好きな女性の特徴
クラが崩れ落ちるのを、見届けつつ、残心を残す。
油断してはいけない。
「俺の勝ちで良いか?」
俺の確認に、
「………ああ、お前の勝ちで良い」
クラはとても悔しい様子で頷く。
その瞬間、
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
物凄い歓声が俺の鼓膜に入る。
俺はびっくりして、音の出所を探る。
それは俺とクラと模擬戦を見ていたリョナ家の剣士達からだった。
それと気づいたら、アグアの街から冒険者らしき人達も俺達を見て、歓声を上げていた。
街の外でやっていた模擬戦を聞きつけたのか。
「お兄ちゃん!!!」
その時、イチカが俺の所に飛び込んできた。
俺はしっかりと受け止める。
受け止められたイチカは目を輝かせながら、俺を見る。
「す、凄いよ!凄すぎる!お兄ちゃん、強すぎるよ!!」
「そ、そうか?!」
「うん!昨日の私との魔法戦は、全然本気じゃなかったんだね!私、お兄ちゃんみたいに強くなれるように頑張る!!」
「おお!イチカなら出来る!」
イチカの頭を撫でていると、クラが小さく呻くのが聞こえた。
見ると、俺にやられた腹部を押さえて、苦痛に耐える表情をしていた。
「ごめん。〈氷刀〉の刃は消したけど、流石に痣ぐらいは出来てるよな?…………でも、霊水はもう無いんだよな」
前にクラとの剣戟で、彼女の右肩を水詠みで貫いた時は、勾玉に貯蔵されている回復効果のある霊水を使って、治した。
「水之世」を出る際、ウィルター様から渡された勾玉には液体を貯蔵する機能があり、それを使った。
けれど、父親を殺されたことで混乱した俺が、死んだ父親の遺体に何度も掛け続けたことで尽きた。
「問題ない。この程度なら、ポーションを飲めば治る」
「分かった。あ…手を貸そうか?」
「大丈…………う?!」
「あ!」
大丈夫と言おうとして歩き出そうとしたクラが、腹部の痛みに足が躓く。
やっぱり痛いのだろう。
反射で、俺はクラを支えようとした。
その時………………チュ。
クラを支えようと前に出た俺の額に、躓き前に体勢が崩れたクラの唇が当たる。
額に感じた滅茶苦茶柔らかい感触に、俺の思考が一瞬停止する。
けれど、お互い即座に状況を認識し、離れる。
「だ、大丈夫?クラ?」
いつの間に、側に来ていたミーナにクラは体を支えられる。
「へ……平…気……だ」
「顔……少し赤い」
ミーナはジト目でクラの顔を見る。
見ると、クラの頬は少し赤く染まっていた。
「お兄ちゃんは真っ赤」
「っ?!」
妹に指摘され、俺は自身の顔がとても熱くなっているのを把握する。
し、仕方ないだろ!
忘れようと思っても、あの額に残る柔らかい感触は忘れられない。
出来ることなら、もう一回…………って、何言ってんだ!
