表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/160

対峙




 ピレルア山脈に望んでから三日目の朝。


 俺たちの目標は引き続き、ピレルア山脈で最も標高が高く、ワイバーンの住処であるアネトゥ山。

 アグアの街から概ね、徒歩三日で着く予定であったので、今日の午後には着く算段だ。


 朝早くテントを出た俺は、いつもの日課である素振りをしていた。

 それから少し経って、クラも早起きし、俺と一緒に素振りをやり始めた。


 暫し、俺とクラの素振りの音が聞こえていたが、


 「ミナト、今日は軽い試合をしないか?」

 「ああ、良いぞ」


 俺とクラはお互いを見ながら距離を取り、剣を向ける。

 互いの獲物は、俺が〈氷刀〉、クラがいつも所持している宝装だ。


 そして、始まるのは、クラとの軽い模擬試合。

 聞こえるのは、素振りとは違った剣を打ちつけ合う音。

 基本的に、俺が防御と後の先、クラが攻め主体である。


 アグアの街の外でクラと模擬戦をしてから、俺は毎朝素振りの後に偶にではあるが、決まってクラと軽い模擬試合をしているのだ。


 稽古において、基礎作りと基本向上である素振りは最も大切なものであるが、レベルの高い者との実戦を踏まえた試合は、素振り以上に得られるものがある。


 剣の技量においては、まだ俺の方がクラより上である自負はあるが、クラは魔法だけでなく、剣においても天才であった。

 俺が彼女と試合をするたびに、技が洗練されていき、一度通じた技でも、二度目は効かなくなる。


 そのクラの剣の向上に乗じて、俺も負けじと自身の技を磨く。

 凡人の俺にとって、クラと言う天才はこれ以上ないほど良い稽古相手であり、切磋琢磨し合い仲となっていた。


 「はっ!」


 クラの気合いの伴った突きを俺は剣に角度を付けて流す。


 突きを流された訳だが、そこで終わりではなく、剣を下に引いて体を半回転からの横薙ぎ。


 それを剣を上に構えつつ、半歩後ろに下がって、回避。

 半歩下がってからの、斧で丸太を割るかの如く、肩を入れた前への踏み込みでの振り下ろし。


 まともに受けると県が弾かれると判断したクラは、俺との距離を一気に詰め、力が余り乗らない俺の剣の根元に、自身の剣根元を押し付け、鍔迫り合いの状態に持ち込む。

 ほぼゼロ距離で、目と目が合う俺たち。


 俺は大きくバックステップを取る。


 「ふぅ……」


 一度、大きく深呼吸する。


 そして、剣先を下げ、右足を前に左足を後ろにして、重心を落とす。

 羽毛となるイメージを持ちつつ、足だけでなく、腕や胴体、腰回りなど、体の全てから無駄な力みを取り、脱力させる。


 力を深く…深く…………もっと深く抜いて、


 「っ?!……来る!」


 俺の脱力に、クラは身構える。

 この後に来る技を知っているからだ。


 「水剣技流初伝・零閃」


 ドン!

 俺の足下の地面が一部爆ぜる。


 限界まで縮ませたバネを弾いたかのごとく、俺は加速無しの初手最高速度による神速の踏み込みで、クラに迫る。


 これはアグアの街の外でやったクラとの模擬戦で最後に使った技だ。


 クラに使うのは、二度目になる。

 一度目は優れた反射神経を持ったクラが慌てて、振り下ろした剣を『水剣技流初伝・流流』を使って、体勢を崩し、返す刃で試合を終わりにした。


 神速で迫る俺に、クラは顔を強張らせつつも、即座に後ろへ一気に飛ぶ。


 構わず俺は、神速からの横薙ぎを叩き込む。

 それに対して、クラは剣の柄で受ける。


 剣の柄を握ってる上の手と下の手との間にある僅かな隙間で受けたのだ。

 両手との間であるので、受けの際の力が入りやすく、俺の横薙ぎを受け切る。


 一度目では、対応しきれなかったのだが、二度目において、受け切れたのだ。

 やはり、クラは天才だ。


 しかし、受けきったとはいえ、神速からの横薙ぎを受けたので、僅かにクラの体制は揺らぐ。


 俺は一瞬でしゃがみ、右足で足払いをする。


 「くっ?!」


 クラは後ろに倒れつつも、バク転の要領で片手を剣から離し、左手を地面につき、そのまま後ろへ一回転する。

 180センチという女性離れした長身の持ち主とは思えないほどの軽業である。


 一回転したクラは、剣を両手で構え直すが、その頃には俺は彼女の至近距離にまで迫っていた。


 左肩から右わき腹を狙った袈裟切りを振る。

 クラも迎え撃つために、切り上げを振る。


 カン!

