クラリサ達の戦い②
「クラお姉ちゃん!!!」
遠くで、クラリサ達の戦闘を見守っていたイチカが、大声を出す。
ミルが戦闘に巻き込まれないよために、遠くにいるようにと言われ、クラリサ達から離れているが、離れていてもクラリサが吐血したことが見て取れた。
イチカの顔が見る見る内に、真っ青になっていく。
普通に考えて、吐血するのは異常事態だ。
命に関わるかもしれない。
このまま、クラリサが死んでしまうかもしれない。
そう考えると、イチカの思考が絶望に染まり始める。
「いやだ…………クラ…お姉ちゃん………………死なないで」
体中がブルブルと震えだし、紫の瞳から涙が零れ落ちる。
クラリサの事を実の姉のように思っているイチカからすれば、クラリサが死ぬことは家族を失うことに近い。
もう…家族は失いたくは無い。
母親は一年前に病気で死んで、父親も最近死んだ。
身内が死ぬ辛さは十分に味わった。
二度と味わいたくない。
「「………」」
その時、震えるイチカの両手に何かが触る。
暖かい何か。
「スズ………バーラ………」
それはイチカの両隣にいる花人のスズとバーラの手だった。
スズとバーラが持つ青い眼は、無言でイチカを捉えていた。
それは不思議と、震えるイチカに対して、謎の安心感を与えていた。
「そうだよね。クラお姉ちゃんなら、大丈夫だよね」
イチカは両腕でスズとバーラを抱きしめて、クラリサ達の戦いを見守った。
「ごほ!ごほ!」
クラリサは激しく咳き込み、口から少量の血を吐く。
皇国十二魔将・第十一席のポリアゾル・マークカブラの毒魔法によって、身体中の組織を破壊されたためだ。
かなり強力な毒である。
身体の強さには自信があったが、一度受けただけで、このダメージ。
毒の効果は、体の免疫力の高さで左右される。
免疫力の高いものは、一般的に肉体的に強度が高い者が多い。
ならば、肉体的に毒に耐性が無さそうなミーナとミルは、ポリアゾルの毒を一回でも受けたら、非常に危険である。
クラリサは何とか、身体が倒れないように足を踏ん張る。
それでも、頭に熱湯を掛けられたみたいに熱く、視界は揺らぎ、額から汗が留めなく流れる。
踏ん張っているはずの足が小刻みに震える。
「しっかりして!」
ミーナは足を震えさせるクラリサに肩を貸す。
「驚いた。普通なら、私の毒をもろに喰らえば、確実に死ぬまで行かなくとも、戦闘不能には、なるのだがな」
ポリアゾルは感心したように、クラリサを見る。
それを聞いて、普段は優しい印象のミルは冷徹な顔をポリアゾルに向け、ミーナは目を鋭くさせ、クラリサに肩を貸しながら片手をポリアゾルに向ける。
「あ、貴方!!よくも私の親友を!!〈ファイアアローレイン〉」
幼馴染であるクラリサを傷つけられ、激怒したミーナはポリアゾルに何十個もの火の矢を放つ。
数十の火の矢は全て狙い違わず、ポリアゾルへ飛翔する。
「〈防壁〉」
向かってくる火の矢による雨に対して、ポリアゾルは半透明の壁を形成する。
それはミーナを含めた王国第七魔法団が使っていた無魔法の〈防壁〉である。
無魔法は、自身の魔力をそのまま使用して行使するものであり、魔法使いであるなら、誰でも使用可能な魔法である。
ガガガガガガン!!
