限界突破
ミナト視点に戻ります。
俺は次々に繰り出されるファングの鉄を斬って行く。
そして、〈氷刀〉を振り上げた状態で、ファングの間近に迫った。
俺の前では、奴が作り出す鉄など紙同然。
これで終わりだ。
どんな魔法を繰り出そうと、俺には意味が無い。
早くコイツを倒して、残りの皇国十二魔将の所に行かないと。
ファングの隣にいた…あの墨色の髪の魔法使い。
体から溢れる魔力と波長からして、恐らく実力はファングと同等か、それに近い実力は有していると思われる。
クラ達がやられるとは思えないけど、念のために急いでファングを倒して、みんなの元に向かった方が良さそうだ。
そう思い、俺は振り上げた〈氷刀〉を振り下ろそうとする。
………だが、決着を付けようとした刹那、
「っ!」
俺は息を飲む。
見たのだ。
目の前のファングの目を。
ファングの目が…覚悟を決めたものを含んでいるのを。
それは絶対に目の前の敵を倒すという信念を宿した眼。
何かを起こす。
俺がそう思った瞬間、
「うおおおおお!!!負けられるかああああ!!!」
ファングは、いきなり口内の歯が全て見えそうな程、大きく口を開け、雄たけびを上げたのだ。
俺は意表を突かれ、振り下ろそうとした〈氷刀〉を止めしまう。
ここに来て、負け犬の遠吠え?
何をするのかと見ていると、ファングの体から大量の魔力が溢れだしたのだ。
感じる魔力は、これまでの比では無い。
「ウガアアアア!!!」
ファングは雄たけびを出しつつ、体中に纏っている魔力を一気に解放させる。
溢れた魔力は留まることを知らぬ。
袋の中に溜めた水が一気に弾ける勢いの如く。
ファングによって解放された魔力は、ファング自身の周囲を包み、そのまま俺を包み、さらに〈鉄領域・闘技場〉内全体を包み込む。
ファングが放出させた大量の魔力が見えない重しとして、俺の体に圧し掛かり、不快感が増す。
強烈な魔力で肌がヒリヒリする。
魔力の重みが段々増す中、
「あああああ!!!」
変化はそれだけではなく、魔力を大量放出していたファングの周りに、油色の魔力が漂う。
その油色の魔力からは、重厚な力が伝わる。
これまで感じた魔力とは、明らかに性質が異なる。
凝縮された魔力と言うべきか。
「…………色の付いた魔力」
俺がこう呟く通り、普通…魔力は透明で見えない。
魔力操作に長けた者は魔力を感じることが出来、俺ほどに魔力の扱いに慣れているのなら、魔力自体を視認できる。
だが、恐らくファングの周りの油色の魔力は、魔力操作に長けていない者でも、はっきり視認可能であろう。
それくらい油色の魔力は、魔力密度は尋常ではないぐらい濃い。
俺は目を見開く。
コイツ!まさか?!
「限界突破をしたのか!」
限界突破…文字通り、限界を超えて体の制限を外す行為。
体にある全ての魔力を全解放する事を意味する。
思い出されるのは、五年ほど前の「水之世」での、ウィルター様の言葉。
『ミナト君、限界突破という言葉を知っていますか?』
「おーばー………りみったー?」
その時、俺はウィルター様から魔法の知識を学んでいた。
そのウィルター様が突然、限界突破という言葉を使ってきたのだ。
言われた俺は首を傾げるだけだった。
ウィルター様は指を一本立てて、説明をする。
『限界突破とは、文字通り限界を超えるという意味です』
「限界を………超える」
『もっと、正確に言うならば、魔法使いが戦いの場に身を投じた際、危機的な状況や絶体絶命な時に、突如として体中の魔力が全解放され、潜在能力が引き出される現象のことです』
「必殺技みたいなものですか?」
ウィルター様から限界突破の説明をされ、俺はそれを必殺技と例える。
それを聞いたウィルター様はクスリと笑う。
『必殺技………確かに、必殺技なのかもしれませんね。しかし、同時に切り札………いえ、”最後の”切り札とも言えます。あれは、さっきも言ったように体中に魔力を全解放します』
「全解放……………かっこいいですね!それを教えてくれるのですか?」
これに対して、ウィルター様は首を左右に振る。
『ごめんね。今はミナト君に教えるつもりはありません。限界突破は効果自体は凄いですが、大きなデメリットがあります。それは限界突破が終われば、体にある魔力が枯渇して、体自体もボロボロになって、戦えなくなるのです。つまり、大変危険な行為。僕としても、仮に使えたとしても、余り推奨はしません』
「……………………そうですか」
俺は内心少しだけ落ち込む。
限界突破………名前からして、かっこよさそうだったので。
