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ファング②




 俺からしたら、唐突に始まった孤児院の生活はお世辞にも、贅沢とは程遠い。


 出てくる食事は硬いパンに、薄味のスープ。

 平民の食事より味気ない…とても質素な食事だ。


 夜は縫い目まみれの薄い布で寝る。

 着る服も安物で、孤児院の施設自体が簡素なつくりで夏は暑く、冬は寒い。


 快適な場所とは、程遠い。


 当たり前だが、これらは俺が孤児になる前の…商人の息子の時の衣食住に比べて、貧しかった。


 だけど、俺にとっては十二歳の時に、高級街の屋敷を飛び出して、衣食住にすら困る生活を一年もしていたと言うのもあり、質素ながらも食事が出て、ボロいとは言え、雨風を凌げる孤児院に住めるのは、有難い。


 孤児院に来てから二か月経つが、それほど居心地が悪いという事でもなかった。


 ………ただ、敢えて不満一つ言うなら、


 「ちょっと、ファング!少しは手伝ってよ!」


 五月蝿いのが一人いる事かな。


 俺は五月蠅い奴に目を向け、ギロリと睨む。


 「うるせぇなぁ」

 「何よ!その態度!大体、ファングは手伝いもせずに、いつも一人で。ここでは、みんなで協力し合うのがルールよ」

 「知るか!んなルール!」


 俺の視線の先には、長いローズピンク髪を持った少女がいた。


 彼女の名前は、セルシィ。


 歳は俺と同じ十三歳。

 当然、俺と同じ孤児だ。


 セルシィは、初め俺が孤児院に入った時に、壁から俺を見ていた少女だ。


 俺は住むことになった孤児院には、俺以外の孤児が二十人ほどいる。


 殆どが俺と同じように、何かしらの理由で両親を失ったり、親はいるが、複雑な事情があって親元に居られなくなり、この孤児院に滞在することになった者たちだ。


 今…俺に対して、怒った顔を見せるセルシィは確か…母親が娼婦で、訳ありで孤児院に来たとか。

 俺にとっては、心底どうでもいい情報だが。


 だけど、母親が娼婦であることもあってか、セルシィは十三歳の年齢にしては大人びているし、容姿も端麗であり、頭も良い。


 しかも、誰に対しても分け隔てなく接する。

 所謂、心優しい性根を持った奴だ。


 セルシィは孤児の女の中では、中心的存在。


 しかし、厄介なのはセルシィは俺がこの孤児院に来た時から、ことあるごとに小言を言う。


 まぁ…小言を言われる理由は分からなくは無い。

 この孤児院に来て、まだ二か月だが、俺は孤児の中では浮いていた。


 それは、ここでの俺の態度が悪いからだ。


 ここに来てから、俺は孤児院にいる他の孤児の誰とも、自ら話しかけようともしないし、一緒に何かをやろうとも、しないからだ。


 セルシィが言ったように、この孤児院では貧しいながらも、孤児になる前の事情など関係なく、みんなで一緒に協力し合って、食事に準備や掃除などをやるルールがある。

 俺は、そのルールを殆ど無視している。


 当然、孤児のみんなからは、俺のことなど良く思われるはずもない。


 僅か、二か月で俺は孤児院で孤立していた。


 俺は頑なに、孤児のみんなと仲良くしない理由は………………別に大して無い。


 多分、俺は自分と同年代の子供と今まで仲良くしたことが無いから、友達の作り方も接し方も分からず、本能的に他の孤児と距離を取っていたのだろう。

 両親の屋敷を出る前は、俺と同い年の友達を作ったこともなかったから。


 でも、セルシィはそんな俺の態度が気に入らないみたいだ。


 「シスター・ミーネ!!ファングが、またルール破った!!」

 「あらあら」


 この孤児院の唯一のシスターであるミーネに、セルシィが泣いたまま抱き着く。

 そんなセルシィを、ミーネがよしよし…と頭を撫でる。


 俺にとって、セルシィの何がムカつくって、気が強いように見えて、すぐに泣き出し、ミーネに泣きつくことだ。


 ミーネはセルシィを綾した後、俺に笑顔で向き合う。

 その笑顔はやっぱり、死んだ母さんを彷彿とさせる。


 「ファング、女の子を泣けせては行けませんよ。ちゃんと、ごめんなさいをしましょうね」

 「……………………分かったよぉ、悪かった」


 俺はため息を吐きながら、セルシィに謝る。


