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凪ノ型の先




 ミーナの急な土下座に、俺は困惑する。


 「魔法を教えて?…………俺から魔法の稽古を付けて欲しいって事か?」

 「そうよ。こんな事頼むのは虫が良いって、分かっているけど。私……どうしても強くなりたいの!」


 ミーナは地面に頭を付けた状態で、そう言ってきた。

 彼女の言葉は真剣な物であった。


 「何で、強くなりたいんだ?今でも充分、強いぞ」


 俺は首を傾げる。

 王国第七魔法団との戦闘で分かったが、ミーナの魔法操作技術は高かったし、王国第七魔法団とだと、俺の自慢の氷に風穴開けられたしな。


 「おい……ミナトが言っても、嫌みにしか聞こえないぞ」


 クラが顔をしかめて、言ってきた。

 嫌みとは失礼だな。


 俺が口をへの字にしていると、


 「私、強くなって……お父さんの敵を討つために!!」


 ミーナが強くなりたい理由を言ってきた。

 その言葉には、真に迫るものがあった。


 言葉の中には、明確にミーナの怒りがあった。

 必ず、敵を討つ気概を感じる。


 「お父さんを…殺した?ミーナのお父さんって……」

 「ホルディグ子爵だ。ミナトが行方不明になった少し後に、戦死した」


 俺の疑問に、クラが補足する。


 そこで聞かされたのは、ミーナの父親であるホルディグ子爵がスラルバ要塞にて、フリランス皇国との抗争で無くなった事。

 ホルディグ子爵を一人の魔法使いが殺した事。


 そうか、前にクラとミーナに関しての話になった際に、気まずそうな顔をしていたのは、ミーナの父親が他界したことに関係するのか。


 それにしても、気になるのが、ホルディグ子爵を殺した魔法使いだ。


 ホルディグ子爵の事は、俺も知っている。


 今ほどで無くとも、ワイバーンが時々訪れるアグアの街で、幼い俺はホルディグ子爵が一級魔法〈炎災〉でワイバーンを跡形も無く…消し屑にした光景を覚えている。


 確か、ホルディグ子爵は一級魔法が使え、無詠唱使いだったはず。

 エスパル王国でも、屈指に強い魔法使いのはずだ。


 その人を殺した魔法使いというのは、一体どんな奴なんだ。


 「お父さんは、少なくとも私よりも強かった。だから、お父さんの敵を討つためには、最低でも…お父さんより強くなる必要があるの!」

 「なるほど……」


 俺は腕を組んで、考え込む。


 はっきり言えば、ミーナに魔法を教えるのは、やぶさかでは無い。

 それは、ミーナの強くなりたい理由が、俺も共感するところがあったからかもしれない。


 父親を殺されて、大きな怒りを持つのは、俺も同じだ。


 「良いぞ。魔法を教えるぐらい」

 「ほ、ほんと?!」


 ミーナが顔を上げ、俺を見る。

 俺は頷く。


 「イチカに魔法を教える…そのついでに」

 「それで良いわ!」


 ミーナの顔は嬉しそうだ。


 父親を殺されたミーナには、共感するところがある…………とは考えたものだが、俺にはミーナへの共感と同時に、不安もある。


 怒りに身を任せると、気づいたら、取り返しの付かない事になるのではと、思ってしまう。

 それは俺が実体験で学んだことだ。


 懸念はあるが、丁度…俺からも教えてほしいことがミーナからある。

 この機会を有効活用させて貰うか。


 俺は氷で出来た棒〈氷棒〉を作り、それを手でペシペシと叩く。


 「覚悟しろ。稽古は簡単なものでは無いぞ」


 俺をミーナを睨みながら言う。

 ミーナはゴクリと、唾を飲み。









 翌日の朝。

 リョナ家の屋敷の庭で、ミーナはイチカやフルオル、ナット、ドット、リョナ家の剣士達が座禅を組んでいた。


 「喝っ!………また、体が揺れている!雑念が多いぞ、ミーナ!」

 「ご、ごめなさい!!」