俺は一旦、クラから距離を取り、気持ちを落ち着かせる。
深呼吸を何回か繰り返す内に、ようやく顔の火照りが消えた。
「………」
何度か俺とクラを交互に無言で見ていたイチカが、唐突に近づく。
「ねぇ…お兄ちゃんの好きな女性の特徴は?」
俺は妹の変な質問に戸惑う。
「は?急にどうした?」
「ちょっと気になっただけ。それで好きな女性の特徴は?」
「う、う~ん」
俺は腕を組んで考え込む。
好きな女性の特徴………頭に思い浮かんだのは、当然…初恋の相手であるシズカ様だ。
「強い人………かな」
「うん!うん!」
イチカが何度も頷く。
「後…優しい人だな」
「うん!うん!」
何故か、イチカは頷きながら、チラチラとクラの方を見る。
何を隠そう、シズカ様がそうだから。
「なるほど!なるほど!」
何かに納得した様子のイチカだった。
ミナトがイチカと話していた一方で、
「ミナトが強いことは知ってたけど、まさか……クラがこんなに強いなんて」
クラを支えながら、ミーナが先程まで見ていたミナトとクラの模擬戦を思い出す。
クラは自分が思っていたよりも、ずっと強いことを知った。
ミーナはクラがAランク冒険者とは言え、やはり心の何処かで、クラのことを五年前まで自身より背が低かった小柄な女の子だと思っていた。
「当然ですよ。何せ、私の護衛ですから」
ミルがフードで顔を隠しながらも胸を張って、自身の護衛を自慢していた。
「傷は痛みますか、クラ?」
ミルの確認に、クラは腹を擦る。
「………はい。ですが、この程度、ポーションを掛ければ問題ないかと。………………それとミル様、また負けてしまって申し訳ございません」
「別に気にしていませんよ。クラもミナトも、私の護衛ですから」
「また鍛錬をして、次こそはミナトに勝ちます!」
拳を握りしめ、やる気の炎が灯っているかのような顔と声で、クラはミルに言う。
「あんた、まだ強くなるの?」
ミーナが呆れた顔をする。
悔しいが、今のクラなら一人でも自身の王国第七魔法団と互角以上に戦える。
ミルは小さく笑い、
「ふふ…本当にクラは変わりましたね。何処かの水魔法使いさんのお陰で」
クラ本人に聞こえないように呟く。
すると、
「クラお姉ちゃん!!」
クラがまた強くなる決意を固めていた時、ミナトと話していたはずのイチカが突然、クラの元にやってくる。
クラの目の前にやってきたイチカはクラの手を握り、引っ張る。
「クラお姉ちゃん、耳貸して」
「ん?どうした、イチカ?」
クラは腹部の痛みがありつつも、片膝を突き、イチカと目線を合わせる。
イチカはクラの耳元で、ひっそりと囁く。
「お兄ちゃんって………強くて、優しい人が好きなんだって」
「は?」
言われたクラは目を点にする。
午前に座禅と素振りの指導。
そして、俺とクラの模擬戦で終わった。
午後に、イチカとミーナに魔法を教えるつもりであったが、流石に俺も午前中の指導と模擬戦で少し休憩が欲しい。
と言うことで、昼食も兼ねて、三時間休憩することになった。
俺とイチカはアグアの街の中を歩いていた。
昼食はリョナ家の屋敷で食べても良かったが、折角なので街の中を散策しつつ、食事をした。
「お兄ちゃん、美味しかったね!」
「そうだな。パエリアも良いけど、串焼きも捨てがたい」
さっき俺とイチカは、街にある食事場の一つでパエリアを食べ、屋台で串焼きを買って、食べ歩きをしていた。
パエリアは豊富な水産資源を持っているマカで最も食べられている料理であり、エスパル王国全体でも広く食べられている。
勿論、ここアグアの街でも食べられる。
今やパエリアは俺の大好物。
米と海鮮との相性が抜群だからだ。
イチカと一緒に、食べるのも悪くなかった。
まだ休憩の時間はある。
何かデザートになる物でも食べたいな。
そう思った時、
「ん?……この匂い」
俺の鼻孔に独特の匂いが入り込む。
それは何故か、俺の関心を引く魅惑の匂い。
苦味と酸味が混じった匂い。
俺は匂いがする方向を見る。
そこは少し寂れた小さい店舗からだった。
無意識に俺は、その店舗に入る。
イチカも無言で俺に付いてきた。
扉を開くと、より一層独特の匂いが鼻をくすぐる。
中には、年配の男が一人。
「………いらしゃい」
年配の男が言う。
どうやら、この店の店主らしい。
店には、他に誰もいない。
客は俺とイチカの二人だけのようだ。
俺は独特の匂いの元を探す。
匂いの元は………店主の持っているカップの中。
そこには、真っ黒な液体が入っていた。
一見すれば、飲むのも憚れる色合い。
だが、俺は目を見開く。
そして、液体の名を叫ぶ。
「コーヒー!!!」