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◎裁判員裁判(法的な評価等に争いのある事件)2日目その3

 この裁判の関係者それぞれが所定の位置について論告が始まった。


検察官「お手元に配布したA3用紙の左上から読み進めて行きます。」

検察官「1事案の概要、ですが、本件は、被告人が、被害者に対して逆恨みをして、灯油をかけて火をつけようとした殺人未遂の事案であり、検察官は、争点を含め、本件公訴事実については、この法廷で取り調べた関係各証拠によれば、いずれも認められると考えております。以下、その理由を詳しく述べてまいります。」


検察官「2、争点①実行の着手、ですが、被告人の行為、すなわち被害者に灯油をかけて点火棒を近付けた行為は、殺人未遂として処罰できる程度の客観的な危険性を有しており、殺人の実行の着手があると認められることについて説明いたします。」

検察官「まず、(1)被告人の本件における犯行計画ですが、(ア)被害者を待ち伏せる、(イ)被害者にペットボトル内の灯油を掛ける、(ウ)被害者に近付き、点火棒のスイッチを押して火を出し、灯油の付いた服に火を付けて燃え上がらせる、(エ)その火で被害者を焼く、というものでした。」

検察官「そして、(オ)再現実験のとおり、灯油が掛かった服に火が付いた際の火力は、たちまちに沈下するようなものではなく、火勢が強まる一方であり、数分程度で速やかに消火に移行したほどであって、危険なものであることは一目瞭然であったかと思います。」

検察官「このように、被告人の犯行計画はこれが成し遂げられれば被害者を殺害するに足りる内容でした。」


検察官「そして、(2)現実の犯行状況は、(ア)(イ)までを終え、被害者の服に灯油が付着するところまで至り、(ウ)の途中として、被告人は、そこに着火するため、木刀が届く2メートル弱のところまで接近していました。」

検察官「被害者は、これに対して木刀でとっさに被告人の手を叩いて点火棒を落とさせ、結果として着火を免れていましたが、その機敏な防衛行為がなければ、あとほんの僅かな時間で、灯油の掛かった被害者の服が燃え上がっていたことは火を見るより明らかといえるでしょう。」

検察官「このような客観的な状況を見ると、遅くとも、被害者に灯油が掛かった後、被告人が点火棒を持って被害者に近付いたときには、被害者には生命の危険がまさに迫っていたといえることから、殺人の実行の着手があったと認められると、検察官は考えております。」


検察官「なお、弁護人は、灯油の掛かった具体的な量が不明なのでさほど危険ではなかったと主張するかもしれません。しかし、灯油はペットボトルの半分ほどが使われており、被告人は上手く掛けられた、被害者もビシャと液体が掛けられていたと、いずれもそれなりの量が掛かったことに沿う供述をしているのですから、正確な量が分からないということから、問題にならない程度の少量しかかかっていないかもしれないなどと本件を小さく捉えるべきではありません。」


検察官「続いて、3争点②被告人が、上記行為の際、殺意を有していたと認められることについて説明いたします。」

検察官「(1)(ア)灯油を掛けて火を付けるという態様は生命侵害に至る現実的な危険性を有する行為であることは、先ほど述べたとおりですし、一度火を付けてしまえば、付けた者にも火勢をコントロールできないものであるとも指摘できます。そして、(イ)被告人は、灯油ストーブを利用していた経験があり、灯油事故等の報道にも接してきており、灯油を用いた火の危険性は十分認識していたと認められます。その上であえて本件犯行に及んだことからすると、これらだけからでも、被告人には被害者の死を容認する心情があったと認められるというべきでしょう。加えて、(ウ)予備の灯油も用意して被害者に対し確実に火を付けられるような準備をしていたこと、(エ)被告人自身も用途を説明できていない、包丁、小型のこぎりという殺傷能力を有する刃物も別途持ってきていたこと、(オ)被害者に対し、強い恨みを持ち、被害者の店舗にも怒りをぶつけるなどしていた上、本件時には経済的、心理的に追い詰められており、自暴自棄とでも評価すべき状態になっていたこと等の事情も考え併せると、被害者を殺すというところまで至っていたと認められると考えます。」

