凡才と天才
『ミナト君は、”凡才”ですね』
「はい?」
それは俺が〈水分子操作〉の習得に向けて、来る日も来る日も、何度も〈ウォーター〉を唱え続けていた時に、ウィルター様がふと…呟いた言葉である。
『ミナト君が修行を始めてから半年が経ちました。ミナト君に出来たことと言えば、無詠唱ぐらいでしょう』
ウィルター様はうんうん…と頷いた後に、言い出す。
『これで分かりました。ミナト君は何処に出しても恥ずかしくない、正真正銘の凡才です!つまり、天才などではなく、凡人という意味です』
まるで、それが真理とでも言っているように、俺をはっきりと凡才であると言う。
憧れの人からの凡才宣言に、俺は少しショックを受け、凹んでしまった。
「そんな……俺、凡才か。…………………いえ、分かってました。自分に魔法の才能なんて、無いことぐらい」
凹む俺を見て、ウィルター様は微笑みながらも、俺の背中を撫でる。
「ミナト君……嫌な事を言ってしまって、ごめんなさい。でも、凡才と言う事実は変わりません。それをしっかり認めることが重要です」
俺の背中を撫でながら、ウィルター様は俺の隣に座り込む。
「神様は不公平で、人の持つ才能は皆、平等ではありません。”天才”というものがいます。芸術や学問、運動などの分野には、何の努力もしていないのに、天性の才能を持つ者が必ずいます。勿論、それは魔法にも」
「天才………あの、ウィルター様が言う魔法のおける天才って、何ですか?」
「ふむ…魔法の天才とは、生まれながらにして、何かしらの魔法技能のパラメータが振り切っている存在ですね。例えば、魔力量や魔法制御力、魔力変換、魔力放出など」
ウィルター様は眼鏡を正す。
「これから先、ミナト君はいずれ「水之世」を出ることになるでしょう。そして、ミナト君よりも魔法の才能がある天才に出会う機会は、必ず訪れます」
ウィルター様は間を置いて、言う。
「けれど、決して自分と天才を見比べてはいけません。そして、天才になろうとしてはいけません。凡才と天才は違います」
ウィルター様は最後に、ニコリと笑う。
「まぁ…安心してください。僕も立派な”凡才”ですから」
「いやいや、それは流石に冗談ですよね」
ウィルター様が凡才なんて、あり得ない。
この時の俺は、そう思っていた。
しかし、ウィルター様は笑った。
『ふふ………冗談だと思いますか?もし、僕が生まれ変わることになったとして、凡才か、天才か選べるのなら、凡才の方が良いですね』
「何でですか?絶対、天才の方が良いですよね?」
『神様は不平等ですが、思ったほど不平等では、ありません。天才は確かに、生まれつき才能がありますが、その代わり………………』
俺は、家を押しつぶす勢いで巨大化した氷を見て、イチカがウィルター様の話に出てきた”天才”であると確信した。
これは氷魔法での大魔法では無く、初級魔法と思われる〈アイス〉である。
イチカは〈アイス〉で生成した氷に、膨大な魔力を込めることで、巨大化させた。
一つの魔法に、魔力を大量に込めることは通常無理。
俺の場合、〈水分子操作〉で水を原子レベルで操作して、魔力を緻密に操れば可能だ。
けれど、イチカの場合は膨大な保有魔力量と膨大な魔力放出に物を言わせて、力業で可能にしている。
イチカは今、七歳。
娼館で生まれて、六歳でリョナ家の屋敷で使用人として、働いたと聞いた。
その間に、誰かから魔法の訓練を受けたとは、考えにくい。
であるならば、イチカの膨大な保有魔力量と膨大な魔力放出は生まれつき。
魔法における天才は、生まれながらにして、何かしらの魔法技能のパラメータが振り切っている存在。
イチカは保有魔力量と魔力放出にパラメータが振り切っている。
流石、俺の妹。
………って、そんな事を考えている場合では無い!
「イチカ!!ストップ!ストップ!」
俺のかけ声で、イチカは目を開ける。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「上!上!上を見ろ!」
「上?……………へ?!何あれ?」
イチカは頭上で巨大化した自身の氷を見て、驚く。
やはり、気づいていなかったか。
「取り敢えず、あれを消せ」
「ど、どうすれば?!」
どうやら、イチカは巨大な氷の消し方が分からないようだ。
「〈氷板〉」
足一つ乗せられるぐらいの大きさの氷の板を空中に、いくつか生成する。
それらを足場に、俺は空中を駆け出し、巨大な氷のそばに辿り着く。
俺は氷に手を当てて、魔力を流す。
氷にはイチカの魔力が当然あり、俺は自分の魔力を使って、イチカの魔力に干渉する。
そして、俺の魔力とイチカの魔力を同調させる。
「〈解除〉」
イチカが作った氷は消えて無くなる。
魔力から魔法になった行程を操作して、逆変換し、元の魔力に戻した。
空中から着地した俺は、イチカに近寄り、俺は頭をよしよしさせる。
「凄いぞ!イチカ!」
「え?」
俺の賛辞に、イチカはキョトンとする。
「あんな大きな氷を作るなんて、どれにも出来ることじゃない。イチカには才能がある!」
「そ、そうなの!えへへ!」
「流石は俺の妹だ!」
「お、お兄ちゃん程じゃないよ!」
そう言いながらも、よしよしされるイチカはとても嬉しそうだ。
撫でる俺も笑顔のイチカを見て、嬉しい。
俺はイチカの手を取る。
「イチカ、少し良いか。〈水蒸気探知・解析〉」
俺は解析魔法である〈水蒸気探知・解析〉を使って、イチカの体の中…保有魔力量を測る。
俺の頭の中に、イチカの保有魔力量の情報が流れ込んでくる。
この保有魔力量は…………、
「凄いぞ!イチカ!」
「え?」
二回目の俺の賛辞に、イチカは再びキョトンとする。
「イチカの保有魔力量は、俺よりあるぞ」
「嘘?!」
「なっ?!」
これに対して、ミーナとクラが驚愕する。
俺は保有魔力量に関しては、かなりの自信があった。
魔力は魔法の源。
保有魔力によって、どれだけ魔法が発動出来るか決まる。
だから、ウィルター様は魔法の訓練以外に、保有魔力量を増加させる訓練もさせた。
ウィルター様によれば、基本的に保有魔力量は生まれた時から、ある程度決まっているそうだ。
しかし、努力と鍛錬、そして裏技を使えば、保有魔力量を飛躍的に伸ばせると、ウィルター様は言った。
努力と鍛錬とは、保有する魔力を全て枯渇させてから、回復する事。
体を鍛えて、筋肉が育つ現象である超回復と同じ要領で、魔力もゼロの状態から回復すると、増えるそうだ。
なので、「水之世」にいた五年間は、保有魔力量増加のために魔力を全て出し切って、回復させる。
これを毎日欠かさず行ってきた。
ぶっちゃけ言って、エスパル王国に限って言えば、レイン様とウィルター様とシズカ様を除いて、俺に保有魔力量で勝てる人はいないと思っていた。
まさか、自身の妹に抜かされるとは。
羨ましいとは、全く思えない。
それどころか、誇らしい。