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クラ達の戦い




 時は少し前に戻る。


 ミナトとファングが一対一で戦うと言うことで、クラ、ミル、ミーナ、パル、イチカと花人のスズとバーラ…そして、ポリアゾルの八人は、二人の戦闘時の流れ弾に当たらないように、ミナト達から十分な距離を取った。


 「………お兄ちゃん」

 「「………」」


 イチカは心細く呟く。

 ミナトが心配のようだ。


 勿論、自身の兄が途轍もなく、強いのは知っている。

 それでも、心配なのだ。

 イチカのとって、ミナトは唯一の家族なのだ。


 イチカと同様に、初対面から妙にミナトに対して懐く花人のスズとバーラも心配そうに………顔自体は花であるため分かりにくいが、小さな青い眼をミナトがいる方向へ向けていた。


 「ミナトなら、きっと大丈夫だ。アイツは、こんなところでやられる様な奴じゃない」


 そこで、イチカ達の心配を感じ取ったクラは、三人に穏やかな顔で、自信を持って大丈夫と言う。


 ミナトが大丈夫な具体的な根拠は無い。

 だけど、クラはミナトの強さを身をもって知っている。


 相手の魔法使いは強いが、ミナトなら勝てると心の底から思っているのだ。


 「うん………クラお姉ちゃんが言うなら、信じる」


 そんな自信の籠った表情を向けられたイチカとスズとバーラは、安堵の顔をする。




 ミナトとファングがいる場所から数百メートル離れた地点で、お互い立ち止まった。

 充分に距離を稼いだここならば、ミナト達の戦闘の余波を受けることはないだろう。


 「クラとパルさんは前衛で、ミーナと私で後衛をやります。イチカちゃんとスズちゃんとバーラちゃんは、ずっと後ろで離れていてください」


 この中で、第五王女であり、最も地位の高いミルがリーダーとして指示を出す。


 戦闘はクラ、ミル、パル、ミーナの四人で行う。

 イチカ、スズ、バーラの三人はミル達の戦闘に巻き込まれないように、後方で待機する。


 イチカの潜在能力は百年百足の時に知っているが、実戦経験の無い七歳の女の子を戦いに参加させる訳にはいかない。


 「…………はい、ミル様」

 「了解した」

 「分かりました」


 ミルの指示に、クラ、パル、ミーナに異論は無かった。

 スズとバーラも、表情は分かりにくいが、応援を込めた視線を送っている。


 だが、本音を言うと、クラはミルには、イチカ達と一緒に後方で待機してもらいたかった。

 それゆえの若干の間の後の返事だった。


 相手は皇国十二魔将。

 何が起きるか分からない。


 しかし、ミルの魔法使いの腕は、クラも知るところ。

 後方支援してくれるのならば、有難い。


 「みんな、頑張って!!」


 イチカは四人に応援を送りながら、スズとバーラを伴って離れる。




 「さて…私も貴方がたのお相手をするとしましょう」


 ポリアゾルは、イチカ達が離れたことを確認したのを見た後、クラ達から少し間を開けたところから、律儀にお辞儀をする。


 ミーナのようなエスパル王国の王国魔法団が着るような軍服とは違ったデザインの黒い軍服を着ており、墨色の長い髪を持った男…皇国十二魔将・第十一席のポリアゾル・マークカブラは、涼しげな表情でクラ達と対峙していた。


