冒険者ギルド
低体温症で変色した冒険者の腕を治して、俺はさっさと入り口から上の層へと行っていた。
とんだ道草食った。
アイスウルフの集団に襲われているから、そっと横を通り過ぎようと思った。
が、あの集団、アイスウルフと戦いながら上の層へ続く入り口にゆっくり進んでいくもんだから無視していいか悩んじまった。
しかも一人が噛まれて、もう一人が他所でやられそうになったから、結局俺が倒すハメになったぞ!
まったく…アイスウルフの群れ如き、さっさと倒せ!とんだ低レベル冒険者だ。
それで倒したから通り過ぎようとしたら、噛まれた人が低体温症にかかって慌てやがった。
何で俺がこんな低レベル冒険者のため!にと思いながら、このまま行くのも目覚めが悪いので、魔法で噛まれた人の体温を上げて治した。
世話が焼けない!
そう心で愚痴りつつ、俺はさっきより早く走っている。道草の遅れを取り戻すためだ。
あ!……また人だ。
さっきの冒険者達の集団を皮切りに、上へ行くに従って続々と冒険者に出くわす機会が増えていく。
もう道草を食うのは嫌なので、無心で冒険者達の横を通り過ぎる。
「うおっ?!何だ!」
「な、なんか……白くて、滅茶苦茶速いのが通り過ぎたよな?」
「お、俺…一瞬だけ見たけど、少年ぽかったぞ」
「は?……少年?んな馬鹿な!ここはダンジョンの中層付近だぞ」
「で、でも見たんだよ」
「見間違いだ!」
なんか……そんな会話が聞こえてくるが、無視無視。
そのまま上層に行こうとしたが、ふとっ思い立って、俺は一旦道を逸れた。五年前に俺が落ちたあのセーフゾーンに行くためだ。
この近くにあるはず。
少し探して、見つけた。
「懐かしいな……」
そこは最上層と中層の真ん中ら辺のセーフゾーン。五年前はここで休憩をして、配給に並んだけど、四級魔法が使えないって理由で騎士から食事を貰えなかったんだよな。
でも、その後優しい騎士さんに貰った。
……魔法使いなんて止めろって言われたけど。
そして俺は目的のポイントに辿り着く。
ここだ。
ここから俺は落ちたんだ。レイン様が生前作ったと言う近道ルートを通って。
今考えてみても、本当に凄い偶然だな。
あの時は何故だか、自然とここに座り込みたいと思ったんだよな。不思議だな。
「亀裂は……塞がってるな」
あの時、ダンジョンメンテナンスで開いた亀裂は見たところ、しっかりと塞がっている。何度か足で強く踏み抜いたけど、亀裂が入る気配はない。
ウィルター様はダンジョンメンテナンスの初期に起こる振動で偶然、近道ルートへの入り口が開いたと言っていた。
なら誰かがこの近道ルートを通る心配はなさそうではある。それを確認した俺は踵を返して、また上層へ向かった。
とうとう五年ぶりにダンジョンの外に出た。
まるで牢屋に入れられた囚人が何十年ぶりに釈放された気分だ。
頭上を見ると、日が少し傾いている。
俺は大きく背伸びをして、深呼吸をする。
五年ぶりの外の空気だ。しっかり吸っておかないと。
その時、背後から大きな風が俺の背中を打ち付ける。それにより香ばしい海水の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
うーん……良い塩の香りだ。
香りと共に、ザァァ…ザァァ…という音が耳に入り込む。
数回吸った後、背後を見る。
俺の後ろには、ダンジョン「水之世」の巨大な入り口が鎮座している。
陸地と海との境目に出来ている大きな穴。何故かその穴には海の水が入ってこない。
穴には今にも冒険者が入ったり出たりしている。また穴の周囲には、いろいろな屋台が建てられている。大体が、冒険者に食べ物を売る屋台だ。
それらの施設群を半分取り囲むように、左右に岩山が置かれている。
所謂ここは入り海だ。
海岸の一部が海の波による浸食を受け、陸側に抉るように出来た地形。
「水之世」とは入り海に存在するダンジョンなのだ。
俺は「水之世」の入り口にお辞儀をする。
「レイン様、ウィルター様、シズカ様………また、きっと来ます」
俺は「水之世」の入り口がある入り海、それを取り囲むマカという町の中にある冒険者ギルドに向かっている。
今、「水之世」から出てきた冒険者達と同じ方向を辿っている。彼らも多分ギルドに向かっていると思うから。
マカは入り海の海岸と、上から見ると口の開いた袋みたいな形状の城壁で囲ったような町。
そもそも「水之世」で鍛練する冒険者のために、後から作られた町がマカだ。
さて…俺には「水之世」の外に出て、最優先にやるべき事が二つある。
一つ目が俺の実家であるアクアライド家に戻ること。
五年間も開けていたんだ。マリ姉や不本意ながら父親の動向も多少は気になる。
二つ目が蒼月湖という湖に行くことだ。
出発の際のレイン様が言うには、その湖の底には俺に必要な物が沈んでいるらしい。
その必要な物が何かは分からないけど、レイン様が態々立ち去ろうとする俺を大声で呼び止めてまで、伝えた物だ。
普通の物ではないだろう。
この二つのやるべき事を並べれば、一つ目のものが上だ。
だから、これから俺はアクアライド家に向かいたいのだが、大きな問題がある。
………お金が無いって事だ。
アクアライド家がある場所はマカの町からそれなりに遠い。
そこに向かうための馬車代のためにお金が必要だ。五年前の行きの時は貴族や騎士候補生の育成として馬車代は王家が出してくれた。しかし、今の俺の手持ちには精々パンを二個買う程度のお金しか無い。
最悪俺なら歩いていけると思うけど、快適さのために馬車を使いたい。
が、それ以前に服を買いたい!こんなボロい服じゃ無くて。
あと、まともな飯が食べたい!五年間も肉や魚、野菜とかの固形物を口にしていない。
ここで疑問に思うだろう。
お前、五年間もダンジョンにいて、服や食事はどうしたのか?
まず服についてだが、十歳の時に来ていた服をシズカ様が得意の裁縫で、俺が十五歳になるまでずっと調整してくれていた。
十歳からダンジョンにずっといたんだ。五年の歳月で十歳の時に着ていた服が使えなくなるのは、当然だ。だからシズカ様がよく俺の服を成長に合わせて、切ったり縫ったりして微調整してくれていたのだ。
ふふ…貴族なだけあって、良い生地使っているでござるな……とか言いながら。
でも、もう限界だ。流石に十五歳になると、服は縫い目だらけでボロボロだ。
なので、さっさと新しい服に着替えたい。
そして食事に関してだが、これは霊水を飲めば解決した。
前に飲むことで魔力の動きを阻害する魔阻薬の影響を取り除いてくれた霊水は、なんと普通に飲んでもお腹を満たすことが出来る不思議な水なのだ。
これのおかげで五年間食っていかなくても大丈夫だった。
それでも、いい加減味のある飯を平らげたい。
…てことで俺にはお金を稼ぐ必要がある。
てっとり早くお金を稼ぐ方法はギルドで冒険者として、登録して依頼をこなす事だ。よって俺は冒険者ギルドに向かっている。
冒険者達の後を追い、やっと辿り着いた。
剣と杖が掘られた看板の二階建ての建物、冒険者ギルドだ。
俺は大きな扉を開けて、中に入る。