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ファング③




 冒険者になって、二週間もしない内に、多くの金を稼ぐことが出来た。


 俺とセルシィは、薬草の採取と魔物の討伐を主軸に依頼を熟していった。

 特に、リヨンの街の周辺に出没した魔物の群れの討伐は良い稼ぎになる。


 相手が強力な魔物であろうとも、持ち前の鉄魔法で、大抵は一撃で終わった。


 兎にも角にも、俺とセルシィは程よく金を稼ぐことが出来、稼いだ金は孤児院のために使った。


 孤児のみんなは喜んでいたし、シスター・ミーネも嬉しそうであった。


 俺は自身が魔法使いとして、これっぽちも優秀と思っていなかったので、何気なく魔法を使っていたのだが、次第に俺の鉄魔法の他の冒険者が目撃する機会が増えていた。


 魔法は、普通詠唱して発動する。

 けれど、フリランス皇国は魔法大国であるが故に、魔法使いの質自体は、周辺国でも抜きんでており、高位の冒険者で魔法使いは、殆ど無詠唱を会得している。


 一部の者は、オリジナル魔法を習得しているという話も聞いたことがある。


 基本四魔法である水魔法、火魔法、土魔法、風魔法は詠唱を必要とし、無詠唱にするには、熟練の魔法技術を習得しなければならないが、俺の鉄魔法は土魔法の派生であり、詠唱を必要としない。


 しかし、俺みたいに頭に思い浮かんだイメージを、そのまま魔法の行使できるものは、余りいない。


 大体、優秀な魔法使いは腕の良い師匠から教わるものだが、俺の場合はいない。


 誰からも教わってもいないのに、逸脱した魔法技術を持つ、素人ながら強力な魔法を使う若者がいるという噂がリヨンの街に伝わるのに、そこまで時間は要さなかった。









 そんな時…俺とセルシィはリヨンの街のギルド長に呼び出される。


 「な、何か悪いことでもしたの?ファング」

 「何で俺なんだよ!」

 「だ、だってギルド長に呼び出されるなんて、ファングが悪いことした以外にも思い当たらないよ!」

 「お前………」


 俺は口をへの字に曲げながら、ギルド長室に入った。


 そこには、短い赤茶色の髪をした何処にでもいそうな男が椅子に座っていた。

 傍らには、無骨な剣がある。


 「「え?」」


 俺とセルシィは異口同音で、驚きの声を上げる。


 何故なら、


 「よお!元気にしているか?ファング、セルシィ」

 「エルムのオッサン!」

 「エルムおじさん!」


 そう…そこにいたのは、孤児院のシスター・ミーネの幼馴染であり、かつて俺が財布を盗もうとして、逆にボコボコにされ、その後に孤児院に連れてきた剣士エルムであった。


 「おじさん!」

 「おっと!」


 セルシィはエルムに会えた喜びで、エルムに抱き着く。

 エルムは満更でもない様子で、セルシィの頭を撫でる。


 「どうして、おじさんがここに?」

 「それはなぁ…俺がここのギルド長だからだ」

 「「ええ!!」」


 聞いて、さらに俺とセルシィは驚く。

 何と、エルムはリヨンの街のギルド長だったのだ。


 俺もセルシィも、エルムと会うのは久々だった。

 エルムは寄付金を孤児院に渡す時など、偶にしか孤児院に顔を出さないから。


 「二人共、息災そうでなによりだ。まさか、二人が冒険者になっていたとはな。このところ、ギルド長の仕事が忙しかったから、把握できなかった。でも、強力な鉄の魔法を使う油髪の若者の噂は、ギルド長室にも届いていたぞ!一瞬で、ファングのことだと分かった」


 エルムはニッコリと笑う。


 俺は妙に納得する。

 偶に孤児院に顔を出さない理由を。


 単純に、仕事が忙しいのだ。

 現に、今もエルムの机の前には、膨大な量の書類があった。


 孤児院に来た時に渡す寄付金も、商人の息子であった俺でも、大きな金額であった。

 ギルド長だと、さぞ稼ぎも良いだろう。


 それから、俺とセルシィはエルムの他愛のない話をした。


 そして、一段落した後に、エルムは俺に切りだす。


 「ファング、明日の今頃、時間があるか?」


 妙な事を聞いてい来た。


 「あ?明日?まぁ…一応、開いているが」

 「そうか。それなら、お前に会わせたい人がいる。

 「合わせたい人?」

 「だから、、またギルド長室に来てくれ」


 そう言って、その日の話はそこで終わった。


 エルムが会わせたい人と言うのは、誰なのだろう?




