは駄目です。私に暗殺指令を出したのは誰なのか突き止めませんと」

 「かしこまりました」


 了承したクラルはバリッシュの足を切り飛ばす。


 「ああ?!!」


 悲鳴を上げるバリッシュを無視して、風の剣がバリッシュの首筋にあてられる。


 「さぁ…首謀者を言いなさい」

 「ぐっ?!舐めやがって!言うわけ無いだろ!」

 「……そうですか」


 〈ウィンドセーバー〉によって切れ味の上がった剣が徐々に首に食い込んでいく。

 このまま首を切り飛ばすつもりだろう。


 激痛の中、バリッシュは叫ぶ。


 「今だ!!放て!!」


 バリッシュは万が一を考えて、襲撃が始まっても、ずっと建物の陰に待機させていた三人の魔法使いに合図を送る。


 「「「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって敵を穿つ火炎の雨となれ。〈ファイアアローレイン〉」」」


 それは二級火魔法〈ファイアアローレイン〉。

 三級火魔法〈ファイアアロー〉を何十発も同時に放つ魔法であり、二級火魔法の中では最も攻撃性の高い魔法の一つ。


 それが三人同時に放たれる。

 数を暴力と言わんばかりに、大量の火の矢がミルを狙う。


 始めの〈突風〉でナイフを弾かれたが、これは弾けまい。

 

 今度こそ、やった!

 バリッシュがそう思うのも一瞬だった。


 「〈旋風〉」


 すぐにミルのもとに戻ったクラルは自身が最も得意とする風魔法を発動する。


 それはクラルと、そのそばにいるミルを中心として巻き起こる渦巻き状の風。いわば小型の竜巻だ。

 それでも風圧は凄まじく、周囲に転がっている仲間の死体や自分が十数メートルも吹き飛ばされる。


 ズガン!ズガズガズガズガズガズガ!!!

 多くの重低音が鳴り響く。


 とうとう火矢の雨と旋風がぶつかり合ったが、勝敗は誰がどう見ても明確なものだった。


 放たれた全てのファイアアローは漏れなく渦巻き状の風に消されてしまった。

 いや、消されたと言うよりも切り裂かれたという方が正しいか。


 ともかく弓矢の最大の敵は風であるのは一般的な常識であるが、それは魔法でも同じらしい。


 「なっ?!馬鹿な!!」


 バリッシュは目の前で起こった光景が信じられなかった。

 まさか三人による〈ファイアアローレイン〉の過密魔法攻撃が防がれるなんて。

 

 それは〈ファイアアローレイン〉を放った三人の魔法使いも同じだった。

 遠くでも驚きの顔をしている事が分かる。


 ていうか、なんだその魔法は?!さっき〈旋風〉と言ったか?

 〈旋風〉なんて風魔法聞いたことないぞ!


 それはそうだ。

 〈旋風〉はクラルの”オリジナル魔法”なのだから。


 クラルは三人の魔法使いを認識して、


 「〈穿旋風〉」


 さっきのような、クラルの周囲に発生した渦巻き状の風を横倒しにしたみたいな螺旋の風が三人の魔法使いに放たれる。

 魔法使い達は〈ファイアウォール〉を唱えたが、炎の壁は見事に切り裂かれ、そのまま魔法使い達を切り刻む。


 魔法使い達は断末魔をあげる余裕すら無かった。


 絶望の感情に浸ったのは一瞬だったが、バラッシュはすぐに行動に移す。

 クラルの注意が魔法使い達に少しでも向いたこの瞬間がチャンス!


 両足はクラルによって切り落とされたが、両腕はまだある。

 懐から毒の塗ったナイフを即座に取り出し、ミルに投げる。


 「〈サンドウォール〉」


 ガキン!

 ナイフは風に弾かれたのでは無く、砂の壁に弾かれた。

 無詠唱で発動された〈サンドウォール〉によって。


 一体でどれだけ自身の期待を裏切らせれば気が済むのか。


 「ミル様!!ご無事ですか?」

 「ええ、私は大丈夫ですよ」

 「申し訳ございません。私が油断してしまいました」

 「気にしないでください。結果的に無事だったのですから」


 何度も謝罪をしたクラルは鬼の血相でバリッシュを見る。


 「貴様!!よくもミル様を」

 「ぐわっ?」


 今度は両腕までも風の剣に切り飛ばされる。

 両手両足の無いバリッシュにまた首に風の剣が押し当てられる。


 バリッシュはもうどうすることも出来ないと悟り、ミルを睨む。


 「くそっ!貴様も無詠唱か!この護衛も無詠唱と言い、こんなの前情報には無かったぞ!!」


 思わず、そんなことを愚痴ってしまったのは仕方が無いだろう。

 その愚痴に答えたのはミルだった。

 

 「無詠唱が出来るなど、周りにアピールしたり、誇示をしたりなんてしません。変に目立ちたくありませんからね。それでも知っている人は知っていますがね。貴方は調べが足りなかったのです」


 一方、ミナトという魔法使いは無詠唱を隠そうとしていないが。

 仮に、この会話をミナトが聞いていたら、顔を引き攣らせていたであろう。


 「それはそうと……先程の質問をもう一回します。誰から私を殺せと命令されたのですか?」

 「さっきも言ったが、言うわけ無いだろ」

 「このままだと、あなたの首は無くなりますよ」

 「ふん!その前に死ぬさ…………………………がっ?!」

 「え?」


 バリッシュは急に口から泡を吹き出し、もだえ苦しんだ末、死んだ。


 暫く静寂が続いた。

 ややあって、


 「ミル様、これは?」

 「どうやら口の中に毒を仕込んでいたそうですね。捕虜にされたり、口を割らされる前に自決できるように」

 「そこまでして、情報を」

 「忠誠心が高いですね。雇われの殺し屋では無く、直属の暗殺部隊っと言ったところでしょうか」

 「直属………では、やはり暗殺命令を出したのはミル様の”ご兄姉”のいずれかですか?」

 「その可能性は高いですね」


 クラルは大きく息を吐く。


 「ミル様は玉座に興味が無いと公言しているはずなのですが」

 「王位を狙う者は総じて疑心暗鬼の権化なのですよ」

 「いずれにせよ、これから襲撃の頻度が増すことでしょうね。私やミル様が一対一で遅れを取ることはそうそうありませんが、護衛が私一人というのも」

 「そうですね。………この町に私や貴方が信頼に足る強い護衛がいてくれる助かるのですが」


 襲撃を退けたミルとクラルは宿に向かう。

 死体は明日の朝騒がれると思うが、今は休ませて欲しい。

 報告は明日の早朝にギルドに連絡をすれば良いだろう。


 ちなみにミルが最後に言った『この町に私や貴方が信頼に足る強い護衛がいてくれる助かる』というのは勿論冗談だ。

 この町に、そんな好条件の護衛など見つかるはずが無いと心の底では思っていたからだ。

 



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