俺の意見は変わらない
ジーー。
腕を掴まれた状態で、鈴蘭の花人から青い眼を向けられる俺は困惑する。
鈴蘭の花人はずっと無言無表情であるので、何を考えているのか、分からない。
「この子……どうしたんだろう?」
イチカも俺の腕を掴んで離さない花人に困惑していた。
一方、薔薇の花人はオロオロした様子で俺と鈴蘭の花人を交互に見ていた。
「何かを伝えたいのでしょうか?」
ミルが花人には、何か伝えたいことがあると言う。
俺も鈴蘭の花人の眼をしっかり見る。
鈴蘭の花人の青い瞳に移る俺の姿を暫し見てから、
「なるほど、分かった!」
「え?お兄ちゃん、分かったの?!」
「ああ、きっと腹が空いているんだ!だから、俺を見つめているんだ」
「おお!!」
胸を張っている俺の回答に、イチカが歓声を上げる。
「「はぁ…」」
うん、見なくても分かる。
俺の後ろで、クラやミーナが呆れた顔をしていることぐらい。
「〈水生成〉」
俺は自身の両手を器のように作り、そこに水を生成する。
何の変哲もない、ただの水だ。
彼女は花人ということで、もし腹が減っているのなら、水をあげれば良いだろうという、俺の適当推論である。
「ほれ」
俺は両手に注いだ水を鈴蘭の花人に差し出す。
鈴蘭の花人は青い眼を見開いて、暫く俺の水を見ていた後…鈴蘭の花人は枝で出来た指をゆっくりと俺の両手の中にある水に持っていき、指の先を水の中へ浸かられる。
すると、
「っ?!」
鈴蘭の花人は何に驚いたのか、キラキラした様子で青い眼をこれ以上ないほど開き、俺を見てきた。
続いて、鈴蘭の花人は離れて俺たちを見ていた薔薇の花人に何かのアイコンタクトを送る。
それを受けた薔薇の花人は恐る恐る俺に近寄る。
そして、俺の両手に汲んである水に枝で出来た指を浸からせる。
数秒後、鈴蘭の花人と同じく薔薇の花人も青い眼をキラキラと輝かせ、俺を見る。
次の瞬間には、
「え?」
訳が分からず、混乱する俺を他所に、右腕に鈴蘭の花人が、左腕に薔薇の花人が抱き着いてきたのだ。
俺はいきなりな花人たちの行動に、困惑がさらに加速するが、とうの花人たちは幸せそうな顔をしている。
俺達が百年百足と戦い、二人の花人と出会った場所から、数時間歩いた。
既に日が暮れ始めており、今日の進行はここまでと判断した俺達は、少し平らで丁度よい場所を見つけ、ここで夜を明かそうと考えた。
持っている荷物からテントを設営し、焚火を起こしつつ、俺たちは夕食を食べていた。
夕飯と言っても、豪華な物ではなく、長期の保存が利く干し肉や乾燥されたパン、後はパルが持っているお湯を掛ければ、スープになる粉末ものぐらいか。
普通の食事に比べれば味気ないものばかりだが、ピレルア山脈という高い標高の山が連なった場所は普段目にすることがない絶景が見え、それを見ながらの食事も悪くなかった。
……………………ただ、少し不満というか、不自由があるとすれば、
「両手に花って…………まさに、この事ですね」
ミルが言っている通り、俺の両手に纏わりついている鈴蘭の花人と薔薇の花人のことだろう。
俺が水を花人へ上げてからというものの、一体俺の何を気に入ったのか、ずっと二人の花人は俺の両腕に抱き着いて、付いてきているのだ。
なので、さっきから花人が両手に抱き着いている状態のため、夕飯が食べ辛い。
「「………」」
因みに、今に至るまで二人の花人は一言も話していない。
いや、声帯自体がないのか、そもそも花人が喋れるのかどうか怪しい。
それでも抱き着きながら、ジッと俺を見ている。
ふと…俺は思い立って、食べているスープを二人の花人に見せる。
「食べるか?」
しかし、スープを見せても花人は首を傾げるのみであった。
人の食べ物には興味が無いのか。
だったらと思い、
「〈水生成〉」
また両手を器代わりにして、水を出してみる。
「「っ!!」」
すると、前と同じように両腕を抱きついていた花人たちは目を輝かせて、枝と茎で出来た腕を伸ばし、俺の水に指を浸からせる。
段々、水が減っているのを見るに、水を指から吸っているのだ。
花があるが故に、水が好物なのか。
