◎主に刑事裁判控訴審の流れ
裁判官「主文 被告人を懲役1年4月に処する。主文は以上です。」
被告人は裁判官の判決理由が全く耳に入らないほどに酷く動揺していた。罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用について要旨を告げた裁判官が量刑理由の説示に入った。
裁判官「量刑の理由 本件は一戸建て住宅に対する忍び込み盗の事案である。被告人は、被害者らが夕方家を無施錠で留守にするのに乗じて犯行に及んだものであり、偶発的であるが相当に大胆である。被害は現金30万円等と多額であり、犯行直後に逮捕されて被害金品が全て被害者らの手元に戻っていることを踏まえても、結果は軽くない。被告人は、家庭の収入資産に乏しく、妻の高齢出産にかかる費用に備えようとして本件犯行に及んでいるが、公的な補助制度や周囲からの支援も確認しないまま、先走ったものであるから、その経緯及び動機に酌量の余地があるとはいえない。本件が、異種とはいえ、過失運転致死傷罪により、約2年8か月前から禁錮刑の執行猶予中という、身を慎む立場で敢行されたことも踏まえれば強い非難を免れない。以上によれば、被告人の刑事責任は軽くなく刑事施設収容を免れがたい。そこで、被告人が本件を認めて2度と犯罪に及ばない旨述べ、被害者らに謝罪文を出すなどして反省していること、被告人の妻及び両親らが指導監督を誓っていることなどを酌むべき事情も考慮し、被告人については主文の刑に処するのが相当と判断した。」
裁判官「被告人においては、安易な犯行に及ぶのではなく、冷静に真っ当な方法を考えるべきであったといわざるを得ません。反省を深め、生まれてくる子供に恥ずかしくない生き方、行動の仕方について、よく考え身に付けて、社会復帰を果たしてもらいたいと願っております。」
裁判官「この判決は有罪の判決ですから不服があるときは14日以内に控訴の申立をすることができます。△△高等裁判所宛ての控訴申立書をこの〇〇地方裁判所に提出することでできますので、よく検討して決めて下さい。」
裁判官「以上で判決宣告を終了します。」
裁判官が立ち上がりそれと共に検察官、弁護人が立ち上がり、裁判官の一礼に合わせて一礼をした。裁判官は、書記官に声をかけて紙を渡すと、背を翻して背面の扉を開けて法廷から出ていった。書記官は検察官に紙を渡し、検察官が何かした後に傍聴席から近寄ってきた職員に紙を渡した。
証言台前で立っていた被告人は、その職員らに声をかけられ、手錠腰縄を付けられて法廷を退出していった。その際、弁護人が被告人に対し「打ち合わせのとおり、申し立てるということでいいですね。」と声をかけると、被告人は僅かに頷いていた。
その後直ちに、弁護人は、弁護人名で控訴申立書を提出するとともに、保釈請求を行った。
裁判所は即日、保釈保証金を250万円、制限住居を自宅として被告人を保釈する決定を行った。
しばらく経ってから、高等裁判所から、被告人に対して、控訴審での弁護人選任について、自ら選任するか、貧困を理由として国選弁護人の選任を希望するかという問い合わせの手紙が来た。被告人は貧困を理由として国選弁護人を希望する旨返信し、しばらくすると高裁所在地の弁護士会に所属する弁護士が弁護人として選任された。約4週間後に控訴趣意書という控訴の理由を伝える書面の締め切りがあるという。弁護人からの聞き取りに対し、被告人は、第一審の弁護人に控訴して貰ったのは、まもなく子供が生まれて妻子が大変になるから刑務所に行けない、反省していることを高裁の裁判官にも話して分かってもらいたいといったことを力説して伝えた。弁護人は、量刑不当を中心として、第一審の判決や裁判資料とも照らし合わせて控訴趣意書を提出すると告げた。加えて、法律上は執行猶予判決を受ける余地が無いわけではないが、今回の事件だと現実にはあり得ないし、実際一審判決の量刑も重くない部類に入ることから、これが変更される見込みは極めて乏しいこと、妊娠中の奥さんにできる限りいろいろしてやりたい、少しでも金銭を稼ぎたい気持ちも分かる一方で、生まれてきた子供との時間を長く過ごすのであれば、前刑の執行猶予期間は経過している以上、もう控訴を取り下げて早く服役した方が、その分早く社会復帰出来るという考え方もあることが併せて告げられた。被告人は、しばらく考えた後、弁護人に対して、控訴審判決に一縷の望みを託したいと応じた。