 そして、俺とセルシィは明日またギルド長室に来るという事で、孤児院に帰った。


 だけど、孤児院のための食材を帰り際に買いたいと、セルシィが言ってきたので、俺とセルシィは街の市場でお互い手分けして、食材を買った。


 だが、ここで問題が起きた。


 目当ての食材を買い、待ち合わせ場所に来ても、セルシィが来ないのだ。

 いくら待っても。


 もしかして、先に帰った。

 そう思って、孤児院に帰った。


 だけど、セルシィは帰ってきていないそうだった。




 そうして、セルシィが行方不明のまま、一日が経つ。


 「ファング、大変!!」


 普段は物静かなシスター・ミーネが慌てて俺に詰め寄ってきた。


 この人がこんなに慌てふためくなんて、今まで見たことが無かった。


 俺は困惑していると、


 「どうしたんだ?」

 「セルシィが!連れ去らわれたわ!」


 シスター・ミーネは捲し立てるように、言う。


 「セルシィが?!」

 「誘拐されたの。今日、知り合いの人たちに、セルシィの事を尋ねたら、昨日の夕方、見知らぬ人たちがセルシィを連れ去るのを見たって言ったの」


 俺はセルシィが人攫いに連れ去らわれたことを知る。


 どうやら、セルシィの街の市場で買い物をしている最中に何者かに、人攫いにあったようだ。


 セルシィはお世辞抜きに、見た目は良い。

 人攫いの対象になってしまうのも無理はない。


 「分かった、俺が何とかする」


 俺はセルシィを救いに駆け出した。


 セルシィを攫った連中に、心当たりがあった。

 この街で人を攫うような連中は一つだ。


 『奴隷ギルド』だ。

 文字通り、奴隷を売買するギルド。


 他国では、奴隷が禁止である国もあるそうだが、フリランス皇国に限っては、奴隷の扱いは許されている。


 奴隷は大きな労働力となるので、平民でも購入する者は多く、貴族では趣味で買われることも度々ある。

 その財力は下手な商人の数倍はある。


 俺の父親も、奴隷ギルドから借金をしていたのだ。


 基本的に、奴隷は罪人や口減らしのために親に売られた子供であるが、人攫いを使って、無理やり奴隷にすることがあるのだ。

 顔の良い孤児なんて、人攫いの格好の的である。


 街の騎士や衛兵は期待できない。


 この国で、孤児は罪人の次に立場が低い。

 しかも、奴隷ギルドは組織として、大きな力を持っている。


 奴隷ギルドを敵に回してまで、孤児のために騎士や衛兵が動くとは思えない。


 本当はギルド長のエルムに助けを求めるのが、一番なのだが、あの時の俺は妙に焦燥感に駆られていた。




 奴隷ギルドまで駆けた俺は一も二も無く、乗り込んだ。


 「〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉」


 俺は扉を鉄魔法で、ぶった切る。


 「何だ!お前は?!」

 「うるせえ!〈鉄弾(アイアンバレット)〉」

 「ぐあ?!」


 俺を止めようとした奴隷ギルドの連中に、鉄の玉をお見舞いしてやった。

 邪魔する奴は全員ぶちのめした。


 奴隷ギルドには、雇われの冒険者である剣士や魔法使いがいたが、俺の敵では無かった。


 魔法を搔い潜って接近してくる奴もいたが、殴り飛ばした。

 実家を飛び出してから、こちとら一年間の盗み生活で培った喧嘩技術は、ここでも発揮された。


 そうして、奴隷ギルド内を探していると、


 「ファ、ファング?!」


 ローズピンクの長い髪を持った少女…セルシィが縛られた状態でいた。


 見たところ、そこまで乱暴にされた跡はなかった。

 良かった、無事だったか。


 「よう…助けに来たぞぉ」


 俺がぶっきらぼうに言うと、


 「っ!」

 「って?!おい!」


 どういう訳か、セルシィの奴が抱き着いてきやがった。

 俺が何度も宥めても、セルシィは泣き続けた。


 顔が妙に熱いのを感じた。

 俺がここで初めて、自覚する。


 ………………俺はセルシィが好きなのだと。


 「孤児院に帰ろう」

 「うん!」


 俺とセルシィは手を繋いだまま、奴隷ギルドを後にする。




 「お、俺達……奴隷ギルドに手を出して…………ただで済むと思うなよ」


 セルシィを連れ、奴隷ギルドから出る途中で、俺がぶっ飛ばした一人が、倒れながらそう言ってきた。


 「…………ファング」


 セルシィは不安の眼を俺に向けてきたが、俺は構わず、セルシィの手を引っ張って、帰ることにした。


 奴隷ギルドを襲った事は確かに不味い。


 けれど、何はともあれ、一先ずセルシィを助け出すことは出来たのだ。

 先の事は、後で考えよう。









