無魔法
ミーナとイチカが最小魔法を唱え続け、魔法の訓練をしている光景を見守る中。
俺は何をしているかと言うと、
「我らを守る壁となれ。〈防壁〉」
俺が詠唱すると、自身の体の魔力が動き、目の前に、魔力で出来た半透明の壁が作られる。
〈氷壁〉とは違う、氷ではなく、魔力だけで作られた壁だ。
壁と入ったが、触れれば壊れる……というか、実際壊れてしまうぐらい脆いバリアだ。
「詠唱って、これで合ってるんだよな?」
「ええ、間違いないわ」
ミーナに確認を取る。
今、俺がやった魔法はミーナ含む王国第七魔法団との戦闘で、防御陣形を敷く際にミーナ達、火魔法使いが使っていた防御魔法だ。
まるで見えないバリアが前方にある〈ストーンウォール〉をコーティングしているみたいだった。
それまでミーナ達が使っていた火魔法使いとは、明らかに性質が違う魔法に、俺は興味を持った。
「これが無魔法か……」
俺がミーナから昨日、魔法を教えて欲しいと頼まれた際に、俺も教えて欲しいことがあると言った。
それが…この無魔法だ。
俺が無魔法の事について初めて知ったのは、「水之世」で修業をしているから四年目の頃。
丁度、〈水分子操作〉を習得した後。
『ミナト君、無魔法というものは知っていますか?』
『無……魔法?いえ、知りません』
俺の答えに、ウィルター様は…うんうんと頷いて、
『ミナト君は僕と同じように水魔法使いです。なので、水魔法しか扱えません。それと同様に、風魔法使いは風魔法しか使えません』
『は、はあ』
そんな当たり前な事実を今更言われても。
けれど、ウィルター様はしたり顔で指を一本立てる。
『でも、僕達はもう一つ、別の系統の魔法を扱えます』
「え?本当ですか?!」
俺の確認に、ウィルター様は首を縦に振る。
『はい。それが無魔法です』
ウィルター様は無魔法について説明する。
『無魔法は基本四魔法でも、派生魔法でも、特異魔法でも無い……名前に「無」が付いている通り、系統がありません。魔力を何かに変換せず、そのままの状態で魔法を行使するのです。理論上、魔法使いなら誰でも使えます』
「そんな魔法が………」
魔法使いなら誰でも使える。
それなら、俺も使えるってことか。
『まぁ…ミナト君が知らないのも当然かもしれなせんね。今はどうか知りませんが、千年前まで無魔法は、”一部の種族達”が使っていた限定的な魔法ですから』
「俺も無魔法……使いたいです」
それを聞いて、ウィルター様は渋い顔で腕を組む。
『う~ん…教えるのは構いませんが、今のミナト君に必要なのは水魔法の基礎力向上です。今は基礎をしっかりと付けましょう』
「分かりました。頑張ります!」
そこで会話は一旦終了した。
こんな会話があったが、ウィルター様から無魔法を教えて貰う機会は結局無かった。
無魔法の事を聞いてから、何度か無魔法を教えて欲しいとウィルター様に頼んでいたが、いつも何かしら理由をつけて教えたがらなかった。
何だか、ウィルター様は無魔法に対して、苦手意識と言うか、対抗意識があるような感じだった。
「水之世」を出てからは無魔法について忘れていたが、ミーナ達が〈防壁〉という無魔法を使っているのを見て、俺も覚えたいと思った。
「ねぇ…余計なお世話かもしれないけど、ミナトに〈防壁〉なんて魔法必要なの?」
俺が〈防壁〉を何度も詠唱して、魔法の制度を確かめている最中に、ミーナが疑問を言う。
「それ……土魔法の〈ストーンウォール〉とかよりも、ずっと脆いわよ。ミナトには、氷……壁だっけ?あの固い氷の壁があるから覚える必要ないんじゃない?」
ふむ…ミーナの言うことは分かる。
〈防壁〉は物質ではなく、魔力と言う本来なら触れることが出来ない物で作られているので、防御性能は低い。
何度か〈防壁〉を発動してみた感じ、〈防壁〉を今よりもっと使いこなしていたとしても、自身の防御魔法である〈氷壁〉よりも防御力は下だろう。
だけど、
「覚える必要はあると思うぞ。例えば、〈氷壁〉よりも、こっちの〈防壁〉の方が発動速度が早い」
魔法は水魔法に限らず、必ず魔力を別の物に変換してから行使する。
〈氷壁〉なら、
・体から魔力を出す。
・その魔力を水に変換する。
・その水を氷へと形成する。
・その氷を壁の形にする。
四つの段階を踏まなければならない。
けれど、〈防壁〉なら
・体から魔力を出す。
・その魔力を壁の形にする。
〈氷壁〉に比べ、二つの段階で発動できる。
もし、意識の外側から急に攻撃が飛んできたときに、〈氷壁〉では生成が間に合わない場面でも、〈防壁〉なら間に合う。
それに王国第七魔法団が〈ストーンウォール〉を〈防壁〉でコーティングしたように、俺も〈氷壁〉の上に〈防壁〉を重ね掛けすれば、さらに防御力が上がると思われる。
