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水と風の円舞曲




 模擬戦の開幕、初手はクラからの〈風刃〉を、俺が〈水流斬〉で迎撃した。


 水の斬撃をただ敵に飛ばすのでは無く、自身に迫り来る魔法や遠距離攻撃を迎撃するために、周囲に一瞬だけ〈水流斬〉を発生させたのだ。


 何だか、この展開…二ヶ月前ほどに、マカの訓練場でクラとやった時の試合に似ているな。


 あの時と同じように、お返しとばかりに俺もクラへ攻撃を放つ。


 「〈水流斬〉」

 「〈風刃〉」


 対して、クラも〈風刃〉で迎撃しようとするが、無駄だ。


 シャキン!


 「ちっ!」


 迎撃のために放った〈風刃〉は、見事にぶつかった直後、俺の〈水流斬〉に斬られる。


 迫った〈水流斬〉を舌打ちと共に、クラは体捌きで躱した。


 魔法と魔法同士がぶつかった際は基本的に、より魔法に込められている魔力量や魔法精度、魔法の速度などが大きい方が押し勝つ。


 〈水流斬〉は俺が初めて習得したオリジナル魔法。

 ”先生”の魔法を模倣したオリジナル魔法である。


 練度は俺の魔法の中でも、最高だ。


 クラには悪いが、俺が本気で放った〈水流斬〉は風の刃すら斬る。


 「〈風重圧〉」


 反撃に、二級風魔法〈風重圧〉を発動。

 クラの周囲や俺の頭上に、上から下へダウンバーストが発生する。


 その圧力は、普通なら大人でも経っていられない程、強烈なもの。


 「〈氷壁〉」


 しかし、俺は天蓋のように頭上に氷の壁を生成することで、ダウンバーストを防ぐ。


 以前は〈放水・昇〉を使って防いでいたが、あれは自身の頭上に放つと、下にいる俺が水に濡れるので、こっちにした。


 自分の水は瞬時に消せるが、何となく模擬戦中にやるのは面倒臭い。


 「〈連続氷石〉」


 お返しに、拳台の氷の塊を生成して、数十発を連射で飛ばす。


 「〈エアショット〉」


 対するクラも、三級風魔法〈エアショット〉を大量に放つ。


 〈連続氷石〉で生じた数十個の〈氷石〉よりもずっと多い、百以上の〈エアショット〉を乱射させ、迫る〈氷石〉に当たる。


 小石ほどの大きさの風である〈エアショット〉は威力が弱く、牽制目的が殆どだが、大量の〈エアショット〉当てられた〈氷石〉は軌道を晒され、クラに当たることは無かった。


 「〈アイスアロー〉」


 今度は新魔法〈アイスアロー〉を繰り出す。


 威力……特に、貫通力は〈氷槍〉に劣るが、機動力や取り回しは、こっちが優れている。


 十本の氷の矢がクラに向かう。


 「〈風牙〉」


 それは二級風魔法〈風牙〉。


 三級風魔法である〈風刃〉よりも一周り大きい獣の牙のような大風が横薙ぎに放たれ、〈アイスアロー〉を迎撃しようとする…………が。


 「方向転換」


 俺は〈アイスアロー〉の軌道を操作し、十本の〈アイスアロー〉は見事に〈風牙〉を避け、クラに向かった。


 「なっ!〈伍風槍〉!」


 クラは驚きながら即座に、二級風魔法〈伍風槍〉を放つ。


 二級火魔法〈伍炎槍〉のように、高い貫通力を持つ風の槍を五つ放つ〈伍風槍〉は、迫る十本の〈アイスアロー〉の内、三本を撃った。


 残り七本は腰に佩いてある剣で弾いたり、バックステップで避ける。


 それを見て、俺は言う。


 「同じ数の魔法を生成して、一つ一つを迎撃しないんだな」


 俺に魔法を教えたウィルター様は、魔法戦で敵からの魔法を迎撃する時は、それと同じ数の魔法で撃ち落とせと言った。


 「生憎…私はミーナやお前のように、数の多い魔法を自在に操れるほど、緻密な魔法制御が無い」


 クラは口をへの字にして、言い返す。


 なるほど…クラは俺と違って、天才だと思っていたが、クラにも多数魔法の制御など苦手な面もあるのか。


 ここまでの魔法戦は概ね、俺の優勢だ。


 クラは一つため息をつく。


 「魔法戦……事、遠距離戦では、私には分が悪いな」


 すると、剣を構える。

 それは突きの構えであり、剣先を俺に向けている。


 この光景、前にも。

 確か、この後…クラは、


 「だから、こっちで行かせて貰おう。…………〈迅風〉」


 次の瞬間、クラが目の前まで迫っていた。


 俺は咄嗟に右にサイドステップを取る。

 直後に、俺の左側に凄まじい速度のクラが通過する。


 俺の横を通過したクラは、そのまま俺の少し後方で止まる。


 俺は既に〈氷刀〉を生成して、中断の構えを取り、警戒する。


 「その俊足の魔法は、前の試合で、最後に使った奴だな?」

 「ああ……あの時は制御もまだ甘く、訓練場の壁に衝突したな」


 苦笑いしたクラは、また剣を構え、突きの姿勢を取る。


 「〈迅風〉だ」

 「………へ?」

 「さっきの風を使った高速移動の魔法の名前だ。前に、これを見せた時、魔法の名前を聞いてきただろ?」


 俺はそこで思い出す。

 確かに、名前を聞いたな。


 そして、本物の高速移動を見せるとか言って、俺は〈瞬泳〉を使ったパンチで、クラを気絶させた。


 では、その〈迅風〉というのは、〈瞬泳〉の風魔法版か。


 「今度は近接戦で勝負だ。〈迅風〉」


 後方に風を受けたクラは、再び俊足で俺に迫る。