検察官「なお、(カ)被告人は、被害者に対する殺意を抱いていたとは供述していませんが、客観的な行動は率直に述べられたしても、内心については他人には的確に把握できないだろうとの期待と自己防衛の観点が相まって、あるいは、そもそも心情を的確に自覚し言語化できずに、正しく表現されないこともあり得ます。今回の被告人の供述は、自身の心情を的確に表現できているような供述内容でもありせんでしたから、前記の(ア)から(オ)までの各事情から被告人の殺意を推認したことを妨げるものにはならないと考えます。また、(キ)被告人が被害者に怒り・恨みを抱く過程にはやや理解しがたいところもありますが、人間はそれぞれ独自の感性個性を有していますから、その背景にことさら拘泥することなく、現に被告人が被害者に対して強い負の感情を有していたという事実に目を向ければ十分であり、その点の不可解さは全体に影響を及ぼすものではありません。」

検察官「以上見てきたところによれば、被告人には殺意があり、殺人未遂罪が成立します。」


検察官「4量刑、に入ります。」

検察官「まず、(1)犯行態様は危険です。火が付くまでには至りませんでしたが、被害者が着火を阻止できなければ、実際に火が付いて、身体を焼かれ、命を失っていたかもしれません。そうでなくとも、外見を含め後遺症が残存するおそれは大きなものであったといえるでしょう。したがって、犯行態様は危険であったと指摘できます。」

検察官「(2)犯行結果も軽視できず、処罰感情は強いです。被害者は、犯行により肉体的な怪我は負いませんでしたが、焼き殺されるかもしれないとの大きな恐怖・精神的苦痛を受けており、現在も被害者をさいなんでおります。にもかかわらず、被告人からは何らの慰謝の措置もなく、被害者の処罰感情が強いのも当然ですし、少しでも刑務所に隔離してもらいたいとの心情も考慮に値するというべきです。」

検察官「このように悪質な犯行である上、(3)経緯・動機は身勝手で酌量の余地が全くなく、被告人は、被害者に対し強い殺意を抱いていたものであり、厳しい非難に値します、被告人は、自分の商売を被害者が駄目にしたなどと逆恨みした上、息子の進学の援助ができず家賃の支払にも困る中、それと無関係な被害者の、新店舗に迷惑行為に及ぶだけでは飽き足らず、ついには被害者当人の殺害を企て、燃料や着火用具等を用意し、被害者を待ち伏せて、殺害行為に及んだのですから、酌量の余地は全くなく厳しい非難に値します。」

検察官「そして、(4)被告人の反省は表面的であり、被害者には全く納得されていません。ケガをしたのも反撃を受けただけであって自業自得です。したがってこれらの事情は量刑を大きく軽減するようなものとはいえません。」

検察官「以上を踏まえて、本件の量刑については、量刑検索システムにより(※実際のシステムは非公開となっているため、以降は公刊されている裁判例等から適当に考えた全くのフィクションである。なお、検索システムの概要については、弁護士山中理司のブログhttps://yamanaka-bengoshi.jp › wp-content › uploads › 2019/03PDF裁判員量刑検索システム Ver.2.O 操作マニュアル(検察官 弁護士用)を参照)、「殺人未遂」につき、「単独犯」、動機「怨恨」、凶器「あり」、傷害結果「なし」という要素で検索すると、おおよそ懲役3年がグラフの真ん中辺りになります。もっとも本件は一歩間違えれば、被害者の命を奪いかねず、助かっても後遺症が残存しかねないなど、危険であった上、被告人の反省の弁が表面的で、被害者の処罰感情が強いのに慰謝の措置はとられていないことなどを踏まえれば、被告人に有利に考慮できる事情として、犯行が未遂にとどまり、肉体的な被害が生じていないこと、近時の前科がないこと、被告人が犯行を認めていることなどを考慮しても、中程度よりも重い事案であり、執行猶予の恩恵を与えるほどのものではないと考えます。」