『ただ…限界突破自体、才能ある極一部の魔法使いが使う時があります』
ウィルター様は、そこで一区切り置いて、
『もし、ミナト君が「水之世」を出て、敵の魔法使いが限界突破を使ってきた場合は、くれぐれも気をつけて下さい。限界突破中は、今まで使って来なかった魔法を使ってくる可能性があります』
「分かりました。気を付けます」
『相手が限界突破をしている際は、相手の体の周りに、相手の魔力の”色”が見えるはずです』
「色ですか?」
『ええ、魔力は色を持っているのです。いずれミナト君にも、機会があったら、詳しく話そうと思います』
そこで、一先ず俺とウィルター様の会話は終わった。
なるほど、これが限界突破か。
ウィルター様の言ったように、確かに魔力に色が付いてる。
限界突破が発動されている時は、今まで使って来なかった魔法を使ってくる可能性があると言っていた。
因みに、俺は限界突破をやったことが無いし、やり方も分からない。
結局、「水之世」から出るまでに、ウィルター様から限界突破のやり方とかは教わらなかった。
「お前、限界突破を使えたのか」
「おーばーりみったー?何だ、それはぁ?………………まぁ…良い。何だか、調子が良いぜ。これなら、お前をぶっ飛ばせそうだ」
ファングの言葉に、俺は目を細める。
無意識に限界突破を発動したのか。
予想はしていたが、コイツもコイツで、クラやイチカと同じ「天才型」か。
俺は一旦、ファングから大きくバックステップを取り、距離を取る。
〈氷刀〉を正眼の構えの置いて、いつでも如何なる攻撃が来ても良いように、身構える。
油色の魔力を纏ったファングは異様な雰囲気を有していた。
嵐の前の静けさのような。
草むらに隠れた獣が虎視眈々と獲物狙っているかのような。
そんな雰囲気だ。
「「………」」
俺とファングの両者で沈黙が降りる中、ファングは油色の魔力を纏った状態で、唐突に鉄の破片が大量に散らばる地面に手を付く。
そして、手から地面へ油色の魔力を流し込む。
「〈集鉄〉」
地面に流れ込んだ油色の魔力は、そのまま地面の、さらに下へ流れるのを感じる。
「…………知っているか。最弱魔法使い」
ファングが静かに俺に語りだす。
「地面の中、その下にも、鉄はあるんだよ」
地面に中と下に、鉄?
聞いたことはある。
前にウィルター様からの座学で。
砂鉄といった物だったか。
土や岩石の中にある磁鉄鉱が風化したことで、砂状になったもの。
鉄を作る際は、その砂鉄を地面から集め、高熱を使って、純鉄にするのだ。
つまり、ファングは地面にある砂鉄に魔力を送っているのだ。
「〈甲鉄無惨暴君〉」
その時、ファングの立っている地面が起き上がり、甲鉄の土台のような物が作られる。
まるで、鉄の砦。
「〈鉄腕〉」
土台の上から俺を見下ろしたファングは、土台に魔力を込める。
次の瞬間、俺が立っている地面の魔力濃度が即座に濃くなっていくのを感じる。
「うわ?!」
俺は即座に、その場から飛ぶ。
さっきまで俺がいた地面が大きく揺れたからだ。
しかも、揺れただけでなく、地面が隆起し始める。
ドオオオオ!!
地面が爆ぜる。
〈鉄領域・闘技場〉の鉄の破片が撒かれた地面から、巨大な物が勢いよく出てきたのだ。
それは灰色の巨大な柱。
……………………いや、巨大な腕の形をした鉄だ。
巨大な鉄の腕は地面に付き出したと思ったら、俺目掛けて、腕を振るう。
大木を薙ぎ倒しそうな威力を持った巨大な腕の薙ぎ払いが俺を襲う。
食らったら、一溜りも無い。
俺は〈氷刀〉を振り上げ、巨大な腕を斬ろうとする。
例え、体積が大きくなり、質量が増そうが鉄であることに変わりはない。
同じように斬ってお終いだ。
………………そう思っていたが。
ガン!
〈氷刀〉の切っ先は巨大な腕に食い込んだまま、両断しきれず、止まってしまう。
「ぐ?!お、重い!!しかも硬い!!」
〈氷刀〉越しから、手や腕、全身の骨にまで衝撃が伝わる。
何とか飛ばされないように、足を全力で踏みしめる。
今まで斬ってきたファングの魔法による鉄と比べて、巨大な鉄の腕は物凄く重く、硬かった。
これでは斬れない。
そう判断した俺は、斬ることを諦め、回避を試みる。
「〈氷板〉」
踏み台として、氷の板を生成し、巨大な腕の薙ぎ払いを飛び越えるように回避する。
着地した俺は、すぐに二撃目を警戒するために、回避した後の巨大な腕に〈氷刀〉を向けていると。
「逃がすか!〈鉄腕〉」
さらに、魔法を発動するファング。
ドオオオオ!!
