緑蛇
ミルの呼びかけに、彼女…パルはこちらを見る。
「ん?……あ、ミルではないか。…………それに、そっちはクラルか。久々だな。すまん、コーヒーの匂いに釣られて気づかなかった」
「相変わらずですね」
ミルはため息を吐きつつも、会えて嬉しいのか、小さく笑う。
「パルさん……ミランさんとの手紙では、もっと早くアグアの街に着くはずだったのですが」
ミルの疑問に、パルはコーヒーを飲み終えてから淡々と答える。
「ふむ…ここに来る途中で珍しい薬草をいくつか見かけてな。つい夢中になって採取している内に、遅れてしまった」
「はぁ…そこも相変わらずですね」
再び、ミルはため息を吐く。
俺は思い出す。
パルと言う人は元斥候であり、薬の調合も得意だったとか。
今はメリドという街で薬屋をやっているらしいので、薬草を採取してしまうのは職業柄かな。
「やっと、この街の近くに着いた時に、コーヒーの芳醇な香りを嗅ぎつけた。それで匂いを辿ったら、ミル達がいた」
俺は首を傾げる。
確かに、コーヒーは特徴的な良い匂いを持っているのは事実だが、流石に街の近辺まで匂いを嗅ぐことは出来ないはず。
俺はチラリと、クラを見る。
「えっと…クラ、あの人が」
「そうだ、彼女が助っ人であるパルという方だ」
自身の説明をさせているのにも関わらず、パルはコーヒーを飲むというマイペース。
「この人が助っ人…………」
「まぁ…言いたいことは分かる。しかし、腕は保証する。彼女はああ見えて、冒険者のころは「緑蛇」と呼ばれた元Aランク冒険者だ」
「は?…………「緑蛇」?」
何だその二つ名は。
緑……というのは、彼女の髪の色からか。
しかし、どこに蛇の要素があるのだ。
似たような二つ名で、ミランの「黒鳥」があるが。
あれだって、黒い鳥の要素がどこにあるのか分からない。
「あ!パルって、ようやく思い出したわ!」
ミーナが突如、小さく声を上げる。
そして、腰にあるポーチを探り、何かを取り出す。
取り出したのは、小さい粒状のもの。
あれ?これ、どこかで。
そうだ、マカでホウリュウが襲撃してきて、討伐した後にミランに渡されたものだ。
トレントの森に行けと言われた際に、腹が減ったと言ったら、仕方が無い……と言い、出してくれたのが、この小さい粒状のもの。
一粒口にしただけで腹が満たされた。
「薬師パル。最近、王都とか主要な町の騎士団や魔法団に出回り始めた携帯食を作った人だわ」
薬師パル…………また別の呼び名が出てきた。
だけど、そうか。
その時、ミランはマカの辺境伯と交友があるから、騎士団から少し融通して貰ったと言っていたが、元パーティメンバーだからという面もあったのか。
この人、思ったほど凄い人なのかも。
「コーヒーを、もう一杯」
「あ!俺も!」
パルが二杯目をお代わりしたので、俺もつい頼む。
すぐに店主が俺とパルに、コーヒーを注ぐ。
「うん、美味い」
俺は素直な感想を述べる。
すると、二杯目を飲んでいたパルがチラリと俺を見る。
「ほぉ…コーヒーの味が分かるか」
「はい。コーヒー最高です!」
パルは満足そうに頷く。
「それは良い。冒険者をやっていた時はパーティメンバーでコーヒーの味が分かるのは私だけだった。ハルロックやミランは酒しか飲まんし、メープルは紅茶一択、ゴルドに至っては馬鹿舌だった」
パルはヤレヤレと言った雰囲気で、またコーヒーを啜る。
ハルロック……メープル……ゴルド……?
