閑話 腕相撲③
俺は二回戦で敗退してしまった。
最初は互角だったが、時間が経つにつれてエウガーの腕力が疲れで衰え始めてきた。
だから、持ち前の持久力で押し切ろうとしたのに、エウガーが酒を飲み始めた瞬間、急に元気になった。
何だそりゃ?!
ミットが俺に近づく。
「そう言えば、ミナト君は知らないのですね。エウガーって、脳筋で力しか取り柄ありませんが、何故か酒を飲むと体力が回復するんですよ」
「え?何ですか、それ?」
「さぁ…僕もあまり知りませんが、そういう体質なのでしょうか」
俺がエウガーの謎体質に疑問を抱いている最中、第五試合が始まる。
対戦相手はクラルとミラン。
女性同士の対決である。
同じ身長百八十センチの長身であるが、ミランの方がガタイが良い。
マカの防衛でも見たが、彼女の身長と同等の柄の長さの大きな戦斧を軽々と振り回していたところを見るに、腕力自体も恐らく俺よりあるのではと思う。
「はっ!!」
「ふっ!」
クラルとミランがお互いの腕を台に押し付けようとする。
今更だけど、クラルって…気合を入れる時にしっかりと声を出すんだ。
軍配は予想通り、ミランが上だった。
かなり接戦したが、腕力ではミランが強かったようだ。
「やるな、クラル。美人な上に、腕っぷしが強いとはね」
「…………どうも」
まぁ…クラルが美人なのは認めるが。
第六試合は決勝戦。
エウガー対ミラン。
「最後はギルド長ですか。勝たせてもらうますよ」
「はっ!まだまだ現役に負けねえよ!」
体格的には、百九十センチ弱のエウガーの方に分がありそう。
「始め!」
開始の合図が言われると、
「どりゃあ!」
「ふっ!」
剛力と怪力がぶつかった。
…………何か、人型の魔物同士が腕相撲しているようだった。
でも、すごい迫力だった。
「くうぅ!!」
「ぐぐ!!」
エウガーとミランがせめぎ合い、腕に力を込める。
二人の腕には、浮き出た血管がたくさんあった。
熱気がここまで伝わってる。
軍配があるのは…………ミランだった。
ゆっくりとだが、どんどんとミランの腕がエウガーの腕を押していた。
しかし、
「負けるか!ゴク…ゴク…ゴク…」
また、俺の時と同じように空いた手で酒を飲み始める。
「回復!」
そう言った通り、再び試合が拮抗し始める。
これがミットから聞いた、酒を飲むと体力が回復するエウガーの謎体質なのか。
酒がある条件ならば、エウガーが勝つのか…………そう思った時。
「うりゃあ!!!」
ミランの全身の魔力が迸るのを感じる。
体中の魔力をミランが一気に開放したのだ。
ここまでの魔力の高まりならば、魔力感知に秀でている俺でなくとも、感じるだろう。
次の瞬間、
「ぎゃあ?!」
エウガーが悲鳴を上げながら、横へ吹っ飛んだ。
ミランが勢いよく腕を回したせいで、エウガーが飛ばされたのだ。
腕相撲で人が飛ぶって、どういうこと?
すっ飛んだエウガーを見て、俺を含めてミラン以外、目を点にして見ていた。
「よっしゃ!」
ミランがガッツポーズをする。
強いな…この人。
そこで、ブルズエルが吹っ飛んだエウガーを見た後に呟く。
「流石は元Aランクパーティ『魔団』の一人。強さは健在なのか」
「魔団?」
俺はブルズエルの言葉に、首を傾げる。
「ギルド長って、そんなに有名何ですか?」
俺の疑問に、ブルズエルが答える。
「ああ、ミナトは最近冒険者になったから、知らないのか」
そこからブルズエルは、ミランのことを語り出す。
「ギルド長のミランさん………というか、ミランさんがいた冒険者パーティは、俺みたいに冒険者になって年月のある者達の中では知らない人はいない程、有名なパーティだったんだ」
確かに、初めて会った時からミランから、ただ者ではない風格を感じた。
マカの防衛の時…ミランが戦斧でトレントを倒すところを少し見たが、大きな斧を振り下ろす姿は圧巻だった。
魔法なしの近接戦で俺とミランが戦うことになったら、苦戦は必須だろう。
「魔団はパーティメンバー全員がAランク冒険者」
という事はミランも、クラルとミルと同じくAランク冒険者か。
「しかも、魔団のリーダーは、エスパル王国最強の剣士まで言われた人だ」
「エスパル王国最強の剣士!それは、何か凄そうなパーティですね」
「ああ…魔団は当時、俺達冒険者のあこがれのパーティだったんだ」
ブルズエルはまるで子供みたいに憧れの視線でミランを見る。
「魔団のメンバーには皆んな、異名があってな。ミランさんの場合、『黒鳥』。黒鳥のミランだ」
「黒……鳥?」
黒は……黒光りしている戦斧で分かる。
鳥は……どこにその要素があるんだ?
「何だ、私の話か?」
当の本人であるミランがやってくる。
「ええ…丁度、魔団の話をしていまして」
ブルズエルが答える。
それを聞いて、ミランが頭を搔きむしる。
「はぁ…魔団か。懐かしい名前だな」
懐かしい名前と言った割には、ミランの顔は優れなかった。
まるで懐かしいとは反対に思い出したく無い名前のよう。
「でも、最近…魔団の話は全く聞きませんね」
「そりゃあ…私が三年前に冒険者を引退して、魔団はその時に解散はしたからな」
ブルズエルの質問に、ミランが答える。
「引退…解散…。そんなに強いのに、何で冒険者を引退したんですか?」
その時の俺は、素朴な疑問をぶつけただけだった。
ミランは見た目的に若そうだが、まだ冒険者を引退するような年齢ではないはず。
「っ!!」
しかし、ミランは何かを思い出したくないような強張った表情を取る。
見る見るうちに、ミランの顔が無表情になる。
俺は本能で察する。
この話題はタブーらしい。
そう言えば、冒険者に過去を詮索することは厳禁と、ブルズエルなどの先輩冒険者から聞いた。
ミランには、触れられたくない過去もあるのだろう。
「ごめんなさい。今の質問は無しで」
「………ああ、悪いな」
今日はそれ以降、魔団のことは聞かなかった。