第3話 ハーレム入りの交換条件に、税率を下げろというつもりか?
レーティは、クリスとジルに側室入りを告げた翌日には領地を出ます。そして三日後、王都に到着しました。
あれから二人は顔も合わせてくれなくなって……領地を出るとき挨拶も出来ませんでした。
どうやら完全に嫌われてしまったようですね……
陛下の側室と言っても、こんな状況では身売り同然ですから、嫌われてしまっても仕方がないでしょう。
でもわたしは、心のどこかで、クリスもジルも分かってくれる、いえ分かってくれたらいいなぁ……なんて思っていたのかもしれません。だから少し寂しいです……ほんの少しですが。
しかし二人に嫌われてしまっても、わたしには領民を守る使命があります。
それにわたしは、父が病気に伏してからというもの、まともな領地経営が出来ていませんでした。だから、ただでさえ苦しい領民の生活を、より一層窮地に追いやってしまったのです。
つまり側室入りは、せめてもの罪滅ぼしでもあります。
だからなんとしても、側室入りに際して、陛下には税金の軽減措置をしてもらわねばなりません。
ということでその日、わたしは珍しく気合いを入れていました。
今日は、陛下と初めて謁見する日です。地方貴族の娘にすぎないわたしは、陛下と謁見する機会なんてこれまでありませんでしたから緊張しますね……
わたしは震える脚を押さえて、豪華絢爛な謁見の間に入り、そうして玉座の下で膝を突き、頭を垂れました。その姿勢のまま陛下の到着を待ちます。
いったいどれくらいの時間が経ったのでしょう……さすがに腰が痛くなり、脚も釣りそうになってきたところで──突如としてファンファーレが鳴りました。
その甲高い音に、わたしは肩をびくっと撥ね上げたりしながらも、いよいよ陛下が到着したことを知ります。
顔はまだ上げられませんが、ファンファーレの演奏から、玉座に陛下が着席したことが分かりました。
ファンファーレが鳴り止んでからしばらくすると、頭上から若い男性の声が聞こえてきました。
「レーティ・ラファエリだな?」
「はい、レーティにございます。陛下の招来によりはせ参じました」
「よい、面を上げよ」
陛下の許可を得て、わたしはようやく起立することが出来ました。
そうして、十数段上の玉座に座る陛下を見上げます。この方が、わたしたちの国のトップなのですね……
ジャンルイ・ディ・メネズ陛下は、確か今年で二五歳だったはず。即位するにはまだお若いですが、数年前、先王が急逝されてしまったので致し方なかったのでしょう。
そのご尊顔は──特に怜悧な瞳が印象的です。うちのクリスも目つきが鋭いですが、なんというか、それとは異なる鋭さを感じます。少し怖いというか、なんというか……
そんな第一印象でしたが、芽生えた恐怖を押し殺して、陛下のお言葉を待ちました。
「さて、レーティよ。お前の家では、公職に平民を召し上げているそうだな?」
側室入りに関する内容ではなかったので、わたしは少し戸惑いましたが、それでもなんとか言葉を絞り出しました。
「あ、はい……数十名の平民を召し上げております」
平民を公職に採用するのは、地方領では珍しいことではありません。重税のために出産を控えたり、国外に逃げてしまったりで、地方領は慢性的に人手不足なのです。
そんなこと、目の前の陛下には言えるはずもありませんが、王家としても、地方領で平民を公職採用していることは把握しているはずですが……
わたしのそんな疑問に、しかし陛下は答えてくれるはずもなく話を続けます。
「しかも、平民を騎士にまで任命したとか聞いたが、それはまことか?」
「は、はい……二名ほど、当家の騎士に任命しております」
わたしがそう答えると、陛下は大きなため息をつきました。
「まったく……なんたることだ……」
なぜ陛下が大袈裟に嘆いているのかわたしは分からなくて、思わず首を傾げそうになりましたが……なんとか堪えました。陛下の御前では、表情一つ変えるだけで失礼になりますし。
「お前、一体何をしでかしたか分かっているのか?」
「い、いえ……その……無知な自分には、聡明な陛下のお考えが分からずでして……」
「貴族の品格を貶めているのだ! その行為は!」
いきなり怒号を放たれて、わたしは思わず肩をすくめてしまいます。表情一つ変えてはいけないというのに。
「も、申し訳ございません。領主代行として、配慮がまるで足りませんでした……」
確かに最も貴族らしい役職が騎士ですし、その騎士に平民を抜擢した例はこれまでにないようですが、騎士とは言っても身分は平民のままですから、なんの問題もないと思っていました。
そもそも、うちのような地方貴族の人事を、陛下がご存じであることも予想外です。どうしてあの二人を騎士に抜擢したのを知ったのか……
あっ……もしかすると……
クリスは国の武芸大会で毎年優勝していますから、それで陛下の耳に入ってしまった可能性はありますね……
ですが、いずれにしても。
この件で陛下が大層ご立腹しているようなので、今はその怒りをなんとか静めなければいけません。
わたしが発言の許可をもらおうとしたとき、陛下の方から口を開きました。
「だが……まぁよい」
「え……?」
陛下の怒りが、クリスとジルに飛び火するのはなんとしても避けなくては……と焦っていたら、陛下はその矛先をあっさり収めたようでした。
「お前が、オレのハーレムに入るというのなら、貴族の品格を貶めた罪は許そうではないか」
「ありがたきお言葉……感謝に堪えません。もちろん、わたしはそのつもりで参りました」
「ふん、よかろう」
どうやらあの二人が酷い目に遭うことはなくなったようで、わたしは内心で安堵します。
「お前には、侍女を一人つけてやる。そいつから詳細を聞け。当然、オレが呼んだときは何があっても飛んでこい。いいな?」
「かしこまりました」
一方的な会話に、それでもわたしは深々と頭を下げます。そのまま待っていると、陛下が慣例的に言ってきます。
「何か言いたいことがあるならば聞こう」
「ありがとうございます。では……ひとつお願いをよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「実は、大変お恥ずかしながら……わたしの才覚が足りないばかりに、当家領地は、現在窮状に喘いでおります。もしご寛恕頂けるならば、しばしの間、当家領地の税率を軽減して頂けますよう、謹んでお願い申し上げます」
わたしの精一杯のお願いに、陛下は鼻を鳴らしました。
「おいおい、まさかお前、ハーレム入りの交換条件に、税率を下げろというつもりか?」
「い、いえっ……! 決してそのような意図はございません。ただこうして、陛下に請願できる機会に恵まれました故、お願いをさせて頂いた次第にございます」
「くっくっく……そうかよ。まぁよい」
陛下のその言葉をどう解釈していいのか……わたしは頭を下げたまま、次の言葉を待ちました。
そうしてほどなく、陛下が口を開きます。
「税金については、おいおい考えておいてやる。それでよいな?」
「はい。陛下の慈悲深いお心に、深く感謝申し上げます」
「ふん、では以上だ」
そして税率軽減の明確な約束を取れないまま、陛下との謁見は終了してしまいました……