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◎裁判員裁判(法的な評価等に争いのある事件)判決

 課題としては先日で終了したが、せっかくなので判決の宣告を見にくると、数人ほどの学生の姿があった。

 被告人が弁護人らとともに傍聴席を通過して低い柵の向こう側、法廷に入っていき、弁護人らの横に着席した。これを受けて、書記官はどこかに電話をかけた。しばらくして、検察官、被害者、委託代理人弁護士が順に法廷内に入ってきた。

 再び書記官が電話をかけた。しばらくすると法壇側の扉が開き、裁判長を先頭に裁判官、裁判員ら、補充裁判員ら、裁判官の順に入廷したので、立ち上がり、それぞれが自席の前についての礼をするのに合わせて礼をした。


裁判長「開廷します。被告人は証言台の前に立ってください。」

 裁判長の声に被告人は応じて証言台に立つ。

裁判長「飽田治郎被告人ですね。」

被告人「はい。」


裁判長「それでは、被告人飽田治郎に対する殺人未遂被告事件の判決を宣告します。」

裁判長「……主文。被告人を懲役3年に処する。未決勾留日数中90日をその刑に算入する。」

裁判長「……被告人は証言台の椅子に腰掛けてください。」


裁判長「理由。罪となるべき事実。被告人は、令和5年1月31日午後8時35分頃、山河県桜宮市内の山田チサト方敷地において、同人(当時47歳)に対し、死んでしまうかもしれないことを認識しながら、その頭髪、顔面及び着衣の上半身に灯油を浴びせかけ、点火棒で点火して火を付けようとしたが、同人から反撃されたため逃走し、同人を死亡させるには至らなかったものである。」


裁判長「この事実は、当公判廷で取り調べた関係各証拠によって認定したものである。」


裁判長「法令の適用。被告人の判示行為は、刑法203条、199条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、判示の罪は未遂であるから同法43条本文、63条3号を適用して法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。」


裁判長「争点に対する判断。」

裁判長「第1 争点及び結論」

裁判長「弁護人は、本件について、(1)被告人の行為は殺人の実行の着手には該当しない、(2)被告人は当該行為の際殺意を有していなかったとして、殺人未遂罪の成立を争い、暴行罪に該当するにとどまる旨主張する。」

裁判長「これに対し、当裁判所は、被告人の行為は殺人の実行の着手に該当し、かつ、被告人が殺人の故意も有していたと認めて、殺人未遂罪の成立を認定した。以下、その理由を説示する。」


裁判長「第2 実行の着手の該当性について(争点(1))

「1 本件における事実経過は以下のとおりである。被告人は、山田の頭部や上半身に灯油を掛けてそこに点火棒で点火して火を燃え上がらせることを計画して、灯油や点火棒等を準備して、山田方付近で、山田を待ち伏せしていた。」

「 被告人は、山田が帰宅してくると、山田に近付いて、その頭部、髪、上衣等に少なくない量の灯油を掛け、点火棒を利き手である右手に握ると、その灯油に火を付けるべく無言で山田まで数メートルの距離のところまで近付いた。」

「 山田が被告人が持っていた点火棒を叩き落としたため、実際に火をつけられることはなかったが、仮に、山田に掛かった灯油に火が付けられていれば、山田に広範囲の熱傷を生じさせ、熱傷ショックや敗血症により山田を死亡させる可能性があった。」

「2 この事実を前提に検討すると、被告人は、あと数メートル、数秒足らずで山田に火を付けられたのであって、点火棒にロックが掛かっていたとはいえ、ロックは片手で解除操作ができる程度のものであり、死に至るかもしれない行為が行われる寸前にまで迫っていたといえる。また、被告人は、点火棒を出して無言で近付いており、まさに掛かった灯油に火を付ける行為に及ぼうとしていたことが、外観からして明らかであった。そうすると、被告人が点火棒を持って近付いた行為は、遅くともその時点で、未遂処罰に足りるだけの現実的かつ具体的な法益侵害の可能性を生じさせていたと認められ、したがって、被告人の本件行為は殺人の実行の着手に該当する。」

「3 これに対し弁護人は、点火棒のロックがかかっていたこと、被告人山田の間には数メートルの距離があったこと、現実に火が出ていないことなどから、実行の着手は認められないと主張する。しかし、山田からの反撃が無ければ、被告人が、ごく短い時間で、ロックを解除し、火を出して、山田の衣類等に着火した可能性が十分あったのであり、弁護人の指摘を考慮しても実行の着手が認められるとの判断は揺るがない。したがって弁護人の主張は採用できない。」

裁判長「第3 殺意の有無について」

「1 客観的に殺人の実行の着手がなされていたとしても、主観面で殺人の故意がなければ殺人未遂罪の成立は認められないので、以下、本件における被告人の主観面を検討する。」