心なしか、水を吸っている際の花人の顔は嬉しそうである。
吸い終わったら、また俺の腕に抱き着く。
それは食事が終わっても同じ。
「お兄ちゃん、モテモテだね」
俺の左隣にいるイチカはそう言いつつ、俺の左腕に抱き着いている鈴蘭の花人の頭や体の複数に生えている鈴蘭の花弁を触ったり、鼻を近づけて匂いを嗅いだりする。
鈴蘭の花人は嫌がる素振りは無かった。
寧ろ、触られてくすぐったそうにしている。
「スンスン…良い匂い」
確かに、花人からは花独特の良い香りが漂う。
「良い匂いがするの?ちょっと、私も嗅がせて……………………痛っ?!」
「ふむ…花人か。始めに会った時はそっとしておこうとは思ったが、ここまで人に懐いているのなら、今後の薬品づくりのサンプルとして、花弁か花粉を少しぐらい採取したいな……………………って、おい!」
ミーナが匂いを嗅ごうと、パルが薬師的な観点から花弁や花粉を回収しようと近づくと、鈴蘭の花人と薔薇の花人は途端に嫌そうな顔をして、枝で出来た細い腕でミーナとパルを叩く。
「何で、ミナトとイチカは良くて、私は馬目な訳?!」
「解せん」
結局、ミーナとパルは近寄ると嫌がられるので、遠巻きに眺めるだけだった。
明日も早いと言うことで、体力に乏しい魔法使い組であるイチカ、ミーナ、ミルはさっさとテントで就寝し、パルも道具のチェックした後、テントで寝る。
俺とクラは焚火に薪を足していた。
「なぁ…ミナト」
クラは焚火から飛び散る火の粉を見ながら、俺に話しかける。
「前に…お前は言っていたな」
「前にって?」
「擬人…………ニナの件だ」
「ニナって……ああ、アルアダ山地の村にいた子か」
「そうだ。彼女は擬人、もしくはヒトモドキと呼ばれる魔物……………………あ、いや…………異人だな」
クラは、ニナと言う擬人を魔物では無く、異人と言い直す。
そう言えば、あの時のクラはニナが擬人と分かった際、ニナを人の姿をした魔物と言っていた。
そして、ニナを殺そうとしていた。
結果的に俺とクラが剣による勝負で、ニナの処遇を決めようと言って、俺はクラに勝って、ニナは殺されずに済んだ。
「ミナトは言っていたな。魔物でも、「心」が人ならそれは立派な人だ……と」
「言っていたな」
魔物でも、「心」が人ならそれは立派な人だ。
確かに、あの時の俺はそう言った。
俺がそう思うようなったのは、俺の剣の師匠であり、初恋の相手であるシズカ様が半分、かつて魔物に分類されていた種族であったと聞かされた時だ。
「花人は擬人と違い、人とはかけ離れた見た目の種族だ」
クラはふと…俺の両脇にいる花人たちを見る。
「それでもミナトは「心」が人なら、人と。言えるのか?」
何だそんなことか。
だったら答えは、
「言えるな。俺の意見は変わらない。「心」が人ならそれは立派な人だよ」
「そうか」
パキ。
その時、焚火を燃やしていた木が崩れる。
俺は新しい木を焚火に放り込む。
「そろそろ寝るか。明日は、いよいよ午後辺りにアネトゥ山へ到着できる。今のうちに、寝て体力を温存しておくべきだろう」
「そうだな」
焚火の後始末を空いた後、俺とクラはテントで就寝した。
テント周りは俺の〈氷壁・囲〉で守っているため、敵に襲われる心配はないし、俺は寝るときに必ず簡易的な〈水蒸気探知〉を発動しているので、敵が襲ってきても気づける。
テント自体は一つしか無いが、団体が入っても余裕があるほどの大きさである。
なので、俺たちは全員で同じテントで眠る、
俺は既に寝ているイチカのそば、クラはイチカを挟んで、反対側で横になる。
「…………んん、お兄ちゃん…………クラお姉ちゃん」
寝ぼけているのか、イチカはそばによった俺とクラの服の裾を掴む。
「…………良い匂い」
イチカが眠ったまま、俺に体を寄せ、寝言を言う。
言っておくと、俺がテント内の寝袋で寝る際も、二人の花人はガッツリ俺の体に抱き着いていた。
いい匂いがするのは、そのせいだろう。
だが、一体…彼女たちは俺の何処を気に入ったのか。
次話で、いよいよミナト達と皇国十二魔将が相対します。