ミランは分かるけど、他は誰だろう。
気になったけれど、一瞬後…気にせずコーヒーを飲みだす俺だった。
パルと俺が三杯目をお代わりし、飲み終える。
「さて…………」
パルがコーヒーのカップをテーブルの上に置いて、
「ミルよ………ここにいる”水の化け物”は何だ?」
いきなりこんな事を言いだす。
俺を指して。
「へ?」
俺は素っ頓狂な声を出したが、ミルやクラ、ミーナ、イチカも目を点にさせる。
「パ、パルさん……水の…化け物と言うのは?」
「勿論、この黒髪小僧のことだ」
ミルの確認に、またしてもパルは俺を指す。
黒髪小僧って。
「この街に入ってから、コーヒーの匂いを辿っていくと、急に背筋が凍り付くような物を感じた。しかも、この店に入っていったら、より強く恐ろしく感じた。この黒髪小僧から。コイツは一体何なんだ?」
パルは淡々と答えている感じだが、目元は俺をしっかりと捉えており、警戒していることが伺える。
「コイツから感じる魔力の特徴的に、水の魔法使いだな。まぁ…水の魔法使い自体、数は少ないが、さして珍しいと言う訳ではない。だが、体の内側にある魔力量が異常だ。しかも、その膨大な魔力量を完璧に制御下に置いている。はっきり言って異常だ」
「!」
パルの言葉を聞いて、俺は内心大きく驚く。
見ただけで魔力量を測った。
俺も他人の魔力量は測ることが出来るが、それはイチカの時みたいに〈水蒸気探知・解析〉で自身の魔力を他人の体の中に当てることで出来るもの。
触れずに魔力量を測るのは、俺でも出来ない。
パルは次に、イチカを見る。
「そっちの水色と薄い赤が混ざった髪の幼子に至っては、黒髪小僧の魔力量より大きい。魔力の感じからして、水魔法…………ではなく、氷魔法だな。魔力の特徴が黒髪小僧と似ている、兄弟か?」
何と、イチカの保有魔力量と魔法の系統も当てた。
しかも、魔力の特徴から俺とイチカが兄弟であることまで。
「普通なら、ミルとクラルほど強い奴だと、近づけば気配で分かるんだが、この二人が纏う異質な何かがミルとクラルの気配を塗りつぶしてる」
「い、異質な.……何か?」
「わ、私…そんな邪悪な物を持ってるの?!」
俺とイチカは顔をしかめる。
「もう一度聞く。この水の化け物は一体何なんだ?」
よくよく見れば、パルは椅子に座りながらも、手を懐に入れて姿勢を後ろに倒しており、いつでも臨戦態勢を取れるようにしていた。
目に敵意を含んで。
もう完全に、パルから俺は敵として扱われている。
けれど、ここで待ったを掛けたのはミル。
「待ってください!この二人は私達の仲間です!」
「ふむ…仲間?」
パルは首を傾げる。
「ミナトは私の護衛、イチカちゃんは私の使用人です」
「そうなのか?」
パルは目を見開いて、俺とイチカを観察する。
「という事は、二人はミルの本当の身分を知っているのか?」
本当の身分…………そう言うことは、パルもミルが王女であると知っているという事か。
「はい。私が王族であることは二人も把握しています」
「なるほど」
パルは少し考えるそぶりをする。
そして、パルは椅子を降り、頭を下げた。
「ならば、失礼な事を言った。謝罪しよう」
そう言って、俺とイチカに謝る。
俺も初対面で、突然の水の化け物発言で驚いたが、別に攻める程の事でもないので、俺もイチカも気にしていなかった。
「ミナト、イチカちゃん。改めてですが、こちらは元Aランク冒険者にして、魔団のメンバーであった…パル」
ミルの自己紹介を受けて、パルは被っている短めの帽子と口元のマフラーを取る。
深緑色のショートカットが露になる。
「紹介預かった。パルだ。昔は冒険者として、斥候をやっていた。こう見えても、索敵や隠密、薬の調合が得意だ」
自己紹介をされたので、こっちも自己紹介をする。
「ミナトです。こっちは妹のイチカ」
「イチカです」
「そうか、ミナトにイチカだな。良い名前だ」
パラの目には、俺に対する敵意はもう無かった。
「お互い、ピレルア山脈の調査の時は頑張りましょう」
「ん?」
俺の言葉に、パルは眉根を寄せる。
そこへ、ミルが補足する。
「今回、パルさんが来て頂いた件であるピレルア山脈の調査に、ここにいるミナトも参加することになっています」
「そうか………ミルの護衛で、私を紹介したという事はそうなのかと思ったが。とんでも無い奴が加わるらしいな。敵にすれば、脅威だが、味方なら心強い」
パルは懐に手を持っていき、丸く畳められた一つの鞭を取り出す。
「こう見えて戦闘に関しても、自信がある」
その鞭は革製なのか滑らかな見た目に、片手で振るえそうな軽く細い見た目。
形状自体はシンプルな鞭。
けれど、鞭の先端からグリップに至るまで、森林を思わせる緑色で染められている。
そして、鞭そのものから魔力を感じる。
ただの鞭ではない。
これと似たようなものを、俺は知っている。
「…………魔装?」
マカの冒険者ギルド長のミランの黒い戦斧も魔力を帯びており、魔装というものらしい。
魔力を感じるという点では、ミルが身に着けている茶色のローブやクラの剣(宝装と言ったか)に似ているけれど、何となく…あれは魔装な気がする。
そう言えば、前にクラとの模擬戦で、魔装と宝装の違いを説明するとクラに言われて、まだしてもらっていない事を思い出す。
俺の呟きを拾ったパルは得意げな顔をする。
「分かるか。如何にも、これは魔鞭サーペント」
パルの宣言に、鞭…魔鞭サーペントは緑色に輝いた気がした。
こうして、ピレルア山脈の調査のメンバーが集合した。