新魔法
時は早朝。
朝日が昇って間もなく、少し肌寒い頃。
アグアの街の中心にある建物…領主であるリョナ家の屋敷の庭は静まり返ってきた。
芝生が茂る庭で、耳を澄ませば、微かに鳥の鳴き声が聞こえる。
静寂に満ちた空間において、
「喝っ!」
パシッ!
俺の掛け声と共に、軽い音が一つ響く。
「わっ?!」
続いてイチカの驚いた声が出る。
座っていたイチカの肩に、俺が氷で作った〈氷棒〉を痛くならない範囲で振り下ろしたためだ。
「イチカ…雑念を捨て、心を穏やかにし、精神を研ぎ澄ませるんだ」
「う、うん!頑張る!」
イチカは再び目を閉じ、きっちりと床に座った状態で手と足を組み始める。
「喝っ!」
「ひえ?!」
イチカの隣で同じく座禅をしているミーナに、〈氷棒〉を降ろす。
ミーナは小さく悲鳴を上げる。
「何で、魔法使いの私が………こんなことを」
「無駄口叩くな!」
「わ、分かったわよ!」
ミーナは姿勢を正す。
今、イチカとミーナがやっているのは座禅と言う瞑想法。
水剣技流における基本の技「凪ノ型」を習得するための第一歩になる修行法だ。
修行と言っても、過酷なものではない。
床の上に尻をついて座り、目を閉じて、真っすぐとした姿勢のまま。
両脚は胡坐をかくように組み、その上に両手で輪っかを作る。
この態勢を長い時間、維持するのだ。
聞くだけなら、簡単そうに思えるが、長時間同じ態勢をし続けることは、やる方は結構難しい。
俺も「水之世」でレイン様に出会ったばかりの時、シズカ様と始めた水剣技流の稽古で、一体何度叩かれたか。
『喝っ!喝っ!喝っ!』
ぺシ!ぺシ!ぺシ!
立て続けに、三回も肩を叩かれる。
『ミナト殿!開始してから、たったの"十時間"で体が揺れ始めるのは、感心しないでござるな!雑念が生まれているでござる!』
『す、す、すみません!!あ、あの…………ちょっと足が痺れてきたので』
『ふむ!ミナト殿は始めたばかりで、慣れないのは仕方ないでござるが、それでも集中でござる!』
『は、はいぃぃ~~!!!』
シズカ様って、腕力とか常人離れしているから、軽い叩きでも痛いんだよな。
とは言え、それはシズカ様に言えないが。
座禅が始まって…約一時間は立つので、イチカとミーナも姿勢が崩れてきている。
でも、イチカもミーナも初めてにしては、かなり頑張っている方だろう。
まぁ…イチカとミーナは良いとして、
「喝っ!喝っ!」
「なっ?!」
「うげ?!」
さっきから体を大きく揺らせているナットとドットに、俺は〈氷棒〉をそれぞれ両者へ振り下ろす。
ナットとドットは困惑した声を上げる。
一時間も座禅をしていたから、集中力が切れてきたのだろう。
「雑念が多い」
「くそ!何で俺が!」
「は、はい!ミナトさん!」
俺に苛立ちを見せるナットと素直に従うドットはまた、姿勢を正し始める。
剣士二人が揃って、情けない。
ナットとドットの後方では、他の水剣技流の剣士…つまり、リョナ家の剣士達が三十人程おり、彼らもまた座禅を組んでいる。
彼らの姿勢もお世辞に、良いとは言えないが。
そう思い、俺はナットとドットの前方で座禅をしているフルオルを見る。
一時間中、座禅をしているのに、二人の息子達と違って、全く体がブレていない。
しっかりと精神を研ぎ澄ませている証だ。
これなら、早い段階でフルオルには、次のステップへ進ませられる。
このように、俺は朝早くよりイチカ、そしてフルオルなどのリョナ家の剣士達に水剣技流の稽古をさせている。
リョナ家の剣士達は兎も角、イチカとミーナに水剣技流の修業させている訳は、前日に戻る。
「〈ウォーター〉」
リョナ家の屋敷の庭で、俺は目の前に、拳一つ分の大きさの数十個による水の球を浮かべていた。
さらに、
「〈アイスアロー〉」
俺は新しく開発した魔法〈アイスアロー〉を発動した。
大量の水の球と俺との間に、氷で出来た矢がたくさん作られる。
まさに、三級火魔法〈ファイアアロー〉の氷版だ。
