第4話 下働き用の作業着が吊されていました
お付きになって頂いた侍女さんに案内されたわたしの私室は──一言でいえば使用人の部屋でした。
部屋にある調度品は、クローゼットとベッドだけの手狭な部屋です。パウダールームやバスタブは元よりドレッサーもありません。
せめてもの救いなのは、小さな窓があることと、地下室ではないことでしょうか。通気性はよさそうです。
「も、申し訳ございません! ですがレーティ様はこちらに住むようにと、王妃殿下からのお達しでして……!」
侍女さんとわたしとでは身分的に差があります。地方領とはいえ、一応わたしは貴族ですからね。だから平民出身の侍女さんは恐縮しまくっていました。
いくら王妃殿下からのお達しとはいえ、矢面に立たされるのは侍女さんなのですから無理もありません。
だからわたしは同情心を覚えて、ことさら優しく言いました。
「構いませんよ。王妃殿下の意向でしたら、むしろ光栄なことです」
「ほ、本当にごめんなさいです……!」
それでも恐縮しまくる侍女さんに微笑んで見せてから、わたしは室内に入りました。
領地屋敷の私室よりはいくぶん手狭ではありますが、元々が贅沢な暮らしをしていたわけでもありませんからね。さすがに王城なだけあって、隙間風は入り込まないので、風邪をひく心配はなさそうです。
そんなことを考えながら、わたしは何気なくクローゼットを開いてみます。
その中には、贅を尽くしたドレスがずらっと並んでいる──はずもなく、下働き用の作業着が吊されていました。
「あら、これは……」
わたしはその質素な作業着を手に取ると、後ろで侍女さんが、よりいっそう慌てて言いました。
「そ、それなんですが……! 実はこれも王妃殿下のご命令でして、レーティ様は、その作業着を着て、わたしたちと同じ仕事をするように、とのお達しでして……」
「まぁ……」
だから作業着が吊されていたのですか。側室と聞いていましたからちょっと意外でしたが、仕事もせずに日がな一日ぼーっとしているほうがむしろつらいでしょう。
侍女さんたちの仕事は、貴族の世話や秘書役、さらに王城のお掃除と多岐にわたりますが、この作業着を見るに、わたしの役目はもっぱらお掃除のようです。
わたしがそんなことを考えていたら、背後の侍女さんはやっぱり恐縮しまくっていました。
「た、大変に恐縮なのではありますが……レーティ様におかれましては、まずは自室のお掃除をして頂きたく……」
わたしは作業着を取り出して振り返ると、侍女さんに微笑みかけました。
「分かりました。ではリネン庫などを案内して頂けますか?」
「し、承知しました……その、本当になんと言っていいのか分からないのですが……」
「気にしなくて構いませんよ。わたし、領地では屋敷のお掃除は自分でやってましたし」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。地方貴族なんて、皆さま方と対して変わらない生活なのですよ」
わたしのその言葉に、侍女さんはようやく安心してくれたようでした。
それに、わたしの生活ぶりが侍女さん達と変わらないのは事実ですしね。
わたしは没落した環境で生まれましたから、わたし専従の侍女さんなんていませんでした。
だから私室の掃除は元より屋敷の掃除もしてました。料理人を雇うお金もありませんでしたから、家族の食事も作っていました。もちろん、普段着は自分で着ますし、ドレスの着付けもお手のものだったりします。
母は、わたしが子供の頃に亡くなっていましたので、家事全般がわたしの役目だったのです。
「騎士の皆さんにも、月に一度はカレーを振る舞うのですが、大好評だったのですよ」
「お貴族様がカレーを作って、いわんや食べるんですか!?」
掃除関連の施設を案内される道すがら、わたしの日常生活を侍女さんにお話していると、侍女さんは度々驚いてきます。
その反応がちょっと楽しくて、わたしの口数は増えました。
「もちろん食べますよ。月に一度のご馳走ですね」
「わたしも月イチのご馳走にしてるんですよ!」
こんな感じで──
──わたしは、お付きの侍女さんと打ち解けていき、それによって他の侍女さんたちとも仲良くなってきました。
こうしてわたしの側室(?)生活はスタートを切ったのです。