宝装ハムスィーン
パルが、イチカとミーナが当然のようにピレルア山脈の調査へ加わることを言った。
「パル殿、イチカとミーナは連れて行くつもりはありません。二人の実力でも、かなり危険です。イチカはまだ幼いですし、ミーナは無詠唱を覚えたばかりです」
ワイバーン討伐を終えて、クラとミルがこっちに来ていた。
クラがパルに、ミーナとイチカを連れて行くのに対し、反対する。
「ん?そうか?二人共、実力は十分にあると思うぞ。確かに、拙いところはあるが、そこは今回みたいに二人でカバーし合えれば良いだろ。特に、小僧の妹の馬鹿みたいな魔力出力での防御は使える」
どうやらさっきのワイバーンとの戦闘みたいに、イチカが防御をミーナが攻撃を担当すれば良いという話みたいだ。
だが、俺もクラの意見に同意だ。
イチカは天才だ。
それは俺が保証する。
けど、兄である俺としては、まだ七歳のイチカをワイバーンが大量にいる危険な場所につけていくのは、良いとは言えない。
ミーナも、ミルの言う通り最近、無詠唱を会得したばかり。
魔法技術も総合的に見れば、クラやミルに劣っている。
「それに、一級魔法を使える奴が一人いた方が良いと思うぞ。この街に来た時から、ピレルア山脈から、何か得体も知れない不穏な物を感じる」
パルはピレルア山脈の方を見て、険しい顔を取る。
俺もピレルア山脈の方見るが、別段…標高の高い山々があるだけで何も感じない。
パルには、俺が知覚できない何かを感じるのかもしれない。
「あの…パル殿。どうして私が一級魔法を使えると思ったのですか?」
ここで、ミーナが質問する。
ミーナとパルが会ったのは、今日が初めて。
ワイバーンとの戦闘では、ミーナは一級魔法は使わなかった。
なのに一級魔法が使えると思われたことに、疑問を感じたのだろう。
パルは苦笑いする。
「さっきようやく思い出したぞ。王国魔法団の軍服に、特徴的な紫の髪色。お前の顔を見た時に、どこか誰かの面影を感じたが、そうか、お前はミーナ・ルイス。ホルディグ・ルイス子爵の娘だったか」
まるで、パルは親友の家族を見るような温かい視線をミーナに送る。
ミーナは驚きで、目を大きく見開く。
「ち、父を知っているのですか?」
「ああ、冒険者をやっていた時に、ルイス子爵には、いろいろと世話になった。彼は優れた魔法使いであると同時に、エスパル王国の貴族にしては珍しい、弱く者を助け、民を考える豪気な男だったな」
パルは懐かしそうに語る。
俺も少し前に、久しぶりに夢の中でホルディグ子爵を思い出した。
確かに、あの人は豪胆な人だった。
「ルイス家は代々、固有の一級魔法が使えたはず。当然、その娘のお前も使えるだろ。ルイス子爵の一級魔法を見たことがあるが、山を丸々焼き尽くす威力だった。流石に魔法の威力は、まだルイス子爵ほどではないだろうが」
なるほど、ホルディグ子爵の娘と言うところから、ミーナが一級魔法を使えると判断したのか。
「そうそう、ルイス子爵は元気か?数年前に会ったのを最後に、一度も会っていないからな」
それはパルの素朴な疑問だった。
けれど、ミーナにとっては余り聞かれたくない事であった。
「父は…………死にました」
ミーナは悲し気に告げる。
パルは表情をハッとさせる。
そして、直ぐに頭を下げる。
「…………すまない。嫌な事を聞いた」
ミーナは頭を振る。
「いいえ、平気です。父の死はとっくに受け入れていますから。それに、父が元Aランク冒険者の貴方にとっても、一目置かれる人であったことを聞けて嬉しかったです」
「ああ、お前の父親は立派な魔法使いだった」
父が立派であると言われたミーナの眼の端には、微かに日の光で輝く水があった。
その水をミーナは瞬時に拭き取り、ミルに向き直る。
「ミルさん、私もピレルア山脈に赴こうと思います」
「それは………ミナトやこの街の人に対する贖罪のつもりですか?」
ミルの言葉は確認程度の内容であったが、核心を突く物があった。
ミーナは頷く。
「はい。我々、王国第七魔法団がアグアの来たのは、ワイバーン討伐とピレルア山脈の調査でしたが、知っての通り、調査など形式的な物。アグアの街の民の事を真に考えていませんでした」
俺は思い出す。
イチカに娼館の前まで連れられ、そこで王国第七魔法団の団長やミーナから調査は形式的なものであると聞かされ、激怒したことを。
ミーナもミーナで、王国魔法団の一員として、アグアの街に対しては負い目を感じていたわけか。
「せめて物の罪滅ぼしで、私だけでもミルさんと一緒に調査に加わりたいと思っていました」