矢の数は丁度、〈ウォーター〉と同じ。
形状や大きさは普通の矢と同じぐらい。
貫通力特化の〈氷槍〉を小さくしたようなものだ。
作った氷の矢をそれぞれ動かし、〈ウォーター〉へ発射させる。
空を駆ける〈アイスアロー〉は見事、〈ウォーター〉を貫いた。
飛び散る多くの水滴。
だが、それだけで無い。
「〈氷翔槍〉」
これも新魔法の一つ。
通常の〈氷槍〉は二メートルより少し長い、穂先が三叉に分かれた十文字槍である。
生成された氷の槍は、何の創意工夫もされていないような三メートルぐらいの一本筋の槍。
次の瞬間、一本の〈氷翔槍〉は激しい自転をし始める。
そして、螺旋する槍は電光石火のごとく、空中を飛翔する。
ただ、一直線に飛翔するだけではない。
まるで蛇のように蛇行の軌道を見せたと思ったら、反転したり、不規則な動きを見せたりして、数十個の〈アイスアロー〉を一つずつ貫く。
砕け散る大量の氷。
うん…新魔法は上手く機能しているようだ。
俺が新魔法の試運転をしているところに、クラとミーナが現れる。
「私はミナトの魔法を全て知っている訳ではないが、さっきの氷の矢の魔法は知らないな」
「ああ…〈アイスアロー〉の事か。俺が昨日考えて、編み出した魔法だ。上手くいくかどうか、ここで試してた」
「………………昨日考えた魔法ばかりの魔法を、直ぐに編み出すな」
クラは困ったように、ため息を吐く。
「魔法の基礎が出来上げっていれば、新魔法を作るのは難しくないぞ」
「ふふ…ミナトらしいな」
何故か、クラは小さく笑っていた。
その笑い顔に、思わず見惚れる。
「ね、ねえ…ミナト。あの氷の槍を自在に移動させる魔法は、私達…王国第七魔法団をやった魔法かしら?」
ミーナが俺に聞いてくる。
「う~ん…正確には、改良だけど。概ね、新魔法だな」
氷の槍を自在に移動させる魔法というのは、〈氷翔槍〉の事だろう。
以前に王国第七魔法団を戦った時、ミーナ達の巧みな魔法連携と防御陣形は優れていた。
特に、『二縦一錐』という陣形は正面の攻撃を殆ど無力化していた。
しかし、最後は俺が繰り出した一本の〈氷槍〉がまるで何者かに操られているかのように、後方から王国第七魔法団を襲った。
あの時は、ただの遠くから遠隔操作されただけの〈氷槍〉だったが、それに改良を加えたのが、〈氷翔槍〉だ。
十文字槍では無く、一本の直立刃を付けた槍であり、さらに高速で自転させることで、貫通力を飛躍的に高めている。
俺は〈水流斬〉で道具を使わずに加工していたが、大工の人達は錐を回転させることで穴を空けていた。
それを参考にした。
「新魔法か…………私もピレルア山脈に臨む際には、新たなオリジナル魔法が必要になるかもしれん」
クラが腕を組んで、新魔法について考え込む。
「いやいや、ちょっと待って!二人共、当たり前のように新魔法って、言ってるけど!普通は新魔法なんて無理だからね!」
今更ながら、ミーナが新魔法を当然のように考えている俺達に困惑する。
そう言えば、王国では魔法は詠唱が当たり前だったな。
新魔法の鍵は無詠唱。
詠唱当して魔法を発動しているのが当然だと思っている者には、理解しずらいのだろう。
「お兄ちゃん!!」
そんな時、髪先が朱色になった水色の短い髪に、紫色の眼を持った女の子が俺に駆け寄る。
イチカは真っすぐ俺のところに行き、抱き着いてくる。
俺はイチカを抱きしめ返し、頭を撫でる。
その様子はクラやミーナの眼には、仲が良い兄妹にしか見えない。
実際、そうだ。
イチカが俺の妹だと分かって、一日しか経っていないが、俺とイチカには関係ない。
俺にとって、イチカが妹なら、それで十分なんだ。
「お兄ちゃん、私…………お願いがあるんだけど」
「おう、妹よ!何でも言ってみろ!」
可愛い妹の願いを聞き入れないなんて、兄貴ではない!
俺の言葉を聞いたイチカは、真剣な表情でこう言った。
「私に……剣と魔法を教えて欲しいの!!」