弁護人は、控訴趣意書として、原審の量刑不当を控訴の理由として、犯行の偶然性や被告人の置かれた状況を踏まえると犯行に至る経緯動機に対する評価が不十分・不適切であること、前科は交通事故という過失犯であり、金銭目的の故意犯である本件とは罪質が異なるのに前科の存在を重く見過ぎていること、被告人は現行犯人逮捕されているが、この事案では現行犯逮捕の要件を満たしているとは認めがたいから、不法な身柄拘束を受けたことも有利に斟酌すべきであること、第一審の判決を受けて被告人の反省が判決前以上に深まっており、犯行前後頃も真面目に稼働しているなど更生の見込みが高いこと、被告人家族にとって被告人は家庭及び収入の柱であり、実刑収容されることによる負担は事件の内容結果に比して過大であること、これらの点からすると、原審の量刑は重すぎて不当であると主張した。加えて、不法な身柄拘束の点は、刑の減軽に併せて、未決勾留期間全てを懲役刑に算入すべきであるとも主張した。
また、弁護人は、控訴趣意書に併せて事実取調請求書により、弁1号証として被告人質問を尋問時間5分、弁2号証として犯行当時の勤務先の上司作成の上申書の取調べを請求することとした。
弁護人による控訴趣意書提出の翌日、弁護人に対して、裁判所書記官から公判期日の打診があり、弁護人は被告人から確認しておいた予定を踏まえて、35日ほど先の日程で期日の打診に応じた。その後、検察官は、事実取調請求書に対し、弁1には原判決後の事情に限りしかるべく、弁2には不同意、やむを得ない事情なし、必要性なしとの意見を応答した。また、被告人には公判期日の召喚状が届き、1審とは違い、出席は権利であり出頭義務はないということが備考として書かれていた。被告人は、弁護人と出頭期日について確認した際、1審判決後の事情につき被告人質問をさせてもらえる見込みが高いから、きちんと法廷に来るようにと言われた。
公判期日の数日前、弁護人に対し、裁判所書記官から判決宣告期日として第1回公判期日から2週間後以降の期日で打診があり、同期日から20日後の日が予約の日程として確保された。
第1回公判期日当日、時間前には、被告人、弁護人、検察官、書記官が法廷に来ていた。また、傍聴席には物見遊山の学生らしき人物が1人座っていた。
予定された時刻頃、法壇の扉が開き、3名の裁判官が入ってくると、法廷にいる全員が起立し、3人目の裁判官が傍聴席から向かって右の席の前に来ると、3人の裁判官が頭を下げ、これに応じて法廷にいる全員が礼をして着席した。
裁判長「被告人は証言台のところに立ってください。」
被告人は席を立ち、証言台の前に立った。
裁判長「名前を述べてください。」
被告人「金澤太郎です。」
裁判長「生年月日はいつですか。」
被告人「昭和35年10月17日です。」
裁判長「住居はどこですか。」
被告人「○○です。」
裁判長「本籍はどこですか。」
被告人「○○です。」
裁判長「職業はなんですか。」
被告人「解体作業のバイトです。」
裁判長「今はアルバイトで解体作業員をしているということでいいですね。」
被告人「はい。」
裁判長「それではこれから控訴審の審理を始めますから、元の席に戻って聞いていて下さい。」
被告人は元の席に戻って座った。
裁判長「弁護人の○○月○○日付けの控訴趣意書ですが、量刑不当及び、その前提としての訴訟手続の法令違反ということで陳述されることでよろしいですね。」
弁護人「はい、陳述いたします。」
裁判長「それでは検察官の答弁をお聞きします。」
検察官「控訴趣意には理由がないので、控訴は棄却されるのが相当です。」
裁判長「続いて事実取調べですが、弁護人は○○月○○日付けの事実取調請求書のとおり請求するということでよろしいですか。」
弁護人「はい、請求いたします。」
裁判長「検察官、ご意見は?」
検察官「事前に回答したとおり、被告人質問は原判決後の情状に限りしかるべく。書証は伝聞性は争いませんが、やむを得ない事由なし、必要性なしと考えます。」
裁判長(左右を向いた後に)「書証は却下、被告人質問は採用して取り調べることにします。」
裁判長「被告人から話を聞きますから、証言台の所に来て、椅子に腰掛けてください。」
被告人が立ち上がって移動し、証言台の椅子に腰掛けた。
弁護人が裁判長の方を向いて立ち上がった。
弁護人「それでは質問を始めます。(被告人に対して)横から質問しますが前を向いて大きな声で答えてください。」
弁護人「先日、地方裁判所で懲役1年4か月の実刑判決を受けましたね。」
被告人「はい」
弁護人「自分のした、今回の事件について、どう思いましたか。」
被告人「被害にあわれたご家族の方々に大変な迷惑をかけたと改めて思いました。」
弁護人「実刑判決という点ではどうですか。」
被告人「それだけ大きなことをしてしまったのだと申し訳なく思いましたが、正直、厳しい判決だと思いました。」
