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冒険者ミルと冒険者クラル




 「マスター!酒の追加頼む!」


 Cランクパーティのリーダーであるモンシェは自分と仲間の分として追加の酒を注文した。


 「あいよ!………あそこの黒髪の坊主は大丈夫か?偉く泥酔していたが?」

 「大丈夫だとは思います。酒に相当弱い体質なようで」


 言いたいことを散々言ったミナトは現在、テーブルの上で居眠りをしている。

 同じパーティメンバーであるバンが彼の背中をさすっている。どうやらバンはミナトの事がかなり気に入ったようだ。


 「そうか………そう言えば、見ない顔だな。新人か?」


 ここの酒場は冒険者ギルドと隣接されているため、頻繁に多くの冒険者が利用する。そのため、この店のマスターは飲酒可能な十五歳以上の冒険者の顔は大体知っている。

 でも、あの坊主は新顔だ。


 「はい、新人です。今日、冒険者になったばかりで。名前はミナトです」

 「ミナトか、覚えておこう。常連になるかもしれないしな」

 「うーん…どうでしょう。少し飲んだだけで、あの酔い様ですしね」

 「しかし、最初の食べっぷりには感心したなぁ。はっはっは!」

 「ふふふ…ですね。余程腹が減っていたのか」



 

 「ミナト……?」


 モンシェとマスターが笑っている時、傍らのカウンターで食事をしているローブを着た二人の人物の内、一人…背が高く白いローブを着た者が体を少しだけ反応させ、顔をモンシェとマスターに向ける。

 先程、彼らの口から出た名前を小さく反芻する。


 その反応に、隣で食事をしていた茶色いローブを着ている者が疑問の声を上げる。


 「どうしました、クラル?」

 「すみません、ミル様」

 

 クラルと呼ばれた彼女は頭を下げる。


 「知り合いの名前が聞こえたもので、つい反応してしまいました」

 「知り合いの名前?」

 「はい、ミナトです」

 「ミナト?………………聞いたことがある名前ですね」

 

 はて?と思い、ミルは記憶を呼び起こす。


 国内の貴族の当主の名前は全員把握している。流石に全ての子息子女の名前は覚えきれていないが、それでも高名な貴族の子息子女の名前は記憶している。

 それだけでなく、有力な商人や有名な冒険者の名前も。

 

 何故か聞いたことがあるが、どうしても誰の名前か浮かんでこない。

 だが、不思議と重要な人物…もしくは重要な家系の名前であるような気がする。


 「ミル様が思い出せないのも無理もありません。ミナトは今から五年前に死んだアクアライド家の子息ですから」

 「アクアライド家………」


 これまた、ある意味ですごい名前が出てきた。

 アクアライド家、彼女が知らない訳がない家名。この国の貴族なら誰でも知っている家名だ。

 千年前までは栄華を誇った家系であり、現在は実質”爵位を剥奪された”状態。


 「もしや…あなたの」

 「はい、幼馴染です」


 ここでミルは思い出す。

 ミナト・アクアライド。四級水魔法すら使えないと噂されていた子息だ。

 

 「まぁ…先程の言いましたが、五年前に死んだので同名の別人でしょう」


 そう言って、クラルはミナトやブルズエル達がいるテーブルを見る。

 しかし不運にも、このカウンターからではミナトの隣にいるバンが邪魔で上手く顔が見えない。


 「ご友人が無くなられたことは悲運な事ですが、そろそろ行きましょう。宿に帰って休息を取りたいですね」

 「分かりました。では戻りましょう。すみません、お代です」

 「はいよ!また来てくれ」


 二人はカウンターから立ち上がり、マスターに勘定を払って、酒場から出ていく。

 クラルが酒場から出るころにはミナトの事は頭の片隅に追いやられていた。

 

 もし少し前にミナトの顔を見ようとして、バンが隣にいなければ。

 もし酒場から出るときにミナトの顔をチラリと見ていれば。

 

 クラルはこの少年が五年前に死んだはずのミナトであると気づいたかもしれない。

 五年前にダンジョンで、亀裂に落ちようとしたところに手を伸ばしたけれども、掴めなかったあのミナトであると。




 二人が酒場から宿へ向かう途中で、事件が起きた。


 最初は軽い違和感だった。

 しかし宿に向かう度にその違和感が強くなり、やがて確信に変わる。


 「クラル、気づきましたか?」

 「はい、ミル様。人が全くいません」


 ミル達が利用する宿はマカの町でも一番の宿だ。その周辺はちょっとした高級街になっているので、人の数がギルド周辺よりも少ないのは分かる。

 だが、それでも誰もいない…なんてことがあるのか?


 人払いされていると考えるのが自然だろう。


 ややあって、クラルが周囲を見渡し、ミルに耳打ちする。


 「ミル様、辺りの建物の陰から微かに視線や気配を感じます」

 「なるほど……刺客ですか」


 ミルがそう断定すると、前方の建物の陰から一人の男が現れる。

 男は全身黒い服装を着ており、如何にも暗殺者といった格好だ。


 「冒険者ミルだな?」


 男は静かにミルを視認し、確認の問いをする。

 言われたミルはため息を一つ吐き、


 「でしたら何ですか?」

 「ここで死んでもらう」


 その男の言葉を最初に、周辺の建造物の陰から続々と前方にいる男と同じ格好をした者達が出てくる。

 恐らく男の仲間だろう。


 数はおおよそ三十人以上。

 瞬く間に二人は取り囲まれる。

 

 ミルは最後通告を出す。


 「一応聞きますが、諦めてもらいことは」

 「出来ん。貴様を殺すことが指令だ。大人しく死を受け入れろ」

 「………では仕方ありませんね」


 ミルは交渉決裂を感じ取り、小さく落胆する。

 返答は分かり切っていたけれども。


 「やれ」


 前方にいる男の指示で、全方位から一斉にナイフが放たれる。

 しかもナイフは掠るだけで、ほぼ確実に死に至る猛毒が塗ってある。


 前情報でミルは強力な魔法使いだと聞いたが、このナイフの数を一度に捌くのは無理だろう。


 そんな男の予想はすぐに打ち砕かれる。


 「誰に狼藉を働いていると思っている!!下郎が!!〈突風〉」


 突如、クラルの周囲に強い風が吹き荒れ、ナイフを全てはじき返す。

 しかもミルには突風の影響がないという調整付き。


 「な?!無詠唱だと?!」


 男は狼狽える。

 そして先程、無詠唱で三級風魔法〈突風〉を放った白いローブを着たクラルを見て、ゾッとする。


 〈突風〉によりローブのフードの部分が外れて、顔が見えたからだ。


 その顔には襲撃者を絶対に許さないとするような……激情が渦巻く紅蓮の眼があった。

 そして肩ほどある黒いストレートヘア。


 もしクラルの顔をミナトが見たら、思い出すのに多少の時間はかかるだろうが、こう言うだろう。

 クラリサ?………と。




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