●刑事裁判控訴審(解答編)
教員「それでは、問題に関して解説しつつ、刑事控訴審を概観していこう。」
教員「まず第1問だが、これは刑事第一審では第一回公判期日後の令状処理、保釈判断を含めて、を受訴裁判所が行うということと、第一審判決直後の事件・記録の在り処を思い浮かべられれば自ずと答えが出る。」
教員「そう、地裁判決に対して不服があるから地裁に対して高裁に事件・記録を送ってほしいと申し出る形式であるし、記録を持っている地裁で保釈判断をしてほしい、となるわけだ。」
教員「この点、不服審査をする機関・組織に直接不服を申し立てる形式もありうるが、本人の所在地や地裁と高裁の地理的な位置関係からして、それだと非効率的なので、そちらは採られなかったと整理できるだろう。」
教員「条文的には、控訴権自体は刑訴法351,372条で、申立書の差出先は刑訴法374条に第一審裁判所と明記されている。ただ書面の宛先自体は高裁である。また、保釈の判断裁判所は刑訴法97条2項、刑訴規則92条2項で、訴訟記録が上訴裁判所に到達していないものは原裁判所が決定をすることが定められている。」
教員「以上から、第1問の答えは、ウ、になる。」
教員「続いて第2問。不服申立て期間の長さは手続に応じた案配でしかないだろう。日本での控訴期間は14日間、初日不算入の原則が適用されるので、4月16日(土)が1日目となり、17−2、18−3、19−4、20−5、21−6、22−7、23−8、24−9、25−10、26−11、27−12、28−13、29−14ということで、4月29日が控訴期間の最終日となりそうだが、29日は昭和の日という祝日になり、このようなめでたい日に仕事の締切を置くのは無粋なので翌日伸ばしをして、30日1日は土日で同様に翌日伸ばしにした5月2日(月)が最終日となる。無粋かどうかは冗談として、土日祝日に締め切りが来ないことも規定されている。」
教員「条文としては、控訴期間が刑訴法373条、上訴の提起期間の開始が刑訴法358条で裁判の告知された日から始まると定められており、期間の数え方が刑訴法55条となる。」
教員「第3問。この答えは、エ。」
教員「控訴権は検察官及び被告人を中心に、原審弁護人や判決後の私選弁護人が有する。被告人・検察官は刑訴法352条。原審弁護人は355条、判決後の私選弁護人は条文がないものの被告人の控訴権を包括的に代理するという理由付けで控訴が許されていると解するのが判例である。なお、検察官は不服申立てできないとする法制度もあるが、日本では検察官の控訴権に、検察官特有の制度上の制約はない。」
教員「被告人以外の者の控訴は、刑訴法356条により、被告人の明示した意思に反してできないし、被告人以外の者の控訴を被告人が取り下げれば控訴の効力は失われる。控訴権放棄は書面で行う、刑訴法360条の3。控訴の取下げは書面によって行うが公判廷での口頭の取り下げも可能である、刑訴規則224条。重要な手続であるから、手続の明確化のために書面によることが基本となっている。」
教員「勾留理由開示をした親族は上訴できるが、これは勾留に限られ、本案の判決に対しての控訴はできない。刑訴法354条。とはいえ、弁護人を選任できる親族は、弁護人の選任を通じて控訴を目指すことはできるだろう。一定の親族等が弁護人選任権を有することにつき刑訴法30条2項。」
教員「では、第4問。民事訴訟・行政訴訟のほうが、裁判で判断すべき紛争か否かが判断対象として深刻に争われることが多く、当事者適格やら訴えの利益やらの論点がしばしば大きな問題になるが、刑事裁判でも一応そのあたりの問題がないわけではないということで、この控訴の利益を取り上げた。」
教員「控訴の利益による限定は、検察官のほうにはない。検察官は公益の代表者であるため、違法な判決は、仮にそれが検察官等のミスに起因していたとしても、控訴して是正を求めることができる。処断刑の範囲を超える判決や必要的没収をし忘れた判決や判決宣告後の被告人死亡等が具体例として想定される。」
教員「他方、被告人側には控訴の利益による制限がある。主文に基づき受ける処罰内容がより有利に変わる余地がある場合には控訴の利益があるが、懲役2年を懲役3年にしてくれといったり、執行猶予付き懲役刑に保護観察までつけてほしいといった被告人にとって不利になるものに控訴の利益はない。免訴のような裁判権がないことの形式的な判断につき実質的な判断としての無罪判決を求めたり、無罪の理由部分の不服といったものは、処罰がないことに変わりがないから、控訴審での審査という司法コストをかけるほどのことではなく、控訴の利益が認められないと解されている。」
教員「以上のことから、第4問はアイが答えとなる。」