 お互いの剣が衝突し合う音が響き、そのまま止まる。


 これは軽い模擬試合であり、本格的な実践ではない。

 これ以上の剣戟は安全マージを超えてしまう。


 俺とクラは深呼吸をして、剣を収める。


 パチパチパチ。

 拍手の音が聞こえる。


 俺たちの周囲でミーナ、イチカ、ミル、パル…それに、鈴蘭の花人と薔薇の花人がおり、みんな一斉に拍手をしていた。

 試合に集中して、みんなが起きているのに気づかなかった。


 「金の採れる試合だったな」


 パルはさっきの試合をみて、そう言う。


 俺とクラは少し気恥ずかしそうにするのだった。









 テントをしまい、俺たちはアネトゥ山へ向けて出発するが、


 「"スズ"!"バーラ"!歩きにくい」


 以前として、鈴蘭の花人…スズと薔薇の花人…バーラは俺にくっ付いて、付いてくる。


 「スズ?バーラ?」


 ミーナが聞き覚えの無い言葉に、疑問を浮かべる。


 「二人の名前だ。こっちがスズで、こっちがバーラ。この方が呼びやすいだろ?」


 俺は鈴蘭の花人を指して、スズと言い、薔薇の花人を指して、バーラと言う。


 「鈴蘭だからスズで、薔薇だからバーラってこと?…………何とも、ミナトらしい安直な名付けね」

 「失礼な。本人たちは喜んでいるぞ。なぁ…スズ、バーラ」


 コクコク。

 俺の呼びかけに、鈴蘭の花人と薔薇の花人…………スズとバーラは嬉しそうに何度も頷く。


 「不思議よね。この子たち、言葉分からないはずなのに」


 ミーナが言っている通り、スズとバーラは声帯が存在しないが、耳はある。

 しかし、俺達の言葉を理解できていない。


 地面に書いた文字をスズとバーラに見せたことがあるのだが、二人共首を傾げた。

 ずっと前から、もしくは生まれた時からピレルア山脈にいたために、俺達が話す言葉を知らないのも、無理はないと、ミルは言っていた。


 つまり、二人共俺達の言葉は本当は分からないはずなのだ。


 「きっと俺の心を読んでいるんだろ」

 「適当なことを」


 ミーナは呆れるのだった。









 俺達が山脈を数時間進んで行き、正午に休憩を挟んで、また進み出す。

 そうして、俺たちは数キロ離れた山の斜面からアネトゥ山を視界に収めた。


 収めたのだが……………………、


 「何だあれは?」


 列の先頭にいるパルが怪訝な顔で目を細めて、アネトゥ山を見る。

 俺たちもアネトゥ山がある方向を見る。


 「何でしょうか、あれは?」


 ミルは眉根を寄せるが、それは他の者も同じ。


 「遠くで分かりにくいが…………あれがアネトゥ山で合っているのか?」

 「ああ、そのはずだ」


 クラの疑問に、パルが地図を片手に答える。


 実は基本的に立ち入り禁止のピレルア山脈ではあるが、リョナ家…もとい、俺の元実家であるアクアライド家には、かなり古びてはいるが、ピレルア山脈の大まかな地形を示した地図があったのだ。

 今言ったように、かなり古びているので、地図自体は現地に持ち出すことは出来ず、元の地図を写本した物を持ってきたのだが。


 それによると、俺達の前方に数キロ先にアネトゥ山があるはずなのだが、肝心のアネトゥ山は現在、山頂を巨大な壁に覆われていた。


 「あれは……土?」


 視力の良いクラは、アネトゥ山を囲っている壁を土だと言う。

 確かに、土に見えなくはない。


 「〈望遠鏡〉」


 俺は氷の凹凸と屈折を利用した望遠鏡を生成する。


 除くことで、数キロ離れたアネトゥ山をより明確に視認できる。

 視認した結果、クラの言った通り、壁は土で出来ているように見え、恐らく土魔法で形成されたものであると予想される。

 けれど、仮にあれが土魔法で形成されたものであるなら、並み大抵の魔法使いでは無い。


 アネトゥ山はワイバーンの住処であるとされているが、もしやあれこそが、ワイバーンがここ半年頻繁にアグアの街へ降りてきている原因の一旦では無いのだろうか。


 「どうしますか、ミル様」


 クラは今回の実質的なリーダーであるミルに聞く。


 「ここは実際に行ってみるまでですね。しかし、キナ臭くですね。アネトゥ山にある強大な壁。何か大きな力が働いている気が…………。みなさん、十分気をつけて下さい」


 俺たちはミルの指示に従い、アネトゥ山へ接近する。




 三十分ほどで、俺たちはアネトゥ山に足を踏み入れる。

 強大な壁は、すぐそこ。


 近づいて見て、巨大な壁がはっきり見える。

 汚れ一つ無い焦げ茶色の城壁。

 山の頂上に、こんなものを出来るなんて、魔法以外にあり得ない。


 「……………………ん?」


 俺は頂上に向かいながら、首を傾げる。

 何か妙だ。

 何だか、歩いている地面…………それだけで無く、周囲の空間に何か違和感が。


 説明できないだけに、首を傾げるだけであった。


 「…………これは?!」


 パルが唐突に険しい顔を出す。


 「どうしました、パルさん?」

 「何かいる!あの壁の向こうには、飛んでも無い魔力の持ち主がいる!それも三人!」


 ミルの指摘に、パルは普段冷静な様子から一変して、大変珍しい取り乱した表情を取る。


 「特に、壁のずっと向こう側にいる一人、感じる魔力からして、土魔法使い。恐らく、あの城壁みたいなものを作った奴だな…………恐ろしい」


 額に大粒の汗を流して、パルは鋭いを目をする。

 俺は身構える。


 元Aランク冒険者のパルに、恐ろしいと言わせるなど、どれほどの者なのか。


 俺やパルだけでなく、自ずとクラ、ミル、ミーナ、イチカも気を引き締める。


 その時だった。

 高い城壁の地上近くの場所の一部に穴が開くのを見る。


 そこから誰かが出てくる。

 人数は二人。


 一人は油色の髪を持った目付きの鋭い男。

 耳には鉄製のピアス、首には鉄製のネックレスを付けている。


 もう一人は墨色の長い髪を持った男。

 もう一人の男に比べて、きっちりした見た目であり、仕事が出来る貴族と言った印象がある。


 二人に共通しているのは、ミーナが来ている王国魔法団の軍服とは違う、黒い軍服を着ていること。


 そして、体に纏っている魔力量が異常なレベルで多いということ。


 少し離れていても分かる。

 強力な魔法使いだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