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斬鉄




 思い出されるのは、「水之世」でのシズカ様との修業の時。


 『は!』

 「水剣技流初伝・流流!!」


 シズカ様の振り下ろしを、俺は「流流」を使う。

 迫る攻撃のベクトルを見極め、最適にベクトル方向を逸らす剣技で、シズカ様の攻撃を受け流した。


 今やっているのは、シズカ様の攻撃に対して、俺が水剣技流を使って、防御や回避、反撃をする稽古。


 振り下ろされるシズカ様の剣に対して、横から垂直に剣を当て、完全に受け流しには成功した。

 だが、流石はシズカ様。


 身長190センチと言う女性にしては、平均を大幅に上回る超長身に、彼女の母親が特殊な種族であるが故に、人間離れした膂力と腕力が備わっているだけある。

 受け流したのにも関わらず、シズカ様の振り下ろしは腕が折れるのではないかと錯覚するの程の重い剣であった。


 俺は顔をしかめながらも、反撃に出るために、手首を返し、シズカ様へ斬り込む。


 それをシズカ様は目にも止まらない長足の速度で、剣を引き、俺の反撃を簡単に受け止める。

 まるで岩…………いや、山に剣を打ち込んだような錯覚を覚えた。


 『次でござる!!』


 シズカ様は横薙ぎを繰り出す。

 今度はさっきの振り下ろしよりも鋭い。


 かつて『水剣聖』と呼ばれたシズカ様の斬撃は手加減されたものでも、悪魔が裸足で逃げ出すような重く、鋭い力を伴っている。


 勿論、稽古とは言え、それを真正面から逃げずに、対応しなければならない俺は恐怖を感じないわけには、いかなかった。

 内心で、一瞬ではあるが、自身がシズカ様の斬撃で両断される想像が浮かんできた。


 例え、俺とシズカ様がウィルター様の魔術によって作られた当たっても痛みを感じない氷の剣を使っていたとしてもだ。


 「水剣技流初伝・水詠み!!」


 弱気な自身に、心の中で何とか鼓舞をし、俺はシズカ様の横薙ぎをギリギリを見極めて、上半身を後ろへ倒し、躱す。

 躱しざま、俺は剣でシズカ様の右脇腹を突く。


 紙一重の回避と最小限の動作を用いて反撃する剣技で、シズカ様を剣で突こうとするが、シズカ様は体を見間違いと思えるほどの軽い動作で避ける。


 俺とは比べ物にならない洗練された回避技術。


 『しっ!』


 俺の突きを避けたシズカ様は、俺と同じようにそっちも突きを出してきた。


 それを地面を右へ転がることで、回避する。

 突きを回避した俺は、シズカ様と距離を取ったまま、腕の力を抜き、足の力を抜き、胴体の力を抜き、体の全てを脱力させる。


 「水剣技流初伝・零閃」


 次の瞬間、体を極限まで脱力させた俺は、脱力させた力を解き放つが如く神速の踏み込みで、シズカ様に迫る。


 目にも止まらぬ速度のまま、俺は剣を斜めに構え、右上から左下への袈裟切りを放つ。


 カン!

