クラの剣術
五章のタイトルを「戦力強化」にしました。
書いていて、意外とミナトがアグアの街に滞在するのが、長くなりそうだと思ったので。
お互い、中段の構えで開始された剣の勝負であったが、初撃はクラの踏み込みからだった。
俺との間合を、一気に侵略するがごとく凄まじい速さの踏み込み。
上から下へ放たれる剣筋に対し、俺は姿勢を落として、中段で構えている〈氷刀〉の剣先を少し上に持って行く。
剣を持つクラの手に剣先を向け、振り下ろされるクラの剣をしっかりと見極めた上で、俺は〈氷刀〉を持つ腕を前へ持って行く。
「水剣技流初伝・水詠み」
伸ばされた腕はまるで体に張り付きながら、滴り落ちる水のように、クラルの振り下ろしを最小限の動きで横に逸ら………………されなかった。
直前でクラが剣を振り下ろしきらずに、身を引いたのだ。
「危ない」
クラはまた距離を取って、そう言う。
「その腕で剣を流す技は、以前やってきた技だな。私の肩を突き刺した。…………水詠み、と言ったか」
クラが渋い顔になる。
俺に右肩を貫かれたのを思い出したのだろう。
「初手で決めるのは無理だったか」
俺は、ため息を吐く。
それを聞いたクラは、さらに渋い顔になる。
「初手で決めるつもりだったとは、舐められた物だ」
渋い顔だったクラだが、深呼吸をして、剣を構え直す。
すると、柄を右手で持ちつつ剣を横に倒す。
俺に剣の腹を見せる状態で構えたのだ。
「何だ、その構えは?」
俺の疑問に答える前に、再びクラが踏み込みをする。
まるで剣を盾にするかのように、構えながらの踏み込みに首を傾げつつも、〈氷刀〉で受ける。
すると、受けた瞬間にクラは剣を持った手首を返し、剣先を俺に向ける。
そして、そのまま俺の〈氷刀〉を剣の根元で払いながら、突きを放つ。
「おっ?!」
奇天烈な技に俺は驚きつつも冷静に剣を見極め、上半身を逸らすことで躱す。
そこで、クラの攻撃は終わらなかった。
突きを放った体勢から、そこを軸に俺の右側へ回り込むようにクラから見て、右回りに回転し、その勢いのまま回転切りを放つ。
俺も〈氷刀〉を右に引いて受けるが、クラは手首のスナップを活かして、〈氷刀〉を避けるように剣を回転させ、下から上へと切り上げる。
俺は引いた〈氷刀〉を、そのまま下へ打ち落とし、切り上げを防いだ。
休みを入れること無く、クラは俺の後方の死角に移動し、切りかかる。
それを足を開いて、体重移動で回避する。
そこから、怒濤のクラからの連撃が始まる。
剣戟はクラの攻撃、俺の防御という構図である。
時折、俺から牽制目的の攻撃は仕掛けるが、舞う蝶のように華麗に躱される。
躱されたと思ったら、次の攻撃を間髪入れず来る。
クラの苛烈な連撃をしっかりと見極めて、受けたり、流したり、躱したりしている中、クラの剣術を見る。
クラの剣は躍動感溢れていた。
思わず、こっちが見惚れるぐらい。
それは、まさに『風』を体現したような剣だった。
地の上を舞う風のごとく、軽快なステップや俊敏な身のこなしで回避や防御をしつつ、敵を切り刻む風のごとく、目にも止まらぬ鋭い剣閃と終わらぬような連続攻撃を繰り出す。
人の姿の風が俺を攻撃しているかのようだ。
俺が使う水剣技流は、『水』を体現した剣。
無駄な動きを削ぎ落とし、隙を見いだし、最小限の動作で決定的な一撃を繰り出す。
クラの剣は、それとは反対。
俺の剣を「静」とするなら、クラの剣は「陽」だ。
前の剣での勝負では、擬人であるニナを守るための勝負であったため、余り…クラの剣を見ようとしなかった。
改めて見ると、クラは百八十センチという女性にとっては、かなり恵まれた体格と圧倒的な反射神経を優に活かして、剣を振るっていた。
暫く、俺とクラは剣を打ち合っていた。
クラの剣による攻撃は苛烈であったが、俺の防御を抜くことは出来ないと思ったのか、クラは然り直しのために距離を置く。
「くっ!相変わらず、鉄壁の守りだな!」
「それが水剣技流の強さだからな」
クラの口に、俺は胸を張って言う。
「そっちも、かなりの剣だな。風みたいだ」
「…………ミナトが言っても、嫌みにしか聞こえないぞ」
クラは目を細めて、俺を睨む。
確かに、自身の攻撃が擦りもしないクラからしたら、俺の賞賛なんて嬉しくないか。
けれど、俺は始めの攻撃を思い出す。
「剣を盾みたいに構えて、向かってきた初手の技………あれには意表を突かれたぞ」
「ああ…私に剣を一通り教えてくれた人が使っていた技を、見よう見まねでやったみた。結局、ミナトには防がれたがな」
クラは悔しがるが、俺はキョトンとする。
「剣を教えてくれた人?………あれ?クラって、我流だったよな?前、そう言ってたような」
「それは魔法の方だ。剣に関しては、”ある人”が私に、模擬戦を交えながら基本的な剣術を教えてくれたんだ」
クラはふと…自分が持つ剣に目を落とす。
「私に…この剣をくれた」
「剣を?」
クラが持つ剣は、彼女がいつも腰に差しているものである。
持ち手が銀色の緑の装飾が施されており、刀身が白い剣。
刀身がレイピアよりも大きく、バスターソードよりも小さい剣である。
「そう言えば、その剣から微かに魔力を感じられるな。普通の剣ではないよな?ギルド長のミランさんと同じ魔装なのか」