教員「第5問は、刑事裁判控訴審において、たいへん重要な控訴趣意。刑訴法376条に定めがある。判断の変更がありうるような事案では、控訴の理由や控訴趣意の組み立て方が高裁の判断の仕方や重点に影響を及ぼし、ひいては訴訟の結果の帰趨を左右しうる。」
教員「控訴は原判決の瑕疵を指摘する不服申立てであるので、控訴趣意書にはその観点から控訴の理由を書く。控訴の理由としては、絶対的控訴理由として規定されている刑訴法377条(裁判体の構成、公開原則違反)、378条(管轄権、公訴権、公訴事実と判決のズレ、理由不備・理由齟齬)、相対的控訴理由として規定されている刑訴法379条(訴訟手続の法令違反)、380条(法令適用の誤り)、381条(量刑不当)、382条(事実誤認)、384条(再審事由、刑の廃止・変更・大赦)がある。若干、違う角度からいうと、判決書自体から判断できる瑕疵と原審記録に照らして分かる瑕疵がある。」
教員「性質や要件の違いにより分かれているこれらに、事実として法的に整理されていない不服がどう当てはまるかを整理して主張するのは、この場面に限らず、現実社会を法文に落とし込む専門的な知見が必要となるところである。今回は、事案が量刑不当のものなので、そのあたりと絡む、小さいが制度理解に触れる問題を取り上げた。」
教員「本問のような、専ら原判決後の事情のみを理由とする減刑主張は、適法な控訴理由にはならず、他に適法な控訴理由がなければ決定で控訴を棄却することになるため、高裁による職権調査を行う余地はないという見解がある。この見解では、刑訴法386条1項(2号か)に基づき控訴棄却決定をすることになる。」
教員「もっとも、このような控訴趣意書であって刑訴法386条1項2号に該当する場合でも控訴棄却の決定をしないで職権調査をすることができるという見解も有力である(石井・361頁)との指摘もある。そのため、そのような解釈を取る裁判体に当たれば救済される可能性がはある。」
教員「そして、控訴趣意書に対する補正命令という制度はない。もちろん、若干の誤記などは書記官等からの確認があり得るが、あくまでも事実上のものである。」
教員「したがって、第5問の答えは、固く行くなら、アが◯で、イが☓、ウが☓となるが、本問の採点としては、ア◯、イ◯、ウ☓でも正答として取り扱うこととする。」
教員「第6問。これは、回答の選択肢を比べることで、控訴審の知識がなくとも正答が選べるであろう問題かと思う。」
教員「やってはいけないのは、ア。これが第6問の正答となる。」
教員「控訴趣意書差出しの最終日は、高裁に訴訟記録が届いてから速やかに指定されることになっており、通常、刑訴規則236条3項の、申立人が通知書を受領した日の翌日から起算して少なくとも21日以後の日、に若干の余裕をもたせた期間となる。弁護人が選任されているときは指定の日から30日先、選任されていないときは40日先とするものが多い(小林・19頁)というが、弁護人選任の手続を完了させてから1週間ほどの余裕をもって最終日を指定し、あるいは遠方から身柄が移送されてくる場合は、移送完了から期間を起算するというやり方もある。」
教員「アに関連して、もし、定められた提出期限を徒過した場合は刑訴法386条1項1号により、控訴棄却決定を受けることとなり、控訴した意味がなくなってしまう。刑訴規則238条により、提出遅延がやむを得ない事情に基づくと判断されれば期限内に提出されたものと扱われるが、単に書面作成に時間がかかったということで救済されるものではない。」
教員「そして、イに関連して、提出期限の延長は、控訴した被告人の個性、主張の内容、健康状態等によって、提出に時間がかかることもあるから、控訴審もその理由を読んで期限を延長をそのまま認めてくれる場合もあれば、益体もない主張内容の見通しにとどまるとか、あるいは控訴審で評価採用する要件である『やむを得ない事由』が無いような証拠に関する収集活動を理由とするなどということになれば、希望したうちの一部のみ認めたり、全く認められなかったりすることもある。」
教員「また、ウのとおり、控訴趣意書に出ている内容を敷衍するような控訴趣意書の補充書の提出・陳述は許容される運用になっているので、主要な部分を出した上で補充することがないわけでもない。」
教員「では、第7問。」
教員「第一審の条文の準用に関しては、刑訴法404条。『第二編中公判に関する規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、控訴の審判についてこれを準用する。』と定められている。いちいち準用する条文を挙げないためスマートな文面であるが、解釈に自信がないというか勘違いしやすい者からすると、悪夢のような形式といえる。」
