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五年ぶりの食事




 ギルドに入ってみると、そのには俺がアイスウルフから助けた冒険者がいた。

 アイスウルフの群程度に遅れをとるからレベルが低いと思ったが、どうやら無事帰還できたようだ。


 「「水之世」の時は助かったよ。君が仲間の低体温症を治んたんだよね?それにアイスウルフも」


 その人は確信を込めた目で俺を見る。

 どうしよ……面倒臭いからスルーしようかな。


 「あ、紹介が遅れた。俺はブルズエル。Bランク冒険者だ。よろしく」


 ブルズエルさんはそう言って、手を前に出す。


 「はぁ…ミナトです」


 しょうがないので、俺も手を前に出して、握手をする。

 へぇ…結構硬くて分厚い手だな。長い事、剣士をやっていたんだろう。

 感心したようにブルズエルさんの手に視線を下ろす。それは彼も同じだった。


 「ミナトか。しかしこの手は……君は魔法使いだよね?」

 「そうですけど」

 「魔法使いにしては手が驚くほど分厚い……それに剣ダコも凄い」


 ………そりゃあ五年間、水剣聖のコーチのもと、素振りをしてましたから。


 五年間俺が修行したのは、何も魔法だけじゃない。最初の三年間は一日の七割ぐらいはウィルター様による〈水分子操作〉の習得に尽力してたが、一方で残りの三割はシズカ様による剣術を叩き込まれていた。


 「いや、今は手の事よりも感謝だな。君が、俺や仲間をアイスウルフから救ってくれたんだろう?」

 「まぁ…アイスウルフの件に関しては、確かに俺が魔法で倒しました」

 「やっぱり!おかげで仲間が無事に帰ってこられた。是非お礼をしたい!」


 お礼をしてくれるのはありがたいけど、その前に、


 「今から依頼の完了報告をしたいので、後で良いですか?」

 「い、依頼?そう言えば、少し前に依頼に出ていたと聞いたが……」

 「ええ。ですので、そこをどいてください」

 「す、すまない!」


 ブルズエルさんは慌てて横にずれる。

 俺はさっさと受付に並んだ。夕方過ぎでもあるので、混んでいる。




 やはり不思議な少年だ。

 強力な魔法使いであるとは思っていたが、近接戦も相当やるな。


 ブルズエルは長年の剣士の感から分かる。

 先ほどの握手による剣ダコや手ぶれのなさ然り。彼の歩いている姿から体感の強さや重心のズレがない事が見て取れる。


 確信できる。

 俺がもし彼に攻撃でもしたら、抵抗することすらできずにやられる。


 「依頼と言っていたが、どんな依頼を受けたんだ?」


 それは単なる興味本位だった。

 あそこまでの強さだ。一体どのような依頼内容か気になる。 

 その内容を俺に教えてくれたのは、さっきまで話していた冒険者だ。


 「ああ、それならDランクのスイートビーの蜂蜜採取の依頼だったはずです。受付嬢がそう言ってました」

 「何?Dランク?聞き間違いではないのか!あれほどの者が」

 「い、いえ?!間違いではないはずです。聞いたところだと、あの少年は今日初めて冒険者になったそうです」

 「マジかよ………」


 てっきり、若くして高名な冒険者であると思ったが。


 でも納得する。

 今日まで冒険者ではなかったのなら、あれほどの強さで無名であるのは頷ける。

 冒険者、それを束ねるギルドは世界中に広がっている組織。冒険者ギルドの情報網は一国の比ではない。


 強い冒険者の噂なんて、瞬く間に広まる。


 高名な冒険者でないのなら、高位貴族の子息か?

