助っ人
パン!パン!
俺は手を二回叩き、両手を合わせ、目を閉じる。
同様に、イチカも両手を合わせ、目を閉じる。
「「………」」
無言の時間が少々続く。
俺とイチカの前には、ペドロ・アクアライドという名前が刻まれた小さな墓標があった。
俺達がやっているのは見ての通り、墓参りだ。
俺の指導の下、リョナ家の剣士達やフルオル、イチカ、ミーナに、それぞれ剣と魔法の稽古をさせてから、早二週間が経った。
その間に、俺の父であるペドロ・アクアライドの火葬が行われ、その骨は墓に埋葬された。
アグアの街の北の端。
ここはアクアライド家の墓地になっている場所である。
そこには、父親の墓だけでなく、歴代のアクアライド家の者達の墓もある。
ウィルター様が以前、俺に初めて会った時に言っていた建前としての墓地はここの事である。
なので勿論、レイン様とウィルター様とシズカ様の墓もある。
千年前の墓であるので、長い時間の雨風で削られ、本人の字はほぼ無くなり、読めなくなっている。
まぁ…最も、その墓の下に三人の遺骨が無いことは知っている。
本当の遺骨は「水之世」の最下層の隠し通路を通った墓の間にある。
そう言えば、レイン様にウィルター様、シズカ様は元気にしているかな。
死者に対して、元気にしているかは変な表現だけど。
俺は目を開け、墓を見る。
墓参りをしたことで、ようやく父親が死んだ事実を認識することが出来た。
父親が死んだ事は変えられない。
悔しいが、少し寂しい。
けど、まだ俺には…妹のイチカがいる。
「帰るか、イチカ」
「………」
俺が促しても、イチカはまだ両手を合わせ、目を閉じていた。
「…………やっぱり父さんが死んだのは悲しいか?」
俺は物心つく前から母親が死んでおり、父親には良い感情は余り無かった。
けれど、イチカはまだ六歳で母親を亡くし、七歳で父親を亡くしたのだ。
聞けば、父親は獄中場に投獄される前には、定期的に娼館に訪れ、イチカに会うのを嬉しんでいたらしい。
俺はともかく、イチカは肉親を二人も失ったのだ。
幼子には、応えるものである。
けれど、俺の不安に反して、目を開けた後のイチカの顔は明るい物だった。
「お父さんが死んだのは悲しいよ。でも……私には、お兄ちゃんがいるから」
「イチカ…………」
俺は感動で涙が出るのを堪える。
しかし、
「それに、お兄ちゃんがこれから子供をたくさん作ってくれるから大丈夫!クラお姉ちゃんとの子供とか、絶対可愛いよ!」
「ぶほぉ!!」
次のイチカの言葉で俺は意表を突かれ、尻もちをつく。
いやいや、クラとはそういう関係では…………。
俺はカップに入っている黒い液体…コーヒーを飲む。
口の中に、深い味わいが広がる。
「うん!やっぱ、コーヒー最高!」
「それは良かったな」
俺の言葉に、クラが返答する。
クラも、カップの中身を飲む
クラの手にあるカップの中はコーヒー……ではなく、お茶。
同様に、隣にいるミルとミーナもお茶を啜っている。
場所は二週間前に、俺が見つけた少し寂れた小さい店舗…つまり、コーヒーを出す店だ。
この場所を見つけてから、お昼になると、ここに来て、コーヒーを飲んでいる。
店中の苦味と酸味が混じったコーヒー独特の匂いが身に染みる。
イチカは、ミルクを入れたコーヒーを飲んでいる。
今日はこの店に来るのに、ミルとクラ、ミーナを誘ってみた。
コーヒーを薦めるためだったが、どうにも三人ともコーヒーは口に合わなかったようだ。
一口目でクラとミーナは渋い顔を取り、王族であるミルも不味いとは言わなかったが、眉根を少し寄せていた。
一杯目は飲んだようだが、二杯目はお茶を頼んだ。
「コーヒー、美味くなかったか?」
俺の問いかけに、
「別に…美味しかったけど」
「独特の味わいではあったが、美味かったぞ」
「とても美味しかったですよ」
ミーナ、クラ、ミルがそれぞれ答える。
三人とも優しく、育ちが良いので、不味いとは言わなかった。
「…………気遣わなくたって良いよ」
近くにいた店主はコーヒーを飲みつつ、ぶっきら棒に答える。
俺もコーヒーを飲む。
そう言えば………と思う。