 ……………………とは、ならなかった。


 「ほっほっほ……お主が奴隷ギルドを襲撃した小僧じゃな」


 奴隷ギルドを襲撃した俺はセルシィを連れて、孤児院に戻ろうとした道中、唐突に話しかけられる。


 ソイツは俺よりも小さく、小柄なセルシィと同じぐらいの身長と体格の爺さんであった。


 顎に備えた長い髭に、白がまみれの髪を綺麗に整えており、魔法使いらしい大きな尖がり帽子と大きな杖を持っていた。


 何より、その爺さんから出ていた魔力が異常だった。

 俺とは比較にもならない。


 一瞬で分かった。

 この爺さんには、絶対に勝てないと。


 背中に冷たい汗が出ている中、必死に虚勢を張り、セルシィを後ろに隠す。


 「奴隷ギルドは、この国で大きく勢力を伸ばしておる組織。それを襲撃したとなれば、お主ただでは済まぬな」


 爺さんは冗談みたいに言っているが、爺さんの言っていることは正しい。

 父親の借金元であったため、俺も奴隷ギルドの事は良く知っている。


 百年ほど前に創設された奴隷ギルドは、今やフリランス皇国全域に勢力を拡大しており、影響力は国全体を覆っている。


 そんな大きな力を持った組織を襲撃したとなれば、確かに無事で済むとは思えない。


 だが、


 「…………だったら、何だ。てか、誰だてめぇ!!」


 それでも、セルシィを助けるためだ。

 俺に後悔はない。


 「ふむ…威勢良し」


 爺さんは笑いつつ、俺の体を下から上まで暫く見た後、


 「随分前からお主の事は、エルムから手紙で聞いておった。お主……鉄の魔法が使えるそうじゃな」


 エルムが俺の事を、この爺さんに?

 何故?


 「お主…名前は?」

 「…………ファング」


 俺は嘘偽りなく、答える。

 この爺さんに虚言は通じなさそうだ。


 だが、俺の名前を聞いた爺さんは目を大きく開く。


 「そうか。お主がファングか」


 何回か頷いた後、


 「今日、ギルド長のエルムから才能のある魔法使いを紹介されると聞いて、来たのじゃが。エルムのところには、誰も来なかった。おまけに、奴隷ギルドが襲撃されていると来て、来てみれば、お主がいた。そうか…………エルムが合わせたい者と言うのは、お主の事か」


 俺はハッとする。

 まさか、エルムが合わせたい人と言うのは、この爺さんの事か!


 俺が驚いたまま、爺さんは唐突に衝撃的な事を言いだす。


 「お主、儂の()()にならぬか?」

 「…………は?」


 言われた言葉に、俺は瞬時に反応できなかった。


 驚く俺に対して、爺さんは好々爺の如く、穏やかに笑っていた。


 「お主、このままだと一生、奴隷ギルドに追われるかもしれんぞ。お主だけではない。お主のいる孤児院も」

 「っ?!」

 「そ、そんな!」


 俺は歯ぎしりをし、セルシィは絶望した顔になる。


 俺だけなら、どうにかなったかもしれない。

 だが、俺以外の孤児院が標的になることは避けたかった。


 爺さんはゆっくりとした動作で俺に近づき、優しく語り掛ける。


 「だからこそ、儂の弟子にならんか」


 優しくも、何故か有無を言わせない口調。


 「………………あんたの弟子になると。何とかなるのか」

 「ああ、なるとも。こう見えても、儂はフリランス皇国において、高い立場の人間じゃ。お主は儂の弟子となり、後ろ盾を得れば…………いや、お主自身が儂と同じ立場の人間になれば。奴隷ギルドも手を出せないじゃろうな」


 俺は俯き、暫く考える。


 そして、顔を上げる。


 「………セルシィを守れるんなら。俺は……あんたの弟子になるよ」

 「うむ!」


 爺さんはニッコリと笑う。


 爺さんは頭に尖がり帽子を脱いで、お辞儀をする。


 「紹介が遅れた。ワシの名は、ドリアン・メトロポリアス。しがない、土魔法使いじゃ」


 この時の俺は、まだ知らなかった。

 目の前の爺さんがフリランス皇国が誇る皇国十二魔将・第六席である事を。


 その爺さんの弟子となり、俺自身が皇国十二魔将の一人になる事を。


 皇国十二魔将は、フリランス皇国の魔法使いの最精鋭。

 その地位にいるだけで、国が後ろ盾になってくれる。


 いくら奴隷ギルドでも、手を出せない。


 だからこそ、俺は負けられない。

 俺が負け、万が一にも皇国十二魔将の座が剥奪される様な事になれば、後ろ盾も無くなる。


 俺だけなら、まだしもセルシィが危険に晒される。


 だから、俺は負けちゃ駄目なんだ。


 そう思った時、俺は自身の限界を外れる感覚がした。




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