2.タワー
ゆうに30階は超えるだろうタワーマンションの前で、彼は立ちすくんでいた。
ここは臨海地域でセレブたちが住むエリアだ。
免許証に書かれた部屋番号1413で、高い位置にあることは容易に想像がついたかもしれない。
暗い空に光を突き刺すように立つそれを、彼はぼんやりと見上げていた。
ここが、免許証の持ち主、長岡という男が住む場所だ。
吸い寄せられるように、彼はマンションの中に入っていった。
ホテルのような明るいピロティに入ると、正面でオートロックの自動ドアが立ちふさがる。
脇に鍵穴があるので、部屋の鍵を差し込めば開けることができるのだろう。
彼がしばらく立ちすくんでいると、ドアの脇の管理人室から出てきた中年女性に声をかけられた。
「あら長岡さん、どうなさったんですか?」
「えっ、あ、いや、鍵を部屋に忘れてきてしまって、、」
そんなつもりは無かったのだが、彼はとっさに嘘をついた。
「あらまぁ、そうだったんですね。ちょっとお待ちくださいね」
そう言うと、女性は管理人室に鍵を取りに行き、自動ドアの鍵穴に差し込んで開けた。
「はい、どうぞ」
ついてこいと言わんばかりに、管理人は彼を先導した。
彼がエレベータに乗るのを確認してから、女性は14の数字を押した。
「おひとりだと、こんなとき困りますよね〜」
この女性からは、彼が長岡に見えているのだろう。
「そうですね」
彼は小声で答えた。
ウィンウィンというエレベータの動作音だけが響くのを嫌がったのか、管理人が男に声をかけた。
「今日はお仕事だったんですか?」
「えっ?」
「いえ、ワイシャツ着てらっしゃるの珍しいなと思って」
「あはは」
彼は苦笑いでごまかしたが、女性は怪しんでいなかった。長岡は普段はスーツではないのだろう。
14階でエレベータを降り、通路を奥に進む。1413号室には『NAGAOKA』と書かれた表札がかかっていた。
そのまま、女性はためらいなく鍵で扉を開けた。
「鍵、忘れないようにしてくださいね。最近物騒なので」
そう言い残して、女性は通路を戻っていった。
彼が恐る恐る入ると、自動で玄関の明かりが付いた。
そのまま、音を立てないように入ってドアを閉める。
玄関から伸びた廊下の先に扉があり、向こう側は明かりがついていた。
彼は明かりに吸い寄せられるように、廊下を進んだ。そして、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
そこは10畳ほどのリビングで、こちらに背をむけるようにソファーが置かれ、向かい合わせのテレビでは見たことが無いアニメが流れている。
そして、ソファには座ってテレビを見ている人間がいた。
彼の気配を感じたのだろう、その人間がゆっくりと振り返った。
そこには、彼と全く同じ顔。
その同じ顔が目を見開いて、驚愕していることを伝えてくる。
何度振り返っても、なぜこのときそうしたのか、彼には分からない。
だが結果的に、彼は脇のアイランドキッチンに置かれたポットを手にとり、長岡の頭を殴りつけていた。
当たりどころが悪かったのか、その後ソファに崩れ落ちた長岡の意識が戻ることは無かった。