教員「この設問は被告人に関わるところに限定されているが、実際は、期日間整理手続の準用はあるのか、被害者参加制度はどこまで準用されるのかといった、新制度ごとに解釈して整理しないといけない面があり、立法趣旨などを見ないと足元を救われることがあるのは、要注意である。」
教員「さて、アに関連して冒頭手続関係であるが、『特別の定』はないが、控訴審の性質から準用されないと解されている。もっとも、被告人が出頭している場合は、人定質問のみ実施するのが実務である。」
教員「イについては、刑訴法389条が控訴趣意書に基づく弁論を検察官・弁護人に限っているため、被告人が法廷で控訴趣意書に基づく弁論をすることは許されていない。もっとも、任意的弁護事件で弁護人がいない事態も想定されるように、被告人による控訴趣意書の作成提出は禁じられておらず、弁論がされなくとも、掲げられた控訴理由については裁判所に調査義務が生じる。」
教員「ウに関連して、高裁で事実取調べを行った場合、刑訴法393条4項により、検察官・弁護人はその結果に基づき弁論することができるが、これは被告人には弁論を許さない趣旨である。」
教員「エについては、判決宣告の手続には準用があると解されている。第一審では刑訴規則220条により控訴に関する教示をするのを、刑訴規則250条が準用している。被告人が出頭していないときに告知する必要がないのは当然である。」
教員「以上によれば、第7問の答えはイとエとなる。」
教員「第8問。」
教員「控訴審での『やむを得ない事由』は、刑訴法382条の2において、『前二条』、すなわち事実誤認と量刑不当の控訴理由については、原判決前の証拠であってもやむを得ない事由により取調べできなかった証拠に基づく事実を主張でき、そのような証拠で判断への影響が不可避なものは、刑訴法393条1項ただし書により、例外的に事実取調が必要的になされる。」
教員「この条文につき、訴訟手続の法令違反にも準用されるか議論があるが、実務では基本的には否定説が採られているようである。」
教員「回答としては、原判決前に存在していた証拠であり、請求できなかった証拠でないことから、事実取調べをすべき要件がないので事実取調べ請求を却下すべき、という証拠意見ということになる。ちなみに、事実取調べは証拠調べよりも広い概念であるが、事実認定の資料となる証拠は厳格な証明の証拠となるように証拠調べと同じ手続による扱いである。」
教員「第9問は、第7問と趣旨としては同じ。第一審の公判手続が準用されるものはどれかというものとなる。」
教員「回答としては、イ。」
教員「被害者の心情意見陳述は、高裁で事実取調しなかったとき、改めて控訴審で行うことが想定されないなど、変容を受けている。被告人の最終陳述は準用されないというのが判例である。控訴審で被告人に弁論能力がないこと、弁論と答弁でのやり取りが主であること、原審に加えて新たに陳述させる意味がないから否定説が相当である。一方、証人尋問等は、控訴審で証拠調べが必要として証人を採用して取り調べる以上は、適切な心象を取るべく原審同様の証人尋問手続の規律に従うことになる。」
教員「では第10問。」
教員「日本の刑事裁判の控訴審は基本的には原審の判断に許容できない不合理性があるかどうかを事後的に審査するというものである。これを徹底させると、不合理な点があれば原審に差し戻して改めて判断させるということになるが、それをすると訴訟手続を重ねることの負担が多くなり妥当でないことから、控訴審での判断を行う破棄自判も実際上は多い。刑訴法398条のように実質審理にはいかなかった場合の破棄は差戻し1択。実質的審理が第一審であった事件についての刑訴法400条本文に差戻しが、ただし書に自判が定められている。」
教員「このように控訴審での審理は、事後審としての振る舞いが原則といえる。したがって、第10問の回答は、事後審、となる。」
教員「では、最後の第11問。」
教員「改正時期を細かに覚えるのは酷であり、実際には改正で新設された制度の理解を問うている。この中で内容的に誤っているのは、オの保釈における報告制度の中身である。第一審判決後の被告人に一律適用されるものでもなくて保釈中の被告人の中で特に必要とされるものに限って例外的に行うと見込まれており、報告事項も個々の被告人に合わせた個別のものが定められる。」
教員「したがって、第11問の答えはオとなる。」
教員「以上が試験の回答・解説となるが、何か質問があるものはいるだろうか。」
ここで、女子学生からは控訴を含む不服申立て制度自体に関する質問が出たり、男子学生からは控訴審手続と第一審手続とのギャップが被告人に与える影響等についての質問が出るなどした。
(参考文献等)
『刑事控訴審の理論と実務〔第2版〕』石井一正
『刑事控訴審の手続及び判決書の実際』小林充
『大コンメンタール刑事訴訟法〔第三版〕第9巻』
など




