そして水の斬撃
五年前。
ダンジョン「水之世」の最下層にあるボス部屋から隠し通路を通って、入ることができる歴代アクアライド家の当主達が眠る墓地にて、俺の修業が開始された。
そんな記念すべき最初の修業内容は、
『では単刀直入に行きましょう。ミナト君には、今からこの〈ウォーター〉を極めてもらいます』
そうしてウィルター様が生成したのは小さな水の球。
魔阻薬の影響で何度も失敗した四級水魔法〈ウォーター〉である。
肩透かしを食らったみたいに、俺は怪訝な顔をする。
「えっと……これを極めろと。………四級水魔法を?」
『そうですよ。ふふ………不服そうな顔ですね。しかしですね、この〈ウォーター〉こそが水魔法の真髄。すべての水魔法の基本にして根幹…奥義であるのですよ。君がこれを極められたその日、君は君が思い描くどんな魔法も扱うことができますよ』
「は、はぁ……具体的にどう極めれば良いのですか?」
『それはですね、水分子一つ一つをしっかりと操れるようすることです』
水分子?
初めて聞いた単語。
「水……ブ、ブンシ?何ですかそれ?」
『まず初めにこの世界にある物質は全て小さな小さな分子と呼ばれる粒で作られているのです。それら粒が手と手を繋ぐことで物質は形成されます』
物質が小さな粒の集まり?これも初耳だ。
ウィルター様を疑う気じゃないけど、いまいち想像ができない。
『それは水も同じ。水分子という小さな粒の集まりなんですよ。そうですね……丁度こんな形状の粒ですよ』
ウィルター様が水を使って、その形を描く。
それは大きな丸い球に、それより少し小さめの二つの丸い球が付いた特徴的な形状。
これが……水分子?
木の実みたいな形だな。
『これを意のままに操作できるようにしませんといけません。………さぁ!手を構えて!そして何度も〈ウォーター〉唱えるのです。そして感じ取るのです!魔力を!水を!』
「わ、分かりました!!」
言われた通り、俺は"三年間"気が遠くなるぐらい〈ウォーター〉を唱え続けた。
一ヶ月経過。
「水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉。はぁ……俺……才能ないのかな」
『ミナト君。足の上に三年。千里の道も一歩からですよ』
一ヶ月〈ウォーター〉を唱え続けたが、一向に変化は起きなかった。
三ヶ月経過。
「水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉。……くそっ!何で俺はこう…才能がないんだ?!」
『はいはい、イライラしない』
三ヶ月も経っても、全く変わらない現状に焦りを覚える。
そんな俺をウィルター様は宥める。
半年経過。
「〈ウォーター〉」
”無詠唱”で発動できるようになった。
でも、その水分子とやらは一向に感じ取れない。
無詠唱魔法って結構凄い事のはずだけど、レイン様たちの魔法を知ってしまった今、あまり嬉しさを感じなかった。
八ヶ月経過。
「〈ウォーター〉」
ある程度、水の球の形状を変えられるようなった。
しかし一向に水分子とやらは感じ取れない。
もはや半無意識に〈ウォーター〉を出せるようになったが、あの木の実のような形の水が見えてこない。
一年経過。
「〈ウォーター〉…………………………ん?……こ、これって?!!ま、間違いない!!………み、見えた!!水分子!!」
『本当ですか?!おめでとうございます!!それじゃあミナト君、それを一つ一つ操れるようにしましょう。頑張ってください。ここからが本番です』
「わ、わ、わ、分かりま、ました。が、が、が、頑張ります」
ここからが本番…そう聞いた瞬間、自身の頬が思いっきり引き攣るのが分かった。
すこーしだけ、ウィルター様の事恨んじゃった。
二年経過。
「はぁはぁ…〈ウォーター〉。………よし!よし!出来た!出来ましたよ、ウィルター様!水分子一つ一つ操作できるようになりました!!」
『ミナト君、よく頑張りました。………では、ここからその水分子をくっつけたり、離したりしてみて下さい。これもかなり難しいので、頑張ってください』
「ふぁ?!!」
思わず変な声出ちゃったよ。
三年経過。
「〈ウォーター〉」
俺の手の中に水の球が現れる。
そんで持って、
「〈水分子操作〉」
水の球が様々な形になり、消えたり、凍ったりして変幻自在。
ようやく……ようやく、この段階に進めた。
ここまで来るのに三年かかった。
水魔法の効き目がよくなる「水之世」により、水魔法の扱いが格段によくなっていた。
その上で教える人は雷王と呼ばれたウィルター・アクアライド。
考える限り、最高の環境に、最高の指導者が四六時中いて、水分子を操るのに三年も費やした。
これが滅茶苦茶難しいのか、俺の才能がないだけなのか。
取り敢えず、この〈水分子操作〉を習得した俺は魔法の深淵を見たというか……何というか水魔法使いとして、一つ進化したような感覚を覚えた。
それからダンジョンを出るまでの二年間は本格的な実戦訓練が始まった。
始めは「水之世」のボスをレイン様達が倒すのをただ見ているだけだった。
「水之世」のボスはそれぞれ固有の水魔法を使う。
特に"あのボス"。
後に俺が『先生』と呼ぶ、魔物の魔法は凄かった。
奇しくも俺が初めて見た「水之世」のボス。
先生の魔法を一目見て、惚れた。
興奮した。俺もあの魔法を習得したいと熱烈に思った。
何度も先生の魔法を思い出して、習得した記念すべき俺だけのオリジナル魔法。
それが………、
「〈水流斬〉」
水量を絞りに絞り、それによって水圧を限界まで高めた水の斬撃。
一方の点から発生した水を一直線に、もう一方の点に水を流させる。
それも目に止まらぬ速度で。
そうして出来る所謂、水の超放射を横にずらす事であらゆる物を切断可能になる。
実際は切断というよりも物を超高速で削るってのが正しい。
それをさらに工夫を凝らして完成したのが、この〈水流斬〉だ。
スパンッ!