検察官「よって、検察官の求刑としては、被告人を、懲役4年、の実刑に処し、押収してある点火棒を没収するのが相当であると思料します。」

検察官「論告は以上となります。」


主任弁護人「続いて、弁護人の弁論を行います。裁判官、裁判員及び補充裁判員の皆様は、お手元の弁論要旨に適宜書き込むなどしながらお聞きください。」

主任弁護人「本件は、飽田さんが、山田さんに対して、灯油を掛け、着火ライターを持って近付いたという事案です。」


主任弁護人「1経緯及び犯行内容、として、犯行に至る経緯やその内容を確認したいと思います。」

主任弁護人「まず、飽田さんは、令和2年末に破産の申立てをし、離婚して妻子と別れ、また現住居の建物に生活場所を移します。生活は、家主の手伝いや借金等によって、維持することができていましたが、令和4年4月頃には家賃の支払を求められ、同年8月には元妻から息子の教育資金の援助を求められますが、いずれも果たせませんでした。一方、その頃、飽田さんが退去した店舗で、山田さんが順調に経営をしているのを見せられておりました。苦境のいた飽田さんは、同年10月には山田さんの新店舗で騒ぎを起こしてしまいます。同年12月20日頃、いよいよ、家主から住居からの退去を迫られ、1月末までの金策にも失敗し、山田さんに対して攻撃しようという思いにとらわれ行動に移してしまいました。」


主任弁護人「犯行内容は、灯油入りペットボトル一本と着火ライター以外は待ち伏せ場所に置き、低い垣根を乗り越えて音を立てながら山田さんに近付き、灯油を多少掛けたものの、着火ライターの火を出すこともなく、山田さんからの反撃を受けるやいなや犯行を断念して逃走したものとなります。」


主任弁護人「以上を踏まえると、まず、2争点①殺人未遂の実行の着手があったかの点については、本件では火を使うことが中心の犯行計画であったのに、飽田さんは、まだ火を発生させ炎上させていない段階でしたから、山田さんが火による怪我をする可能性は全くありませんでした。このような状況の程度では客観的に見て、火による殺人未遂に問うのは早すぎるというべきです。」

主任弁護人「検察官は、被告人の行動を放っとけば、すぐにも山田さんが火によって死傷するような状況だったと主張するかもしれません。しかしながら、飽田さんが山田さんから反撃される前の状況からは、検察官が指摘するであろう状況に至るためには、①さらに山田さんに近付き、②着火ライターのロックを解除し、③着火ライターを作動させて火を用意し、④その火をきちんと山田さんの服なりに接触させる、という手順を踏まなければならないことを忘れてはならないのです。」

主任弁護人「したがって、殺人未遂の実行の着手というほどの危険性が差し迫っていたとは評価できず、検察官の主張は採用できないと考えます。」


主任弁護人「次に、3争点②殺意の有無の点です。」

主任弁護人「①飽田さんの灯油に対する認識、ですが、飽田さんは、人体に対する関係で灯油の火力を具体的に把握していることはなく、飽田さんの供述を考えても、今回掛けた灯油の量で山田さんを死なせてしまうほどの火になると認識していたとみるには疑問が残ります。②飽田さんの山田さんに対する心情、ですが、自分の生活状況と比較して山田さんの商売が上手くいっていることに対する鬱屈うっくつした感情が一時的にこうじたものと推測されますが、山田さんとの昔のちょっとしたトラブルなども併せても、山田さんを殺そうとするようなものすごい感情が生まれるものとは到底考えられません。③犯行の際の逃走、ということで、飽田さんは、山田さんから反撃を受けると直ちに犯行を止め、逃走に入っています。検察官が主張するような強い殺意を、飽田さんが有していたなら、包丁等の刃物もあったのですからこれらを用いれば良いところ、すぐに犯行を断念して物品を放り捨てて逃げるというのは道理に合わず、あまりにも腰砕けであったことからすると、むしろ元々殺意まで抱いていなかったことの証左であると思われます。そして、この争点に対する直接証拠というべき被告人供述を確認しても、④飽田さんは、山田さんに死んでほしいと思いながらした犯行であったなどと、殺意を肯定するような供述はしていません。」

