魔力変換率
「火よ来たれ、燃える赤よ。〈ファイア〉」
ミーナの手元に、小指の先ほどの小さな火が灯る。
これは四級火魔法〈ファイア〉である。
四級水魔法〈ウォーター〉と同じように、火魔法の最小魔法である。
最小魔法であり、火事態がとても小さいので、用途は精々…一本の蝋燭に火を灯すぐらいか。
詠唱によって、唱えた〈ファイア〉を……シュッ。
ミーナが〈ファイア〉への魔力の供給を止めて、それを消す。
「火よ来たれ、燃える赤よ。〈ファイア〉」
そして、また灯す。
次に、また消す。
さっきから、これの繰り返し。
「こ、こんなんで良いのかしら?」
ミーナが不安げに、ミナトを見る。
ミナトは一つ頷く。
「ああ、それで良い。そうやって、最小魔法を出したり消したりを繰り返していくうちに、無詠唱が可能になる。最終的には、ミナトみたいに原子レベルで魔法を扱えるようになれば、上出来」
今、ミーナがやっているのは、無詠唱の習得のための魔法訓練。
今日の午前はリョナ家の剣士達やミーナ、イチカに「凪ノ型」の習得や魔力感知の習得のための座禅と剣術の基礎である素振りをさせた。
それから昼食も兼ねて、三時間の休憩した後、午後はリョナ家の庭で魔法の指導だ。
「わ、分かったわ。その……ゲンシ?というものは、まだよく解らないけど、やってみるわ」
「まぁ…そもそも火に原子なんて物があるかどうかも知らない」
「はあ?!」
ミーナは眉根を寄せ、変な声を出す。
「水之世」で修業していた際に、座学としてウィルター様から火の事についても教わった。
けど、水魔法使いであるミナトは火にとても詳しいわけではないし、水以外興味が余ら無い。
ミナトはウィルター様から教えて貰った火に関する知識を、少しばかりミーナに言う。
「火という物は、炭素と言った燃える者と、空気中にある酸素を糧にして、熱と光を発生させる燃焼現象」
「タ、タンソ?クウキ?サンソ?」
「炭素は、焚火をした時に出る黒炭のこと。空気や酸素は風のことだ」
首を傾げるミーナに、炭素を黒炭、空気と酸素を分かりやすい風と言い直す。
ミナトはウィルター様に、物理や化学を教わったため知っているが、ミーナは空気や酸素と言った単語は知らないらしい。
「早い話、火は目に見えない程、とても小さい微粒子………粉の集合体だ」
「う、う~ん…まだよく解らないわ」
「大丈夫だよ、ミーナお姉ちゃん。私もよく解らないから」
ミーナの近くで、氷魔法〈アイス〉をミーナの〈ファイア〉のように出したり消したりしているイチカも会話に混ざる。
イチカもミーナ同様、魔法の訓練だ。
ただ、イチカの場合、派生魔法の氷魔法であるため、最初から無詠唱。
だから、これは氷分子を操れるようになるための魔法訓練だ。
ミーナが生成した〈ファイア〉を見て、呟く。
「火って、『火の巨人プロ・メテウス』が人に与えた奇跡だと思っていたわ」
聞いたことない単語がミナトの耳に入った。
「何だそりゃ。火の巨人?」
「王都の魔法訓練学校で、習ったのよ。エスパル王国に伝わる神話に出てくる火を与えた巨人よ」
「知らないな」
ミナトは首を傾げる。
火の巨人プロ・メテウス?