「フ、ファイアウォールが!!……ぐわっ?!」
俺の斬撃はミットさんの〈ファイアウォール〉を切り裂き、そのまま彼に切り込みを入れた。
ミットさんは気絶はしなかったが、斬撃を浴びた事で蹲る。
勝負ありだな、両断しきれなかったけど。
まぁ…ほんのジャブのつもりだったし。
先生だったら、両断どころか訓練場を真っ二つにしているかな?
……て、殺したらダメか。
「ミ、ミット!!大丈夫か?!」
同じBランク冒険者の剣士エウガーさんが心配して慌てて、ミットさんのところへ駆け寄る。
「だ、大丈夫です。内臓には到達してません」
「そ、そっか。ならいいんだが、こりゃあすげぇな。お前の〈ファイアウォール〉をこうも易々と」
「は、はい。油断していた訳でないのですが、これはとんでもない新人が来たものですね」
ミットさんを俺を称賛するが、俺からしたら、あんたらが弱過ぎるだけだ。
俺は彼らに近寄る。
「俺はDランクに相応しいという事で良いですか?」
「え…ええ、文句なしです。そ、それより…これから魔法に関して講義しませんか?あなたの魔法には非常に興味があります」
「お前何もんだ?てか、さっき無詠唱で魔法を出してなかったか?」
ミットさんは俺の魔法に関心して、エウガーさんは俺の素性に疑問を抱く。
何もんか…ねぇ。
素直にアクアライド家です、と答えても余り良いことはなさそうだな。
そこで溢れんばかりの歓声が聞こえる。
「「「うおおおお!!!」」」
「あの坊主どんな魔法使ったんだ?」
「お、俺にはファイアウォールが突然切れて、ミットさんが膝をついたところしか見えなかったぞ!」
「どうであれ、あの餓鬼がとんでもない魔法使いてのは間違いない」
野次馬達が一斉に俺に群がってくる。
別に俺を褒めちぎるのは良いだが、質問攻めされるのは面倒だ。
ということで、
シュッ!
「き、消えた?!」
「な?!あいつどこ行った?」
「さ、探せ!」
一先ず、水の高速移動で逃げさせてもらおう。
今しがた自身が見た映像に驚愕する。
気になって、野次馬について行ってしまったけど。
あ、あの子…Bランクのミットさんを倒しちゃった!どうやって?!
私には少年が何かをしたようには見えなかった。
それにあの子どこ行ったの?!
その時、タンッ!
近くで着地をする音が聞こえた。
「すみません」
「きゃっ?!」
耳元で話しかけられたので、軽く悲鳴を上げてしまった。
そこには例の少年。いつの間に!
「見ての通り、俺はDランクに推薦されました。手続きお願いします」
「は、はぁ…かしこまりました」
「こちらがDランクのプレートです。無くさないように気をつけてください」
「ありがとうございます」
プレートを受け取った少年は依頼が張られている壁の方へ行ってしまった。
「ちょっとちょっと!レティア!あの子ってDランクに推薦しろって言った子よね?大丈夫だったの?」
「はい、大丈夫でした。無事Dランクに推薦されました」
「す、凄ーい!あんな若いのに、有望株?!」
先輩の受付嬢が聞いてきたので、取り敢えず大丈夫と伝えた。……ミットさんが大丈夫じゃなかったけど。
「はぁ……」
ため息を吐いてしまう。何なんだろう、あの子?
私は彼が書いた記入用紙を取り出して、読み返す。
ミナト……魔法使い……水……。
…………………あれ?
この単語…どこかで。