ここで、俺はふと、ある疑問が浮かんだ。
「そう言えば、何でミーナ達は〈防壁〉を使ったんだ?」
「どういう意味?」
「火魔法には、〈ファイアウォール〉という防御魔法があったはず」
思い出すのは、マカのBランク冒険者である火魔法使いのミット。
実力を示すための、ミットとの試合では俺の〈水流斬〉に対して、ミットは〈ファイアウォール〉を展開していた。
結論を言えば、〈水流斬〉に易々と切り裂かれたが、普通の攻撃なら受け止められるほどの防御性能はあったはず。
しかし、〈ファイアウォール〉と聞いて、ミーナは首を傾げる。
「〈ファイアウォール〉なんて、防御に使えないわよ。炎の壁って言えば、聞こえはいいけど……実際あれは壁のような炎ってだけで、矢とか魔法は普通に通り抜けるわ。精々、殿の際に敵の足止めにしか使えないわ」
今度は俺が首を傾げる。
「う~ん…ミットさんの〈ファイアウォール〉はエルダートレントの攻撃を防御してたんだけどな」
俺は小さく呟く。
マカが大量のトレントで襲撃を受けた時の事、ミットの〈ファイアウォール〉がエルダートレントの根っこの攻撃を受け止めていたのを見た。
だけど、俺の呟きを拾ったのか、ミーナは目を大きく開く。
「は?ミット?………誰?」
「マカの街にいるBランク冒険者の事だ。ミーナと同じ火魔法使い」
ミーナは怪訝顔で、顎に手を当てる。
「ミット………偶然かしら」
何やらミットという名前が気掛かりなようだ。
「ミットさんに何か?」
「いえ、何でもないわ」
一旦そこで、ミットの話題は終わる。
その日の夕方まで魔法の訓練は続いた。
「はぁ…地味だけど、疲れた」
「うう…お兄ちゃん、疲れたよぉ」
ミーナとイチカはすっかり疲労が溜まっていた。
特に、イチカは朝から座禅に、素振り。
午後から、魔法の訓練ときた。
七歳の子供にハードであろう。
まだ初日だが、今のままの練習量だと、イチカが体を壊しかねない。
俺が指導役として、しっかり安全マージンを考えて、訓練しないといけない。
「お疲れ、イチカ。よく頑張ったな」
「えへへ」
イチカの頭を撫でて、今日の頑張りをしっかりと褒める。
今日、イチカはよく頑張った。
「〈防壁〉」
俺も今日の成果を確かめる。
目の前に半透明な魔力の壁が形成される。
俺もミーナとイチカみたいに、〈防壁〉を出したら消したりして、魔法の熟練度を上げてみた。
それを呆れた目でミーナが見る。
「もう………無詠唱。私、全然なのに」
どうやら無魔法を既に無詠唱できていることに、ご立腹なようだ。
「元々、魔力の操作自体は出来るからな。コツさえ掴めば無詠唱も難しくなかったぞ」
そう言って、俺は肩をすくめる。
魔力の壁を手で叩く。
「まぁ…でも、強度としては実用的に全然だけどな」
小石程度なら弾き返せるようになったが、剣で小突かれたら割れる。
「ミーナは〈防壁〉以外に無魔法を知らなんだよな?」
「ええ、これを教えてくれた魔法訓練学校の教官は実用面も考えて、〈防壁〉だけ教えてくれたのよ」
ミーナが魔法訓練学校にいたという事は、少し前に聞いた。
「教官が教えてくれたのか」
「そうね。魔法訓練学校の特別指導教官の人」
「特別指導教官?」
聞いたことがない役職だった。
「無魔法を教えてくれた教官は、元々は高名な冒険者だったらしいけど。今は引退して、王都にある魔法訓練学校で時々、特別指導教官として生徒に魔法を教えているわ。私も含めて、王国第七魔法団の団員の殆どは、その人に指南してもらったの」
「へえ」
俺は相槌を付く。
「その人なら、他の無魔法も知っているのかな?王都に行けば、会えるか?」
「ミナトは無魔法の興味があるの?」
「それなりに」
「そう……だったら、教官に会うよりも、ポール公国に行く方が良いわ」
「ポール公国?」
ここで、ポール公国の名前が出てくるとは思わなかった。
「かつてはエスパル王国の一部だったポール公国が数百年前に独立を果たしたのは、王国自体の国力が下がった理由もあるけど、ポール公国独自の魔法があったのが要因の一つとされているわ」
ミーナは淡々とエスパル王国の歴史を語りだす。
しかし、気になる単語が出てきた。
「ポール公国独自の魔法…………もしかして」
ミーナが首を縦に振る。
「それが無魔法よ。教官は冒険者時代に、ポール公国で無魔法を習得したらしいの」
「知らなかった。ミーナは良く知ってるな」
「王国の歴史の授業は、魔法訓練学校では必須科目よ」
なるほど、では…いずれポール公国に行く機会があれば、〈防壁〉以外の無魔法も是非見てみたい。
こうして、今日は訓練は終わり、俺とイチカは同じベットで就寝した。




