第6話 あら、あなた。最近側室に入った方ではなくて?
レーティが陛下の側室入りをしてから、早一週間が経ちました。
その間わたしは──ずっと城内のお掃除を続けていますね?
陛下から夜の呼び出しが掛かるわけでもなく。
「わぁ……! すごいですレーティ様! バケツの水がお湯になっていますよ!」
この時間は、王城の広くて長い廊下を、侍女さんたちと一緒に掃除している最中なのですが、今日は急に冷え込んできて、モップを洗うお水がとても冷たかったのです。
だからわたしが、バケツの水をお湯に変えたのですが、それだけのことで大変に喜ばれてしまいました。
「わたし、魔法なんて初めてみました……! 本当にすごいです!」
「いやそんな、それほどの事ではありませんよ」
「それほどの事ですよ! この季節になると、手にあかぎれが出来て大変なんですから」
「まぁ……そうだったのですか。もし今あかぎれが出来ている方がいれば、ちょっとした治療も出来ますよ?」
「本当ですか!?」
魔法を使うには魔力が必要なのですが、その魔力は天性のものです。
その魔力を得られるか否かは血筋の影響が大きいらしく、魔力持ちの子供は貴族に生まれることが多いのですが、必ず生まれるというわけではありません。生まれたらラッキーくらいの確率なので、魔力持ちではない貴族も多くいます。
そんなわけですので、平民の間では、魔力持ちの子供が生まれる比率はさらに低くなるのでしょう。ジルのように例外中の例外もいますが、市中では、魔法を見たこともないという人が多いのでしょうね。
幸い、わたしは若干の魔力を授かりましたので、お水を温めたり、ちょっとした擦り傷を治したりすることが出来ます。
まさか、こんなところで役立つとは夢にも思っていませんでしたが。
「ほ、本当に傷が治っています……すごい……!」
すでにあかぎれが出来てしまった侍女さんたち数名に回復魔法を掛けると、みんな、とても喜んでくれました。わたしも、皆さんの力になれているようで嬉しいです。
「レーティ様、本当にお貴族様なんですねぇ……なんだかすっかり、わたしたちとなじんでいらっしゃいますが、失礼ないでしょうか?」
「ぜんぜん気にしないでください。むしろ仲良くしてくれて嬉しいです。私室で閉じこもっていては寂しすぎますからね」
「うう……レーティ様、すごくいい人なのに、どうしてこんな酷い目に……」
「いやあの……皆さんが思っているほど、わたしは酷い目に遭ってはいませんからね? 心配しなくて大丈夫ですよ?」
なにしろ、王城に来てから一週間が経っても、とくに何も起きていないのですから。
初日は、夜の呼び出しが陛下から掛かるものと思って緊張していましたが、特に何もありませんでした。
そして二日目も三日目も呼び出しはなく──今に至ります。
日中は城内をお掃除して回っているだけで、むしろ、侍女さん達とお掃除しているのは楽しいくらいです。そもそも、お掃除に精を出しているのは侍女さんたちも同じですし、それを酷い目だなんて言えるはずもありません。
それに大変というならば、領地屋敷の家事をしているほうが大変でしたしね。人手が足りなかったので、わたし一人でお掃除して、洗濯して、お料理してましたから。だからおしゃべりする相手もいませんでした。でもクリスとジルが毎日来訪してくれて、それが待ち遠しかったものです。
そんなわけで、和気藹々とお掃除していたところ、廊下の向こうから侍女長さんが早足でやってきました。そうして目配せをしつつ通り過ぎていきます。
侍女長さんの目配せは、王妃殿下がこの廊下を通られる合図です。
わたしたちは姿勢を正して、深くお辞儀をして、王妃殿下が来られるのを待ちました。もちろんおしゃべりもおしまいです。
それからしばらくすると、広大な廊下の向こうから複数の足音が聞こえてきます。護衛を伴って、王妃殿下がやってきたのでしょう。
わたしたちは微動だせずに、王妃殿下が通り過ぎるのを待って──
「あら、あなた。最近側室に入った方ではなくて?」
──王妃殿下は、わたしの前で立ち止まりました。