 シズカ様が剣を横に構えることで、袈裟切りを防ぐ。


 俺の剣とシズカ様の剣がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態になる。


 神速の踏み込みからの斬撃であるが、シズカ様の無造作に構えた剣の防御を揺るがすことは、巨大な岩を微風で飛ばすぐらい無理な事だった。


 鍔迫り合いになったまま、俺とシズカ様の眼が合う。

 そして、示し合わせたように双方剣を引く。


 『ふむ…ミナト殿も初めに比べ、水剣技流の初伝の技を中々使いこなしてきたでござるな』

 「あ、ありがとうございます!!」


 俺は息も絶え絶えながら、頭を下げる。


 今回の稽古も、シズカ様に一発も入れることが出来なかったが、それでもシズカ様に褒められたという事実は、この上なく嬉しかった。


 『しかし、今のミナト殿には技量に対して、剣の重さや鋭さが伴っていないでござるな』


 シズカ様は稽古の終わりに、俺に足りないところを指摘する。


 「重さや鋭さ?」

 『剣に力が乗っていないという意味でござる』

 「力って、重要ですか?水剣技流に」


 水剣技流は力を使わずに、相手の攻撃をいなし、守る剣。

 俺にシズカ様が水剣技流を教える際、始めにそう言っていた気がする。


 『ミナト殿の言う通り、水剣技流においては力は重要ではないでござる。…………然れども、重要でない事と必要ない事とは、必ずしも一致するとは限らないでござる』

 「は、はぁ…」


 この時の俺はシズカ様の言葉を正確には分からず、曖昧に頷いただけだった。


 『ミナト殿、拙者の水剣技流は『水』を体現した剣。かつて師匠から受け継いだ剣でござる』


 シズカ様が自身の流派である水剣技流について、改めて説明する。


 「シズカ様の師匠って、確か……『竜人』という異人の?」

 『左様』


 その話は聞いたことがある。


 シズカ様がある時に聞かせてくれた話の中で、シズカ様が小さい頃、住んでいる屋敷の近くには、強い魔物がたくさんいる山があり、その山に行った際に『巨人』に出会し、のちに師匠となる『竜人』に助けられた。


 『水剣技流は師匠が使っていた剣術の内、防御と反撃を主体とした剣術であったでござる。あらゆる力を受け流し、あらゆる攻撃を回避し、反撃に転じる。水の如く柔らかに剣を操り、時に激しく落ちる滝のように敵を切り伏せる。しかし、この水剣技流の剣は『人間』と戦いことを前提としていた訳ではござらん』

 「え?」


 俺はよくシズカ様の言っている意味が分からなかった。

 剣とは、人間と戦うためにある物ばかりだと思っていたからだ。


 『拙者に剣を教えてくれた師匠は、この剣術は『竜』や『悪魔』、『天使』、そして『巨人』、さらには想像もつかないような恐ろしい魔物と言った天災に匹敵するものと戦うための剣。つまりは、天災と戦うための剣でござる』

 「天災……」


 天災と戦うための剣なんて、まるで御伽噺だな。


 でも、竜と巨人と悪魔が天災ってのは分かるけど。

 天使が天災?

 天使って、人間の守護者じゃなかった?


 『拙者が自身も、幼い頃に巨人に負けた経験を糧に、剣を鍛えたでござる。拙者にとって、水剣技流は対巨人のための剣』

 「対巨人ですか。それは凄いですね」

 『ミナト殿は拙者の弟子にして、水剣技流を学ぶ者。けれど、水剣技流は柔の剣ではあるでござるが、それでも()()()()の剛の剣は必要でござる』

 「ある程度……というのは、どれ程ですか?」

 『ふむ……』


 シズカ様は少し考えこんでから、指を一本立てて、


 『幼い時の拙者が負けた巨人は、”鉄”の如き硬さの皮膚を持っていたでござる。………であるならば、最低でも鉄を斬れるほどの力は必要でござるな。すなわち、斬鉄の剣でござる』


 綺麗な顔で飛んでもないことを言ってきた。


 「ざ、斬鉄の剣?!」


 鉄は普通、斬れるものじゃないだろ。


 驚く俺を他所に、シズカ様は自身の剣である大太刀を鞘から抜く。

 無骨ながらも、刀身が水色で、反りも見事なまでの曲線を描き、美しい。


 シズカ様の愛刀『氷鬼丸』である。


 そして、基本の剣の振りである上から下への振り下ろしを行う。

 たったそれだけの動作なのに、綺麗である。


 『腰で剣を振るでござる。剣と体が一体になれば、鉄など紙同然でござる』

 「はい!頑張ります!!」


 俺は気負いを込めて、返事をした。




 それから俺は水剣技流の修業を一旦中断して、斬鉄の剣の習得に勤しんだ。


 「は!は!は!」


 俺は自分で作った氷の塊を斬るために、何度も剣を振った。


 俺の氷は鉄よりも硬い鋼の強度があるので、丁度良いと思ったからだ。

 でも、表面に切り傷が付くだけで、一向に切れる気配がない。


 普通、鉄も鋼も斬れる物じゃないんだよね。

 剣を氷の塊に斬りつけても、剣を伝って、手足にある骨に響く。


 そうやって、自分の氷に剣を叩きこんでいると、


 『やっているでござるな』

 「シズカ様!!」


 シズカ様がやってきた。


 シズカ様は切り傷が多くある俺の氷を見て、一つ頷く。


 『ふむ…斬鉄の剣の習得に斬ろうとしている様子でござるな』

 「はい………中々斬れなくて」

 『なるほど』


 シズカ様は唐突に、俺の方に来て、俺の眼を塞ぐ。


 「え?シズカ様?!」

 『ミナト殿、自分の体を感じるのでござる』

 「体を?」

 『そう……身体を構成している肉や骨、皮膚、血管。身体の全てを感じ取り、その全てを剣を振ることだけに注ぎ込むでござる』

 「身体の全てを感じる」


 俺は意識を研ぎ澄ませ、身体の全てを感じ取ろうとする。


 拳、腕、肩、胸、腰、足、頭…体の全ての部分を、斬るという動作だけに使う。


 そして、斬る。

 ただ斬ることだけに、身体を集中させる。


 周囲が沈まれ返る感覚がする。

 そして、


 「は!」


 ザン!