 「………………随分と余裕だな」


 パルは目を細めて、ポリアゾルを睨む。


 パルの言った通り、退治するポリアゾルは余裕のある表情をしていた。


 ポリアゾルは皇国十二魔将であり、ヨーロアル諸国に置いて、強国三大国の一つであり、随一の魔法大国であるフリランス皇国で、最も優秀な十二人の魔法使いの一人だ。

 ポリアゾルから発せられる魔力から、熟練の魔法使いならば、彼が並みの魔法使いどころか、小国ならば間違いなく一、二位を争うほどの魔法使いであると分かる。


 それでも、ポリアゾルの目の前には、現Aランク冒険者のクラとミルの他、元Aランク冒険者のパルや、王国魔法団のミーナもいる。


 その彼らを前にして、当のポリアゾルは慌てた様子は微塵も無い。

 あたかも、何の危険性も無い小動物を相手にしているような余裕のある様子だった。


 戦いはすでに始まっているはずだが、片やクラ達は緊張を孕んでいるのに対して、ポリアゾルは冷静な様子である。


 ポリアゾルは小さく笑う。


 「はは…私はこれでも皇国から十二魔将の地位を頂いて身です。貴方がた()()で動じては立つ瀬がありません」


 ポリアゾルは軽い感じで言う。


 クラ、ミーナ、ミルは一斉に顔をしかめる。

 パルに至っては、怒りと憎しみを込めた視線を送っていた。


 明らかに、侮られている。


 ポリアゾルは、自分たちは何の脅威にもならないと言っているのだ。

 普通、侮られて良い気はしない。

 侮られて、悔しくない訳がない。


 特に、パルは今すぐにでも、ポリアゾルを殺してやりたい。

 そんな激情を持っていた。


 それでも、


 「………………踏み込めない」


 パルが呟く。


 先程から、パルはポリアゾルに攻撃をする機会を伺っていた。


 相手は皇国十二魔将。

 感じる魔力も強大。


 ならば、魔法使いとしての練度は、ここにいるクラとミルと言ったAランク冒険者の魔法使いよりもあると思った方が良い。


 それなら、近接戦で対応しようと考えたのだ。

 一般的に、魔法使いは近接戦に弱い。

 これは紛れも無い事実であり、経験則だ。


 まぁ…一部、魔法使いのくせに、途轍もなく近接戦が強い水魔法使いがいるが、あれは例外中の例外だろう。


 それに、クラの方は風魔法使いではあるが、剣にも精通している。

 後方からミーナとミルからの魔法の支援を受けつつ、クラと連動しながら近接戦で押し切ろうと考えていた。


 しかし、さっき呟いたように踏み込めない。


 何故だか分からないが、安易に踏み込んではいけないような気がするのだ。

 人よりも勘が鋭い自分が近づくことを警戒するという事は、近づいては行けない何かがある。


 この勘に従って、冒険者としての現役時代を乗り切ったのだ。

 だが、どれだけポリアゾルを注意深く見ても、その踏み込んではいけない何かは分からない。


 ふと…パルが横にいるクラを見ると、彼女も険しい表情をしていた。

 クラも魔法使いに近接戦は有効と思っているはず。


 彼女も同様、安易に踏み込めない何かを感じているのだろう。


 両者共に少しの間、拮抗している最中。

 ズズズズウゥ………。


 「何だ?!」


 地面が少し揺れ、遠くで強力な魔力が感じられたことに、パルは警戒する。


 「………………あれは、灰色の建造物」


 視力の良いクラが目を凝らして、強力な魔力が感じられた方向を見る。

 そこは、ミナトとファングがいるはずの場所。


 二人がいるであろう場所に、灰色の建造物らしきものが建っているのだ。


 強力な魔力が感じられることから、恐らく魔法によるもの。

 地面の揺れも、建造物が建てられた時の振動だろう。


 「ほう…ファングが領域魔法を使った。どうやら、ファングは本当に、本気でやるみたいだな。ファングを本気にさせるとは、あの水魔法使いは何者なのか。水魔法は正直、魔法に置いては最弱と思っていたが、認識を改めるべきか」


 同じく、灰色の建造物を眺めていたポリアゾルが、淡々と言う。


 けれど、ポリアゾルの言葉に引っかかるものがあった。


 「領域魔法?」


 ミーナが首を傾げる。

 王都での魔法訓練学校で魔法の事に関して、一通り学んだが、「領域魔法」という言葉は聞いたことが無い。


 首を傾げるミーナに、ポリアゾルは呆れた顔をする。


 「領域魔法を知らないか。貴公はエスパル王国の王国第七魔法団・副団長と聞いていたが、やはりエスパル王国は”魔法後進国”なのだな」


 ポリアゾルは肩をすくめ、呆れた様子でヤレヤレと言う。


 「な、な、何ですって?!」


 ミーナが頬を引きつらせる。

 自身の国が代表する魔法団の身でありながら、自身の国を魔法後進国と馬鹿にされたのが、頭に来たようだ。


 仕方がないではないか、魔法訓練学校では教わらなかったのだから。


 「領域魔法………自身の周囲に、領域のような魔法の空間を構築するもの。この空間内だと、使い手の魔法の威力や精度が増す。魔法使いとしては、オリジナル魔法以上の高等技術。使い手によっては、周辺を自分だけの世界に変えるような魔法」


 ミルは静かに説明する。

 説明されたミーナは目を見開く。


 ミルの口調からは、あたかも領域魔法を見たことがあるかのようなものだった。


 「知っているんですか?」

 「ええ、幼い頃に一度、領域魔法を見たことがあります。それも凄まじい規模の。今、ミナトが相手にしている皇国十二魔将が構築した領域魔法が矮小に思える程」


 ミルは思い出したのは、まだ自身が幼い頃の記憶。


 国王である父に連れられて、「ヨーロアル会議」に参加したことがあるが、その時に見たのだ。

 一人……………いや、二人の魔法使いによって、構築された規格外の領域魔法を。


 「ファングも、あの年で領域魔法が使えるようになったか」


 ため息を吐きながら、ポリアゾルは哀愁を伴った顔で言う。


 「アイツは凡庸な私と違って、本物の天才だからな。態度こそ、まぁ…アレだが、実力は確か。師匠であるドリアン殿の教育が良いのもある。今でこそアイツは十二席であるが、私も近いうちに、序列を追い抜かされて、()()十二席に戻るのか。……………と言っても、十二魔将”最弱”の私には、やはり十二席がお似合いだな。私など所詮、()()()()()()()十一席の代わりにすぎん」


