領域魔法
鉄で出来た巨大な円筒状の塊が落下し、コロシアムの床に堕ちる。
それによって、コロシアム中心の闘技場の床に撒いてある鉄の破片が宙を舞う。
「へ!ざまぁ見やがれ!!」
ファングは自身の魔法の威力と精度の上がった〈鉄領域・闘技場〉内で放った〈鉄星〉がミナトの頭上に降り、そのまま防御として展開した氷の壁を砕きながら、直撃したのを見て、ほくそ笑む。
通常の〈鉄星〉においてさえ、ワイバーンの頭をかち割る威力がある。
〈鉄領域・闘技場〉内では、さらに重さや硬さが倍増され、落ちるの際の威力が上がる。
自身の本能から、ミナトが油断ならない相手と感じた。
悔しいが、目の前の相手は強い。
そう判断し、自身の切り札の一つである領域魔法まで使用したが、呆気なかったな。
「死んだだろ」
ニヤリと笑い、ファングは〈鉄領域・闘技場〉を解こうとする。
そんなファングの背後から、
「ピンピンしてるぞ」
呆れを含んだ声が掛けられる。
「あ?」
ファングは即座に後ろを振り向く。
後ろには、黒髪に白いマントを羽織った水魔法使いがいた。
「そい!」
「ぐは?!」
水魔法使いは魔法使いらしからぬ右拳による拳打をファングの右頬に叩きこんだ。
ファングはそれによって吹っ飛び、鉄の破片まみれの床を何度も転がった。
側から見ると、ファングの放った〈鉄星〉で俺が潰されたように見えたが、〈氷壁〉が砕けたと判断した瞬間に、水を噴出による反作用で高速移動を可能にする魔法〈瞬泳〉で紙一重で避けていた。
目の良い者ならば、〈鉄星〉が落下した際に、舞う鉄の破片に混じって〈瞬泳〉で生じた細かい水の粉塵が見えただろう。
「〈氷壁〉」
ファングが俺の打撃で吹っ飛んだのを確認すると、俺は〈氷壁〉を作り出す。
作り出すが、
「やはり、少し出力が弱くなってる。それに構築速度と精度も………何か微妙に悪い」
自身が展開した氷の壁が体感的に、いつもより構築する際に込められる魔力が少なく、それに加え、構築速度と精度が若干低くなっていることに気づく。
つまり、いつも作る〈氷壁〉よりも脆い作りになりやすいのだ。
恐らく、領域魔法を展開したファングの魔力が周囲を満たしているのが、原因。
俺が魔法を使い際に、周囲に漂っているファングの魔力が邪魔なのだ。
これは少し厄介だ。
このファングが作った領域魔法である〈鉄領域・闘技場〉は、ファング自身の魔力が満たされ、それによってファングの魔法が強くなる効果を持っている。
けれど、その副次的効果でファング以外の魔法使いの魔法が少しだけであるが、弱くなる。
領域魔法という物は、自身の魔法を強化し、相手の魔法を弱体化させる。
ダンジョンである「水之世」では、周囲が水魔法の魔力で満たされているお陰で、水魔法の威力と精度が上がり、発動に必要な魔力が少ない効果がある。
しかし、少なくとも水魔法使い以外の魔法が使い辛い効果は無かったはず。
ファングの領域魔法と「水之世」。
似ているようで、何かが違うみたいだ。
…………でも、あれには似ているな。
以前、俺の魔法の師匠であるウィルター様が見せてくれたあの魔法に。
あ、でも…どうだろ。
ウィルター様のあれは、まさに神の御業みたいなものだったから。
比較対象になるのかどうか。
「ああ~!!いてぇ!!」
俺が領域魔法の事について考えている内に、ファングが怒号を上げ、こちらに歩み寄る。
ふむ…鉄の破片が大量に巻いてある床を何度も転げたはずだが、構築者であるファング自身にはダメージが無いのか。
ファングは首をコキコキと鳴らす。
頬には、俺が殴ってできた痣の跡があった。
割と本気で殴ったつもりだが、余りダメージがあるように見えない。
「魔法使いにしては、良い拳じゃねえか」
「魔法使いにしては、頑丈だな」
お互い、売り言葉に買い言葉。
俺とファングは距離を取ったまま、向き合う。
ファングの方から、魔力が溢れだす。
魔法が来る。
「〈三枚・螺旋鉄刃盤〉」
ビュン!