ポリアゾルが形成した〈防壁〉は、ミーナの〈ファイアアローレイン〉を全て弾き返した。
〈防壁〉が割れる様子は微塵も無かった。
「硬い!」
ミーナは、ポリアゾルが構築した〈防壁〉の強度に驚く。
通常の魔法が、自身の魔力を別の物質に変換してから発動されるのに対して、無魔法は先程も言った通り、魔力をそのまま使う。
なので、普通の魔法に比べて、無魔法は構築速度が早いのだ。
しかし、欠点はある。
例えば〈防壁〉などの防御魔法の場合、構築速度が早い半面、同じ防御魔法の土魔法〈ストーンウォール〉に比べ、強度は低いことだ。
だから、王国第七魔法団において、ミーナのような火魔法使いは〈ストーンウォール〉の補強程度にしか使っていない。
なのに、ポリアゾルの〈防壁〉は、少なくとも、自分の使う〈防壁〉よりも精度も強度もある。
「なら、もう一発!〈ファイアアローレイン〉」
ミーナは再び、〈ファイアアローレイン〉を放つ。
数十の火の矢がポリアゾルに向かう。
「はぁ…無駄だ。〈防壁〉」
同じことの繰り返しに、ポリアゾルはため息を吐きつつも、もう一度〈防壁〉を展開する。
さっきは、ポリアゾルの〈防壁〉に、ミーナの〈ファイアアローレイン〉は全て弾かれた。
二回目も同じだろう。
果たして、
「む?!」
ポリアゾルは驚愕する。
何と、放たれた〈ファイアアローレイン〉による数十の火の矢は、ポリアゾルの〈防壁〉を綺麗に避けるという軌道変更をしてきたのだ。
「ちっ!」
ポリアゾルは舌打ちをして、迫る数十の火の矢を避ける。
と言っても、全てを避けきるのは無理みたいで、数本は当たる。
だが、当のポリアゾルは無傷であった。
「見えない鎧の方も硬い!」
ポリアゾルが纏う見えない鎧も、〈防壁〉同様に硬かった。
その事実に、ミーナは悔し気に奥歯を噛みしめる。
一方のポリアゾルは、ミーナが無詠唱で魔法を行使したことに、顎に手を当てて考え込む。
「無詠唱?あの水魔法使いだけでないのか。王国魔法団とは言え、エスパル王国の魔法使いは皆、詠唱すると思っていたが。もしや、他の者も無詠唱使いか」
ポリアゾルが首を傾げる中、薬師であるパルは懐を漁る。
「クラル!!これを飲め!」
そして、パルが懐から薬剤を取り出し、クラリサに差し出す。
クラリサはそれを震える手で受け取り、何とか飲み干す。
すると、見る見る内に効果が現れる。
青白い顔色は血色を取り戻し、荒い息遣いも収まっていく。
「だ、大丈夫なの?!」
ミーナが心配して、クラリサに尋ねる。
クラリサは手を握ったり、開けたりして、自身の身体の調子を確認する。
「ああ、何とか大丈夫だ。心配を掛けた」
クラリサはミーナに、一言ありがとうと言い、自分の足で建てるほど回復したことを確認する。
「良かったです」
ミルも安堵の顔をする。
「これは貴重な薬草を複数調合して作った漢方薬だ。魔法で生み出された毒とは言え、効果があって何よりだ」
パルも一安心と言った表情をしたが、すぐに厳しい顔をする。
「しかし、厄介だ。奴の魔法は毒魔法。多分、基本四魔法に属していない特異魔法だな。無色無臭の気体状の毒を生み出す魔法と見た。しかも、無魔法を使えるのか」
「ええ、毒も無魔法も厄介ですが、彼が纏っている鎧。恐らくは錬金道具によるもの。余程の火力が無いと破壊できないでしょう」
パルとミルは、ポリアゾルに関しての分析を口にする。
「余程の火力…………私の一級火魔法〈炎災〉なら行ける」
〈炎災〉は、ミーナが生まれた家であるルイス家に代々伝わる一級火魔法。
身体のほぼ全ての魔力を溜めて、集約させて放つ火の息吹。
自身の持つ〈炎災〉ならば行けると、ミーナは考える。
「確かに、ミーナの〈炎災〉なら、突破できるかもしれませんね」
ミルも、これに同意する。
〈炎災〉の威力は、高い硬度を持つミナトの氷で凍結されたワイバーンを骨すら残さず焼き払ったり、あらゆる攻撃が通用しなかった外骨格を持つ百年百足を倒しきれずとも丸焼けにするほど。
あれなら、ポリアゾルの展開する〈防壁〉を貫いて、身に纏っている見えない鎧を破壊できるだろう。
「待ってて。今、魔力を溜めるから」
そう言って、ミーナは深呼吸をした後、集中する。
身体の至る場所にある魔力を溜め始める。
すると、ミーナの体と周囲に強力な魔力が漂う。
その強力な魔力は離れているポリアゾルも感じ取ることが出来た。
当然ながら、何もせずに見逃すポリアゾルでは無かった。
「何か強力な魔法を放とうとしているな。まさか、一級魔法か。させん!」
警戒の顔を見せたポリアゾルは、毒魔法を行使する。
自身の周りに、十個以上の玉を浮かべる。
ただ、その玉は赤紫と、見るからに毒々しい。
「〈珠毒〉」
次の瞬間、十個を超える赤紫の玉は、一斉にクラリサ達を放たれる。




