第7話 皆さんとお知り合いになれましたからね
王妃殿下に声を掛けられ、わたしは緊張で体を強張らせましたが、なんとか平静を装って顔を上げました。
「はい、覚えて頂き光栄です。レーティ・ラファエリと申します」
わたしは、アドリエヌ王妃殿下と対面するのも初めてです。初めてご尊顔を拝見しましたが、丹念にお手入れされている巻き毛が印象的な、とても美しい女性でした。年齢は公表されていませんが、陛下より年上との噂がありましたね。
そんな王妃殿下が、わたしに向かって言いました。
「陛下からお声は、もう掛かったのかしら?」
白昼堂々とそんなことを聞かれてしまい、わたしは思わず顔を赤らめてしまいます。
「い、いえ……そういったことは、まだ……」
周囲の侍女さんたちだけならまだしも、王妃殿下は男性の護衛も連れておりますので、なんとも言えない気恥ずかしさを感じます。
しかし王妃殿下は、そんなことは気にしないようです。
「まぁ、呼ばれないのも無理からぬことでしょうね」
そうして王妃殿下は、小さな笑みを浮かべます。
「陛下がなぜ、あなたのような地方出身者を側室に入れたのか──その理由はわたくしも存じませんが、もしかすると今後もお声が掛からないかもしれませんよ」
「そ、そうなのですか……?」
「ええ。そもそも王族と地方貴族では、その出生がまるで違いますから。こうして、わたくしと言葉を交わすこと自体が場違いなのですよ?」
「も、申し訳ございません……」
「いえ、今のはただの例えですから。わたくしは気にしませんから、ラクにしてくださいな」
「ご寛大なお心遣い、誠にありがとうございます」
「いずれにしても、陛下からお声が掛からなくても気を落とさないようにしなさい」
「はい──王妃殿下のお心遣いには感謝しかありません」
陛下に声が掛からないわたしを、王妃殿下は哀れんでくれているのでしょうね。
ただ本音を言えば……わたしはむしろホッとしてるのですが。
このままずっと、陛下からはお声が掛からなければいいな〜? なんて考えているなどと、王妃殿下には口が裂けても言えません……!
そんなわたしの内心はバレていないようで、王妃殿下は哀れむ視線でわたしを見ていました。
「例え陛下が、あなたに喜びを求めなくても、あなたは下女の真似事をしてればいいですからね。そうすることで、多少は王家の役に立つのですから」
「はい、心得ております。このお仕事を下さったのは王妃殿下だと聞いております。本当に、ありがとうございます」
「ふん、そう……感謝しているのね」
「はい、それはもう」
なぜか一瞬、王妃殿下の顔つきが陰った気がしましたが……気のせいでしょう。
王妃殿下は、相変わらずの美しい顔立ちのままわたしに言いました。
「ならば、精々下働きに励むことです。いいですね?」
「もちろんでございます。王妃殿下のお役に立てるよう、誠心誠意努めさせて頂きます」
「…………ならいいわ」
そして王妃殿下は去って行きました。
その後もしばらく、わたしたちは頭を下げ続け、王妃殿下が完全にいなくなってから、廊下の掃除を再開します。
そして隣で、わたし付きの侍女さんがつぶやきました。
(なんですかアレ! レーティ様をこんな目に遭わせているのは殿下本人だっていうのに……!)
そのつぶやきに、わたしは肝を冷やしました。
(い、いけませんよ……! そんなことを城内で言っては……!)
(でも……!)
(いいのですよ。それに、感謝しているのは本当ですし)
(え……さっきのお話は本心だったのですか? でもなんで……)
(それはですね……)
ちょっと照れくさくもありましたが、わたしは言いました。
(皆さんとお知り合いになれましたからね)