マカを立つ前に聞いたのだが、マカのギルド長であるミランが持っている僅かに魔力を感じる大きな黒い戦斧は、「魔装」という物らしい。
クラの剣は、それと同じなのか。
だが、クラは首を振る。
「いや…魔装では無いな。これはミル様と同じ、「宝装」だ。特殊技能は知らないが」
俺は首を傾げる。
「ほう…そう?確かに、ミル様が来ている茶色いローブからも魔力が感じられるな。魔装と何が違う?」
「はぁ…後で、魔装と宝装について説明してやる」
会話はそこで終了。
示し合わせたかのように、俺とクラが同時に踏み込む。
二度目の剣戟も俺の防御とクラの攻撃という構図だったが、一度目と違い、俺からの牽制とカウンターの頻度が多くなっていた。
一度目の剣戟で概ね、クラの剣には慣れた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
剣戟の最中だが、クラが息を切らせ始めているのが分かった。
そして、剣筋や足運びの切れも落ちてきていた。
「やっぱ、持久力は大切だ」
俺はボソリと呟く。
必要最低限しか動いていない俺と違って、激しく動いているクラは体力の消耗の差が大きい。
しかし、それを考慮しても俺とクラとの間には、明確の差がある。
それは持久力だ。
持久力が無ければ、技が機能しなくなる。
以前の剣での勝負も、クラは俺の連撃を数十合受けただけで、息を切らしていた。
俺はシズカ様が俺に剣を教える時に、よく口ずさむ言葉は、
『ミナト殿、いいでござるか?剣での戦闘は持久力が無い者から脱落していくでござるよ。持久力はある意味、技よりも大事でござる』
そして、この言葉には続きがある。
『拙者がミナト殿に、毎日の素振りをやらせているのは、剣術の基礎作りでもあるでござるが、一番は持久力向上でござる。持久力を上げる方法は一つ、体を沢山動かすことでござる』
だからこそ、俺はシズカ様による地獄の持久力作りトレーニングで、たくさん持久力を付けた。
………付けさせられた。
トレーニング内容は、滅茶苦茶重いシズカ様特製の氷の剣を使って、八種類の素振り…真向切り、右袈裟切り、逆右袈裟切り、右一文字切り、左袈裟切り、逆左袈裟切り、左一文字切り、突きをシズカ様が良いと言うまで素振りをする事。
単純に思えるが、地獄だった。
単純な事を長時間行うのは、体が悲鳴を上げるほど、疲労が襲ってくるし、精神力を使う。
始めは素振りの最中に気絶したことも多々あった。
そのお陰で、俺の持久力はクラとの剣戟で明確な差を生んでいるけど。
もう二度とやりたくない。
俺がリョナ家の剣士達に基礎的な素振りをやらせた重要な理由が、これだ。
素振りはすればするほど、剣の振りに対して、無駄な体力を消耗しないように体が最適化される。
こうして持久力は向上する。
技は才能のある者ならば、短期間で向上させられる。
しかし、持久力は鍛錬の積み重ねによって得られるものである。
時間が掛かるのだ。
だから、俺は「水之世」から出た後も、素振りを欠かせたことは無かった。
今度は俺が距離を取る。
そして、深呼吸をする。
そろそろ、クラとの剣戟を終わらせるか。
俺の実力は、リョナ家の剣士達には充分に見せられたはず。
俺は意識を集中し、研ぎ澄ます。
研ぎ澄ますと同時に、自身の纏っている魔力を練り、魔力の波を消す。
自身という存在を消す。
「水剣技流・凪ノ型」
俺は「凪」と化した。
正面に立つクラは、大きく警戒を見せる。
「ミナトの気配が薄く?!これが………凪ノ型」
そうか、クラに凪ノ型を見せるのは初めてか。
凪になった俺は、周囲のあらゆる物を感じ取れる。
クラの気配をより感じ取れる。
目を瞑っても、クラの動きが手に取るように分かる。
俺は剣先を少し下げる。
そして、重心を低くさせる。
右足を前にして、左足を下げる。
後は腕の力を抜き、足の力を抜き、胴体の力を抜き、俺は体の全てを脱力させる。
俺の体が羽毛になるように力を抜いた。
力を抜く。
深く力を抜く。
さらに力を抜く。
目の前のクラは、さらに警戒して、ミナトを見る。
クラは直感で感じる。
あれはバネだ。
限界まで縮んだバネだ。
縮んだバネに次、起こることは。
次の瞬間、
「水剣技流初伝・零閃」
ドン!
俺の神速の踏み込みで、足下の地面が一部爆ぜる。
加速は無い。
始めから、最高速度。
脱力によって、爆発的な速度が生み出されたのだ。
俺は目も止まらぬで、クラに迫る。
「っ?!」
優れた反射神経で辛うじて反応したクラは、俺に剣を振り下ろす。
それを、
「水剣技流初伝・流流」
それは水剣技流の基本にして、受け流しの技。
今までやった、ただの受け流しでは無い。
攻撃に対して、最も最適な方向と力で受け流すのだ。
俺は迫る攻撃のベクトルを見極め、最適にベクトル方向を逸らす剣技によって、クラの剣を完璧に受け流す。
これにより、クラの体制は完全に崩れる。
終わりだ。
俺は返す刃で、クラの胴体を切りつける。
「ぐう?!」
クラは崩れ落ちる。
〈氷刀〉の刃は落としてあるので、胴体を切られてはいないが、戦闘続行は難しいだろう。
俺の勝ちだ。
『人類が滅んだなんて、嘘だ』
https://ncode.syosetu.com/n3834ka/
宜しければ、こちらの短編もどうぞ。