閑話 隻眼の魔翼②
「くそ!コイツ、今まで何処に隠れていやがったんだ!」
レッカが愚痴を零す。
ワイバーン程の巨体がここまで近づかれるまで、Cランク冒険者である彼らが気づけなかった。
考えれる原因は、さっきまで街の何処かに隠れていたことだ。
「五枚刃」を見据えたワイバーンは、次の瞬間に口元を赤くさせる。
これから来る攻撃は決まっている。
「ヤバい!ブレスだ!!ノルウェル、ノルトン、防御を頼む!!」
「「聳え立つ石の壁よ、その堅牢を持って我らを守る巌となれ。〈ストーンウォール〉」」
モンシェに言われたノルウェルとノルトンは、即座に〈ストーンウォール〉を展開する。
ノルウェルとノルトンは双子であるため、魔法連携が高い。
「五枚刃」の前方に、通常の〈ストーンウォール〉より二倍程、分厚い石の壁が築かれる。
ゴオオオオ!!!
ワイバーンから放たれる灼熱の業火。
業火が、石の壁に衝突。
〈ストーンウォール〉は、ワイバーンのブレスを防ぐが、
「何て熱だ!」
〈ストーンウォール〉の裏側に隠れていても感じる高熱に、バンが悪態をつく。
暫くして、ブレスが止む。
「〈ストーンウォール〉が………」
「溶けている………」
〈ストーンウォール〉を展開したノルウェルとノルトンは、熱に強いはずの石がワイバーンのブレスで赤熱していることに驚愕する。
「五枚刃」はワイバーンから距離を取る。
ブレスを防がれたワイバーンは「五枚刃」を睨んだ後、長く首や大きな翼を活かして、今度は近接戦に出る。
「守りを中心に、無理に攻撃するな!」
リーダーであるモンシェが指示を飛ばす。
指示通り、「五枚刃」は防御を主軸にワイバーンと接近戦を繰り広げる。
剣士であるレッカは、斥候であるバンを後方に置く。
バンは投げナイフで攻撃しながら、応戦する。
「五枚刃」で最も戦闘力に秀でているモンシェは槍を構え、後ろに土魔法使いのノルウェルとノルトンに庇いながら、戦う。
二人は魔法使いであり、近接戦は苦手である。
だから、戦闘になると、モンシェが彼らを守る。
近接戦が強すぎる水魔法使いを一人、モンシェは知っているが、今は置いておこう。
ワイバーンの噛み付きや翼による薙ぎ払いを余裕をもって回避し、槍で突いて、反撃。
決して深追いしない。
戦いにおいて、体の大きさと言うのは重要な要素を含んでいる。
体の大きさは攻撃のリーチに影響する。
大きい方が攻撃のリーチが長いのだ。
小さい方の攻撃が届かないのに、大きい方が攻撃が届く。
対人戦においても、大体において背の高い方が有利。
実戦を経験した者ならば、誰しもが痛感する。
実戦と言うのは、常に不平等である。
だが、そこはベテランであるCランク冒険者達。
ワイバーンの攻撃を凌ぎながら、モンシェは撤退を検討する。
「俺達だと、ワイバーンは倒せない。隙を見て、撤退するぞ!」
異論は無かった。
たった五人でワイバーンを相手にするのは、無謀が過ぎる。
「分かった、煙玉を使う!援護してくれ!」
バンの一声で、即座に仲間が応える。
「「岩よ牙を向け、頑強たる硬さを持って我が敵を打ち破れ。〈岩槍〉」」
すぐさま、ノルウェルとノルトンが牽制のために〈岩槍〉を放つ。
二本の岩の槍が、ワイバーンの腹部に命中する。
「ギャア!!」
〈岩槍〉は二本とも、腹部の鱗に弾かれる。
翼膜に比べて、腹部の鱗は分厚いので、当然の結果ではあるが、ワイバーンの注意を引くことが出来た。
ワイバーンが憤怒の目でノルウェルとノルトンを見る。
視線がノルウェルとノルトンに行ったところで、バンがすかさず懐から小玉を取り出し、ワイバーンの額に投げつける。
パン!
