百年百足①
「〈風刃〉」
「〈ファイアアロー〉」
クラとミーナは現れた巨大ムカデに対し、即座に魔法攻撃を放つ。
ガキン!
「なっ?!」
「嘘?!」
クラとミーナが驚愕する。
放たれた〈風刃〉と〈ファイアアロー〉が巨大ムカデの分厚い外骨格に無傷で跳ね返されたからだ。
効いている様子は無い。
「〈アイスアロー〉」
今度は、俺が氷の矢を放つ。
ガキン!
外骨格に弾かれる。
「〈水流斬〉」
今度は、水の斬撃を放つ。
ガキン!
これも外骨格に弾かれる。
「〈氷槍〉」
ならばと、俺は貫通力特化の氷の槍を放つ。
だが、ガキン!
これすらも弾かれる。
「何?!ミナトの攻撃でも!」
「硬すぎでしょ?!」
クラとミーナが目を見開いて、さらに驚愕する。
一方の俺も同じ反応だ。
〈氷槍〉は、ものの見事に弾かれた。
一応、外骨格には少量の傷は付いたが、大したダメージは入っていなかった。
まさか、〈氷槍〉でも全く効かないなんて。
「ギチチチ」
巨大ムカデは大きな牙を開け閉めしながら、俺達を見ていた。
まるで攻撃が聞かなかった俺達を嘲笑っているかのようだった。
「馬鹿!ソイツは『百年百足』という魔物だ!それも成体だ!名前の通り、百年かけて成体へと成長するムカデの魔物。成長途中はそこまでの脅威はないが、成体となればワイバーンすら捕食する化け物。コイツの最も危険な点は、顎にある強力な毒と、物理攻撃や魔法攻撃が殆ど効かない程の硬い外骨格だ」
パルが大声で巨大ムカデ…百年百足の説明をする。
物理攻撃や魔法攻撃が殆ど効かないレベルの外骨格か。
厄介な。
しかも、あの巨大だ。
小細工が効く相手とも思えない。
俺はイチカを後ろに庇いつつ、倒す方法を考える。
「魔法攻撃が効かないなら、搦め手です。〈永久流砂〉」
ここで、ミルがオリジナル魔法〈流砂〉に改良を加えた〈永久流砂〉を使う。
ミルが立っている地面を起点として、前方の地面を伝って、魔力が百年百足がいる地面付近に届く。
次の瞬間、百年百足の周囲の地面が粘土質のある砂に変化する。
地面の下にある砂の密度や水分量、乾燥具合を調整して、ただの地面をどんどん沈み込む流砂へと変えたのだ。
「ギチチ?」
百年百足の巨体が下に沈み込む。
〈流砂〉の場合は、沈み込む量に限界があったが、〈永久流砂〉は限界量を伸ばし、百年百足のような巨大な魔物でも完全に沈む。
百年百足は流砂から脱出しようにも粘着質な砂が捉えて逃がさなかった。
これで終わったかと思われたが。
ドオオオオ!!
百年百足は沈み込む流砂に、自ら頭から潜ってしまった。
その巨大さを感じさせない優雅な動きで、流砂の中を百年百足は泳ぐように潜る。
「ソイツは普段は地面に生息している魔物だ!地面に沈ませても、意味が無い」
パルが叫ぶ。
搦手も通じなさそうである。
ドカカカカ!!
地面に潜った百年百足は標的をミルに決めたのか、一度地面に潜った後、ミルの近くで顔を出す。
そのまま大きな牙でミルを飲み込もうとする。
「〈サンドウォール〉」
ミルは咄嗟に、砂の壁を形成する。
これで一旦距離を取ろうと考えたのも束の間。
ガリガリガリ………ドガン!!
「私の〈サンドウォール〉を食い破って?!」
何と〈サンドウォール〉に顔を衝突させた百年百足は、顎で砂の壁を食いながら、突き破ったのだ。
百年百足は〈サンドウォール〉から顔を出し、突き進みながらミルを丸のみしようと口を広げる。
「〈迅風〉!」
「〈瞬泳〉!」
「〈伸びれ〉!サーペント!」
風の高速移動を持って、クラが間一髪でミルを抱え、左側へ避ける。
ミルの後方にいた俺達も何とか右側へ回避する。
俺はイチカを両脇に抱え、水の高速移動で回避。
パルは素早い動きで右に転がりつつ、魔鞭『サーペント』を使って、ミーナを鞭で掴み、引き寄せる。
百年百足が俺達とクラ達がいる間を通過する。
「〈氷槍〉〈氷槍〉〈氷槍〉〈氷槍〉〈氷槍〉」
回避をした後、俺は駄目押しで氷の槍を何発も打ち込む。
カン!カン!カン!
全て弾かれる。
硬すぎる。
少しに傷は付いているが、焼け石に水だった。
遠距離攻撃は、ほぼ無意味。
それなら、近接攻撃。
「〈氷刀〉」
俺は手元に氷で出来た刀を生成する。
「〈氷板〉」
さらには、片足を乗せられる程の大きさがある氷の板を階段のように、空中へ何十個も生成する。
俺はそれを足場にして、空中を駆け上がる。
氷の板を踏み台にして、空中を駆けながら百年百足の頭を〈氷刀〉で斬りつける。
「〈迅風〉」
それと同時に、クラが高速移動をしながら、腰にある剣……宝装で胴体部分を斬りつける。
「〈伸びれ〉サーペント」
パルも魔鞭の機能である伸縮自在な鞭の先端を伸ばして、攻撃する。
ガンッ!!
