コーヒー
筆者はコーヒー大好き人間です。
毎日、三杯は行けます。
それは「水之世」の最下層の墓の間にて、ウィルター様からの魔法修行を終えた後の出来事だ。
『今日もミナト君は魔法の修行を頑張りましたね』
「そんな……ウィルター様の指導があっての事ですよ」
ウィルター様の褒めに、俺はつい照れる。
そんな俺に、ウィルター様は一つ頷いて、
『うんうん!今から、ミナト君に取って置きの物をごちそうしましょう』
「ごちそう?」
俺が首を傾げていると、ウィルター様が腕を上げる。
何をするのか見ていると、ウィルター様の上げた腕から魔力が放出される。
すると、ウィルター様の上にある空間が歪んだように見えた。
その歪んだ空間から袋詰めされた何かが落ちてきた。
ウィルター様がそれを受け取ると、歪んだ空間は元に戻った。
恐らく、ウィルター様が言っていた、ごちそう…というのは、その袋のことだろう。
でも、俺からしたら空間を歪ませた、ウィルター様の魔法らしき物の方が気になる。
ウィルター様は袋を解く。
その中には、黒い豆のような物がたくさん詰まっていた。
「コーヒーです」
「こーひー?」
聞き慣れない単語だった。
ウィルター様は袋の中の黒い豆を一つ取り出す。
「これは僕が生前、毎日飲んでいたものです」
「これを…………飲む?」
一見して、飲み物には見えない。
「ああ…このままでは飲めませんね。〈氷生成〉」
ウィルター様が水魔法で氷を生成して、何かを作り出す。
「〈コーヒーミル〉〈コーヒーフィルター〉〈コーヒープレス〉」
瞬く間に、回すハンドルと小さい引き出しが付いた箱のような物に、氷の膜で出来た袋のような物、大きめのカップが作られた。
ウィルター様は回すハンドルと小さい引き出しが付いた箱のような物に、黒い豆を入れる。
ハンドルを回していると、カリカリと音が聞こえる。
音が心地よい。
少し経って、ウィルター様が引き出しを開ける。
そこには、黒い粉があった。
入れた黒い豆がとても細かく砕かれて、粉状になったのだろう。
その粉を氷の膜で出来た袋のような物を、大きめのカップに乗せ、袋の中に粉を入れる。
「〈お湯〉」
そして、ウィルター様がお湯を生成し、袋の中に注ぐ。
氷の膜を通して、黒い水がカップの中に流れる。
カップから洩れた煙が俺の鼻に入り込む。
芳醇で染み渡る、とても良い香りがする。
俺はもうカップの中の黒い水から目が離せなかった。
カップの中に黒い水が満たされる。
「〈コップ〉」
ウィルター様が氷のコップを生成してくれて、俺に渡す。
コボコボコボ。
カップの黒い水が俺が持つコップに注がれる。
コップの注がれたことで、より一層匂いが鼻の中に入る。
ゴク……。
生唾を飲み込む。
「どうぞ、召し上がれ」
ウィルター様の言葉を皮切りに、俺はコップの端に自身の唇をつけ、黒い水を口に流し込む。
「?!」
舌を通して、俺の頭に入ってきた情報は圧倒的な苦味と酸味。
顔をしかめるぐらい苦くて、酸っぱい。
でも、
「美味しい」
その一言を聞いて、ウィルター様はホッとする。
ウィルター様も自分のコップを生成して、コーヒーを飲む。
「良かったです。初めてコーヒーを飲む人は大体、苦味と酸味で苦手意識を持ってしまうのですが。ミナト君には、喜んでもらいました」
「はい!確かに、苦くて酸っぱいですが、美味しいです!」
俺はコーヒーの味に満足していると、シズカ様がやってくる。
「コーヒーでござるか。拙者も好きでござる。お父様、拙者も良いでござるか?」
「勿論です、シズカ」
シズカ様もウィルター様からコーヒーを貰って、満足気な表情で飲んでいた。
「やはりコーヒーは美味しいでござる」
俺もコーヒーを啜る。
コーヒー自体も美味しいけど、ウィルター様とシズカ様とで飲むコーヒーも美味しい。
「コーヒー!!!」
あの時と同じコーヒーを見て、俺はつい大声を出してしまった。
店主が持っているカップをテーブルの上に置いて、俺を見る。
「あんちゃん、コーヒーを知ってるのかい?」
店主の質問に、俺は頷く。
「はい。俺の大好物です」
「ほお……珍しいね」
店主は小さく笑う。
「コイツは南にある砂漠の大陸の、さらに奥にある熱帯雨林から採れた物だ。時々、そこの大陸から船に乗って、商人が売りに来るんだ。俺も元々は商人で、こうしてコーヒーを仕入れているんだ。まぁ…大抵の奴はコーヒーを見ると、気味悪そうにするんだがね」
店主は苦笑いする。
「気味悪がる?こんなに美味しいのに?」
「よく考えて見ろ。こんな真っ黒な液体、誰が飲みたいと思う」
そう言って、店主はコーヒーを啜る。
俺は店主の前にあるテーブルとイスに着く。
イチカも俺の隣に座る。
「俺にコーヒー一杯。後、妹にも」
「え?私?」
「はいよ」
俺は自分とイチカの分であるコーヒーを頼む。
店主はコップを二つ用意し、コーヒーを注ぐ。
俺は早速コーヒーを飲む。
絶妙な苦味と酸味が口いっぱいに広がる。
「う~ん…美味しい」
「に、にが…い」
俺は味に満足なのだが、イチカは苦かったようだ。
まぁ…七歳にコーヒーは早いか。
そう思っていると、店主はイチカのコーヒーに白い物……ミルクを入れる。
「これで飲みやすくなるぞ」
「ありがとうございます。…………まだちょっと苦いけど、美味しいです」
うむ…イチカもコーヒーの味の旨さが分かるようになったか。
俺は再び、コーヒーを啜る。
「このコーヒー、美味しいですね。どんな豆を使ってるんですか?」
「それは、ブレンドだ」
「ブレンド?」
店主は一旦、店の奥へ行くと…また戻って来た。
手には、いくつかの袋。
店主が袋を開ける。
袋の中は全て、コーヒー豆だった。
「一種類の豆を使うストレートとは違って、複数の豆を組み合わせた物だ。配合を調整すれば、何種類ものコーヒーを作ることが出来る」
それを言っている時の店主の顔は得意顔だった。
店主もコーヒーが好きなのだろう。
なるほど、別々の豆を使うことで、あらゆるコーヒーを作れるのか。
面白い。
………………あれ?
複数の物を組み合わせる。
何か、引っかかるな。
何故か、唐突に頭に思い描いたのは…………クラのオリジナル魔法〈旋風〉だった。
ブレンド…………複数の物を組み合わせる…………〈旋風〉…………。
〈旋風〉には、〈風刃〉が使われている。
そして、〈旋風〉から感じる魔力は単調では無く、その都度魔力の形が変容していく。
普通、一つの魔法の魔力は波の強弱があれど、大きく変容することはない。
だけど、実際〈旋風〉は魔力が大きく変容している。
……………魔法は一種類だけではない。
複数ある。
俺はコーヒーを口に含む。
このコーヒーは、ブレンド。
「あ!」
そこで俺は閃いた。
「ブレンド!それだ!」
クラの〈旋風〉の秘訣が分かった。