 ミーナの方に軽く〈氷棒〉を降ろす。

 謝りながらも、ミーナは座禅をし続ける。


 俺は一つ息を吐く。


 「座禅、終わり!」


 俺の掛け声で、朝の座禅が終了する。


 一時間、座禅をしていたイチカやミーナ、フルオル達は足を崩す。


 「うう………足が痺れる」


 ミーナの隣にいるイチカが足を伸ばす。


 「そ、そうよね…イチカ。ね、ねえ……ミナト。これって、水剣技流の稽古よね?私、魔法を教えて欲しいんだけど………」


 ミーナが恐る恐ると言った感じで、俺に質問をしてくる。


 「これは水剣技流における基本の技「凪ノ型」を習得するための修行と同時に、魔力感知を鍛える修行でもある。魔法の習熟に、魔力感知は必須だ」

 「な、なるほど」


 ミーナが何とか納得する。


 俺はフルオルの方を向く。


 「それにしても…水剣技流の指南書が一切無いとは言え、まさか水剣技流に欠かせない「凪ノ型」が全く継承されていないなんて」


 フルオルは重々しく頷く。


 「はい。我がリョナ家に、口伝のみで継承されている水剣技流の技は「水詠み」のみです。まぁ…それも完全に継承されていたとは、ほど遠いですが」


 俺は屋敷の門前で、リョナ家の剣士達と戦った事を思い出す。

 ………いや、あれは戦いでは無い。


 全員…剣筋は弱く、『水』を体現した剣とは全く違う。

 おまけに、ナットが俺に出した「水詠み」は、最終奥義とか言って、ただの突き技を放ってきた。


 俺が創設者であるシズカ様から教わった水剣技流と、リョナ家の剣士達の使う水剣技流とでは、酷いとしか言いようのない乖離があった。


 これはリョナ家の剣士達に、水剣技流の初伝であり、基本技である「水詠み」や「凪ノ型」、「流流」などを習得させるのには、時間が掛かりそうだ。


 皆んなが休憩をしている間に、俺は地面に座り込み、足と腕を組み…座禅をした。


 俺も水剣技流の使い手として、基本を怠ってはいけない。


 俺は深呼吸をして、座禅を組みながら精神を統一させる。

 体内に波打つ魔力を沈め、気配を消す。


 俺自身が、無風状態である凪に近づけさせるのだ。


 「水剣技流・凪ノ型」


 沈黙と平穏を体現した俺は、気配が消えただけで無く、周囲の状況も事細かに分かる。

 文字通り、凪になったのだ。


 俺の周りにいる人の気配や魔力が伝わる。

 額から滴る汗の流れ、体の動き、息づかい………あらゆる動きや力の流れを感じる。


 「凪ノ型」は、『水』を剣で現す水剣技流において、根幹を成す技。


 だが、「凪ノ型」には”次の段階”がある。


 「水之世」で水剣技流の修行をしていた際、その次の段階について、シズカ様から聞かされたのは、俺がやっと「凪ノ型」を習得したときの事。









 『ミナト殿もようやく「凪ノ型」を習得したでござるな』

 「はぁ…はぁ…やったぞ」


 俺は息切れをしながら、心の中でガッツポーズを取る。


 ようやく、水剣技流の基本技である「凪ノ型」を習得することが出来た。


 毎日、数時間も座禅を組み、シズカ様の棒叩きに耐えた甲斐はあった。


 「凪ノ型」は、周囲の敵の気配や魔力の流れを詳細に感じる取ることが出来る。

 これは近接戦だけで無く、魔法にも活用できる。


 「凪ノ型」の習得のための修行は、魔力感知の向上に大いに役に立った。


 シズカ様は何度も頷いてから、とんでもない事を言い出す。


 『では、ミナト殿…「凪ノ型」を四六時中出来るようにするでござる』

 「ええ??!!」


 俺は文字通り、発狂した。


 『基本技である「凪ノ型」が、他の水剣技流の基本技である「水詠み」や「流流」のように、”初伝”として扱われないのは、「凪ノ型」が水剣技流における「構え」と同義であるからでござる。他の剣術で言うところの、正眼の構えみたいな物でござるよ………水剣技流・凪ノ型』