「2 検察官は、被告人は強い殺意があった、すなわち被害者の殺害を意欲していた旨主張する。しかし、(1)被告人と被害者の関係は間接的なものであり、実際に店舗に押し掛けるなど、被害者に対して逆恨みしており、かつこの頃経済的苦境に陥っていたが、殺害を意欲していたと見るには動機として弱さが拭えない。(2)また、灯油の予備を準備していたことは、火を付けることを確実に成功させたいとの心情の表れであっても、恨みで被害者に火を付けることで殺害したいとまで思っていたとみるのは自然とはいえない。(3)包丁、小型のこぎりを準備していたことは、被害者を殺害するための準備と見ることができる面があるものの、他方で、被告人は、被害者に火を付ける際、これらの刃物を身に付けたり近場に置いたりしておらず、被害者からの反撃を受けた際にこれら凶器を利用しようとした様子も見られなかったのであるから、被告人が犯行時、すなわち火を付ける際に強い殺意を有していたという根拠とはなしがたい。したがって、検察官主張のように、被告人が犯行時強い殺意を持っていたと認めることはできない。」

「3 もっとも、人が死亡する可能性のある行為であると認識しながらもあえてそのような行為に及んだ場合にも、弱い殺意が認められる。被告人は、医学的な知見を除き、前記第2の1で認定した状況を認識した上で、山田に火を付けようとしている。そして相手に対して可燃性の液体を浴びせた上で火を付けてその人体を燃やすことは、常識に照らしても、相手の生命を失わせる危険性のある行為であると理解できるものであり、被告人も中華料理店を営んでいたものであり、火についての常識的な危険性は知っていたことを争っていないのであるから、自身の行為の危険性を認識していたと認められる。したがって、本件行為の際、被告人には殺人の故意があったと認められる。」

「4 これに対し弁護人は、①被告人は灯油の火力性能に関する認識が乏しい、②動機として殺人に結び付くほどのものが認められない、③反撃を受けてすぐに逃走しており用意していた刃物も用いていないなどと主張して殺意を争う。しかし、①については、被告人は、灯油ストーブを使ったこともあり、灯油火災の存在も知っている上、油や火を用いる中華料理店を長年営んできた者であることからすれば、灯油や火に関する一般的な認識は当然有していたと認められる。②については、既に見たとおり、当裁判所は、被告人には被害者を殺害しようと欲するほどの動機があったかには疑問を差し挟む余地があり、ただ、犯行時の事情から、灯油を用いて炎上させようとした計画の内容からして死ぬ危険があることを認識できたと判断したのであるから、この点は当裁判所の認定した殺意を揺るがす事情とはいえない。③についても、②に対するのと同様のことがいえる上、思わぬ反撃に当初の認識や計画を維持することなく逃げ出しても不自然とはいえないから、包丁等による反撃がなかった点も、当裁判所の認定した殺意と両立するものであり、それを揺るがす事情とはいえない。したがって弁護人の主張は採用できない。」 

裁判長「第4 結論。以上から、被告人には殺人未遂罪が成立すると判断した。」


裁判長「量刑の理由。本件は、被告人が被害者に対し灯油を掛けて点火しようとしたが被害者からの反撃によりその目的を遂げなかったという殺人未遂の事案である。本件行為は、被害者が抵抗したことにより、被害者がけがをすることはなかったが、生命を奪い、そうでなくとも火傷等の後遺症を残すおそれのあった危険で悪質性の高い犯行である。なお、被告人は被害者からの反撃により骨折等の負傷をしているが、これは他人に危害を加えようとした被告人の自業自得というべきものであり量刑上大きく考慮すべき事情とはいえない。また、犯行動機も、被告人が自身の経済的な困窮を健全な努力で解決しようと力を尽くしているとは見られず、安易に被害者の成功を妬んで身勝手にも本件犯行に及んだものであると認められ、酌量の余地はない。」

「 そこで、単独犯で被害者が1名の、凶器等として火気・爆発物を使用した殺人未遂の事案、動機が怨恨の殺人未遂の事案、傷害結果が生じていない殺人未遂の事案等の量刑傾向も参考に検討すると、被告人が本件犯行を認めて反省の弁を述べていること、被告人の従兄弟が公判に出廷し被告人に対する経済的な支援や監督を誓っていること、量刑に影響するような前科前歴がないことなどの酌むべき事情を考慮しても、本件の犯行内容はその刑の執行を猶予するほどのものとはいえないと評価した。そして、既に見た諸事情に鑑みて、被告人に対しては未遂減軽をした上で懲役3年に処するのが相当と判断した。」


裁判長「以上が判決の内容です。被告人には、本件が大変危険な行為であったこと、少しでも離してほしいと述べた被害者の気持ちを受け止め反省を深めてから社会に戻ってきてやり直しをしてもらいたいと思っています。」

裁判長「最後に、この判決は有罪判決ですから不服があれば控訴することができます。明日から数えて14日以内に、山河高等裁判所宛の控訴申立書をこの山河地方裁判所に出すことでできますからよく考えて決めてください。」


裁判長「以上で判決の宣告を終了します。」そう言って立ち上がる裁判長に合わせて他の裁判官や裁判員も立ち上がって一緒に一礼をして、順に法廷から去っていった。


 残された被告人に検察事務官らしき人たちが近付き、保釈からの再度の勾留執行を行って連れて行かれる様子を見た後、傍聴に来ていた一部学生らと、近くの飲食店に行き、今回の事件について感想を交わしたり意見交換をしたりしたのだった。

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