再び地面の魔力濃度が濃くなるのを感じ、そして地面が爆ぜる。
俺の後方の地面が。
首だけ後ろに向けると、
「二本目か」
そこにはさっき俺を薙ぎ払おうとした鉄の巨大な腕がもう一本地面から生えていた。
二本目の巨大な腕は俺を圧し潰そうと、拳を握り、それを叩きつけようとしていた。
しかも一本目の巨大な腕も、また腕を回転させ、俺を仕留めようとする。
二本の巨大な腕による二連撃の攻撃。
この腕は、今の俺の技量では斬れない。
だけど、俺は冷静に呼吸を整え、
「水剣技流初伝・流流」
俺は後方に現れた二本目の鉄の腕の叩きつけを、〈氷刀〉で受け流す。
俺は鉄の腕を真正面から斬るのではなく、腕の側面から斬りつけることで、軌道を逸らしたのだ。
攻撃の方向さえ、見極めれば、どんな攻撃も川に流される葉と同じ。
二本目の腕の攻撃は、逸らせた。
だが、間髪入れずに一本目の腕の薙ぎ払いが、俺に迫る。
俺は水剣技流初伝・流流で、体を回転させた勢いを殺さず、体をねじったまま、〈氷刀〉の切っ先を一本目の腕に向ける。
そして、
「水剣技流初伝・河乱れ」
俺は突きを放つ。
でも、ただの突きではない。
俺の放った突きは、薙ぎ払われる巨大な鉄の腕の側面の、一部分に当たる。
それによって、鉄の腕の”要”を崩し、力の流れを乱す。
力の流れが乱れたことで、腕の薙ぎ払いが俺に当たることなく、頭上を通過する。
これが水剣技流初伝・河乱れ。
剣で突いて、力の流れ…つまり、河を乱すのだ。
河とは、知っての通り、地表の窪みや凹凸に沿って、流れる水。
河とは、一本道で、一方向にか流れていないように見えるが、その実…河は無数に存在する力の流れが合わさった水の集合体。
力の流れには、必ず「要」という力が集中する場所が存在する。
勿論、無数の力の流れがある河にも。
河に一本の棒を突き立て、流れの本流を乱すのだ。
「ふっ!」
俺は力強く踏み込む。
二本の巨大な腕をいなした俺は、ファングに駆け寄る。
これだけの強力な攻撃、間違いなくファングの限界突破によって、魔法が大幅に強化された影響だろう。
推測するに、ファングは今、”他に影響を与える”魔法を使っている。
当たり前だが、魔法使いは自身の魔力で生み出したもの以外は、操作できない。
俺が魔力で水を生成して、その生成した水以外操れないように。
しかし、例外がある。
それは操れるものと、自然界にある全く同じ物質であった場合、魔法に長けたものならば、魔力を使って操作できるのだ。
俺なら、自身で生成した水以外に、海の水や空から降ってくる雨といった同じ水を操作でき、自身の魔力を触れた相手に流し込み、相手の体を氷漬けにする〈フロスト〉という魔法を使える。
これが”他に影響を与える”魔法というもの。
使い方次第では、自身で生成した魔法の物質に、それと同じ物質を掛け合わせることで、強力な魔法を使える。
ファングはどうやら、鉄魔法で鉄を作るだけでなく、地面の砂鉄を取り入れて、より硬度のある鉄の巨大な腕を作ったのだろう。
俺でも、斬れない程に。
ならば、話は複雑ではない。
術者であるファングを仕留めれば良いだけだ。
「〈氷板〉」
空中に氷の板の足場を設置して、それを踏み台にすることで、ファングの目の前に迫る…………けれど。
「させるかよ。〈鉄腕〉」
ドオオオオ!!
ファングが立っている甲鉄の土台、そこから追加の二本の巨大な腕が生え、ファングを守るように囲う。
これでは、ファング本体を狙えない。
ファングも俺が術者である自身を仕留めに来ていると理解したのだろう。
「もっとだ!〈鉄腕〉」
何と、ファングはさらに追加で、二本の巨大な鉄の腕を地面から生えさせる。
合計六本の巨大な腕。
「暴れろ!!」
その六本ある巨大な腕が縦横無尽に暴れまわる。
強大な腕は一本による攻撃だけでも、かなり大きな回避行動を強いられる。
それが六つとなると、全ての攻撃を回避するのは容易ではない。
俺は即座に肺にある空気を吐き出し、吸い込む。
「水剣技流初伝・波浪」
巧みな足さばきで、六本の腕の攻撃を避ける。
俺の体を紙一枚しかない隙間で、強大な腕の薙ぎ払いが通り過ぎる。
最小限の歩行と最小限の体捌きで、躱す。
それは攻撃からの回避のためだけに、無駄を限界まで削いだ回避技術。
これが水剣技流初伝・波浪だ。
波浪とは、海面による波のうねり。
少し離れた場所で俺を見ていたら、俺がまるで海によって巻き上がる波に乗っているように見えていただろう。
「ちっ!しぶてぇ」
難なく、六本腕の攻撃を避けた俺に、ファングは舌打ちをする。
俺もファングを鋭い眼で睨む。
ファングは俺を倒すために、体のある全ての魔力を使うつもりなのだ。
すなわち、最終局面。
俺は〈氷刀〉を構え直し、柄に力を入れる。
見せてやる。
水剣技の”真髄”を。