「ギュウ?!」
額に命中した小玉は軽い音を立てて、煙を巻き散らす。
顔を煙で包まれたワイバーンは混乱する。
「今だ!逃げるぞ!」
モンシェの撤退命令で、「五枚刃」がユーカリの街の外に繋がる門に走っていく。
五人共、門をくぐり、街を出て、一直線にマカを目指して走る。
自分達では、ワイバーンを倒すのは無理と判断して、マカへ応援を連れに行くのだ。
マカまでは徒歩で数日の距離。
Cランク冒険者の足を持ってしても、片道一日以上は掛かる。
「ヤバい!上だ!」
レッカが上を指して、叫ぶ。
何と、混乱から回復したワイバーンが空を飛んで、追ってきたのだ。
当然、徒歩しか移動手段が無い者にとって、空を飛べる者から逃げ切るのは至難の業。
すぐに追いつけれる。
マカに向かって、一直線で走っていた一行だったが、
「まずい!ブレスが来る!左右に避けろ!」
モンシェが叫ぶ。
ワイバーンが空を飛びながら、一行が走っている直線状に炎のブレスを放ったのだ。
レッカとバンは、それぞれ左右に避けられた。
しかし、
「危ない!」
「うっ?!」
「なっ?!」
魔法使いであるノルウェルとノルトンはCランク冒険者と言えど、他のメンバーよりも運動神経が良いわけではないので、反応が遅れてしまう。
避けきれない二人をモンシェが体をぶつけて、ブレスの射線上から外させる。
間髪入れず、ブレスが「五枚刃」が走っていた場所を通り過ぎる。
レッカとバンは、肌が焼けそうな熱量と地面が焼ける匂いに顔を歪める。
けれど、もっと顔を歪める事態が起こった。
「あが?!」
ワイバーンのブレスによって、モンシェの左腕を焼かれてしまったのだ。
一瞬で、炭化するモンシェの左腕。
そのまま地面に倒れたが、すぐに立ち上がる。
左腕が激痛を超えた苦痛で侵される中、モンシェは考える。
このままマカに向かったとしても、空を飛ぶワイバーンから逃げられないし、いずれ誰かが上空からのブレスにやられる。
ここは一旦、ユーカリの街に戻って、実を隠すのが最善。
「ユーカリに戻って、暫く身を隠すぞ!」
リーダーのモンシェは、数秒に満たない間に判断した。
「五枚刃」は、またユーカリの街へ引き返すことになった。
五人は急いで、元来た道を走る。
ユーカリの街に戻る「五枚刃」を当然のごとく、空から追うワイバーン。
幸いにも、モンシェは左腕を負傷しただけで、足は動く。
と思っていたが、
「ぐっ?!」
街の門に入った辺りで、モンシェが痛みに耐えかねて膝をつく。
やはり左腕を焼き尽くされた痛みは、気合で乗り切れるものでは無かった。
「「「「モンシェ!」」」」
膝を突いたモンシェに、駆け寄るバン、レッカ、ノルウェル、ノルトン。
そこに、すかさずワイバーンがブレスを吐く。
「「聳え立つ石の壁よ、その堅牢を持って我らを守る巌となれ。〈ストーンウォール〉」」
二枚の〈ストーンウォール〉でブレスを防ぐが、ジリ貧だった。
このままでは、五人共やられてしまう。
その時だった。
五人から少し離れたところから、一本の瓶が投げられる。
それは飛んでいるワイバーンの頭部に命中する。
パン!
命中した瓶は割れ、その中にあった粉末か何かを撒く。
途端に漂う激臭。
「ギギャア?!」
ワイバーンは悲鳴を上げる。
それによって、ブレスによる攻撃が止んだ。
「こっちです!!」
瓶が投げられた場所から声が聞こえた。
「五枚刃」は迷っている暇は無かった。
バンとレッカは負傷したモンシェを抱え、声が聞こえた方へ急ぐ。
「こっち!こっち!」
声が聞こえた場所は、崩れかけた民家からだった。
崩れた民家の壁から、誰かが顔を出していた。
その者は壁から身を出し、「五枚刃」の後方にいるワイバーンに瓶を投げる。
ワイバーンに当たり、再び漂う激臭。
瓶を投げた者は民家から飛び出し、負傷したモンシェの運び込みに手を貸す。
「この民家に地下室があります!そこに隠れましょう!」
「五枚刃」を助けた者の素性を尋ねる暇もなく、彼らは言われた通り、民家の中にある地下室への入り口に入った。
「ふぅ…一先ず、大丈夫です。ワイバーンは何処かに行きました」
「五枚刃」を助けた者は、取り敢えず安全だと言う。
地下室の中は薄暗かったが、蝋燭の火がいくつかあったので、何とか地下室の中を見渡せる。
「助けてくれて、ありがとう…………って、あんたは?!」
バンは助けた者を見て、驚く。
見た目は二十代ぐらいの男…しかし、その者には、見覚えがあったからだ。
バンだけでなく、他の「五枚刃」も、そうだった。
「はい。以前、盗賊に捕らえられた時に助けて頂きました。Cランク冒険者の「五枚刃」の皆さんですよね?」
それはミナトが前に、アルアダ山地にいる盗賊の掃討に行って、助け出した捕虜の一人だった。
「テッドです。皆さん…お久しぶりですね」