主任弁護人「以上、見てきたところによれば、飽田さんは、山田さんを殺してやるとか死んでほしいという意味での殺意もなく、死んでしまうかもしれないがそれで構わないという程度の殺意もありませんでした。」

主任弁護人「したがって、弁護人としては、検察官が主張する殺人未遂罪は成立せず、起訴された事実と照らし合わせれば、飽田さんが山田さんに灯油を掛けたという暴行罪が成立するにとどまる、と考えます。」


主任弁護人「4量刑事情、ですが、①本件では、飽田さんは、山田さんを怖がらせることにはなりましたが、実際に火が付くことはなく、幸いなことに、山田さんは怪我などを全くしていません。次に、②飽田さんは本件の犯行に関するその行動や心情について、正直に話しています。上手く話せない部分も含めて被告人なりに事件と向き合って法廷で話したものであります。なお、この事件では殺人未遂かどうかが争点になっていますが、これは多分に法律的な争いであることは指摘しておきたいと思います。」

主任弁護人「そして、③飽田さんは本件犯行を深く反省し、今後犯罪に及ばないことをこの法廷でしっかりと述べています。その上、④飽田さんのいとこである近井さんが、この法廷で、新居が見つかるまでの飽田さんの同居を受け入れ、近井さんなりの方法で被告人の反省を促していきたいとも、誓っています。飽田さんが、不安定な生活状況の中で本件犯行に及んだことを考えれば、近井さんのように飽田さんの生活再建に協力してくれる親族の存在はとても有意義なことだと考えます。また、⑤自業自得とはいえ、飽田さんは、反撃を受けて骨折するなどしており、因果応報ということを理解しています。

このほか、⑥古い罰金前科以外の前科がなく、大きな社会的逸脱は見受けられません。⑦これらの事実を考え合わせると、2度と犯罪に及ぶことはしないという飽田さんの言葉は十分信用できますので、飽田さんに再犯のおそれはありません。」

主任弁護人「なお、⑧犯行の経緯動機は、従前からの経緯で山田さんに対する負の感情を抱いていたところ、店の経営が頓挫し、困窮した生活状況の中で、その負の感情を発散させる行動に出てしまったものであり、本件犯行を正当化できるようなものではありません。ただ、飽田さんに様々な苦難がタイミング悪く積み重なってたまたま本件犯行にまで至っており、それほどの心情は一時的、一過性的、衝動的なものであったと認められますから、犯意を持続してきた事案と比べれば重くはないといえます。」


主任弁護人「以上の飽田さんに有利不利な情状を量刑検索システムに当てはめれば、仮に殺人未遂罪で見たとしても、本件は軽い部類に属するのですから、その成立する罪名が何であるかにかかわらず、飽田さんに対する罰には執行猶予が付されるべきである、そう弁護人は考えます。以上です。」


 裁判長が被告人を証言台の前に呼び、被告人が台の前に立った。


裁判長「これで審理を終えますが、最後に被告人から述べておきたいことがあれば述べてください。」

被告人「今回のことは本当に反省しました。2度とこのようなことはしませんから、どうか寛大な判決をお願いします。」


 被告人の最終陳述がなされて、この裁判の審理が終了した。傍聴の学生たちは、翌日テストを受ければ講座としては終了で、来週の判決宣告までは範囲に含まれていない。それでも、これで興味をもった学生が一人でも傍聴に来るなら良いことだと思う。


(参考文献等)

https://www.courts.go.jp/saikosai/sihokensyujo/sihosyusyu/syusyugaiyou/keisaikyoukan/index.html

最高裁判所ホームページ 刑事裁判教官室コーナー『プロシーディングス刑事裁判』


映像教材「刑事訴訟(公判編)」YouTube(原作は『Practical Studies 刑事訴訟』)

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