 ポリアゾルは頬を掻く。

 それは魔法使いとして自身の実力不足を憂うと同時に、若者の成長を喜んでいる風な感じである。


 「今っ!」


 その時、クラが勢いよく地面を踏みつけ、ポリアゾルに接近する。


 ポリアゾルが長々と喋っていたのを好機を捉えたようだ。

 人は言葉を発して喋ったりすると、どうしても意識が言葉に削がれてしまうものだ。

 意識が削がれれば、反応も遅れる。


 踏み込みと同時に剣を突き出す。

 鋭い刺突がポリアゾルの胸の辺りに迫る。


 「おっと!」


 ポリアゾルは、何とか体捌きでクラの突きを躱す。


 しかし、完全に躱せなかった。

 薄皮一枚だが、胸に切り傷が作られる。


 クラは、今が攻め時と感じた。


 ポリアゾルという男は近接戦は強くない。

 ミナトだったら、今の不意打ち気味の刺突など難なく躱せるだろう。

 やはり、魔法使いに近接戦は有効な手段だ。


 クラは刺突によって、伸びきった腕を引き戻しつつ、身体を回転させながら、右から左への回転切りを放つ。

 剣がポリアゾルの左腰に迫る。


 「起動」


 けれど、ポリアゾルはクラの回転切りが当たる直前に、あるものを起動させる。


 ガン!!

 直後、クラの回転切りは硬い何かに阻まれる。


 「何だ?見えない鎧?」


 剣がポリアゾルの左腰に当たったが、当のポリアゾルは平気な様子であった。

 クラが言った通り、見えない鎧を着ているみたいに、剣がポリアゾルの体を斬れないのだ。


 良く見ると、ポリアゾルの左腕には、飾り気の無いブレスレットが装着されていた。

 そのブレスレットは今、光を放っている。


 先程のポリアゾルの「起動」という言葉と光るブレスレットから、恐らくブレスレットは防御系の錬金道具なのだろう。

 見えない何かしらの鎧を纏うための。


 「蝕め」


 ポリアゾルはクラに向かって、何らかの魔法を使ったのか、発せられた魔力がクラの身体を包み込む。


 「く?!」


 クラは咄嗟に腕を交差させて、防御の体制を取る。

 しかし、待てど攻撃を受けたような感覚は無かった。


 ハッタリか?


 魔法を使ったポリアゾルは、依然として余裕のある表情をしている。


 感覚の鋭いクラは、ポリアゾルから放たれた魔力で、何かしらの魔法が自身に使われたと感じたが、何も無いことに疑問を持ちつつも、そのまま近接戦を続けた。

 このまま近接戦でゴリ押しするのが、最適解と判断したためだ。


 ミナトがクラの剣術を『風』のようだと感じた通り、躍動感溢れる剣戟で息も付かぬ連撃がポリアゾルを襲う。


 ガン!ガン!ガン!

 だが、クラの剣を持ってしても、ポリアゾルの纏っている見えない鎧を斬ることは出来なかった。


 「ちっ!硬い!」


 舌打ちをしながらも、仕方なく…クラはポリアゾルから大きく距離を取り、パルたちがいるところに戻る。


 取り敢えず、息を整え、仕切り直そうと思った…その時、


 「ごほ!!」


 クラが咳き込む。

 食堂から胃にかけて、激痛が走ったのだ。

 クラは顔を歪ませる。


 けれど、それだけでは無かった。


 「っ!!がは!!」


 胃から何かが逆流してくる。

 クラは大きく咳き込み、それを口から出す。


 ベチャ。


 彼女の口から赤い水が吐き出され、地面に赤い染みを作り出す。

 それは紛れも無く、彼女自身の血であった。


 「クラル!!」

 「クラ!!」

 「嘘!血?!」


 パル、ミル、ミーナが慌てて、クラに駆け寄る。


 クラは額に脂汗を浮かべ、顔色も良く無かった。

 明らかに、体調に異常をきたしている。


 「これは…………毒!!」


 しかし、元Aランク冒険者の斥候であり、薬師でもあるパルは原因をすぐに突き止める。

 クラに襲った異常の原因が、毒であると断定する。


 「毒…それも魔法によるもの。そうか!毒魔法使いか!!」


 パルは、ポリアゾルが毒の魔法を使ったと理解する。

 つまり、毒の魔法使い。


 そう……皇国十二魔将・第十一席であるポリアゾル・マークカブラは毒魔法使いであったのだ。




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