弁護人「今回控訴したのはどんな理由がありますか。」
被告人「それはもう、刑務所に行くというのが、ちょっととても厳しくて、勘弁してもらいたいという、そういうことです。」
弁護人「今誰と暮らしていますか。」
被告人「妻とです。」
弁護人「奥さん、今どういう状態でしたっけ。」
被告人「妊娠中です。来月には出産予定日が来ます。」
弁護人「刑務所に行くのは厳しいと話したのは、そのことと関係しますか。」
被告人「はい、今妊娠中で出産した後も大変な妻と、生まれてくる子供のことを考えると、とても刑務所には行けません。今回のことは、たまたま、そういう状況になって、出来心でしてしまったのですが、すぐに捕まってそれから心を入れ替えまして、もう2度と盗みはしませんから、どうにか、1度はチャンスをもらいたいです。」
弁護人「今は解体作業のアルバイトをしていますね。どんな気持ちで仕事を続けていますか。」
被告人「捕まって社会に戻れた後、元の仕事をクビになってしまったのですが、親の知り合いの方が短期でも雇って構わないと言ってくれて、社長にはとても感謝しています。」
弁護人「家族のためということもありますか。」
被告人「もちろん、いつも妻のため、生まれてくる子供のため、自分がどうなるか分からないので、少しでも多くのお金が残せるようにと思って仕事をしています。」
弁護人「事件を起こす前にはどうだったのですか?」
被告人「その頃も、給料は高くなかったですが、生活のため真面目に働いていました。」
弁護人「今の生活で何か心がけていることはありますか。」
被告人「とにかく無駄遣いしないで、少しでもお金が残るようにと過ごしています。」
弁護人「(裁判長を向いて)弁護人からは以上です。」
弁護人が座ると、検察官が立ち上がり裁判長の方を向いた。
検察官「一点だけよろしいですか。」
裁判長が肯くと検察官は被告人の方を向いた。
検察官「先ほど、犯行は出来心、状況のせいと言っていましたが、自分は大して悪くない、それがあなたの本音ではないですか。」
被告人「いえ、自分が悪いのは悪いので、そういうつもりで、言ったわけではないです。」
検察官「では、どういうつもりで言ったのですか。」
被告人「ええと、私が悪いので反省はしてます。状況のことは、もうそんなことはないので、同じことはしないということです。ええと、もちろん、もし、同じ状況でもしませんが、」
検察官が着席する。裁判長が弁護人の様子をうかがうが特に動きを見せない。裁判長は左を向くと(傍聴席から見ると右側)、目を合わせた裁判官が少し身を乗り出した。
左陪席「裁判官の左田から質問します。あなたは人の家に入るのが出来心でできてしまうのですか。」
被告人「その時は、妻のためにと思って、きちんと考えることができませんでした。」
左陪席「今後はどうなのですか。」
被告人「今後はそういうことがないようにしっかりしたいと思います。」
左陪席が裁判長の方を向いて頭を下げる。裁判長が右を向くとそちらの裁判官は首を左右に小さく振った。裁判長は被告人を見つめた。
裁判長「前回の判決のとき、執行猶予中に犯罪をしたら刑務所に行くことになる、と言われていませんでしたか。」
被告人「言われていました。」
裁判長「犯行時もそれは分かっていましたよね。」
被告人「犯行時は、時間が立っていてあまり意識できていませんでした。」
裁判長「犯行当時、あなたは、犯行ではなく、奥さんや双方の実家に相談するなりすべきだった、ということは分かっていますか。」
被告人「はい。」
裁判長「大事な場面で、やるべきことをやれずに、やってはいけないことをやってしまっていますが、その原因はどこにあると思いますか。」
被告人「……分かりません。」
裁判長「今後、大事な場面で間違った選択をしないで済むにはどうすればいいですか。」
被告人「……慌てて行動しないで周囲の人間に相談したりしながら行動したいと思います。」
裁判長「あなたも親になるということなので、子供から見て恥ずかしくない生き方をよく考えてくださいね」
被告人「はい」
裁判長「では、被告人は元の椅子に戻ってください。」
被告人は証言台から元の席に戻った。
裁判長「事実取調べは以上ということですね。それでは、終結して判決宣告日を指定したいと思いますが、事前に調整させてもらったとおり、○月○日○曜日の午後1時半からでよろしいですね。」(※この判決宣告日は令和5年11月15日より前の日とする。)
弁護人・検察官「はい」
裁判長「被告人いいですか。あなたの判決宣告期日は○月○日午後1時半となりました。出頭義務はありませんが、別途紙を送ったりしませんから必要があればメモをしておいてください。それでは本日の期日は終了いたします。」