巨人は知っている。
いずれのシズカ様が子供の時の昔話に出てきた、人間よりも遥かに大きい種族のことだ。
巨人は神話の存在ではなく、実際にいる。
だが、火の巨人プロ・メテウス…なんてものは聞いたことが無い。
「古の時代、人がまだ火…つまり火魔法を使えなかった時代。一体の巨人が一人の人間に、火を与えた」
ミーナが神話を語る。
「火を与えられた人は、その火を自身の子供や孫にも火を与えた。そして、その子も…またその子も…脈々と火を受け継いでいる」
ミーナは息を整える。
「つまり、私みたいな火魔法使いは皆んな、火の巨人プロ・メテウスから火を与えられた人間の子孫ということ」
「嘘臭い」
「神話の話だもの」
ミーナは溜息を出し、〈ファイア〉の出し消しを再開する。
しかし、何か疑問に思ったのか、またミナトに顔を向ける。
「ミナトは無詠唱を習得するのに、どれくらいかかったの?」
「ミナトの場合、無詠唱を習得できるまでに、半年は掛かった。けど、ミーナなら、それより早く習得できそうだ」
「そ、そうなの?」
ミーナは意外そうな顔をする。
「ミーナの魔法操作力は優れているし、魔力変換効率も八割以上。魔力を扱う技量が、そもそも高め。このまま努力を重ねていれば、無詠唱は時間の問題だと思うぞ」
「ごめんなさい。分からないことだらけなのだけど、魔力変換効率って?」
ミーナは魔力変換率に疑問を持った。
「魔力変換率は、自身の魔力から魔法を構築させる際に、その魔力がどれくらい構築させた魔法に注ぎ込まれているかを表す指標かな」
例えば、魔力変換率が五割なら、自身が魔法を構築するために注ぎ込んだ魔力量のうち、半分の魔力が魔法に使われ、もう半分が失われたことになる。
「魔力変換効率…八割以上って、高いのかしら」
「かなり高いぞ」
ミナトは今まで会った来た魔法使いの魔力変換率を思い出す。
「ミナトもたくさんの魔法使いの魔力変換率を知っている訳じゃないが、マカの冒険者の魔法使いとか、ミーナの王国第七魔法団の魔力変換率は大体…三、四割」
「へえ…」
「クラだって、精々…五割。行っても六割だぞ」
「え?五割か六割?!あんなに魔法が強いのに?!」
ミーナが大きく声を上げる。
どうやら、クラの魔力変換率が自分より低い事に驚きの様だ。
確かに、クラは無詠唱使いで、オリジナル魔法も使う。
エスパル王国でも、屈指の魔法使いであるクラの事だ。
正午に行われたミナトとの模擬戦は圧巻の一言。
特に、クラのオリジナル魔法〈旋風〉を見た時は、自身の王国第七魔法団は手も足も出せないと、ミーナは顔をしかめながら思った。
ミナトから魔力変換率を聞いた際、クラはさぞ高いのだと、ミーナは思ったことだろう。
「魔法の威力が高いからと言って、魔力変換率が高いとは限らない」
「ふう~ん、そういう物なのね。………あ、そう言えば、ミナトの魔力変換率は?」
ミナトはそこで、偉そうに胸を逸らす。
「よくぞ聞いた。俺の魔力変換率は十割だ!」
「十割……」
「原子レベルで魔法を操っている。殆ど、魔力の浪費は無い」
そう言ったミナトの服を引っ張る者がいた。
「ん?どうした、イチカ?」
「お兄ちゃん!私の魔力変換率はどれくらい?」
イチカが期待を目に込めて、ミナトに言った。
イチカは、自身の兄から魔法の天才と言われ、物凄く褒められた。
もしかしたら、自分の魔力変換率も高くて、また凄いと言われ褒められることを期待して、ミナトを見たが、
「ああ、それな」
頭をガシガシと掻き、答えを渋った。
けれど、意を決した雰囲気でイチカに言う。
「はっきり言うと、イチカの魔力変換率は悪い」
「わ、悪い?!」
「もっとはっきり言うと、見るに堪えないレベルで」
「み、み、見るに堪えないレベルで?!」
イチカは目が飛び出しそうな勢いで、瞼を上げ取り乱す。
「魔力変換率…………一割にも達してない」
「そんな!」
「一回の魔法の行使で、九割以上の魔力を無駄に消費してる。逆に、ここまで魔力を無駄に消費するなんて、凄いとしか」
「あ…あへ……」
違う意味で凄いと言われ、イチカは地面にへたり込む。
ミナトが思い出すには、昨日のイチカの魔法。
イチカが魔法を行使した際に、初級魔法のはずの〈アイス〉なのに、イチカの体から、かなりの魔力が漏れていた。
あの漏れ出ていた魔力こそが、無駄になっている九割以上の魔力である。
まぁ…あれのお陰で、イチカに保有魔力量と魔力放出で、天性の才能があったと気づいたのだ。
「保有魔力量が折角、俺以上あっても、魔法の撃ち合いをしたら、イチカの方がすぐ魔力が尽きるな」
「うう…」
へたり込むイチカに、ミナトは流石に言い過ぎたと感じ、イチカの背中を撫でる。
「げ、元気出せって!イチカには、俺と同等の魔力放出力に、俺を超える保有魔力量がある。それに魔力変換率は、これからイチカが氷を分子単位で操れるようになれば、殆ど魔力を無駄に消費することが無くなる」
「う、うん!頑張る!」
ミナトの励ましが効いたのか、イチカはまた魔法の訓練に戻る。