 「何で、シスター・ミーネの言う事は素直に聞くの?!」


 セルシィは納得できないと言った顔で、俺を睨む。


 俺だって、別に素直に言うこと聞いている訳じゃ……………。

 ただ、言う通りにすれば、ミーネが死んだ母さんのように笑った顔を俺に見せてくれると思っただけだ。









 孤児院に来てから二年経った。

 俺は十五歳になった。


 相変わらず、俺と他の孤児とは、心の距離は離れている。


 けれど、毎回毎回に俺に突っかかってくるセルシィとは、割りと…それなりに親しくなっていた。


 まぁ…本当に割とだが。

 未だに、セルシィの事は五月蠅い奴だと思っている。


 そんなある日、


 「私、冒険者になる!」


 十五歳になったセルシィが当然、そんなことを言ってきた。


 「はぁ?冒険者?」


 俺は訝し気に、セルシィを見る。


 フリランス皇国では、十五歳から成人と見なされ、魔物の討伐や護衛、依頼された薬草の採取などの仕事を受け持つ冒険者という職業になることが出来る。


 「うん!冒険者になって、この孤児院のために、お金を稼ぎたいの!シスター・ミーネにも、エルムおじさんにも恩返ししたいから!」


 セルシィは淀みの無い純粋な表情で、そう言った。


 その眼からは輝かしい星が出てきそうである。


 元々、十三歳の時点で、将来は美人になりそうな可憐な見た目をしていたが、それが二年経って、より一層通りを歩く人が振り向くほどの美少女になっていた。


 俺には、どうでも良い事だが。


 どうやら、セルシィは今まで自分を育ててくれたこの孤児院のために冒険者になって、金を稼いで、この孤児院に返したいようだ。


 特に、セルシィはシスターのミーネと、俺を孤児院に連れてきたエルムには、大きな感謝を持っている様だ。


 今までは、孤児院のシスターであるミーネが便利屋みたいなもので稼いだ金と、偶に訪れるミーネの幼馴染であるエルムの寄付金で、孤児院を維持していた。


 でも、正直みんなが何不自由なく暮らすには、全然金が足りない。


 だから、十五歳になったセルシィは孤児院のために金を稼ごうと思ったのだろう。


 けれど、


 「最弱魔法使いなのに、冒険者になれんのかぁ?」

 「うぐ?!」


 俺に水を差されたセルシィは、顔を歪ませ、若干の涙目になる。

 コイツ、すぐ泣き癖は変わらないな。


 俺がセルシィに最弱魔法使いと言った理由は、セルシィが水の魔法使いであるからだ。


 俺達がいるフリランス皇国は、ヨーロアル諸国に置いて「強国三大国」の一つであり、魔法大国とも呼ばれている国である。

 魔法の技術や魔法使いの質と言う点に関しては、ヨーロアル諸国随一。


 それ故に、フリランス皇国では、魔法使いとしての純粋な強さは一種のステータス的な役割を果たしている。


 だが、魔法の中でも外れであり、最弱の魔法と呼ばれるのが、水だ。


 水は戦闘においては、全く役に立たない。

 それはフリランス皇国だけでなく、周辺国に置いての常識。


 特に、魔法強国のフリランス皇国で、水魔法使いは最弱魔法使いと言われ、蔑まれる傾向が大きい。


 だから、フリランス皇国では水魔法使いは、常に飲み水を確保できると言う利点から、長距離を移動をする商人の従者や町の貯水池を満たすなどの下仕事を受け持つことが多い。


 そんな最弱魔法使いが、強さが価値基準である冒険者になるなど、誰かが聞いてい居たら、笑い飛ばすだろう。


 「そ、それでも!私には、エルムおじさんから教わった剣があるから」


 しかし、セルシィは最弱魔法使いと言われながらも、反論する。


 セルシィが言ったように、彼女は偶に孤児院の寄付金のために訪れるエルムから剣を教わっている。

 コイツが前々から剣を教わっていたのは、冒険者になるためだったのか。


 前に、シスター・ミーネから偶然聞いたことだが、エルムは普通のオッサンのような見た目でも、実は元々冒険者であり、高名な剣士だったらしいのだ。

 今は冒険者を引退したとか。


 俺は何度かエルムから剣を教わるセルシィを見たことがあるが、確かに俺自身剣に関しては素人ではありつつ、エルムの剣捌きは目を見張るぐらい流麗だった。


 俺は溜息をつく。


 「ふん!剣を教わったからって、お前の剣なんて素人よりも多少マシな程度だろ!冒険者になったら、すぐ死んじまうぞ」