 エスパル王国の貴族は昔から国を守る武力として、魔法に力を入れていた国だ。高名な貴族には力の強い魔法使いが多い。


 あんなボロイ服を着ているのは気になるが、同時に着けているマントは間違いなく一級品。あれを手に入れられるのは、貴族じゃないと難しいはず。

 しかし貴族の子息ならば、数か月に一度の「水之世」で行われる訓練に参加すれば、いいはず。


 それか…貴族の隠し子の可能性も。

 

 う~ん…正体が気になる。

 いや……冒険者に対して、こうした詮索はタブーか。




 少し経って、順番が来る。


 「お待たせしました。依頼の完了手続きで………あ、あなたは?!!」


 俺を見て、受付嬢はビックリし、大きな声を上げる。そんなことをしたせいで周りの冒険者がこっち見た。

 面倒臭くなりそうなので、さっさと依頼書と氷の瓶に入ったスイートビーの蜂蜜を見せる。


 「依頼通りにスイートビーの蜂蜜を取ってきたので、完了の手続きと報酬をお願いします」

 「え?!もう完了?!出発してから一時間ぐらいしか経ってないよね?………でも、これは見た目や色合い、粘度を見れば、確かにスイートビーの蜂蜜。ほ、本当に装備なしで取ってきた」


 受付嬢が氷製の瓶を手に取って、詰め込まれた蜂蜜を何度も見て確かめている。

 ご丁寧に説明口調でいうから、余計に他の冒険者がこっちを見てる。


 「早く報酬をください」

 「あ!す、すみません!………しかし、この瓶はどう空けるのですか?」

 「えっと、それは俺の魔法で作った瓶です。今空けます。………それと、出来れば別の入れ物に移すって出来ますか?」

 「は、はい。出来ます。で、では少々お待ちください」


 氷の瓶に魔力を送って、開封させる。

 それを見た受付嬢は奥に行く。後は報酬を待つだけ。


 ………と思ったが、


 「お、お前さん……ミットさんをコテンパンにした奴だろ?あの試合の後、どこに行ったか分からなかったが、依頼を受けていたのか?」


 一人の冒険者が俺に聞いてきた。恐らく今日の試合を見学していた野次馬の一人だろう。

 この人を皮切りに次ぎ次と、冒険者達から質問が飛んでくる。


 「お!もしかしてちょうど今噂になってる新人か?」

 「話に聞いた通り若いな」

 「なんだけどよ、すんげぇ強ぇんだ。この目で見たんだ。Bランク冒険者が何も出来ずに倒されるところを」


 すぐに俺の周囲に冒険者が群がる。

 うっ!やっぱり、ここに並ぶんじゃなかったかな。


 いや……こんなボロイ服と白いマントなんていう特徴的な見た目してんだから、いずればれるか。

 そもそも依頼の受け付け窓口は一つしかないし。


 確かにBランク冒険者を瞬殺するような目立つことはしたけど、質問攻めにされるのは、それはそれで嫌だな。

 受付嬢が戻るまで、冒険者の質問に対して適当に、はい…とか、いいえ…とか言ったけれども、どこから来たとか、誰に魔法を教わったのかとかは面倒なので無視した。


 ダンジョンの最下層の墓地で幽霊から魔法を教わりましたとか、言っても頭のおかしい奴だって思われるに決まっている。

 

 暫くして漸く受付嬢が戻った。


 「お待たせしました。奥の方でも再度確認しましたが、スイートビーの蜂蜜でした。こちらは空の瓶と報酬です」


 蜂蜜を別の入れ物に入れたため、空になった氷の瓶を渡される。

 瓶はもう必要ないので、それを俺は消した。まぁ…消したというよりも俺と瓶との魔力の接続を切ったの方が正しい。


 報酬は金貨一枚。

 少し良い宿に三日泊まれば、消えるお金だ。Dランクの依頼で一番報酬が良くても、こんなものか。

 でも、思えばこれは俺が自分で稼いだ初めてのお金だ。


 そう考えると、この金貨も凄く重く感じるな。


 よし!今日はこのお金で五年ぶりのまともな食事をして、宿でぐっすり眠るぞ!