 「〈瞬泳〉」


 自身の左側に、無数の細かい水の噴出を発生させ、その反作用で右に行く力を得る。


 俺も水の高速移動魔法を使い、左に避けることで、余裕をもって躱す。


 高速移動で攻撃を躱されたクラと高速移動で攻撃を躱した俺とが、互いに目を合わせる。


 「近接戦か…………望むところだ」


 もう既にお互い、剣の矛先を相手に向けていた。


 「〈瞬泳〉」

 「〈迅風〉」


 そこからの戦いは、水の高速移動 VS 風の高速移動の応酬だった。


 「〈瞬泳〉」


 俺は高速移動を伴った横薙ぎを放つ。


 「〈迅風〉」


 だが、クラは優れた反射神経で横薙ぎを高速移動で躱す。


 「〈迅風〉」


 クラが高速移動を伴った切り上げをしてきた。


 「〈瞬泳〉」


 俺は直感から切り上げを高速移動で躱す。


 ミナトが高速移動でクラに接近したと思たら、クラも高速移動で距離を取る。

 逆に、クラが高速移動でミナトに接近したと思たら、ミナトも高速移動で距離を取る


 始めは、互いの高速移動魔法で一撃離脱戦法…ヒット&アウェイで戦っていたが、段々と動きが単純な物から複雑な物に変わっていく。


 「〈迅風〉〈迅風〉〈迅風〉〈迅風〉〈迅風〉」


 クラが高速移動を連発する。


 俺の周りを行くように、連続の〈迅風〉で俺の前斜め右側、後ろ斜め右側、後ろ斜め左側、前斜め左側…………へ行ったと思ったら、そこから一気に俺に迫る。

 

 不規則な動きに若干戸惑った俺は〈氷刀〉を横に構えて、クラの攻撃を防御する。


 ガキン!

 重い衝撃が〈氷刀〉越しに伝わる。


 高速移動を伴った一撃はやはり重い。


 「〈瞬泳〉」


 俺は〈瞬泳〉でクラに迫った…………と思ったら、


 「〈瞬泳〉」

 「消えた?!」


 クラが驚きの声を出す。

 俺が水の粒子を残して、目の前から消えたからだろう。


 だが、俺は消えた訳ではない。


 「上か!」


 勘が鋭いことに、クラは正解を言い当てた。


 俺はクラの目の前に移動した瞬間に、上へ高速移動さながら高速跳躍をしたのだ。


 「〈瞬泳〉」


 そして、俺は空中にいる態勢から、〈瞬泳〉で一気に斜め下へ降下する。


 上空からの高速の振り下ろし。

 それに対して、


 「〈迅風〉」


 クラは上にいる俺目掛けて、〈迅風〉で跳躍し、俺と空中で剣を合わせる。

 衝撃で弾かれる俺とクラ。


 二人共、地上に着地する。

 俺とクラの戦意は全く衰えていない。


 「〈瞬泳〉」

 「〈迅風〉」


 またしても、繰り広げる水の高速移動 VS 風の高速移動の応酬。









 「………きれい」


 思わず、イチカの口から洩れた。


 イチカの視線の先で繰り広げられる戦いは、硬質なもの同士をぶつけ合った様な音が何度も聞こえてくることから、剣戟を行っているのだろう。


 だが、それは剣戟の範疇を超え、一つの芸術を作り出していた。


 どのような原理かは分からないが、自身の兄と美人お姉さんであるクラが、目にも止まらぬ速さで動いていた。


 しかも、二人とも動いた後には、細かい水の粒子と巻き上がる風の流れが飛び交う。


 それは、まさに水と風の円舞曲(ワルツ)


 水と風が音符、戦っている地面が楽譜となり、その上で二人が舞っている。


 時に激しく、時に緩やかに。

 水と風が奏でる交響曲は乱れることなく、美しいハーモニーを創造する。


 イチカがふと…周りを見ると、領主であるフルオルやナット、ドットなどのリョナ家の剣士達、ミーナまで口を大きく開け、兄達の模擬戦を眺めていた。


 皆んな、無言。


 皆んな、圧倒されている感じだ。

 かくいう自分も、そう。


 判るのだ、皆んな。

 目の前の模擬戦が、一流の魔法と一流の剣術…一流の者同士で繰り広げられた芸術だということに。


 一流の物は、見る者に言葉を失わせる。


 「一流の芸術は、素人でも一流だと判る」

 「ミルお姉ちゃん?」


 そばにいたミルが、ぼそりと呟く。

 イチカはミルの方に顔を向ける。


 いつものように茶色いローブのフードを被っているが、顔の方向は水と風の円舞曲(ワルツ)に向けられていた。


 「私は一応…王族なので、小さい頃から多くの一流品を目にしてきました」


 自分を見ていたイチカに気づいたのか、ミルはイチカに説明する。

 イチカは黙って聞く。


 「それは絵画や彫刻、建築物だけでなく、大道芸や舞踏に至るまで。一流の物はその領域に行くまで多くの時間を費やします」


 見るが話している間も、水と風の円舞曲(ワルツ)は美しい光景を紡ぐ。


 「一流品の中には、素人目では一流だと判らない物も、たくさんあります。絵画などが顕著でしょう。判る人にだけ判る。勿論、それも一流品の特徴の一つ、否定する気もありません。…………ですが」


 ミルは一呼吸置いて、


 「私はどんな人でも、一目で一流だと判る物。私はそっちの方が好きです。この…ミナトとクラの模擬戦のように」


 ミルの言葉は真っすぐだった。

 そして、イチカの言葉も真っすぐだった。


 「私もこっちが好きです」




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