 「うう………」


 俺が思ったことをズバズバ言ってやったら、セルシィはとうとう泣き出す。


 俺は困ったように、頭を掻く。

 だが、その実…セルシィは何故か、チラチラと俺の方を見ているのに、気づく。


 「はぁ………」


 俺は盛大に、ため息を吐いた後、


 「分かった………俺も冒険者になって、お前の恩返しを手伝ってやるよ」

 「本当?!」


 俺がこう言った途端、セルシィは泣き止んだ。

 現金な奴だ。


 こうして、俺とセルシィは世話になった孤児院に恩を少しでも返すために、冒険者になることになった。

 しかし…まさか、俺が人のために金を稼ぐ日が来るとは。


 「良い、ファング?盗みは駄目だよ。お金はしっかりと働いて稼がないと」

 「わかぁてる。わかぁてる」


 俺は面倒臭そうに、返事する。

 孤児の中では、俺と比較的よく話すセルシィは、俺が孤児院に来る前、商人の息子であり、街の人から盗みを働いて、生きてきたことを知っていた。


 「もう…本当に分かってるの?」

 「分かってるよ」

 「そう…信じるよ」


 セルシィは万遍の笑みで俺を見る。


 何で、そんな簡単に信じられるんだ?

 俺が嘘を付いているかもしれないんだぞ?


 「私は剣士と」

 「俺は魔法使いだな」


 俺とセルシィは冒険者になるために、必要事項を記入する。


 元々は商人の息子だった俺は、文字の読み書きや簡単な計算は出来たし、セルシィもシスター・ミーネから文字の読み書きや簡単な計算は教わっていた。


 後は、偶に孤児院に来るエルムは元冒険者という事で、ある程度冒険者の知識は教わっていた。


 冒険者は実力さえあれば、誰でもなれる職業。

 孤児の俺にも。


 セルシィは水魔法使いだが、最弱魔法である水は戦闘の役に立たないとそれているので、宣言通り剣士としてやっていくつもりだ。

 俺の場合、魔法使いだ。


 俺もセルシィと同じく魔法が使える。

 鉄を作りだす魔法だ。


 と言っても、自身も魔法が使えると自覚したのは少し前。

 何となくだが、一年前に自分が鉄の魔法が使えることを自覚したのだ。




 「えい!」


 セルシィが最弱の魔物であるゴブリンの首に、剣を叩きつける。


 「ぐう?!」


 けれど、女の子故の小さい体格故に、苦戦している。

 そんなセルシィを横目で見ながら、


 「〈鉄弾(アイアンバレット)〉」


 俺は鉄で作られた灰色の弾丸を、セルシィが相手にしているゴブリン以外の群れに放つ。


 「「「「「ギギャア??!!」」」」」


 それだけで、ゴブリンの群れは壊滅する。

 セルシィは何とか、一匹のゴブリンは仕留めたようだ。


 難なく、ゴブリンの群れを倒す俺を見て、セルシィは目を見張る。


 「やっぱりファングの魔法って、凄いよね」

 「ん?そうかぁ?」

 「うん。何というか、何かが凄い」


 セルシィは語彙力の欠如した物言いで、俺の魔法を褒めた。


 俺は大して、嬉しくなかった。

 俺自身、魔法なんて誰からも教わっていないし、自分で訓練しようとも思わなかった。


 ただ、頭に思いつくまま、魔法を思い浮かべて、使っているだけだ。


 こんな事、他の魔法使いでもやっているだろ。


 そんなこんなで、俺たちは冒険者への依頼で薬草を集めるだけでなく、低ランク冒険者が狩るような魔物は簡単に倒すことが出来た。


 セルシィの期待通りに、金はコツコツと稼ぐことは出来たと思う。


 「うん!うん!今日も一杯稼げた!」


 セルシィは満足げな顔だ。


 「お前は何もしてないけどな」


 やっぱり水を差す俺。


 「うぐ!…………わ、私だって……剣でゴブリン一匹くらい倒せたもん!」

 「一匹だけな。殆どは、俺が倒したけどな」

 「の、飲み水は私が出してる!!」

 「確かに、それはありがてぇ」

 「そ、そうでしょ!えっへん!」


 コイツは何を自慢げに胸を逸らしているのか。


 だが、セルシィが水魔法使いのお陰で、飲み水を常に確保できることは有難い。


 俺たちは順調に、金を稼いでいった。




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