鉄の回転ノコギリが飛んで来る。
今度は三つ。
しかも、それぞれ真正面、右、左と別々のコースで飛んできた。
「〈氷壁・囲〉」
俺は咄嗟に全方位の氷の壁で自身を守る。
鉄の回転ノコギリは〈氷壁・囲〉にぶつかると、耳を塞ぎたくなるような金属音に近い音を立て、俺の〈氷壁・囲〉を徐々に削っていく。
そして、ガシャン!!
「〈瞬泳〉」
〈氷壁・囲〉が鉄の回転ノコギリで削り切られたので、即座に水の高速移動で避ける。
「逃げんじゃねぇ!!〈多重鉄弾〉」
数え切れないほどの鉄の玉が、あたかも雨のように俺へ降り注ぐ。
「〈アイスアローレイン〉」
そっちが鉄の雨なら、こっちは氷の雨だ。
鉄の雨と氷の雨が衝突する。
俺とファングとの間が鉄の氷の嵐になったが、やや俺の氷の雨が押され気味だ。
上手く魔法を操作できない。
少し重めの風邪をひいた時の調子の悪さだ。
俺の方に少なからず、氷の雨をすりむけて、鉄の雨が飛んで来るが、そこは〈氷壁〉で防げるので、問題ない。
う~ん…今のところ、ファングとの戦闘に致命的な支障が出る程ではないと思う。
けれど、もし…これが、さらに強い魔法使いと戦いなら、危険かもしれない。
俺は両手の拳を固める。
右足を前に出し、踏み込む。
一足でファングの前に迫る。
ファングの右頬を殴るように、左拳を固め、打ち込む。
〈鉄領域・闘技場〉では、俺の魔法が弱くなる。
ならば、敢えて魔法戦で挑む必要は無い。
すなわち、近接戦だ。
通常…魔法使いなら、近接戦に弱い。
シズカ様からの手ほどきで近接戦闘に自信のある俺は素手でファングに殴りかかる。
「うお?!」
しかし、ファングは驚きつつも、即座に体を後ろに倒し、俺の左拳を避ける。
俺は追撃に、左拳を振り切って左半身になった体制のまま、左足を持ち上げ、ファングの脇腹目掛けて、蹴りつける。
「食らうか!」
ファングはそう言って、俺の蹴りを受け止める。
右手で俺の左足を抱えたまま、左腕で俺を殴りつけようとする。
それを右手で弾く。
だが、それは囮であったようだ。
本命は頭突き。
左足を掴まれた状態では、躱すのは難しい。
そう思った俺は逆にファングの頭突きに対して、自ら頭突きを繰り出し、迎え撃った。
俺とファングの額が衝突する。
額に軽くない衝撃が走る。
「中々やるじゃねぇか!最弱魔法使いのくせに!」
「お前もな」
俺とファングは一旦、体制を整えるために、お互い距離を取った。
「素手なら、俺を倒せると思ったか?!わりぃな!こちとら、小さぇ頃から素手の喧嘩には慣れてんだよ!」
こう言うように、先程の既に格闘に関して、ファングの動きは素人の物では無かった。
俺はシズカ様から基礎的な体術を学んでいたが、ファングのそれは何度も修羅場を潜ったかのようなステゴロの戦い。
技術はこちらが上でも、素手の格闘経験は向こうが上と見るべきか。
兎も角、素手だとお互い甲乙つけ難い。
であるなら、
「〈氷刀〉」
俺は長さ約70センチの大きく反りのある氷の刀を作り出す。
それを正眼の構えに持って行く。
「何だ、その剣?変な形だな。素手だと無理だから、剣で……てか?」
「ああ」
俺は〈氷刀〉の切っ先をファングに向ける。
「お前の鉄ぐらい剣で斬ってやるよ。打ち込んで来い」
俺は淡々と、そう告げる。
「こんの?!斬れるもんなら、斬って見ろ!!〈鉄槍〉!!」
簡単に挑発に乗ったファングは30本の鉄の槍を放つ。
少し前も同じ魔法を放っていたが、〈鉄領域・闘技場〉であるので、さらに威力と硬度が上がっているだろう。
鉄の槍が迫る中、俺は深呼吸をして、ゆっくり剣を前に持って行く。
ファングの魔法が鉄の魔法であると分かってから、俺には一つやりたいことがあった。