第9話 オレから一つよい話がある
訃報の手紙を手に持ち、しばらく呆然としていたレーティの元に、侍女さんが訪れました。
なんでも陛下と王妃殿下がお呼びとのこと。
夜の呼び出しではなく、日中の謁見です。
「レーティ様、顔色が優れませんが……大丈夫ですか?」
訃報を知らない侍女さんが声を掛けてくれます。だからわたしは努めて明るく答えました。
「ええ、もちろん大丈夫です。すぐ謁見の間へ向かいます」
わたしは、作業着からドレスに着替えて身支度を手早く済ませると、急いで謁見の間に向かいました。
そうして膝を突き、陛下と殿下が到着するのを待ちます。
ファンファーレが鳴り始めお二人が玉座に着いて「面を上げよ」の声を頂いてから、わたしは立ち上がりました。
そして陛下がお話を始めます。
「レーティよ、父の件は誠に残念であったな」
陛下が、これほど早く父の訃報を知っていることに少し驚きながらも、わたしは深く頭を下げました。
「陛下のお心遣い、心より感謝申し上げます。草葉の陰で父も喜んでいると思います」
「そうか。ではオレから一つよい話がある」
「よいお話……ですか?」
「ああ。お前はすでにオレのハーレム入りの身であろう。そうなると領主不在ということになるな」
「はい、そうなります」
「ならばお前の領地については、今後、王家直轄地にしようと思う」
「……え?」
陛下のそのお話に、わたしの頭は真っ白になりました。そんなわたしを置いてけぼりにして、陛下はお話を進めてしまいます。
「ラファエリ家には、お前以外の血縁はいなかったであろう? 遠縁を頼る手もあるだろうが、領主急逝という苦難に際しては、王家自らが管理したほうがいいと判断したのだ」
「……あ、あの……」
「それに王家直轄地となれば、お前の請願であった税率軽減もしてやれるだろう」
「…………!」
税率軽減の話を出されて、わたしの思考はようやく動き始めました。
確かに王家直轄地となれば、様々な雑務や手続き、さらには周辺領地への配慮など一切関係なく、税率を自由に設定することは出来るでしょう。誰一人として反論することが出来なくなるのですから。
であれば、少なくとも領民の生活は今よりラクになるはず……
ですが、そうなると……
「陛下の領民を思うお気持ち、心より感謝致します。ただ……ひとつ質問させて頂いてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
「当家に長年仕えて頂いた騎士や家令については、今後、どのような処遇になりますでしょうか?」
わたしのその質問に、陛下の目がスッと細まりました。その視線に、わたしは思わず鳥肌を立ててしまいます。それほどに恐ろしいと感じてしまったのです──無意識に。
そんな陛下が、低い声で言いました。
「貴族であるならば、同じ任務に就かせることになるが、お前の家は、平民も登用していたな?」
「はい」
「であれば平民登用は廃止、これまで登用していた平民も解雇とする」
「…………!」
陛下の言葉を聞いたとき、クリスとジルを始めとする皆さんのお顔が脳裏をよぎります。
だからわたしは、思わず言っていました。
「お、おそれながら陛下……わたしたち地方領では、慢性的に人手が足りない状況です。そのためやむを得ず平民登用をしております。王家直轄地に召し上げて頂くに際しましても、突如として平民を解雇してしまえば、領地経営が立ちゆかなくなる恐れがあります」
「なるほどな。では解雇はやめるとしよう。だがこれ以上の平民登用は認めぬ」
それを聞いて、わたしは胸を撫で下ろしました。今後の登用は無理でも、解雇されないのであれば、これまで登用してきた皆さんの職が突然なくなることは防げます。
さらには引き継ぎが上手くいかずに、領地経営が停止してしまう事態に陥ることもないでしょう。
ですが安堵したのもつかの間、陛下の次のお言葉に、わたしは再び胸を苦しめることになります。
「ただし、だ。騎士の平民登用は論外だ」
「え……?」
「騎士とは貴族の誉れそのもの。そこに平民を入れるなどもってのほかである。よってお前の騎士団は解体する」
王家直轄領になるということは、どのみち、当家が戦力を有する必然性がなくなります。陛下の様子からしても、これ以上のお目こぼしは頂けそうにありません。
にも関わらずさらに上申して不興を買い、解雇や減税の処置まで失ってしまっては元も子もありません。
「はい……もちろんです。わたしたちの過ちを正してくださり感謝致します」
「これに懲りたら、平民などと連まぬことだな」
「申し訳ありません。肝に銘じます」
「ではお前の領地は王家直轄領とする。よいな?」
「はい、どうぞよろしくお願い致します……」
わたしは、再び深々と頭を下げます。そうして陛下は、声高らかに宣言しました。
「本時刻をもって、ラファエリ領は王家直轄地とする! なに、心配することはない。すべてをよいように取り計らってやろう。お前は安心して、ハーレムに入っているがよい」
「はい……本当に、ありがとうございます」
一礼を終えてから、わたしがゆっくりと顔を上げたそのとき、陛下と王妃殿下の顔が視界に入ります。
そのときのお二人の表情は──愉悦に満ちたものでした。