結果はどちらも剣を弾かれ、鞭も弾かれて終わった。
「ギチチチ!!」
近接戦で鬱陶しいと思ったのか、百年百足は周囲を薙ぎ払うように、巨大な胴体をくねらせる。
百年百足が暴れた場所は、まるで巨人が地面を踏み均したかのよう。
まさに生きる災害だ。
俺とクラは一先ず距離を取る。
パルも様子を伺う。
参ったな。
遠距離でも近距離でも無理。
後、倒せそうな手段と言ったら…………動きを封じた上での最大火力攻撃か。
「こうなったら………私の〈炎災〉で」
ミーナも、それが分かったようで、自身の一級火魔法である〈炎災〉を放とうか考える。
確かに、俺の氷を一瞬溶かすほどの火力だ。
あれなら、百年百足の分厚い外骨格にも通用するかもしれない。
「ふぅ!」
ミーナから強力な魔力が発せられる。
ミーナが〈炎災〉を放つために、全身の魔力を練り上げたのだ。
一級魔法を放つには、練り上げた魔力を一つの魔法に集中し、全魔力を開放する。
いくら、ミーナが無詠唱魔法を習得したとはいえ、一級魔法を放つのには、時間が掛かる。
「ギチチチ?」
百年百足の頭部にある二本の触覚がピクピク動き、先端が〈炎災〉の準備をしているミーナに向けられ、警戒する様子を出す。
まさか、あの触覚…魔力を鋭敏に感じ取れる器官なのか。
今度は魔力を練るミーナを脅威と捉えたのか、百年百足はミーナを丸のみにしようと突進する。
魔力を練っている最中なので、碌に動けないミーナは顔を強張らせる。
「俺が動きを止める!〈大氷壁〉!」
通常の氷の壁である〈氷壁〉は半透明の厚さ十センチ、縦二メートル、横一メートルの氷のプレートであるが、それだと全長100メートルは超えているである百年百足を止められないと判断し、〈大氷壁〉を張る。
〈大氷壁〉は、単純に〈氷壁〉のサイズを十倍にした魔法。
厚さ百センチ、縦二十メートル、横十メートルの大きな氷の壁が百年百足の突進を阻む。
大きな衝撃音を鳴らし、百年百足と〈大氷壁〉がぶつかる。
これで時間を稼げればいいが。
ガリガリガリガリ!!
俺の氷が削られる音が聞こえる。
何と〈大氷壁〉の固い氷の壁さえ、食い破ろうとしていた。
「だれだけ強靭な牙を持ってんだ!」
「長く持ちそうにありませんね」
俺とミルは顔をしかめる。
「ミーナ!まだか?」
「もうちょっと掛かる!」
クラの確認に、ミーナが額に汗を浮かべながら、答える。
魔力を練るのは、相当な体力を消耗するのだろう。
〈サンドウォール〉ほどの簡単に破られなかったが、突破に三十秒は掛からなかった。
ドカン!
百年百足が〈大氷壁〉を食い破る。
「ちっ!〈激流〉!」
自身の氷を突破されたとこに、舌打ちしつつも、即座に大量の水を放出する。
ドオオオオオ!!!
まるで滝を横に倒したかのような大質量の水が百年百足に向かい、瞬く間に全身を水浸しにしていく。
当然、水浸しになっただけで百年百足が止まることは無かった。
だが、俺の目的はあくまで百年百足を俺の水で満たす事だ。
「〈凍結〉」
〈激流〉によって濡れた地面と、濡れた地面の周囲にある空気が俺を始点として凍り始める。
俺の水が瞬時に六角形に変わる。
ビキビキビギ………。
前方に綺麗な氷の結晶が舞う中、百年百足の氷の彫刻が完成する。
「き、綺麗…………」
「ほう…これは見事」
ミーナのそばで見ていたイチカとパルが、世にも珍しい百年百足の氷漬けに感動する。
周囲に冷気が漂う。
これで〈炎災〉が発動準備完了まで時間を稼げれば。
ビキ…。
氷の彫刻に小さいひびが入る。
そのひびは徐々に広がり、段々と別のひびも入り始め、息もする間にひびは氷の彫刻全体に走る。
「やっぱ………時間稼ぎにしかならないか」
俺は顔をしかめる。
直接の魔法攻撃が無理なら、氷漬けはと思ったが、少しの時間稼ぎにしかならなかった。
気づけば、百年百足は体中の氷を落としていた。
「十分よ、ミナト!そこをどいて!!」
ミーナの警告に対応し、瞬時に横へずれる。
ここは射線上だからな。
ミーナの身体から大量の魔力が溢れだす。
その魔力はミーナが前へ突き出した両手に集約され、一気に放たれる。
「〈炎災〉!!!」
ボオオオオオオオオ!!!
途轍もない熱気が辺り一面を襲う。
ドラゴンが吐く炎の息吹のごとく、莫大な物量を持ったの炎が螺旋状に回転しながら、百年百足に迫る。
「ピギギギ!!」
百年百足が氷漬けから脱出して、緊急回避を試みたが、もう遅い。
視界が赤一色で染められ、その赤は百年百足を飲み込む。
ルイス家だけが使える一級火魔法〈炎災〉が百年百足に直撃した。