裁判長が立ち上がると左右の裁判官も立ち上がり、検察官も弁護人も立ち上がり、被告人も追随して、裁判長の礼に合わせて、起立した他の人も礼をした。裁判長が後ろの扉を開けて退廷し、左右の裁判官も続いて退席した。その後、被告人は弁護人から、実刑判決があると保釈の効力が失われるので直ちに身柄拘束されるかもしれないから、わざわざ判決期日に来る必要はないなどという話を聞いていた。傍聴人、検察官、弁護人、被告人、書記官といった法廷にいた者がみんな退出して、法廷は閉められた。
判決宣告期日。
被告人以外の関係者全員が所定の席についた。
裁判長「弁護人、被告人は本日欠席ということでよろしいですか。」
弁護人「はい、結構です。」
裁判長「それでは、被告人金澤太郎に対する住居侵入窃盗被告事件の控訴審判決を宣告します。」
裁判長「主文、本件控訴を棄却する。理由、本件控訴の趣意は、量刑不当であり、論旨は、被告人を実刑に処した原判決は重過ぎて不当であり、執行猶予付きの刑に処するべきであり、また、未決勾留日数を全部算入しなかったのは不当であるというのである。」
裁判長「原判決が(量刑の理由)の項で説示する内容は概ね相当であって、当裁判所も是認することができる。」
裁判長「所論は、被告人の現行犯逮捕は要件を充足しない違法なものであり、そのような逮捕を前提とする勾留も違法であるから、その点も被告人に有利な事情として斟酌すべきであるのに原判決は考慮しておらず、仮に実刑が維持されるとしてもこの点を踏まえて未決勾留は刑期に全部算入すべきであるのに、それもしていないという。」
裁判長「しかしながら、勾留の手続に瑕疵があり勾留の効力に影響があるとしても、それは別の救済方法によるべきことであり、原判決に影響を及ぼさないことは明らかである(最高裁昭和23年7月14日刑集2巻8号872頁参照)。念のため原審記録を調査しても、被告人については、現行犯人逮捕をした時点で、少なくとも準現行犯人逮捕の要件を満たしており、逮捕が可能であったと認められることからすれば、本件逮捕手続には勾留の効力を妨げる看過しがたい瑕疵があるとはいえない。所論は採用できない。」
裁判長「所論は、①本件は魔が差した偶然的な事案であり、②被告人が妻の妊娠という事態に直面して動揺していたという経緯動機があるのに、原判決がそれらを考慮していないという。」
裁判長「しかしながら、①については、本件が偶発的な事案であることは原判決も考慮しているし、②については、考えを巡らす時間的余裕のない緊急状態等とは異なるのであるから、被告人が妊娠に関する各種サービスや制度について確認をすることなく犯行に及んでいることに照らして、経緯動機に酌量余地があるとはいえないとした原判断が不合理であるとはいえない。所論はいずれも採用できない。」
裁判長「所論は、③原判決が、本件と罪質の異なる過失犯の執行猶予前科を重視しすぎているという。しかしながら、執行猶予中の者は犯罪行為を強く戒められているのであって、何の罪によるかに関わらず身を慎むべきことは当然であることに照らせば、本件と前科の罪質の差異に言及することなく、強い非難に値するとした原判断が誤っているとはいえない。所論は採用できない。」
裁判長「所論は、④被告人が真摯に反省し、本件前後を通じて真面目に就労してきたこと、実刑収容は被告人及びその家族に過大な負担となることについて原判決の考慮が不十分であるという。しかしながら、これらはいずれも一般情状であって原判決を大きく左右する事情ではなく、原判決の考慮を超えて考慮しないことが不合理とはいえない。所論は採用できない。」
裁判長「また、原判決後に被告人が反省を深めたことを考慮しても原判決の量刑を変更するまでには至らない。」
裁判長「よって、論旨は理由がないから、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用し、主文のとおり判決する。」
裁判長「上告については、弁護人の方から適宜ご説明いただくことでよろしいですね。」
弁護人「はい。」
裁判長「では、閉廷します。」
裁判長、それから両陪席が立ち上がり、他の関係者も立ち上がると、裁判体が礼をし、他の関係者も礼をした。裁判長を先頭に裁判体が退廷すると、検察官、弁護人も退廷した。その後、書記官が退廷施錠をして判決宣告期日の手続等は終了した。その後、弁護人は被告人に対して、言い分が通らず控訴が棄却されたことを伝えた。被告人は上告を断念し、控訴期限経過後、検察庁からの連絡に応じて刑務所に収容されて刑の執行を受けることとなった。