 シズカ様は一つ深呼吸をして、「凪ノ型」を使う。


 流石はシズカ様。

 「凪ノ型」の精度が、俺の非では無い。


 気配が無くなりすぎて…目の前にいるのに、シズカ様の姿が幻のように、ぼやけて見える。


 だけど、「凪ノ型」はを四六時中って………俺の精神が事切れる。


 「凪ノ型」は発動に集中力を使い、精神を統一させる必要があるが、これは途方も無く精神力を消耗させる。

 さっき「凪ノ型」を使ったばかりの俺が息切れをしているから分かるだろう。


 『流石に四六時中は難しくても、やろうと思えば、無意識に…即座に「凪ノ型」を使えるようにして欲しいでござる。ミナト殿ならば、いずれ「凪ノ型」の先を習得出来るでござる』


 俺は首を傾げる。


 「「凪ノ型」の先って、何ですか?」


 シズカ様は目を閉じ、言う。


 『自身の存在を凪から”無”にするでござる』

 「無?どのような意味で……っ?!」

 『このような意味でござる』


 俺はとても驚く。


 シズカ様の気配がさらに薄く………無くなった。

 視覚として、シズカ様は俺の目に写っているのに、頭がシズカ様を認識していない。


 言葉にすると難しいが、シズカ様の存在が消え、周囲の環境と同化したような。


 これが…無なのか。


 最後に、シズカ様はこう言った。


 『無になれば、”未来”が見えるでござる』









 俺は集中する。


 もっともっと気配と魔力を沈めようとする。

 凪となった自分を、無に近づける。


 「水之世」での五年間の修行期間で、意識すれば即座に「凪ノ型」を行使できるまでになった。

 しかし、「無」を結局…習得できなかった。


 でも、あと少しで何かを掴めそうな気がする。


 「凪ノ型」を使った模擬戦はシズカ様と何度もやってきた。

 けれど、「凪ノ型」を使った本当の実践は「水之世」を出た後だ。


 ホウリュウとの戦闘…そして、マリ姉との近接戦。

 どっちも油断していれば、こっちが負けていた戦い。


 「凪ノ型」の習熟度は上がったはず。


 俺はどんどんと自身の気配と魔力を沈め、周囲の状況を感じ取る。


 そばには、イチカ。近くには、ミーナやフルオル、ナットやドットなどのリョナ家の剣士達。

 少し離れた場所に、クラとミルの気配を感じる。


 さらに、リョナ家の屋敷の外を出て、屋敷の周囲にいる人の気配を感じ取る。


 有りと有らゆる気配を探っていく内に、気づく。

 屋敷から少し離れたところの民家の屋根に一匹の鳥が止まっている。


 何故か、俺は無意識に鳥の気配を探っていた。


 屋根の上にいる鳥は、上にある空に、気配……いや、意識を向けているのが分かる。


 あ!あの鳥………………数秒後に、飛び立つ。

 どうしてか、それが分かった。


 数秒後、本当に鳥は飛び立った。


 「見えた!」


 俺はパッと目を開く。


 今、微かに見えた…………未来が。


 俺が呆然としていると、


 「お、お兄ちゃん?!」


 そばにいたイチカが慌てた様子で俺を見ていた。


 「どうした?」

 「な、なんかさっき…お兄ちゃんが見えなかった!」


 イチカは切羽詰まる様子で、そう言った。


 「何というか…見えているのに、観えていない!そんな感じ!」


 それを聞いて、俺は人知れずニヤリと笑った。

 自分が成長したことに、嬉しさが込み上げる。


 さっき俺は、「無」になっていたんだ。




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