折角、ここにミルやクラがいるので、聞きたかったことを聞く。
「なぁ…ピレルア山脈の調査に同行予定の助っ人というのは、いつ来るんだ?」
Aランク冒険者のクラとミルは、兼ねてより半年前からの急激なワイバーンの襲来の原因とされるピレルア山脈、その調査に赴く予定であった。
そこに俺を加えて。
しかし、最近「水之世」から出たばかりの俺の参加は当然、当初の予定にはなく、助っ人を含めたミルとクラの三人の予定であった。
だから、助っ人が来るまでピレルア山脈の調査はしないと決めていた。
助っ人が来ていない間に、リョナ家の剣士達やイチカ、ミーナに稽古を付けさせようと思ったのだ。
だが、二週間経っても来ていないので、いつ来るのか俺は疑問に思った。
答えたのは、ミル。
「そうですね。予定では、もう来ていても可笑しくないのですが」
ミルは顎に指を添えながら、そう言う。
「そもそも、助っ人はどんな人ですか?」
「え?………あ!ミナトには、言っていませんでしたね」
思い出したように、ミルが手を叩く。
「今回、助っ人として来てくれる人…彼女は元Aランク冒険者の方です」
「元Aランク冒険者?マカのギルド長のミランさんと同じですね。彼女ってことは女性ですか」
俺は少し驚く。
助っ人と言うからには、実力のある人が来ると思っていたが、元Aランク冒険者だったか。
マカのギルド長であるミランが元Aランク冒険者であるのは知っている。
ミルは頷く。
「彼女の名前はパル。ミランさんと同じ『魔団』の元パーティメンバーです」
「『魔団』……」
その独特なパーティ名、聞いたことがある。
俺がマカを出ていく前に、領主であるヴィルパーレ・トレル辺境伯の屋敷の庭で食事会をした時に、Bランク冒険者のブルズエルから『魔団』の事を知った。
全員がAランク冒険者で、今は引退したけど、以前は冒険者で知らない人がいない程、有名なパーティだったらしい。
確かに、ミランはただ者ではない風格をして、トレントを黒い戦斧で切り倒しているところを見たが、かなり強いことが伺えた。
「彼女はかつて魔団で斥候役をしていた方です」
「斥候…確かに、調査と言う面では打ってつけですね」
「ええ、元パーティメンバーのミランさん曰く、彼女はエスパル王国で一、二を争うほどの斥候だと」
「凄い人ですね」
「はい。ミランさんとも仲が良く、よく手紙のやり取りをしているみたいで。ピレルア山脈の調査もミランさんの頼みで了承してくださったと」
ミルは一口、お茶を飲む。
「彼女は斥候のほかに薬の調合も得意で、冒険者を引退してからはポール公国の国境付近にあるメリドという街で薬屋をやっています。私も以前…メリドで一度、会ったことがありまして。ミナトも機会があれば、いずれメリドを訪れることがあるかもしれませんね」
ミルは俺の手元にあるコーヒーを眺める。
「そう言えば、パルさんはミナトと同じくコーヒーが好きでしたね。何だか、パルさんとミナトは気が合いそうです」
ガララ。
その時、店の扉が開かれる。
店に入ってきたのは、小柄な女性。
短めの帽子に口元はマフラーで覆っており、目元と深緑色の髪先しか見えないが、華奢な体格的に恐らく女性である。
七歳のイチカよりも少し高い身長で、女性と言うことを考慮しても、かなり小さい。
その女性は店を見渡しながら、俺の近くの席に着く。
「この匂い…………間違いなく、コーヒー」
小さく呟いた女性は、店主を見て、
「………コーヒー、一杯」
「はいよ」
店主は一杯のコーヒーを女性に出す。
女性はゆっくりとコーヒーを受け取る。
マフラーを下にずらし、コーヒーを口の中に入れる。
少しして、
「ふぅ……やはり、コーヒーは美味い」
そう言った。
それを聞いて、俺は、
「やっぱりコーヒーが美味いという俺と店主の感性は間違ってない!」
どや顔で、クラやミル、ミーナの方を見る。
「「………」」
しかし、何故かクラとミルは、女性を見て、固まっていた。
特に、ミルは戸惑った様子で女性を見た後、
「パルさん!!」
女性の名前を呼んだ。
何と、待ち望んだ助っ人が俺達がいる店に入ってきたのだ。