「そうですか。ここ最近、ミーナが何かに悩んでいたのは、それだったのですね」
確かに、ミーナはワイバーンが現れる前、何かを考え込んでいる様子だった。
それは調査に加わりたいと考え込んでいた事であったのか。
ミルは暫し、考える姿勢を見せて、
「私としては調査にミーナも加わるのは反対ではありません。しかし、そうなるとパルさんが言うように、イチカちゃんも加わることになります」
そう言って、ミルはチラリと俺を見る。
意図は分かった。
「兄としては、イチカには来て欲しくありません。イチカはまだ幼いです」
それを聞いて、ミルは一つ頷き、今度はイチカを見る。
「イチカちゃんはどうしたいですか?」
「わ、私ですか?!」
イチカは突然、聞かれて戸惑う。
俺や周囲を見渡した後、
「私もお兄ちゃんと一緒に行きたいです!お兄ちゃんをサポートしたいです!」
イチカは強い意志で言う。
気持ちは嬉しいんだが、やっぱり危険な事に変わりはない。
俺が頭を悩ませていると、
「では、イチカちゃんには当日に、”これ”を貸しましょう」
ミルが常に来ている茶色のローブを取る。
それによって、ミルの雪のように白い肌や腰まである長い亜麻色の髪に、優しめな色である薄緑色の眼が露になる。
「これは我がエスパル王国に伝わる『宝装ハムスィーン』です。あらゆる攻撃を”砂”が守ってくれます。試しに、イチカちゃんに着てみますか」
ミルはイチカに、茶色のローブを着せようとする。
「き、気持ちを嬉しんですが、私には全然大きさが合いません」
「大丈夫です」
イチカは自身にはサイズが合わないと言うが、ミルはイチカに無理に着せる。
すると、
スルルル。
「ええ?!」
イチカが驚く。
俺やミーナもだ。
何と、イチカに着せた途端、ミルのサイズに合っていた茶色のローブが、イチカに合わせて縮んだのだ。
シズカ様から渡された俺のマントみたいに。
魔力を纏っているので、ただのローブでは無いと思っていたが、クラはあれを宝装と言っていたな。
「そのローブは何と全て、砂で出来ているんですよ。私も何度も、このローブに助けられました」
ミルが得意げに言う。
「さらに、このローブの本当に凄いところは、砂の人形を作り出せるんですよ」
「砂の人形?」
イチカが首を傾げる。
「百閒は一見に如かず。出てきてください。ミリュアちゃん」
ミルがそう言うと、イチカが来ているローブの魔力が変動する。
ローブから大量の砂が現れ、何かを形作る。
それは文字通り、人型の砂だった。
まるで、俺の魔術である【分身】に水魔法版である。
「な、なにこれ?!」
イチカが目を輝かせて、砂の人形を見る。
「ふふ…これは、ここより南にある砂の大陸で『ゴーレム』と呼ばれるものです。何かあれば、このゴーレム…ミリュアちゃんが守ってくれますよ」
ミリュアちゃん…というのは、ゴーレムの名だろうか。
「か、可愛い!」
イチカはゴーレムに夢中なようだ。
かくいう、俺もゴーレムには、とても興味がある。
まさか、以前にウィルター様が言っていたゴーレムを、ここで見られることになるとは。
『ミナト君、ゴーレムをご存じですか?』
数年前の「水之世」でのウィルター様との会話にて、唐突に知らない単語が出てきた。
「ごーれむ?えっと…分かりません」
『エスパル王国があるヨーロアル諸国の南にあるチチュー海を挟んだ南に、砂漠と言う砂の大地で出来た大陸があります。その大陸に古くから伝わる砂の人形がゴーレムです』
ウィルター様の言葉に熱量がこもっていた。
余程、そのゴーレムというのが好きなのだろう。
『ゴーレムは僕の【分身】の元になったものです』
「え?!そうなのですか?!」
俺は驚いた。
【分身】はウィルター様の最も代表的な魔術。
その元になったゴーレムは、さぞ凄いのだろうと。
俺は決めた。
いつか、南になる砂漠の大陸に行って、ゴーレムを見るのだと。
「しかし、それではミル様の守りが手薄になります」
クラが渋い顔でミルに言う。
対して、ミルはニッコリ笑う。
「そこはクラとミナトに守って貰います。私は貴方たち二人を信用します」
「…………そうですか。勿論、私が全力で護衛します」
クラは俺に向き直る。
「ミナト、もしもの場合はお前が全身全霊でミル様を守れ!」
「ああ、任せろ。こう見えても、守りには自信がある」
こうして、ピレルア山脈の調査のメンバーが俺、クラ、ミル、ミーナ、イチカ、パルの五人に決定した。
「ハムスィーン」
アラビア語で砂嵐と言う意味です。