第2話 陛下のハーレムに入ります(2)
「平民出身のあなた達には理解しがたいかもしれませんが、貴族の世界では、上の命令は絶対なのですよ」
クリスもジルも平民の生まれです。この国では、平民が騎士になるなんてあり得ないことなのですが、父が二人の才覚を認めて騎士に抜擢しました。
そういう出自だからこそ、二人は平気で、陛下のことを『暴君王』などと口にします。
まぁ……心の中で思うのは勝手ですが、表だって口にして、中央貴族の耳にでも入ったら大変なことになりますよ、まったく……そもそも暴君王って二重表現なのですが、あだ名なんて適当なのでしょう。
だからわたしは、二人を窘めるかのように言いました。
「もし仮に、わたしたちに何かしらの権力や武力があったとしても、王家の申し出を断るなんて言語道断なのです。その事を、よくよく理解してください」
ですがクリスもジルも、到底、納得した顔つきではありませんでした。
怒りを露わにしてクリスが言ってきます。
「お前はそれで本当にいいのか!? ハーレムに入るということはつまり、あの男の妾になるということなんだぞ……!」
そんなことを問われて。
わたしの思考は、ふと止まります。
側室の打診が来てからというもの、そこに入るメリットしか考えていなかったものですから……
側室のメリットとは、この領地の税率を多少は軽減してくれるであろうことです。側室にいる人間の領地が没落していては、王家としても面子が立たないでしょうから。
だから、陛下のお相手さえしていれば、この領地は持ち直すはず。
ですが陛下のお相手とか考えると鳥肌が立ってくるので、できるだけ考えないようにしていました。それに陛下の側室って、なんと百人以上もの女性がいるそうですから、目立たないようにしていれば、そこまで頻繁にお相手はしなくていいかもですし……
そんな内心は悟られないよう、わたしは勤めて明るく言いました。
「わたしは構いませんよ」
「…………!」
「それに、陛下の側室になれるなんて光栄なことですから」
わたしがそう言うと、クリスの顔が大きく歪みました……軽蔑されてしまったのかもしれません。
ジルのほうはというと、ちょっと覚めた感じの表情です……年下には聞かせたくない話ですね。
それでもわたしは、平静を装って言葉を続けます。
「それに、意外と平穏な日が送れると思いますよ。何しろ側室には百名以上の女性が控えているそうですし、その女性方も、外交や何やらに駆り出されるわけでもないという話ですし」
「そんなわけが──」
クリスが何かを言いかけたところで、ジルが彼の腕をくいっと引っ張りました。
「クリス、この辺にしておきましょう。こうなったレーティ様に、何を言っても無駄ですよ」
「だが──!」
なおも抗弁しようとするクリスに、ジルは首を横に振るのみ──
──このジルの仕草、マズイかも。
だからわたしは牽制します。
「ジル? 言っておきますが、妙なことを考えてはいけませんよ?」
あのジルの覚めた態度は、絶対に、何か企んでいる態度です。これまでに、わたしは何かと煮え湯を飲まされましたからね──まぁ、ジルをからかってしまったわたしもわたしではありましたが。
ですが今回は、そんな、プライベートな仕返しとは分けが違います。
「ジル、あなたが下手を打ったりでもしたら、平民出身のあなたやクリスもちろん、領民の命がたくさん失われかねないのですからね」
「そんなヘマ、やらかしませんよ」
「ヘマをするとかしないとか、そういう問題ではありません」
すまし顔で視線を逸らすジルに、しかしわたしはハッキリと言いました。
「いいですか? これは領主代行としての命令です。わたしの身の振り方に関して、あなた達は一切の手出しをしてはなりません。あとで正式な命令書も発行しますからね? ちょっと、聞いてますか?」
領主然とした態度でわたしが言っても、クリスはむくれているし、ジルはそっぽを向いているし、わたしの言葉が伝わっているようにはどうにも思えません。
ですが、さすがに領主代行として命令書まで出せば、クリスもジルも何もできないはず。周囲が追従してくれませんからね。
「本当に、お願いしますよ。バカなことは考えないでください。わたしが側室に入れば、すべては丸く収まるのですから」
最後は懇願しましたが──しかし、クリスもジルも、聞き入れてくれたようにはまったく見えませんでした。