 そんで明日は依頼をたくさん受けて、お金を稼いで、いずれ実家に帰る。

 それで行こう!









 「よーし!今日のパーティ全員の無事を祝して乾杯だ!!」

 「「「「「乾杯!!!」」」」」

 「………乾杯」


 Bランク冒険者のブルズエルさんの号令で、一斉に酒の入ったチョッキが掲げられ、近くにいる仲間同士でチョッキを鳴らし合う。

 俺も控えめにチョッキを掲げる。


 ここはギルドの隣に設立されている酒場。

 そこで俺とブルズエルさんのパーティは祝勝として、食事をすることになった。


 「ありがとな!ミナト!おかげで腕が無くならずに済んだぜ!」

 「良かったですね………」


 隣の席には、左腕の低体温症を治したバンさんが俺に何度もお礼を言う。


 どうしてこうなったかというと、ブルズエルさんに助けてもらったお礼として、食事を奢ってもらったからだ。

 

 奢ってもらいのは別に良い。お金が節約できるしな。

 でも、なんというか…こんな大人数での食事、それもひっきりなしに近くにいる者と会話しながらの食事は初めてだ。


 落第貴族でもアクアライド家は貴族家。

 その子息であった俺は食事の際のテーブルマナーは一応教わっている。食事は基本、静かに食べるものだ。口に物を含ませながら食べるのは行儀が悪い。


 なので俺は周りとは違って、物静かに食べることにする。

 ………そう考えていた時が俺にもあった。


 目の前には、五年ぶりのまともな食事。まずは肉だ!

 串焼きを一本取って、真っ先に口に運ぶ。


 「っ?!!」


 感動で息が詰まる。

 口の中にあふれる肉汁。五年ぶりの肉は涙が出るほど旨かった。

 もうそのあとはテーブルマナーなんて忘れて、出されている食事をひたすらに貪った。


 「う、うめぇ!!」

 「お、おい。とんでもない食べっぷりだな。よほど腹が減っていたのか?」

 「俺のも……やろうか?」


 ブルズエルさんやその仲間が思わず見てしまうほど貪った。


 肉だけでなく、魚や野菜、スープなどありとあらゆる栄養素を体に入れ込んだ。

 ブルズエルさん達も俺を見て、自身の食事を分け与えてくれる。俺は感謝も悪れ、それらも口に含ませる。


 ついでに酒も。

 この国では十五歳から酒が飲める。だから初めての飲酒だ。

 


 

 「ういいいぃぃ………こりぇ、毒でも入ってんですか?みよーに、あたぁまが痛いひぃです」

 「入ってねぇよ………お前が酒に弱いだけだ」


 俺はチョッキに入った酒を半分飲んだだけで泥酔していた。


 人生初の酒酔いに、俺は完全に饒舌になっていた。


 「おまえらぁ………Bランクなのに弱すぎだぁ。アイスウルフなんかぁぁ瞬でぇ仕留めろやぁ」

 「お、おう………悪かったな弱くて」

 「そぅだぁ!そぅだぁ!もっと鍛えろぉ」

 「そ、そうだな」


 普通は失礼極まりない発言だ。

 しかしミナトが酔っているのもあるし、彼は自分達を助けてくれた恩人なので、ブルズエル達は苦笑いするしかなかった。


 ガチャッ。

 ………………その時だろうか。

 酒場にある二人が入ってきたのは。


 一人は俺より背が低く、茶色い魔法使いのローブで着て、頭をフードで隠した者。杖を持っているから魔法使いかな。


 もう一人は俺よりも少し高い身長であり、こちらも白いローブを着て、顔を隠している。魔法使いと思いきや、腰の剣から剣士かな。


 俺は酔っぱらっていて、この時気づいていなかった。


 もし平常時なら、この二人の佇まい、そして体から出る魔力の練度でBランクのミットさんよりも遥かに強い魔法使いであることが分かっただろう。




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