 俺は剣を振り下ろす。


 最初俺は空ぶったと思った。

 だって、斬った手ごたえが無かったのだから。


 『お見事!』


 でも、シズカ様の言葉で目を開ける。


 そこには………両断された俺の氷があった。









 鉄の槍が、もう俺の目と鼻の先まで迫っていた。


 斬鉄の剣…シズカ様が言っていた水剣技流に必要なある程度の力の剣。

 それを使って斬るのだ。


 恐らく、〈鉄領域・闘技場(アイアンコロシアム)〉内で生成されたファングの鉄は、俺の氷…つまり、鋼よりも硬いだろう。

 それを斬るのだ。


 恐れてはいない。


 〈氷刀〉を振りかぶり、集中する。

 体の全てを斬ると言う動作に使う。


 剣と体を一体にすれば、鉄は紙同然。


 鉄の槍が俺の体を貫こうとした刹那、


 「は!!」


 気合いを込めて、振り下ろす。


 その結果は。


 ザン!

 まるで薄い木の板を刃物で斬ったような感触と音を伴って、ファングの鉄の槍は正面から真っ二つに斬られる。


 斬った!

 鉄を!


 喜んだのは、一瞬にも満たない時間。

 すぐに切り上げの体制を取る。


 ファングが放った鉄の槍は一本だけではない。

 残りの鉄も斬らなくては。


 「ふ!」


 斬り上げによって、二本目の鉄の槍を斬る。

 さらに、横薙ぎでもう一本、袈裟切りでもう一本。


 目にも止まらぬ連撃で、俺は鉄の槍を悉く斬った行く。


 「水剣技流初伝・水詠み」


 最後には、残り十本の鉄の槍を空を飛んで、体をねじることで鉄の槍を紙一重で躱しつつ、体の回転によって十本の鉄の槍を纏めて斬った。


 こうして、俺は迫りくる鉄の槍の全てを斬ったのだ。


 「…………馬鹿……な」


 これには、ファングも酷く驚く。

 自身の鉄が斬られたのが、相当ショックなようだ。


 「マグレだ!」


 髪の毛を掻きむしり、悪態をつく。


 今のは、どう見てもマグレでは無いだろう。


 「〈多重・螺旋鉄刃盤アイアンミキサー・ロット〉」


 鉄の回転ノコギリ〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉が十を超える数で襲い掛かる。

 しかも、ぶつかり合わないように同時に〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉が俺を襲いかかるのでは無く、時間差をつけて、連続で来た。


 俺は〈氷刀〉を横に構え、踏み込む。


 「水剣技流中伝・長汀曲浦」


 一発目の〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉に向かって、一気に駆け込む。


 迫るから〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉を体捌きでギリギリに躱す。

 そして、躱しつつ、〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉を真っ二つに斬る。


 やっていること自体は、水剣技流初伝の「水詠み」。


 だが、それで終わりではなく、二発目の〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉も同様に「水詠み」で斬る。


 これが水剣技流中伝「長汀曲浦」である。

 原理としては単純で、連続して初伝の「水詠み」を繰り出す技である。

 

 長汀曲浦とは、どこまでも遠くへ続く美しい海岸線という意味である。


 俺が持つ〈氷刀〉の切っ先が海岸線の波打ち際の線を表すように、次々に襲い掛かる〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉を紙一重で避けながら、斬り裂く。


 全ての〈螺旋鉄刃盤(アイアンミキサー)〉を斬った俺はファングに迫る。


 「く、く、来るなあああ!!」


 完全に冷静さを失ったファングは、俺へ向けて、我武者羅に鉄の攻撃を飛ばしてくる。


 けれど、そんなものは俺の斬鉄の剣には、無意味だ。


 俺はファングの魔法を斬りながら、距離を詰める。

 俺とファングとの距離が目と鼻の先になった時、


 「〈鉄盾楯(アイアンシールド)〉?!」


 ファングは慌てて、鉄の盾を作る。 


 しかし、俺にとっては紙同然の盾。


 「はっ!」


 気合一線で鉄の盾を横に両断する。

 上と下で分かれる盾から、ファングの放心した顔が出てくる。


 終わりだ。

 俺は決着を付けるべく、剣を振りかぶった。




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